二人の旦那様
本日から毎週月・金曜日の6時に第一部番外編を更新します。第二部開始まで番外編をお楽しみいただければ幸いです♪
時系列は「プロローグ」から「伴侶と婚約者1」の間。ソフィアリア視点です。
『――ビドゥア聖島の守護神である大鳥の頂点に立つ王鳥とその代行人が、セイド男爵家ソフィアリアを妃にと所望された。詳細は追って沙汰する』
数日前、王家からの封書が届けられ、何事かと思っていたら、内容も何事かという他ない代物だった。
真っ先に開けて内容を伝えてくれた弟は難しい顔をし、父は娘が神様と婚姻を結ぶという事実に失神し、母はそんな父を介抱しつつ、神様に嫁入りとは何を準備すればいいのかしら?と首を捻っていた。妹は神様のお嫁さんと元気にはしゃいでいる。
そんな多様な反応を示す家族を尻目に、ソフィアリアも弟から渡された封書を見ながら困惑する事しか出来なかったのだ。
そして現在。ソフィアリアは馬車で一時間半程走り、領を跨いですぐの所にある、未来の義妹で友人の屋敷へと来ていた。彼女の家は経営する商会が大成功を収めており、書庫には多様な本があるので見せてもらいたかったのだ。
弟には、この時期に遊び呆けてと言わんばかりの視線を向けられたが、あれは弟の婚約者に会いに行く事への嫉妬だろう。それに今日ソフィアリアがやる分の仕事はきっちり終えてきたし、あれ以来国からは沙汰がないのでどうしようもない。
「ねぇー? お義姉様、そろそろ休憩しましょう?」
膨れっ面でそう可愛く強請るのは対面に座る未来の義妹で友人だ。彼女も勉強熱心ではあるのだが、必要のない知識や興味のない事にはすぐに飽きてしまう。反面、好きな事にはとことんのめり込むタイプだ。今日の調べ物は彼女にとっては前者に分類されるらしい。
ソフィアリアは今読んでいた本をパタンと閉じて、穏やかに微笑んだ。
「ええ、そうね。ちょうど考えも纏めたいし、そうしましょうか?」
「やった!」
パッと明るく笑い、侍女を呼びつけて紅茶とお菓子を頼む。調べ物に夢中になっている間に、おやつ時を過ぎていたらしい。
目を通し終えた本を隅に寄せると、侍女が本を回収して片付けてくれた。お礼を言い、友人と共にティータイムを楽しむ。
ソフィアリアがここに来てまで調べたかったのは、漠然とした知識しかなかった大鳥や未来の旦那様である王鳥、代行人の事。それから神様への嫁入りに関する物語や鳥の生態も少々。あとは少しのロマンス小説。
「にしても、私の家って大鳥様の本は全然置いていなかったのねぇ。ごめんなさい、お義姉様。ガッカリしたわよね?」
スコーンを食べながらしょんぼりしてしまった友人に、とんでもないと言わんばかりに首を横に振る。安心させるようにニコリと笑ってみせた。
「まさか。少しでも情報が得られたのだもの。ガッカリなんてしないわ。わたくしこそ、押しかけたのに手伝ってくれてありがとう」
お礼を言うと、照れて嬉しそうに笑うのだから可愛いものだ。……この素直さを、弟にもみせてあげればいいのにと少しだけ苦笑する。
結局、大鳥に関する情報はあまり得られなかった。それは辺境故の情報の足りなさなのか、神様だから詳細は伏せられているのかはわからない。
ここで調べてわかった事は、一般教養としての大鳥の知識から少し掘り下げた程度。それから代行人とは、王鳥が自我を奪い操る人間だという事くらいだった。それは少し悲しいと思ったが、だから夫が二人なんて事になるのかもしれないと少し納得した。
「お義姉様、本当に王鳥様の所に行ってしまうの?」
寂しさと心配を表情に滲ませてそう言う友人に、笑って頷く。義妹になる彼女にだけは、王鳥と代行人の所に嫁ぐのだと話しておいたのだ。ペクーニアの家の者は非常に口が堅いので信用していた。
「ええ。だって王鳥様に直接求婚していただいて、王命も下ったんですもの。突っ撥ねる理由がないわ」
話しながら思い出すのは、デビュタントから帰ってすぐに行った屋敷の裏の林道での事だ。あの先にはラズという、ソフィアリアが亡くなる原因を作ってしまった初めてのお友達が眠るお墓があるので、そこへ向かう途中だった。
ソフィアリアはその日、生まれて初めて王鳥に出会った。知識と遜色ない、いやそれ以上に綺麗な夜空色と艶やかなシルクの白を持つ大きな鳥。二股に分かれた長い尾羽が特徴的で、思わず溜息をつく程美しく神々しいその姿を、初めて目にしたのだ。
慌てて挨拶をしようとカーテシーと自己紹介をしたが、目を伏せた一瞬で鳴き声が途絶え、姿が掻き消えてしまった。何か幻や白昼夢でも見たのだろうかと首を傾げたが、王命が下ったところを見ると夢ではなかったらしい。
