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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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水平線の日の出と告白 1

 オーリムの今までの軌跡を聞いて、ずっと愛されていたという大きな多幸感と、途轍もなく深い後悔が同時に押し寄せる。


 嬉しかった。八年前、ほんの少し一緒に過ごしただけの男の子にこれほどまで強い影響を与え、その男の子とは知らずに恋をした。恋をした相手に護りたいと思われ、結婚する為に立派な代行人になれるよう努力したと言われて、嬉しくない筈がないではないか。大きな愛情を向けられ、心は幸せで満たされる。


 苦しかった。こちらに歩み寄ろうともがいていた男の子をその場に押さえつけ、動けなくなるまで縛り付けていた原因はソフィアリア自身だと知ってしまった。いつもそうやって、人に苦痛ばかり与えてしまう。


 八年前。一緒に暮らそうと手を引いて案内したのが、ラズにとっては忌々しい大きな家だった。(なじ)られるのも当然だ。実際、小さな領地にスラムが出来る程荒廃させたのは祖父とソフィアリアのせいで、ラズの幼少期の貧しさの原因になっているのだから。


 結婚しようと努力していたのに、オーリムと同じ目にあわせたくないと、ソフィアリアの幸せを願って身を引かせた。気持ちを押し殺して、諦めさせた。


 大屋敷に来て、でもオーリムはそんなソフィアリアに恋をしてくれた。告白しようと、気持ちを返そうとしてくれていたのに、ソフィアリアが自分を悪人だと言って、そのきっかけがラズだったと話してしまったせいで打ちのめし、途方に暮れさせた。


 そして、ずっとソフィアリアを想い、求めてくれていたラズを、死んでしまった人だと勘違いしていた。


 なんて酷い事をしてきたのだろう。本当にソフィアリアは無意識のうちに人を傷付ける悪人にしかなれない。傷付けて、その事に傷付いて、傷付け合う事ばかりなソフィアリアとオーリムは、お互い満身創痍で八方塞がりだ。


 でも、それでも好きなのだ。生まれて初めて恋をして、一緒に幸せになりたいと望んだうちの一人だった。この気持ちはもう止められないし、止めたくない。


 だから――


「ねぇ、リム様……ラズくん。八年前のやり直しをしましょう?」


 左手は心の痛みを堪えるようにギュッとスカートを握り締め、右手をそっとオーリムの方に差し出した。笑みを浮かべ、けれど耐えきれなかった涙が一筋流れる。


 眉を下げて、悲しく辛そうな表情をしていたオーリムはその涙を見て、言葉を聞いて、目を見開いた。


「やり直し……?」


「ええ、そう。わたくしね、お父様達に本当の事を教えてもらった翌日、ラズくんに謝りたくて屋敷を飛び出したの。あの時は既に手遅れになって、一生謝れなくなったと思ったけれど……。でもね、今日、八年越しにようやくラズくんを見つけられたわ。だから、今度こそ謝らせてほしいの」


 ふわりと笑みを浮かべる。涙交じりで決して綺麗な笑みではないけれど、その表情は晴れやかだった。


「……俺も、謝りたい事があるんだ。その日の夕方に行ったけどもう居なくて、翌朝、フィアの所に向かう途中で王に攫われた。ようやく再会出来たのに、ずっと言う勇気が出なかった。臆病で、最低野郎だろ?」


 くしゃりと、オーリムも不恰好に笑みを返してくれる。痛みを堪えるようなそれは見ていて気持ちのいいものではなかったけれど、その表情は嬉しそうだった。そしてソフィアリアの差し出した手を、そっと下から掬い上げてくれる。


「わたくしね、あの時、自分の事をお姫さまだと言ったわ。でも本当は悪人で、ラズくんに苦しい生活を強いた元凶だったの。嘘をついてしまって、ごめんなさい」


「フィアが自分の意思でそうしたんじゃないって知っているから、俺はそう思っていない。俺にとってフィアはずっとお姫さまで、その存在に救われていた」


 お姫さま、という呼び名は正直ソフィアリアにとっていい印象はない。はじめにそう呼んでくれたのが祖父で、自称していた頃のソフィアリアは無知で無邪気で、どうしようもなく愚かだった。


 けれど、恋しいオーリムの救いになっていたのなら悪くない。その呼び名も、今なら許せる気がした。


「……俺はあの時、フィアに自分の汚さも食べる物がない理不尽も全部押し付けた。誰かのせいにして楽になりたかったんだと思う。でも優しくしてくれたフィアに押し付けるのは、間違っていた。全部フィアに押し付けて、自分勝手に(なじ)ってごめん」


