お昼寝タイム
「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。王鳥視点。
ふわあ〜と愛らしい欠伸をするソフィアリアを見たのは、温室で昼食を摂った後の事だった。
一人で食事を摂るのは寂しいからと言ったソフィアリアの願いを叶え、一緒に昼食を食べたアミーはカートに食器類を片付けながら、そんなソフィアリアに気遣わしげな視線を送る。
「珍しいですね、ソフィ様が欠伸なんて」
「ん〜。昨日ちょっと本を読んでいたら止まらなくなってしまって、寝る時間が遅くなってしまったの。わたくしったらダメねぇ」
「誰にでもよくある事かと。……仮眠をお取りになりますか?」
「そうねぇ……」
薄目を開けてぼんやり返事をするも、このまま眠りの世界に入っていくのは目に見えていた。アミーはそんなソフィアリアの様子に、珍しくくすりと笑っている。
「ブランケットを取ってきますので、そのままお休みください」
「ええ……三十分後に起こしてね……」
「かしこまりました。……王鳥様、申し訳ございませんがこの温室に誰も入れないようにしていただけますか?」
「ピ」
アミーに畏まった礼をされたが、そんなの言われるまでもない。ソフィアリアは王鳥の大切な妃なのだから、寝顔を見るのは伴侶である王鳥とオーリムだけでいい。
アミーがカートを押して行ってしまってから、とうとう眠りを我慢出来なくなったのか、そのままソファで横になった。王鳥は胸の下あたりにソフィアリアの甘く心地よい気を感じながら、しばらく可愛らしい寝顔を眺める。無防備だからか、いつもより幼く見えるその顔は永遠に見つめられる気がした。
ふと思い立ちニンマリと目を細めると、ソフィアリアが起きないよう細心の注意を払いながら、揺れを一切遮断する防壁を纏わせてゆっくりと背に乗せると、そのまま外に飛び出した。
少し飛んで、やってきたのはソフィアリアとオーリムが結婚後に移る主寝室のバルコニーにある、王鳥の用意した寝台にも似た巣だ。そこにそっと横たえてやると、王鳥も上がり込み、隣で引っ付けるように姿勢を低くする。仕上げに片翼を布団に見立てて身体を覆ってやると、なんとも多幸感溢れる空間となった。狙い通りである。あと一つ足りないものは早急に呼び寄せるとしよう。
『妃が余の隣で午睡を貪っておるのだが、ラズも来るがよい。寝顔も愛いぞ』
『っ⁉︎ はあっ⁉︎』
オーリムにそう伝えると、なんとも素っ頓狂な声をあげて大慌てでこちらに向かってくる気配を感じる。そんな様子を愉快とばかりにくつくつと笑いながら、ソフィアリアの寝顔を堪能していた。
やがて勢いよく扉を開いてバタバタと忙しなくこちらに駆け寄ってくるので、ギロリとオーリムを睨みつける。
『うるさい。妃が起きるだろうが』
そう言うと声をぐっと抑え込み、だが我慢出来ずにキッと王鳥を睨みつけるのだから単純なものだ。ニンマリと笑ってやると、ますます眉を吊り上げていた。
『王っ! なんでここに運び込んだっ‼︎』
どうやら声に出さず、心の中での対話を選んだらしい。小声でも声を出そうものなら放り出すつもりだったのだが、懸命な判断である。
『余の妃を余の巣に連れ込む事の何が悪い? 当然の権利ぞ』
『まだ結婚前だろうがっ!』
『余とはもう伴侶だ。何も問題あるまい?』
応酬を繰り広げながらも、視線がついソフィアリアの寝顔に行きそうになって、無理矢理王鳥の方に固定しようとしているのは気付いていた。
煽るように片翼を顔が見えるように退け、仰向けに姿勢を変えてやると、オーリムはますます視線が行くようで真っ赤になる。そんな様子に更に笑みを深くした。
『見んのか? 愛いぞ?』
『だだっ、誰が見るかっ⁉︎』
『そう動揺していれば説得力がないのぅ。まあ、よい。三十分程で起こさねばならぬのだから、そなたも妃の隣で一時休むが良い』
