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君の手料理

「認められない二夫一妻1」でダイジェストで飛ばされた頃のお話。オーリム視点。

 穂先を斜め上に向けて構え、槍の反発力を利用して弧を描きながら払うような動作を意識する。動かすのは腕だけじゃなくて身体全体、それだけは間違えないように。

 その一瞬の動作の後、また構えの位置に戻すと、正面の一点を力強く突く。引いて、また構えの位置に戻す。

 一つ一つの動作を間違えないよう意識を集中させて、それを何度も繰り返す。身体に馴染ませるように、無意識でも繰り出せるように。


『穂先が上がってきておるぞ。敵は斜め上にはあまりおらぬだろう』


「わかった」


 繰り返すうちにズレが生じてしまったらしい。王鳥の指摘を受け修正する。オーリムは王鳥にこうやって教えを乞いつつ、欠かさず訓練をしてきた。

 回数が三百を超えたあたりで動きを止める。今日のノルマは達成だと一息吐いたところで、パチパチと少し離れたところから拍手を送られた。頰が緩むのを必死で抑えながら音の鳴る方に視線を向けると、待望の待ち人を認め、結局抑えきれなかった。


「お疲れ様。今日も素敵だったわ」


 ほうっと恍惚(こうこつ)とした表情を向けられ、ドキリと鼓動が跳ねるのは仕方のない事だ。憧れの……否、好きな女の子に熱い視線を向けられながら真っ直ぐに褒められて、喜ばない人は居ない。


「そ、うか。うん、ありがとう」


 笑顔で差し出されたタオルを受け取り、平然を装った態度でお礼を言う。……なんとなく取り繕っているのもバレている気がして、顔を隠すようにタオルで汗を拭った。


「ピピ」


「ふふっ、王様もいつもカッコいいですよ」


 その間に王鳥はソフィアリアの側に寄り、余も褒めろと言わんばかりに頭を擦り付けている王鳥の気持ちを察して褒め、撫で回されていた。王鳥はご満悦のようだ。……遠慮なく甘えに行ける王鳥が少し羨ましい。


 ベンチに腰掛けて紅茶を淹れてくれるソフィアリアの隣を、拳二つ分開けて座る。

 まあそうなるだろうなとは思っていたが、王鳥に強制的にピタリとくっ付けられてしまった。ビクリと肩が震えるのは嫌なのではなく、慣れていないのだ。

 誤解されていないかと伺うように隣を見れば、ソフィアリアは全く気にした様子がなく、紅茶入りのカップを差し出してくれた。


「どうぞ」


「ありがとう」


 槍の訓練とソフィアリアと触れ合ってる事で火照った身体を冷やすよう、魔法で氷を出して紅茶を冷ます。氷をカラカラと鳴らしながらカップを揺すって冷気を浸透させ、グイッと煽った。


 ふと視線を感じて隣を見ると、優しげな垂れ目を限界まで見開きパチパチさせている。その表情も可愛いけれど様子が不思議で、首を傾げた。


「……フィア?」


「ああ、ごめんなさい。アイスティーにするならもっと濃く淹れてくればよかったわって思って」


「俺は紅茶にこだわりはないから気にしなくていい」


 フィアが手ずから淹れてくれたと思うと嬉しいが、残念ながら紅茶の違いがわかる程、舌は繊細ではない。いつもは面倒なので魔法で出した水を適当に飲んでいたくらいだ。


「今日ね、侍女教育でみんなに歩く練習をしてもらった後、王様が氷をくれたのよ。わたくしもだけれど、アミー以外のみんなは氷なんて初めて見たからビックリしちゃって。魔法って凄いのね」


『今の季節だし、多少温度調整しているとはいえ少し暑い温室で歩き回っておったからな。この程度の労い、なんて事ないわ』


「夏だし、歩き回っていたからサービスしたんだと」 


 王鳥の言葉を通訳するとソフィアリアは王鳥が引っ付いている後ろを向き、目を細めて柔らかく笑った。 


「ふふっ、嬉しいですわ。ありがとうございました、王様」


「ピ!」


 王鳥は鳴いて、また肩に擦り寄っていた。王鳥の額を愛おしげに撫でる、そんな様子を眺めるのは結構好きだ。

 人知れず頰を緩ませていたが、そういえば少し気になる事を言っていた。


「フィアは氷を見た事がなかったのか?」


「リム様……。食べられる氷ってね、国内でも一箇所しかない氷山でしか採掘出来ないし、とても高価なのよ? 高位貴族くらいしか使えないものだわ」


 困った表情で言った事実に驚いた。オーリムは魔法を自在に操れるし、話すのも同じく魔法が使える鳥騎族(とりきぞく)くらいだった。フィーギスとラトゥスは王族と侯爵家の人間で出しても平然としていたし、プロムスもキャルと契約が成ってから、夏場は当たり前のように魔法で氷を出してカップに入れている。氷が貴重なものだと、言われるまで思い至らなかったのだ。


