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とある執務室の氷菓談話

「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。オーリム視点。

 昼の執務室。今日も今日とて執務机でプロムスと手分けして書類を(さば)いていた。

 島内のとある領地で大鳥にちょっかいを出そうと目論んでいた奴がいたせいで、その後始末と国に提出する報告書を作成する必要があって、いつもよりやる事が多い。


 けれどなんとか夜デートまでには終わらせなければならない。あの時間はオーリムにとって一日の楽しみであり、睡眠より効果のある癒しなのだ。最悪晩餐は押してしまってもいいので、その時間だけは確保しようと必死だった。


「ロム〜、お茶〜」


 と、必死に仕事をする(かたわ)らに聞こえてきた呑気な声に思わずイラッとする。ギロリと室内のソファで書類を読みながら寝そべっている本日の客人の一人――フィーギスを睨みつけた。


「茶ぁくらい自分で入れろー、ぼんぼんめ」


 プロムスも書類の多さにウンザリしているのか、侍従の立場で王太子殿下相手にぞんざいにあしらっている。他の場所でやれば不敬罪に抵触するが、この執務室では今更だ。なんなら昔はプロムスがフィーギスの上に立って面倒を見ていたくらいである。


「確かに誰よりもぼんぼんである事は否定しないけどね。というか、私の紅茶を淹れる腕前は知っているだろう? 自分で言うのもなんだが、ビックリする程渋いよ!」


 きっぱりと笑顔でそう言い切ったのを聞いて、そういえば随分前、ものは試しにフィーギスに紅茶を淹れさせるととても残念な物になった事を思い出した。手順通りに淹れさせたはずなのだが、何故ああなるのか。不思議なものである。


 ちなみにその後ラトゥスにもやらせたら、エゲつないとしか言えない何かが生み出されたので、一切触らせていない。本当に、何故ああなってしまうのか。


「本当に自慢じゃねぇな……。つーかあの城ん中である程度自活出来ないと苦労すんだろ。練習だと思ってやれ」


「私が城で自活してしまうと、使用人数名と責任者が路頭に迷うのだよ」


 さらりと言われる王城生活に微妙な顔になる。行動全てに常に気を配らなければならないのだから、どちらかといえば単純なオーリムには到底無理な生活だなと思った。

 常に頭を働かせ、更には命の危険にすら晒されるのだ。煌びやかさも華やかさも表向き。その実態はどんな牢獄よりもずっと酷いとしか思えない。


 オーリムが暮らすのはこの大屋敷で良かったと心底思うし、フィーギスがこの大屋敷を殊更(ことさら)気に入るのもよくわかる。ソフィアリアの言う通り、ここを安らぎの場所として提供するのは別にいい。けれど、忙しい時に妨害しようとするのはまた別問題だ。


「じゃあラスので我慢しろ」


「君は王太子の側近が王太子の暗殺という未曾有(みぞう)の大事件をこの大屋敷で引き起こしたいのかい?」


「そこまでじゃない。……多分?」


「疑問持ってんじゃねーか」


 こんなくだらないやり取りをしつつも三人とも手は休めないのだから器用なものだ。オーリムは残念ながらそこまで器用ではないので、仕事に集中すると耳では聞きつつも会話に入る余裕はない。


「じゃあリムでもいいよ」


 この中で一番位が高いオーリムが何故妥協のような扱いなのかと青筋が浮かんだが、いい加減集中力が途切れそうなのでチラリとフィーギスが使っていたティーカップに気を集中させて望みを叶えてやる。すると一瞬で中身は満たされた。が。


「……何これ?」


「水」


「ふむ、シンプルだね?」


 そうだろうとコクンと頷く。飲み物は出したのだから、これで文句は言わせない。


「……せめて氷も入れてくれないかな?」


 ソフィアリア(いわ)く高級品を強請(ねだ)るのだから厚かましい奴だ。何様のつもりだ、王子様だと自分でしょうもない突っ込みを入れつつ、仕方がないのでそのくらいサービスしてやろうともう一度ティーカップに集中する。カランと小気味のいい音が鳴ったので入れられたようだ。

 水を出すのは比較的簡単だが、氷を、それも小さな物を複数個出そうと思うと難易度が跳ね上がるのだ。それを遠隔でやってのけるのだから「器用だな」とプロムスにすら感心される。少しだけ気分が良いと思った。