『もっと出来るかっ⁉︎』
わがままな奴である。相手にするのも面倒になり、呆れたように溜息を一つ吐いてソフィアリアの寝顔を堪能する事にした。
オーリムはどうしようか逡巡したようだが、結局二人きりにするのは嫌なようで、寝姿を見ないように縁に腰掛ける事にしたらしい。その中途半端さがなんともオーリムらしいなと思った。
起こさないようにそっと嘴で柔らかくサラサラしている髪を梳きながら、しばし幸せな時間を楽しむ。
こうして実際に体験した事により、やはり現状の不可解さが際立ってしまった。鬱憤をぶつけるようにオーリムに問う。
『のう? やはり妃はさっさとこちらに移ってくるべきだと思うのだが?』
『ダメだ。結婚前にそんな事許せる訳がないだろ。王はもう伴侶だとしても、俺はまだ婚約者だ。運命共同体だと言ったのはどこのどいつだったのか忘れたのか?』
理不尽である。ソフィアリアの寝顔という癒しがなかったら、額を突き回してやったところだった。
後ろを振り向きたい誘惑を必死に耐えているオーリムの背を背中越しにジロリと睨むが、この手の事は絶対譲らないと理解しているのでどうしようもない。いっそこっそり毎夜ここに攫ってこようか。
そんな悪巧みをしていたら、ソフィアリアは身動ぎをした。ちょうど三十分前後。どうやら自力で目を覚ましたらしい。
うっすらと開いた琥珀の瞳を覗き込むと、ぼんやりしたままふわりと微笑む。その表情は魔法は使えないのに自然と目元を和らげる力を持つのだから、伴侶とは不思議なものだ。
「おはようございます、王様。ふふっ、起きて真っ先に恋しい王様のお顔を見られて、とっても幸せですわ」
「ピ」
やんわりと伸ばしてきた手に頬擦りをする。ソフィアリアが起きた事でビクリと肩を揺らし、所在なさげにソワソワしているオーリムに視線を向けていると、ソフィアリアもその視線を追いかけて、ようやくオーリムの姿を認めた。
「あら、リム様?」
「みみっ、見てないっ! 俺は見ていないから大丈夫だ、うんっ!」
言い訳そのものを繰り返すオーリムに「プピー」と泣いてやると、肩越しにギロリと睨んでくる。耳を赤くして睨む姿のどこが威嚇なのかと呆れるばかりだ。
ソフィアリアはむくりと起き上がり、少し照れたように、でも幸せそうにはにかんでいた。ふわりと微笑み、オーリムにも目覚めの挨拶をする。
「おはようございます、リム様。わたくしの寝顔なんかでよければいくらでも見て構わないのに」
「い、いやっ、きちんとケジメはつける」
「あらあら」
くすくすと笑うソフィアリアに釣られてピルピルと笑ってやった。オーリムはムッとしているような気がする。
ふと、ソフィアリアはここはどこかと見渡して、合点がいったものの何故ここに居るのかわからない様子で首を傾げていた。
「ここ、王様のお家よね? そういえばわたくし、温室に居なかったかしら?」
「そうなのか? 多分、眠ったフィアをどさくさに紛れて連れてきたんだろ。王のやりそうな事だ」
「ピー」
誤魔化すように肩に額を擦り付けて甘えてやると、ソフィアリアはそんな王鳥を愛おしげに撫でてくる。そしてコツリと額を合わせてくれた。いい反応が貰えて満足である。
「ありがとうございます、王様。あんな所で寝てしまったから気を遣ってくださったんですね?」
『いや? いいチャンスが巡ってきたなと思うただけぞ。妃は彼奴とは違い、余と共にここで寝起きしたいと思うだろう?』
「……そうだとさ」
『嘘を教えるでないわ。代行人が余の言葉を偽り始めたら、いよいよ終わりだろうが』
ふいっと顔を逸らすあたり、通訳する気すらないらしい。いっそ身体を奪ってここでイチャついてやろうかと目論んだ所で、ふとオーリムは心配そうな表情で背中越しにソフィアリアを見つめる。