ついでに調べによると、空中停滞して鳴き声を出すのは鳥の求婚の一つだった。当時は気付かなかったが、いつの間にか直接プロポーズも受けていたようだ。知識不足で了承のお返事を返さなかった事が悔やまれる。
「でも、相手はあの王鳥様と代行人様なのよ? どちらか片方でも大変な事なのに両方と結婚だなんて、いくらお義姉様でも戸惑って当然だわ」
シュンっと俯いてしまった友人を見て、席を隣に移動し、頭を撫でる。ふわふわの髪は柔らかく、梳き心地がいい。
「確かにこの世で最も尊い神様であらせられる王鳥様とその代行人様と結婚する事に戸惑いはないのかと言われれば、勿論あるわ。でもそんな立派なお二方に求めていただいたんですもの。とても名誉で、幸せな事だわ」
戸惑いも本音で言うとあるのだ。けれどソフィアリア以上に周りが混乱しているので、少し冷静になれていた。それに、王命なのだから拒否は出来ないし、求められたのを突っ撥ねるような真似はしない。ソフィアリアはそういう性格だった。
「……まるで生贄のよう」
「それ以上はダメよ。不敬だわ」
「っ! 嫌よっ‼︎ だってっ……、ならどうして王鳥様達が結婚したという話が全く見当たらないのっ⁉︎ おかしいじゃないっ‼︎」
目に涙を浮かべて癇癪を起こす友人をそっと抱き寄せて、宥めるようにポンポンと背を優しく叩く。友人は腕の中で嗚咽を漏らして泣いてしまった。
ソフィアリアだって気掛かりな事はいくつかあるのだ。
一つは友人が言った通り、王鳥が今まで結婚したという記述が全く見当たらない事。王鳥の言う結婚とは、人間のような結婚と考えていいのかと疑問に思っていた。
神様に嫁入りしたという前例が見つからないので創作の世界の話になるが、人間の世界から隔離されたり神様の血肉となったり、結婚とは名ばかりの生贄のような扱いをされる創作物が散見される。前例が全く見当たらないあたり、ソフィアリアもそうなるのではないかと疑うには充分な状況だった。友人もこれを連想してしまったのか、ずっと心配してくれている。
悲しませるだけなので絶対に言わないけれど、それならそれでいいと思っていた。ソフィアリアは過去、大罪を犯していた祖父に知らないうちに加担し、多くの領民が亡くなる原因を作っている。うち一人は、ソフィアリアが直接手にかけたと言っでも過言ではないだろう。ソフィアリアはそれを自覚しており、神様の生贄にと望まれるなら、償いの為にも行くだけだ。
「心配し過ぎよ? だってただの人間が、神様と結婚するんだもの。危険がないように大事に囲って、王族の皆様とも協力して、情報を一切遮断されているだけだわ」
反面、大鳥はこの国を護ってくれている優しい神様だ。そんな大鳥の頂上に立つ王鳥が生贄を欲するなんて事あるのだろうかとも思っていた。それに、王命によるとソフィアリアが結婚するのは王鳥と代行人の二人だ。代行人は王鳥の傀儡でしかないらしいし、生贄なら王鳥の名前だけでいいのではないか。連名にする理由が見当たらない。
だから生贄説は、ソフィアリアの中でとりあえず消しておく事にしていた。間違っていたらとても失礼だからだ。
しばらくそうして友人を慰め、友人もようやく落ち着いてきたのか顔を上げる。侍女からお湯で温めたタオルを受け取って、顔を優しく拭ってあげた。
彼女は激情家で、少々癇癪持ちだ。一番多いのは婚約者である弟と口喧嘩してしまった後だが、こうしてよく泣いてしまう。それを慰めるのは、ソフィアリアがやはり多かった。昔からなので、侍女も手慣れたものである。
「生贄にはならない?」
「ならないわ。たとえされそうになっても、仲良くなって生き延びてみせるから、心配しないでね?」
「……お義姉様らしい。きっとそんなお義姉様だからこそ、旦那様が二人でも許されるのよ」
可愛らしい笑顔で呟かれた言葉に頰が赤く染まる。もう一つ前例がないのは、それもあった。
王族が複数人の妻を娶る事はわりとある事だ。この国だってそうだし、公に認められている訳ではないが、貴族男性が愛人を持つ事にも寛容なのだ。
だが、女性が愛人を持つ事は認められておらず、大変な醜聞になってしまう。子供の扱いがややこしくなるので、よく思われないのだ。だから居たとしても、徹底的に隠される。
ところが、ソフィアリアは公に二人の旦那様を持つようにと王命が下されてしまった。うち一人は鳥の姿を模した神様とはいえ、二夫一妻だなんて前例がない。他国でもそうそうない事ではないかと思っていた。二人の男性と結婚なんて、それこそ創作の中でしかない世界だろう。……性別のない王鳥を旦那様扱いしていいのかは疑問が残るが。