 カラカラとティーカップを揺らして氷の音を楽しんでいるフィーギスを横目に、再度書類に集中する事にした。オーリムには遊んでいる暇はないのだ。


「そういや今流行ってんだよな〜、大鳥様の氷やり」


 くつくつと笑うプロムスの言葉に夜デートの思い出が脳裏によみがえり、ピタリと動きを止める。フィーギスとラトゥスはそう言ったプロムスに首を傾げていた。


「……なんだ、それは?」


「なんでも王鳥様がソフィアリア様の侍女教育の際に、サービスで氷を出したのがきっかけらしいぜ。王鳥様は氷なんかで人間は喜ぶのかと知って、なら欲しくなればその辺の大鳥様に頼めばいいって許可を出したんだと」


 それは数日前の夜デートで話していた事だ。氷を出した時のきょとんとした表情が可愛かったなと思い出し、うっかりニヤけてしまった表情をバレないように引き締める。


 その次の日には通達して、試しにみんなの前でお願いしてみたらしい。するとソフィアリアの願いを叶える為に大鳥が殺到して、大変な事になったとしょんぼりしながら話していた。愛されているようで何よりだ。


 ちなみに他の人でも氷は貰えるか確認済みとの事だ。どうやら王鳥も大鳥全員に通達したらしく、この大屋敷内なら誰でも貰えるようになっていた。

 大屋敷の住民や使用人に大変喜ばれたらしいが、悪気はなく家族のお土産に持って帰ろうとした人が居たらしく、色々規定を考えて(うな)っていたのは記憶に新しい。とりあえず、大屋敷から一歩でも持ち出せば溶ける事にしたようだ。


「氷ねぇ。意識した事がないが、そういえば高いのだったね」


「チッ、金持ちめ。まあそういう訳だから、大鳥様の間で餌やり感覚で氷やりが流行ってるって感じだ。うちのキャルもアミーを喜ばせようとしてバルコニーに氷室作って水浸しにして、現在絶交中」


 最近キャルがいつも以上にアミーにうるさく付き纏っていたのはその為かと理由を知って苦笑する。アミーがキャルに対して塩対応なのはいつもの事だが、より頑なだったのはそういう理由があったかららしい。


 と、コンコンコンと扉がノックされる。首を傾げて扉を見ると、プロムスが出てくれた。


「……ソフィアリア様?」


 思わずガタッと反応してしまったのは仕方ない。バタバタと忙しなく扉に近寄っていくと、途中フィーギスとラトゥスに笑われた気がするが、きっと気のせいだろう。


「どう……フィアっ⁉︎」


 出たら何時(いつ)ぞやと同じくメイドの格好をしていたから驚いてしまった。完全にデジャブだ。


「ごめんなさい、この格好で何度も驚かせてしまって。お仕事で忙しいかと思ったのだけれど、今みんなでシャーベットっていう氷菓子を作っていたの。よければ休憩にどうかしら?」


 そう言ってアミーが引いてきたカートを見たので、オーリムとプロムスもそちらを見る。カートの上には、色とりどりの半固体の食べ物らしきものが並んでいた。オーリムは初めて見る物だ。


「シャーベットか! まさかここで食べられるとは思わなかったよ」


「ふふっ、フィーギス殿下はやはり食べた事がおありなのですね」


「氷山のある領地に視察に行けば、真冬でも出てくるよ」


 冬に氷を使った菓子は寒いのではないだろうかと思ったが、冬でも推したい名物だという事なのだろうと納得した。――残念ながらこれが半分皮肉だと、オーリムは気付かなかった。


「ありがとう、カートは僕が引き受けよう。……また随分と色々作ったものだな」


 オーリムとプロムスは中にカートを引いてもらおうと扉を開けていたのだが、横から割り込んできたラトゥスが廊下で引き受けた。

 そういえば今は国の重要書類もフィーギスが持ってきていたんだったと冷や汗が流れる。


「ああ、そうですね。今わたくしが入る訳にはまいりませんもの。ごめんなさい、気が利かなくて。では、よろしくお願いします」


 ソフィアリアはそう言ってアミーを見、カートをラトゥスに引き継いでもらう。瞬時に状況を理解して自分がどうするべきかという判断を下す早さは素直に羨ましいなと思った。


「今ね、料理長が大鳥様に氷を頼み過ぎて、もったいないから使用人総出で消化しているんです。ちょうど氷菓子のレシピも届いたので、色々な味のシャーベットを作って大屋敷のみんなに配っているんですよ。右からぶどうにすももに桃にブルーベリー、ラズベリーにレモンに紅茶味。この中だとラズベリーがわたくし、レモンと紅茶がアミー作ですわ。お砂糖を使っていないからあまり甘くないので、足りなくなったり甘いものが欲しければまた持ってきますね」