「そうだったのか。言ってくれればいくらでも出すから、欲しければ遠慮せず頼んでくれていい」


『ふむ、氷なんかが人間にとっては珍しいのか。コップ一杯程度ならどの大鳥でも出せるし、子爵位以上だとそれ以上も出せるから、必要なら誰でも頼めばよい。大屋敷内だと外に出て声を出せば誰か来るだろうからな。契約は別として、ここにおる大鳥は人間に寛容だから喜んで出すぞ』


「この大屋敷にいる大鳥は基本的に人間に優しいから、氷くらい頼まれれば誰にでも出してくれるってさ。大鳥は耳がいいから入れ物だけ持って外で氷をくれって声を出せば、誰か来るだろ」


「まあ! よろしいのですか?」


「人間でいう野生動物にエサをやる感覚みたいだな」


 それだけ言うと目を輝かせて嬉しそうに微笑む。氷を出すだけでそんな表情が見られるなら安いものだ。……氷は高いものらしいが。


「ではみんなに伝えておくわね。ふふっ、アイスティーももっと美味しく作れるように、いっぱい練習するわ。あと噂に聞く氷菓子というのも作れるかしら?」


 声を弾ませてウキウキと今後の計画を立てるソフィアリアの表情に癒される。彼女はそうやって、楽しそうに頭を働かせている時が一番輝いているように思うから、そんなソフィアリアを護って生きたい。それがラズであった頃から変わらない願いだ。


「氷菓子?」


 初めて聞く単語に首を傾げて尋ねる。ソフィアリアはニコリと笑って説明してくれた。


「わたくしも知識でしか知らないのだけれど、氷山のある領地では凍らせて食べるお菓子があるんですって。氷が貰えるなら、レシピがあれば作れるかもって思って。作ったら食べてくれる?」


勿論(もちろん)。楽しみだ」


「ピ!」


「なら、暑い季節のうちに作ってみなくてはいけないわね? あっ、そうだったわ」


 そう言ってバスケットから瓶を取り出し、それを見て思わず気分が浮つくのがわかる。似たような物を夕方に見て、ずっと楽しみにしていたのだ。


「ごめんなさい、もったいぶってしまって」


 少し照れながら差し出された瓶を、オーリムは宝物のように大事そうに受け取った。いや、実際大事だから当然だろう。


「ありがとう。その、とても嬉しい」


 そう言って瓶の中に入っているクッキーをふわふわした気分のまま眺める。少し大きい丸型の黒い粒が入ったクッキーで、何の味かはわからないが、ソフィアリアがオーリムと王鳥の為に作ったのだと思うととても嬉しかった。


『妃に食べさせてくれと伝えよ』


「……」


『気に入らぬからと言って無視するでないわ。そなたも食べさせてもらえばよかろう』


「食べっ⁉︎ でっ、出来るかっ!」


 聞かなかったフリをしようと思ったが、案の定無理だったらしい。ついでに余計な事を言われて、思わず真っ赤になって反論してしまった。急に大声を出したからソフィアリアはきょとんとしているし、その表情も可愛いと思ってしまうオーリムは色々と重傷である。


「リム様?」


「す、すまない。王がフィアに食べさせてほしいんだと」


「お安い御用よ。その次はリム様の番ね?」


「いっ⁉︎ いやっ、自分で食べられるからっ!」


 何故か王鳥との会話内容がバレてしまったらしい。必死に首を横に振って否定した事でしょんぼりさせてしまったが、せっかくもらったクッキーの味がわからなくなる事間違いなしだ。王鳥が羨ましくないと言えば嘘になるが、今はまだ難しかった。