「わたくしもね、それは困っているのよ?」
「そうは見えないわ。だってお義姉様だもの。きっと最低最悪な悪徳貴族に嫁いだって、綺麗に掃除して立派な貴族に改心させると思っていたわ。旦那様が二人でも、どうって事ないわよ」
「買い被りすぎだわ」
ふぅーっと困ったように溜息を吐く。言われた通り、ソフィアリアは結婚生活に夢を抱いていなかった。貴族は政略結婚が普通だし、特にソフィアリアはセイド領を豊かにする為に少しばかり目立つ行動を取り、出来れば高位貴族あたりの目に留まらないかと目論んだ。そして男爵令嬢でしかないソフィアリアを目に留める高位貴族なんて、碌でもないだろうと思っていた。
それでもよかったのだ。お金さえ出してくれるならどんな相手でもよかった。夫となってくれた人を愛そうと努力するだけだ。……お金の為に、義務として。
それにあまりにも酷いと、こっそりなんとかしようと思っていたのも確かだ。出来るかどうかは別として、行動を起こす事くらいはするだろうと思っていた。
「まあ、変な所に嫁がれるよりは、神様と二人の旦那様の方がいくらかマシかしら? 神様に見初められるなんて、さすがお義姉様だわ」
キラキラした目で見てくる友人の期待が重い。憧れを抱かれるのは嫌ではないが、崇拝まで行くと悲しくなってしまう。ソフィアリアは彼女には友人のままで居てほしいのだ。
高位貴族を釣りたかったのは本当の話だが、さすがに王族より位が上の神様の目に留まり、二人の夫を持つなんて事は全く想定していない。お金を出してもらうなんて事しなくても、セイドの名前は国中で有名になってしまいそうだ。下手すれば他国にすら広まる気がしている。……王鳥と代行人の妃が完全に秘匿されなければ、の話だが。
重苦しい雰囲気を吐き出し、誤魔化すようにパラリと本を捲った。この本は主人公が二人の男性を好きになり、二人とハッピーエンドを迎える女性向けのロマンス小説だ。こんな本よく置いてあったなと感心すると共に、残念ながら主人公にあまり共感出来ないし、状況が創作の世界過ぎて理解が追いつかない。
そもそもソフィアリアは結婚に夢を抱いていないせいか、異性への関心や恋愛感情が薄いようだ。ロマンス小説も嗜む程度しか読んでこなかったし、好きかと言われると首を傾げる。
参考になるかと思ったがあんまりだった。けれど、これがソフィアリアの現実になるらしい。難しいが、やるしかないだろう。
「神様を愛して、二人を同時に、平等に愛する……。恋愛じゃないなら簡単に出来るけれど、わたくしに出来るかしらね?」
少し不安だ。神様相手に人間のような愛情を向けていいのか、相手がそれを求めてくれるのか。愛してほしいとは思っていないけれど、ソフィアリアが愛を向ける事だけは許してくれるだろうか。
友人は胸を逸らし、腰に手を当てて勝ち気に言い放つ。彼女の方が自信満々なのは何故なのだろうか。
「お義姉様の懐の広さと相手を懐柔させる能力の高さは私が保証するわ! きっとお二方とも、お義姉様に骨抜きになるのよっ!」
「骨抜きはともかく、仲良くなれると嬉しいわね。……けど、そうよね。想いの形なんてなんでもいいわよね。わたくしは二人に平等な愛情を注ぎ、敬い、愛するだけだわ」
そう新たに決意して、友人とくすくすと笑い合う。嫁ぎ先が決まったソフィアリアはこうして友人と過ごせる時間ももう残り少ないと思うと寂しいが、信じて背中を押してくれたのだ。期待には応えたいと思った。
いつの間にか空は赤くなり、夕陽の周りは輝くようなオレンジ色に染まっている。その色は、ソフィアリアにとっては忘れられない色を彷彿とさせた。
――二人を同時に、平等に愛すると決意したソフィアリアはまだ知らない。ソフィアリアが二人に向けたいと願ったのは愛ではなく恋であり、共感出来なかったロマンス小説に誰よりも深く共感するようになるという事を。
神様に嫁入りとか旦那様が二人になる事を特に葛藤する事なく即受け入れていたソフィアリアの補完的なお話でした。大屋敷に来る前に少し悩んだ的な話が本編であったので。
特に旦那様二人は、今回宣言した二人に平等な愛情を注ぐという決意が根源にあるんじゃないかなと思います。平等を意識していたら二人に恋しちゃってこんな結果になりましたとさ。
元々博愛の子ではあるけど愛されたいとは思ってなくて、気が多い子という訳でもないと思います。
本編で存在を匂わせていた義妹で友人を登場させました。
名前も容姿も意図的に伏せましたが、いつか出ますという予告です。




