サピエの大鳥講座
「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。ソフィアリア視点。
朝食をオーリムと食べた後の時間。ソフィアリアは今日も王鳥を背に引っ付かせながら、この温室に待ち人が来るまでアミーとお喋りを楽しんでいた。
「おはようございます、王鳥様、王鳥妃様!」
そう言って本やノートを数冊持ちながら元気よくやって来たのは、黄緑色の長髪を後頭部で纏めてた黄色の瞳の中性的な男性――サピエだった。相変わらずその見た目と軽快な口調のギャップが凄い。
ソフィアリアは微笑み、そんな彼に頭を下げる。
「おはようございます、サピエ先生。本日からよろしくお願いしますね」
「先生っスか! いやあ〜、照れるっスね〜」
そう言って自身の後頭部に手を添えるが、表情を伺うと満更でもないらしい。なら、今度からそう呼ぶ事にする。
今日から週に三回ほど、サピエから大鳥に関する講義を受ける事になったのだ。
ソフィアリアは大鳥に関する知識はほぼこの大屋敷内の書物から学んでおり、それだけでは心許なかったので、大鳥の研究者でもある彼に教えを乞う事にした。
彼も大鳥の知識を教えるのは歓迎らしい。ついでに自身の研究の為にも、ソフィアリアには聞きたい事が山ほどあったらしいので、ちょうどよかったようだ。
「わたくしは生徒でサピエ先生は先生ですもの。どうかわたくしの事もソフィと気安くお呼びくださいな」
「う〜ん、せっかく史上初の王鳥妃なんで、そっちを呼びたいんスよね。王鳥妃さんでもいいっスか?」
「ええ、お好きなようになさってくださいませ」
そう言うと嬉しそうに笑う彼は、本当に大鳥が好きで仕方ないらしい。呼称一つで喜んでもらえるなら安いものだ。
サピエはソフィアリアの斜め前のソファに当たり前のように腰掛ける。紅茶を用意していたアミーはその事に首を傾げていたが、そういう細やかな所に貴族だった頃の面影を感じるなと思った。
平民は馴染みがなくこの大屋敷でもあまり気にされないが、婚約者であっても結婚しない限りは対面や隣に異性は座らない。
まあ大屋敷内では伴侶である王鳥は背に引っ付いているし、オーリムは常にソフィアリアの隣を陣取っている。夜デートの時はオーリムとも引っ付いて過ごしているのだ。こうした貴族対応は今更である。
気を取り直してソフィアリアはサピエとの話に集中する事にした。
「王鳥妃さんって大鳥様の事をどこまでご存知っスか?」
「初歩の本は大体理解出来たと思います。よろしければ生態や習慣について掘り下げたお話が聞きたいですわ。サピエ先生の大鳥様のウィリ様は新婚で、わたくしもそうなので、大鳥様の結婚事情なんていかがでしょう?」
そう言うとキラリと目を光らせた。ソフィアリアが今一番気になっている事だったのだが、どうやら喜んでもらえたらしい。
「最高っスね!今オイラもウィリっちと奥さんの観察してて、最近わかった事もあるんで一日でも語れるっスよ〜」
ウキウキと目を輝かせて本や手書きらしい研究ノートを選ぶサピエは大変楽しそうだ。ソフィアリアもぜひ聞きたいので心が弾む。
ところで今、少し引っかかる事を聞いた。
「大鳥様には性別がないと本で見たのですが、ウィリ様の伴侶は奥様なのですか?」
少し不思議な事だった。性別がなくても夫役妻役という風に分かれるのだろうか。
だがサピエは軽く呻き、頭を掻く。
「あ〜、いや。色々曖昧なんで憶測なんスけど、鳥騎族と契約した大鳥様の声はその契約者の声になるっぽいんスよね。もちろん性格や話し方は違うし、自分の声が他人からどう聞こえているかなんてわかりようがないんで不明瞭なんスけど。で、鳥騎族って今のところ男しかいないんで、なんとなくパートナーの大鳥様をオス認定しがちなんスよ。だからウィリっちの奥さんって勝手に言ってしまうんス」
「まあ! それは知りませんでした。ではウィリ様もサピエ様のようなお声をされているのですね」
「ウィリっちに関してはオイラと同じような喋り方をするんでわかりやすいっスよ。ちなみに隊長んところのクム様は臆病で、プロムスくんのところのキャル様は子供っぽいらしいっスね」