「充分だとも。ありがとう、セイド嬢」


「どういたしまして。では、忙しいのでこれで失礼します。お邪魔しました」


 それだけ言うとアミーと二人、パタパタと少し早足で行ってしまった。どうやら今日はソフィアリアも相当忙しいらしい。その背中を名残惜しく見送る。


「リム、早く食べないと溶ける」


「……溶けるのか?」


「氷菓子だからね。ちなみに私もここまで凍った状態で食べた事はないよ」


 フィーギスはそう言って濡れないように書類を脇に寄せ、目を輝かせてシャーベットを選んでいる。外だと毒味を挟むので、ここで食べられる出来立ての料理というのを特に好んでいるのだ。


 五口サイズくらいの大きさの器がたくさん並べられ、オーリムはその中から迷わずラズベリーを選ぶ。

 これはセイドにいた頃にソフィアリアと食べたラズベリーとだいぶ味が違うと知っているが、それでもソフィアリアが作ったラズベリーのものと言われれば選ばない訳がない。同じ理由でプロムスもレモンと紅茶を選んでいた。


「いただきます。――へぇ〜、シャーベットって本来はこういう食感だったのか」


「これなら名物になる理由もわかるな」


 それぞれブルーベリーとすももを選んだフィーギスとラトゥスは満足気な表情をしていた。すぐに食べ終えて、さっそく次の味に手を伸ばしている。


 オーリムもスプーンで(すく)ってパクリと食べる。ゼリーみたいなのを想像していたので、シャリっと細かな氷の食感と冷たさに目を見張った。


「……美味(うま)いな」


 純粋にそう褒め称えた。ラズベリーをそのまま凍らせて滑らかにしたような甘酸っぱい濃厚さと不思議な冷たい食感がとても美味しい。そこにソフィアリアが作ったという付加価値も付いてまさに至高の逸品だ。


「夏にピッタリだな。……あ〜、酒でこれ作ってくんねぇかなぁ」


「気持ちはわかるけど、まだお昼だよ。……君達はいいではないか。食べたかったらここで作ってもらえるのだから」


「なんならもう誰か作っているだろう」


 言われればそうな気がする。料理人でも使用人でも、酒呑みなんていくらでもいるだろう。ちなみにここにいる四人も全員そうである。

 ぶどうに手を伸ばし一口含む。これがワインならと想像してしまえばもうダメだった。絶対美味しいに決まっているではないか。仕事中なのが大変恨めしい。


「……ちなみにフィー達が氷山のある領地で食べたシャーベットってどんなだったんだ」


 気を紛らわせる為かそんな事を言い出すプロムスに乗っかる事にする。途端、眉間に皺を寄せるのだから色々お察しだ。


「……キンキンに冷えたジュースだったな」


「だね。ほぼ飲み物なあれも悪くないと思っていたけれど、本物を食べてしまったから次からは憂鬱になるだろうねぇ」


 二人して遠い目をしてしまったので少し悪い事をした気になってしまう。舌が肥え過ぎるのも考えものだなと思った。


 ――そして冷たい物を一気に食べ過ぎると、頭が痛くなると初めて知った四人であった。




 なお、仕事は案の定押してしまい、夜デートが時短になったのは言うまでもない。




久々に登場フィーギス殿下とラトゥス様。リアルタイムで1ヶ月振りですね。

本当はもっと裏設定というか真面目な話をしていたのですが、ただの雑談回になりました。

あえて言えば、オーリムは魔法が得意ですよという事くらいでしょうか。あとは男性陣のメシマズ疑惑。


この作品では成人年齢が16歳なので17〜19歳で飲酒をしておりますが、現実では良い子も悪い子も飲酒は20歳になってからお願いします(ペコリ)

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