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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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水平線の日の出と告白 2

 当たり前だが、喧嘩は王鳥の勝利で決着がついた。ベンチで項垂れるオーリムにまた作ると約束し、王鳥には勝手に全部食べた事を怒っておいた。王鳥までしょんぼりしてしまい、場の雰囲気はジメジメである。


 という訳で気を取り直して、軽くもうひとっ飛びする事にした。もう少しで日の出の時刻なのだ。水平線の彼方から日が上る瞬間はなかなかに絶景らしく、王鳥はそれを見せたいらしい。ソフィアリアも見た事がないから、とても楽しみだった。


「フィア、眠くない?」


「さすがに少し眠いわ。でも、水平線の日の出は見てみたいもの。リム様は……」


 ふと、名前を呼ぼうとして少し考える。言葉を途中で止めたから、オーリムは不思議そうに首を傾げた。


「フィア?」


「あら、ごめんなさい。いえね、リム様の事、リム様と呼ぶべきなのか、ラズくんと呼ぶべきなのか迷ってしまって。あなたはどちらがいいかしら?」


 上目遣いでそう尋ねると、オーリムはうっと言葉を詰まらせた。少し視線を泳がせて、ポツリと呟く。


「……デートとか、二人か三人きりの時はラズの方が嬉しい。けど、フィアもその、いずれラズの名前が付くし…………」


 しどろもどろにそう言って、俯く耳が赤い。言われた言葉を脳内で反芻(はんすう)して、喜色を浮かべ、ニヤける両頬を隠すように、自身の両手で覆った。


「まあ! ふふっ、そうよね。わたくしもいずれ、ソフィアリア・ラズ・アウィスレックスになるのよねっ! はぁ〜、なんていい響きなのかしら!」


 満面の笑みを浮かべてふふふと笑うソフィアリアの言葉に、オーリムはますます顔を赤くし、目元を手で押さえている。照れが最高潮らしい。


「ピー」


「っ! うるさいっ! 出来るかっ‼︎」


 王鳥の言葉に怒鳴るオーリムの表情と台詞から察するに、キスの一つくらいしろとでも言われたのだろうか。いつでもしてくれていいのにと、少し残念に思う。


 甘い沈黙は嫌ではないが、眠気覚ましの為にも今は話していたい気分なソフィアリアは、(おもむろ)に髪に貼り付けられた花を、一つ取ろうとする。……王鳥がどう固定したのか不明だが、どれだけ力を入れても取れなかった。見かねたオーリムが取ってくれる。


「ありがとう。実はこのお花はね、セイドベリーのお花なのよ?」


「セイドベリーの?」


「ええ。ほとんどラズベリーと一緒なのだけれど、少しピンクがかった白い花びらで、雄しべが一本だけオレンジ色なの。王様ったら、これを採る為だけにセイド領に行ってきたのですか?」


「ピ!」


 そうらしい。思わず笑ってしまった。くすくす笑っていると、オーリムは何かに気が付いたのか、懐からハンカチを取り出す。


「あら、懐かしい」


 クリームイエローのそのハンカチは、あの時ラズを綺麗にしようとして渡したものだ。宝物だと話には聞いていたが、今日も持っていたらしい。オーリムもこのハンカチを優しげに見て、そしてソフィアリアがすぐそれが何か気付いたのが嬉しかったのか、口元に笑みが浮かんでいた。


「この刺繍もセイドベリーか?」


「ええ、そうよ。お母様は刺繍がとても得意で、わたくしの着られなくなったドレスを切って、この刺繍を入れてくれたの。当時のわたくしの一番のお気に入りだったわ」


 刺繍で縫われた淡いピンクの花には、一本だけオレンジ色の雄しべが縫われている。こうしてみると結構特徴的だ。


「このティアラも、この刺繍のお花を見てオーダーしたの?」


 そう言って頭につけたままのティアラを撫でれば、オーリムは頷いた。


「ああ。このハンカチは元々フィアのもので、俺にとってはずっと心の支えだったから。だからフィアに身につけてほしかったんだ。他にも王が王の黄金と俺のオレンジ、フィアの琥珀の三色の石は絶対入れたいと言って、真ん中の卵を王のシトリンが、左翼はオレンジの強い俺の琥珀、右翼はフィアの琥珀色を散りばめて、周りにはこの花をモチーフにして入れてもらった。俺はこの刺繍が何の花か知らなかったけど、セイドベリーの花だったんだな」