どうやら大鳥もみんな個性豊からしい。想像したらなんだか楽しくて、ついくすくすと笑ってしまう。ソフィアリアも王鳥と気を馴染ませれば、いずれ声が聞けるようになるらしいので、今から楽しみだ。
「あ〜。でもプロムスくんのところのキャル様はアミーさんを少年にしたような声だって言ってましたね? 他人の声に聞こえるのはキャル様だけなんで、少し不思議っス」
「まあ! そうですのね。キャル様が一目惚れしたのはアミーだからかしら?」
そう言って控えているアミーを見ると、遠い目をしていた。プロムスとキャルが契約してからは鳴き声しか聞こえないと言っていたが、毎日付き纏われて契約を迫られている時の事でも思い出しているのかもしれない。
ちなみに件のキャルは今日も窓の外からキャルに熱い視線を投げかけている。これもすっかり日常の一ページと受け入れてしまった。
視線を背に凭れている王鳥に写し、ふわりと微笑む。
「ふふっ、今は陶器を鳴らすように愛らしい鳴き声ですが、王様からはいずれ、リム様に乗り移った時のようなお声が聞けるのですね?」
「ピ!」
この声音は肯定だろうか。なんとなくそう感じて、甘えるように深く背中を凭れかける。王鳥はそんなソフィアリアにスリっと頬擦りをしてくれた。
そんな様子を見て何か期待しているのか、サピエはキラキラとした表情で見つめている。
「先に質問なんスけど、王鳥様と王鳥妃さんってそうやって身を寄せ合ってるじゃないスか? 結婚した大鳥様も直後はそうやって身を寄せ合ってお互いの気を絡ませて、やがて最後には卵を二つ産むんスよね。もしかして大鳥様同士ではなくても、大鳥様と人間でも同じような事が出来るんスか?」
ソフィアリアはそれを聞いて目を見張った。片頬に手を当て、思わず目を瞬かせる。
けれど気になる事を問うより先に、質問に答える事にした。他言無用だとは言われてないし、このくらいは話しても大丈夫だろう。マズければ背にいる王鳥が止めてくれるはずだ。
「最後はわかりませんが、王様はわたくしとの間でも気を馴染ませる事が出来るか試しているのだそうです。結果は上々らしいのですが、王様がやっても大鳥様同士の何倍も時間がかかり、数年かかるとの見立てだと伺いました。もし出来れば、リム様のようにわたくしも王様や大鳥様のお声を聞く事が出来たり、ある程度身を守るのに役立つ恩恵を与えられるのだと仰っておりましたわ」
「なるほど〜。繁殖目的というより、能力向上や魔法の使えない、代行人様の簡易版の力を授ける為なんスかね?」
「ピ!」
サピエはその鳴き声を肯定と受け取って、研究者らしく楽しそうにノートに書き記していた。
「それって王鳥妃さんだけじゃなくて、大鳥様と鳥騎族でも可能なんスか?」
「ビー……」
「あ〜、難しいんスね。まあ万能な王鳥様でも数年かかるようなものを大鳥様がやろうとすると、そりゃそうっスよね。では王鳥妃さんの特権なんスね〜」
更に書き記していく。もうそろそろこちらから質問しても大丈夫そうだったので、気になる事を尋ねてみる事にした。
「わたくしからも質問なのですが、大鳥様は卵を産むのですか?」
その話は今まで読んだどの本にも載っていなかったのでとても気になった。鳥類は卵生だが、大鳥もそうだとは……というより、神様である大鳥がそうやって子を作るのも驚きだったのだ。
漠然としたイメージでしかないが、もっと神秘的な発生方法を勝手に想像していた。
そう尋ねると、サピエは嬉しそうに大きく首肯する。
「そうなんスよ! 結婚した大鳥様は二人で作った愛の巣でしばらく身を寄せ合って、気が馴染んだ頃に卵を二つ産むんスよ。大体半季くらいかかってるイメージっス」
「絶対二つなんですか?」
「オイラが見た限りでは例外なく二つっスね。憶測なんスけど、二羽で作るから二つなんじゃないかな〜って思ってるっス。減らさず増やさず、ちょうどいいじゃないスか」
なるほどと思い、コクリと頷く。ふと、なんとなく先程サピエから向けられた期待の眼差しがなんなのか、わかった気がした。
少し遠い目をしながら、けれどもそこに踏み込む前に聞いておく事にする。