「そ、そのっ、食べてもいいか?」


「召し上がってくださいな。お口に合えばいいのだけれど」


 そう言ってソフィアリアも王鳥の分の瓶詰めを開け、クッキーを王鳥に差し出している。王鳥は嬉しそうに「ピ!」鳴いて、美味しそうに食べていた。

 オーリムも食べてしまうのは少しもったいないと思いつつ、せっかくなので一枚取り出す。


「いただきます」


 齧るとふわっと香る芳醇(ほうじゅん)なチーズとピリッと辛い黒胡椒(くろこしょう)の味で驚いてしまった。てっきり甘い物だと思ったが、違ったらしい。


「クラッカーではない、甘くないクッキーは初めてだ」


 少し堅焼きなのか、食べ応えがあってとても美味しい。甘いバタークッキーより好きかもしれないと感動していると、王鳥に一枚目を食べさせ終わったソフィアリアがこちらに視線を向けた。


「普通の甘いクッキーではなくてごめんなさいね。アミーの話を聞いて、プロムスは甘い物より(さかな)になる物の方が好きそうだったから、合わせてこれにしたの。リム様のお口に合うかしら?」


美味(うま)いよ。初めて食べたけど、俺も甘いクッキーよりこれの方が好きかもしれない」


『余もこれの方が好きだな』


「そう、よかったわ。明日は甘い物なのだけど大丈夫?」


「甘い物も普通に好きだから、その、嬉しい」


 ほっとしたように笑うソフィアリアに笑みを返した。少し赤くなっている様子なのは、目の錯覚でなければいい。


 ソフィアリアが王鳥に二枚目を食べさせている間、オーリムは瓶の中に視線を落とす。


 ――こうして憧れのお姫さまの手料理を食べられる日が来るなんて思わなかった。まるで夢のような幸せな出来事に、ふわふわと気持ちが高揚する。まだ心に鎮座している罪悪感に今だけは蓋をして、この幸福だけに浸っていたかった。

 しかも明日も何か用意してくれるのだと言う。今が幸せで、明日が来るのも楽しみで、そんな毎日がこれから過ごせるのだと思うと鼻の奥がツンとする。こんな幸福を、自分なんかが受け取っていいのだろうか。


『蓋をすると言った側からそれとか、ほんに根暗よなぁ。誰が余の代行人を責められるというのか。そなたは余と共に、妃の愛情にズブズブと浸かっておればよいのだ』


 かっかと笑う王鳥に心の中で苦笑を返す。出来ればそうしていたいけれど、自分はまだ優しいお姫さまを悪人に変えた『ラズ』だと名乗る勇気がないのだ。だからどうしても、立ち止まってしまう。


「リム様?」


 ぼんやり考え込んでしまったからか、ソフィアリアに心配そうな声音で声を掛けられてしまった。顔をあげると、眉を八の字にしてこちらを伺う視線とぶつかる。


「すまない。毎日仕事として飯を作ってくれる料理長は別として、俺や王の為にこうしてお菓子を作ってくれるのは初めての経験だなって感慨深かった」


「まあ! ダメよ、料理長もリム様に美味しく食べてもらいたい一心なのだから。でも、そう言ってくれてありがとう。料理長には味で負けて当然だし、貧乏料理だからどうかなって思ったのだけれど、そこまで喜んでくれるなら作った甲斐があったわ」


 ふわりと笑うソフィアリアに笑みを返す。王鳥も愛おしげに頬擦りをしていて、甘さを含むこの空気が心地よかった。


「俺はフィアの作る物ならなんでも嬉しい。だから無理のない範囲でまた作ってくれ」


「もちろんよ! ああ、そうだ。今日は時間が足りなくて作れなかったけれど、いつかわたくしのパイを食べてもらいたいわ。この前お話したと思うけれど、一番得意なのよ?」


 パイ、と聞いて思わず目を見張る。思い出すのはセイド領で二人で肩を並べて食べた、あの――


「……ああ、いつか、必ずな」


 今、自分はどんな顔をしているのだろう。情けない顔をしていないだろうか。――幸せそうな顔を、ちゃんと見せられているだろうか。

 ふわりと優しく笑ってくれたから、きっと伝わったと思いたい。


 オーリムはその事に安堵して、肩を並べてソフィアリアの作ったパイを食べるそう遠くない未来を、なによりも待ち望んでいた。




前回の予告通り作ったお菓子のお話でした。

作中で出た甘くないチーズクッキーは実際よく作ります。美味しいのでオススメです♪


特にそんな意図があった訳ではないのですが、大屋敷って大鳥から見たら寝泊まりお持ち帰りOKな動物園みたいな感じなのかな?と書きながら思いました。

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