 そう言うとますます嬉しそうにティアラを眺めていた。

 お花の形もだが、中央にオレンジの宝石が小さく埋め込まれていたからすぐにこれが何の花をモチーフにしたのか気が付いた。オーリムらしいチョイスだと思ったが、花の正体は知らずに頼んだらしい。どうりで、この花を見ても何の花かわからないと言っていた訳だ。


「わたくしには色々とピッタリだけれど、あまりいいお花ではないのよ? 特に夜会向きではないわ」


「何故?」


「花言葉が愛情と、深い後悔なの」


「……すまない」


 サァっと青くなるオーリムに、くすくす笑いが止まらなくなってしまう。けれどソフィアリアにとっては思い出深いお花だし、合っているのでお似合いだと思うのだ。


「そんな顔しないでくださいな。とっても気に入っているのだから、謝られたら悲しくなってしまうわ。それを知っても、今後もセイドベリーのお花を身につける事を許してくれるかしら?」


「あ、ああ、勿論。その、あまりいい花ではないとわかってるけど、嬉しい」


 頰を掻いて照れるオーリムの横顔に、ニコニコ笑顔が止まらない。なら、今後も遠慮しないでおこう。


「ピー!」


 と、王鳥が鳴いたので王の顔を……前を向いて、息を呑んだ。


 背中側は夜空。そこから順番に青、水色、濃い黄色、水平線の彼方は赤に近い深いオレンジだ。グラデーションになった薄明るい空と海の境界線からゆっくりと、輝くようなオレンジの陽が顔を出す。波打つ海面に反射して、まっすぐこちらに向かって、波に沿って流れてくるような光が伸びていた。


 その神秘的な光景に、思わずほうっと息を吐く。


「綺麗……」


「フィアは海からの日の出を見た事がない?」


「ないわ。でも海は一度だけ、隣のペクーニア領の港町に遊びに行った事があるの。その時も日の出は見なかったから、今日が初めてよ」


 目をキラキラと輝かせて陽を見つめる。あまり目によくないとはわかっているが、輝くオレンジから……ラズの瞳の色から、目が離せなかった。

 時間が経つにつれ、輝くオレンジは空にのぼり、色も明るく……黄金色へと変わってゆく。その変貌が、オーリムの瞳のようだと思ってしまった。


「フィア」


「なあに?」


「好きだ」


 さり気なく言われた一言に、思考が停止する。目を見開いて、じわじわと脳にその言葉が浸透し始めた頃、バッと勢いよく後ろを振り向いた。

 オーリムは耳まで真っ赤になりながら、けれど目を逸らすまいと必死にソフィアリアを見つめていた。そんなオーリムの様子に、ソフィアリアもだんだん赤くなっていく。


「……もう一度」


「好きだ。……最初は、大屋敷に来るまでは淡い憧れだったんだ。近くに居られたら嬉しい。眺めるだけで幸せだって思ってた」


 視線は逸らさないまま手を彷徨わせて、少し迷って、そっとソフィアリアの両手の指先を掴む。


「けれど、大屋敷で毎日一緒に過ごすようになった途端、やっぱりダメだった。変わる兆候はあったけど、思っていたよりもずっと早く変わってしまった。近くに居られたらなんて、眺めるだけで幸せだなんてもう二度と思えない。……フィア、すまないがもう離せない。ずっと側にいてほしい」


 辿々しい告白だった。カッコ良さなんてない、煌びやかな口説き文句もない、必死でまっすぐで、けれど本心からの、オーリムらしい告白だった。


 くしゃりと顔が歪む。あまり可愛くない顔を見られたくなくて、思わずその胸に飛び込んだ。


「ぅわっ⁉︎」


 受け止め方にもスマートさがない。あわあわ焦っていて、でもそっと肩に手を置いてくれる。それだけで、今は満足だ。


「〜っ! もうっ! どうして余所見をしている時に、そんな大事な第一声を言ってしまうのっ!」


「すっ、すまないっ……いや、無理……」


「無理だなんて酷いじゃない! せめてお顔を見合わせて言ってほしかったわ!」


 涙声になりながら、ぐりぐりと胸板に額を擦り付ける。それだけでビクリと跳ねるのだから、本当にどうしようもない人だ。


「ピーピ」


 王鳥からも馬鹿にされているような声音が聞こえる。それが少しおかしかった。


「リム様……ラズくん」


「な、何っ?」


「大好きよ」


 その一言でピシリと、全身を強張らせてしまう。顔を上げればきっと、未だかつてない程真っ赤になっているのだろう。でも見てあげない。……ソフィアリアだって、きっとそんな顔をしているのだから。