「卵はやはり鳥さんのように産むのでしょうか?」
そう言うとサピエは眉根をギュッと寄せ、腕を組んでう〜んと唸る。そんな様子に首を傾げた。
「……それが、さっぱりわからないんスよね〜」
「見た事がないのですか?」
「そうなんスよ。産まれそうな時期にはずっと張り付いて見学してるんスけど、一番惜しい時で数分見逃した隙にはもう抱えてた時があって。多分動いてはないと思うので、産卵する訳ではない気がしてるんスけどね? なのでウィリっちの時は、何が何でも産まれる瞬間を見てやろうって思ってるっスよ!」
グッと拳に力を入れてそう決意表明をするサピエの目は熱く燃えていた。そんな様子に思わず笑顔になり、声援を送る。
ただ、産卵という繊細な時期に張り付かれていた大鳥は迷惑しているのではないかと少し心配した。けれどサピエが何の被害も受けていなさそうなところを見ると、気にしない寛容さを持ち合わせているのかもしれない。
とりあえず産卵する訳ではないとわかったので、本命に切り込んでおく事にする。そういう手段だったのなら無視をしようと思ったが、多分大丈夫だろう。
「サピエ先生は王様とわたくしの間にも卵が生まれるのではないかと期待したのでしょうか?」
「そうっスよ!」
悪意のない無邪気な返事に、笑顔のまま固まる。そうっスよではない。ただの人間であるソフィアリアに何を期待しているのだ。隅に控えているアミーにも引かれているではないか。
そんな女性陣二人の冷ややかな反応にも気付かず、サピエはキラキラと楽しそうな表情で言葉を続ける。
「推測なんスが、王鳥様と王鳥妃様だと、大鳥様は王鳥様一羽だけですし、卵は一つなんじゃないかなって考えてるんスよ。ただ、産まれてくる子は普通の大鳥様なんスかね? もしかして史上初の公爵位の大鳥様になるのではっ⁉︎ とか夢が色々広がるんスよね〜。史上初の王鳥妃に公爵位の大鳥様誕生の瞬間まで立ち会えるかもしれないなんて、オイラ程恵まれた大鳥研究者はいないんじゃないっスかね? なので色々期待してるっスからね! 王鳥妃さん!」
爽やかな笑みでとんでもない事を言い出す研究者気質のサピエに、無言の笑みを返しておいた。正直人間であるソフィアリアに卵を産む期待なんてされてもとても困る。
けれどと思う。頬に指を当て、少し横に視線を向けながら考えてみた。
「卵を産むかどうかはともかく、王様との子供は悪くないわね?」
「ソフィ様っ⁉︎」
さすがにこの発言にはアミーもギョッとしていた。反面、サピエは目を一層キラキラと輝かせている。
「ふふっ、だって大好きな旦那様との子供なんですもの。欲しくないなんて思うはずがないではありませんか。リム様とはいずれとは考えていましたし、寄り添うだけで可能なら、王様との子供だって欲しいですわ」
少し赤くなった両頬を手で挟みながら、幸せいっぱいという表情を浮かべたふわふわ夢心地のソフィアリアは、そんな未来に想いを馳せていた。
「代行人様との子供も、普通の子供なんスかね? 生まれつき魔法が使えるとか大鳥様の声が聞けるとか、色々と今後が楽しみっスね〜。ちなみになんスけど、王鳥様とは――」
ちなみにこの後はサピエから王鳥とソフィアリアの馴れ初めや日常生活、今まであった出来事を根掘り葉掘り聞かれ、講義とは名ばかりになったのは言うまでもない。
――そして王鳥から意味ありげな視線をずっと向けられていた事など、誰一人気付かなかった。
本編で謎の個性を発揮しつつも出番がなかったサピエの、チラッと出ていた講義のお話でした。
大鳥や王鳥の事を掘り下げるのにちょうどいいので、今後もまたするかもしれません。
ちなみに彼の出番は第二部でもあります。
余談ですが高位貴族の中年男性が何故こんな話し方なのかと言うと、来た当時は貴族は彼一人だったので敬遠され、親しみを持ってもらえるよう当時流行っていた絵本の主人公を真似たというどこで使うのか不明な裏設定があります。
王鳥が人間の子作りはしないと言っていたので、では大鳥はどうするのかと考えた結果です。
最後の意味深はなんなんスかね?見守ってください。だって彼は神様だから(笑顔)