「フィア、もしかして疲れているのか? 毎日働かせ過ぎだって俺も思うし、ろくに休めていないんじゃないか?」
どうやら多忙で疲れているのではと思ったらしい。確かにソフィアリアは、この大屋敷に来てから毎日忙しなく過ごしている。
午前中は座りっぱなしとはいえ勉学に励みつつ侍女の教育をし、午後は大鳥達の挨拶を中心に、お菓子作りをしたり大屋敷内を自力で見回っているようだ。
夜は勉強したりその日のまとめや次の日の教育の準備に勤しみ、その後は夜デートと称して連れ回している。
こうして考えてみると毎日働かせ過ぎだと思ってしまう。普通の令嬢はこんなに働かない。国王の補佐をする王妃だと思えば政務込みでそんなものかもしれないが、別にそこまでソフィアリアに求めたつもりはなかった。
けれどソフィアリアは首を横に振る。
「そんな事ないわよ。……昨日ね、つい本を夢中になって読み込んでしまったせいで寝るのが遅くなってしまったの。お昼ご飯を食べたら眠くなってしまって、今日は少し仮眠を取ろうかなと思っただけよ」
「……なら、いいけど。適当に力を抜いていいからな?」
「あら、ここに来て随分と気楽な毎日を過ごしているなと思っているくらいなのに」
くすくすと笑っているが、それはそれでセイドでどんなふうに過ごしていたのかオーリムと二人して心配になる。頻繁に様子を見に行っていたが、いつ見ても忙しそうだった。毎日あんな風に過ごしていたのだろうか。
「……さて、そろそろ戻らないとね。昨日大鳥様達と同じ時間にまた来るって約束したんだもの。リム様もお仕事中にごめんなさいね」
「構わない。今日はそれほど急ぎの仕事はないからな」
『なんだ、もう終いか。どうせなら昼食の後は毎日ここで昼寝タイムにでもすればよい。頭もすっきりするし、午後からの仕事も捗るぞ』
「……王が、午後の仕事も捗るからここで昼寝すればいいってさ」
「まあ! ありがとうございます、王様。ここは寝心地も良かったですし、時間があればそうさせていただきますわ」
『そうか。なら、今日からここを妃の寝床にすればよい。夜も共に過ごそうぞ』
「…………いつでも来いって」
『そなた、いい加減にせぬと本当に身体を奪って自分で言うぞ?』
ジトリと睨んで脅すも明後日の方を向くオーリムに溜息を吐く。本当に困った奴である。
ソフィアリアは王の巣から離れたので、オーリムはようやくソフィアリアの顔をきちんと見られたようだ。顔に疲れが見えなくてほっとしている。
寝顔はともかく、ベッドのような所にいるだけで直視すら出来ないのだから意識し過ぎだと思った。これでは添い寝なんて夢のまた夢であろう。
三人仲良く眠る、それが王鳥の理想なのだ。
「では王様、また夜に。リム様も午後からのお仕事も頑張ってくださいませ」
「ピ!」
「ああ」
最愛の妃からのねぎらいの言葉に、二人してだらしなく表情を和らげる。幸せな時間の余韻を名残惜しく思いながら、三人はそれぞれの行くべき所に戻って行った。
なお、夜に会った際にアミーにも無断でここに連れて来た事を叱られたのはあまりにも解せない。心配を掛けたと言うが、いつ何をしようがいいではないか。
――この日からたまに、ここでお昼寝をするソフィアリアとそれを見つめる王鳥、二人に背を向けつつも側から離れないオーリムの姿があったのは言うまでもない。
ベッドシーン(健全)でした。王鳥視点だと思考回路が独特なので結構楽しんで書けますね。
本編でメルヘンな鳥の巣を出したのでせっかくだから使いたくて。ちなみにあれも全く予定になかったものです。
鳥の巣って本来ベビーベッドというか、決して鳥の寝床という訳ではないのですが、大鳥は完全に寝床にしています。
彼らは鳥の姿をしているだけで鳥ではないので、そんな感じで特殊な文化を築いているのでしょう。