「王様も大好きよ。わたくしは、酷くて優しい旦那様達にずっと、恋をし続けるわ」


「ピピ」


「ふふっ、妃を愛してる、かしら?」


 オーリムにくっつきながら幸せ過ぎてくすくす笑っていると、ようやく復活してきたのか、背中をやんわりと抱き寄せられる。


「俺も、その、生涯唯一、愛、してる」


「あら、意外と詩的ね?」


「……別の奴に、ソフィアリアの事をそう言った」


「まあ! 居合わせたかったわ。残念」


 思わず頬擦りすると、心臓の音が異様に早い。それが擽ったくて、でもきっとソフィアリアも同じなのだ。


「その、前から思ってたんだが、愛、じゃなくて恋なのか?」


 愛という言葉にいちいち詰まるオーリムがおかしくて、まだ締まりのない表情をしている気がするが、顔を上げる。オーリムもソフィアリアを見ていたのか、視線が合うと照れが強いらしく、目を彷徨わせた。

 そんな表情をずっと見ていたかったが、へにゃりと目を細めて笑って、その回答をする事にした。


「わたくしね、多分、誰の事でも愛する事が出来ると思うの」


「だ、誰の事でも……?」


「ええ。相手に望まれれば、どんな大悪党相手にでも」


 そう断言すると、ヒクリと頰を引き攣らせていた。まあ、そういう反応だよねと思ってしまう。

 ソフィアリアは言葉を続ける。


「愛ってとても大きいけれど、一方的に与えていれば満足だと思うのよ。見返りを求めず、惜しみなく注げるのがわたくしの思う愛よ。でも恋は違う。とっても小さくて我儘だわ。一方的に愛情を注ぐだけでは満足出来なくて、見返りを求めないと気が済まない。愛情を渡した分だけ、ちゃんと返して欲しい。渡した以上だとなお嬉しい。でも、返してくれないといずれなくなってしまうわ。それが恋で、わたくしが旦那様達だけに望んでいるものよ」


 自論だけれど、と苦笑する。


 一方的に愛情を注ぐ事はソフィアリアにとって簡単な事だった。渡せばそれで終わる話だから、誰の事でも愛する事は出来そうだった。

 けれど恋は違う。見返りありきだ。返してくれないと困る。与える一方だといずれ枯渇して興味をなくす。そんな危うく我儘なものだった。


 だからソフィアリアは恋を諦めていたのだ。見返りを求めるなんてしてはいけない、与えるのが当然なのだからと己を律した。誰かに貰う事を望んではいけないと思っていた。


 けれどソフィアリアはオーリムに幸せになるのが罰だと言われて、真っ先に二人に恋をしたいと思ってしまった。王鳥とオーリムの愛情を受け取って、貰った分を返して、一生そうやって愛情の応酬を繰り返していたいと願ってしまった。そんな毎日が欲しいと思った。


 だからソフィアリアが二人に向けるのは、温かい愛ではなくて、我儘な恋なのだ。そう説明すると、オーリムは困ったように、でも少し嬉しそうに笑う。


「返したら、返してくれるのか?」


「ええ! でも、少し大きくして返すわ。だから大きくした分、また同じくらい返してくださいな」


「それだと大きくなる一方じゃないか?」


「それがいいのよ」


 くすくすと顔を見合わせて笑う。こうして笑い合う瞬間が、とても好きだ。


「ビー」


「王は愛する事しかしない、だとよ」


「王様はそうでしょうね。とっても懐が広いもの。わたくしとラズくんが二人の世界に入ってしまっても、きっとわたくし達の事を変わらず愛してくださるわ。……いいわよ、勝手に返すもの。ね?」


「まあ、仲間外れにはしない」


「ピピー」


 鳴き声に甘さを感じる。どうやら喜んでもらえたようだ。


 空はすっかり明るく、太陽は黄金を通り越して白に近い。きっとそろそろ大屋敷のみんなも起き始める頃だろう。


「今帰ったら、両想いになった途端朝帰りしてって、みんなに揶揄われるのかしらね?」


「あっ、朝帰りっ⁉︎ ち、違っ⁉︎」


 真っ赤になって狼狽始めるオーリムは、けれど背中に回した腕は決して離してくれない。

 宣言通り離せないと言われているようで、その事に大きな幸せを感じ、腕の中でずっとキラキラと眩しい程の笑みを浮かべていた。

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