「わたくしのせいよ。たとえ知らなくても、領民から奪ったもので贅沢していた事実は消えないもの。何も間違っていないわ」


 孤独で先が見えず、村で目にする普通の幸せも、ラズには手に入らないという現実にイライラしていた。誰かのせいにしないと耐えられなかった。

 はじめは悪人のジジイという奴に、そいつが居なくなっても現実は変わらず、全然よくならなかったから、今度は同じ家に住むソフィアリアのせいにした。……そのソフィアリアは、ラズを唯一個人と認めて優しくしてくれた子だったのに。


 でもそう責められて、ソフィアリアは初めて現実に目を向ける事が出来た。そのきっかけは、あの時のラズの言葉だったのだ。


「……何も知らなくて、無邪気にお城に連れて行ったり、悪人だと自称したり、ラズくんは亡くなったのだと言ったりしたわね。知らない事を理由に、あなたの事を今までたくさん傷付つけてしまってごめんなさい」


「知りようがないだろ。大きな家が忌々しいなんて勝手な八つ当たりだし、俺はずっと自分がラズだと伝えなかった。そんな勇気、なかったんだ」


 知らなかった事とはいえ、ソフィアリアは無意識にラズを傷付けるような事ばかりしてきた。苦痛を強いて、罪を重ねて、けれどそんなソフィアリアを見捨てる事なく、ずっと慕ってくれたという。苦しいけど、どうしようもなく嬉しい。


「……フィアが俺に優しくしてくれたのは、心からの親切心だったのに、見た目も心も、眩しいくらいの綺麗さは本物だったのに、全部周りにアピールする為だなんて、俺を道具に使うなだなんて、無茶苦茶な暴言吐いてごめん」


「わたくしが綺麗だったのは、何も知らず、領民から奪ったもので着飾っていたからだもの。いつも無意識に人を踏み台にしてしまうから無茶苦茶だなんて言い切れないわ」


「無茶苦茶だろ。結果論で、フィアがそうしたいと思ったからじゃない。フィアはずっとキラキラしていて、綺麗だ」


 ギュッと手を握られながら真剣な表情でそんな風に言われて、胸が高鳴るのはどうしようもない。だって相手は恋をした人だ。恋をした人に綺麗だと言われて、喜ばないはずがない。

 情けなく笑いながら流れた涙は、今度はそっと拭ってくれた。その事に幸せを感じる。


「ごめんなさい」「ごめんな」


 最後の謝罪は、同時だった。思いかけずハモってしまい、お互い目を丸くしてぽかんと見つめあったが、同時にプッと吹き出し、くすくすと笑い合う。


 八年だ。ただ一言謝るだけなのに、お互い八年も掛かった。キツく絡まっていた(わだかま)りがようやく解けた瞬間だった。


 きっと今なら、我儘で無邪気なお姫さまと、何も持っていない薄汚れた名無しの孤児から脱却し、前に進める。進んだ先には、王鳥妃(おうとりひ)というお妃さまと、代行人という重苦しい身分が待ち構えているが、王鳥という二人にとってはかけがえのない神様も追いつくのを待ってくれているのだ。


 何も躊躇(ためら)う必要がない。全て背負って、あとは三人で幸せを積み重ねていけばいい。


「ふふっ、じゃあ仲直りね? 今度こそ、三人で一緒に幸せになりましょう!」


 想いのままにソフィアリアがそう言えば、オーリムは大きく目を見開いた。オーリムはずっと昔、王鳥の背中で見た夢を、今になって鮮明に思い出す。


「……ラズくん?」


 固まってしまったオーリムに、ソフィアリアは心配そうな表情を向ける。何かまた言ってしまっただろうかと不安になった。


 オーリムは珍しく、目を潤ませながらふわっと笑顔を浮かべた。ソフィアリアはその表情に驚き、目が釘付けになる。


「ああ! 三人の幸せは、俺と王が絶対護る。ずっと傍に居て、どんな悪人からも護ってやる」


 夢の中で言った台詞を少し変えて、そのまま伝えた。

 あの夢の結末は一番の幸せだった。今がそうなのだから、言うべきだろう。


「まあ! じゃあわたくしは、お二方の安寧を護るわ。疲れたらどうか、わたくしの傍で休んでくださいませ。ねえ、王様?」


 夢を知らないソフィアリアはそのまま会話を続ける。ずっと静観してくれていた王鳥を振り向くと王鳥は――ベンチのバスケットに残っていた、セイドベリーのスティックパイを夢中で食べていた。


「ちょ、王っ⁉︎」


「ピ?」


 それに慌てたのがオーリムだ。慌ててバスケットを取り上げると、たくさん入っていた筈のスティックパイはすっかり空になっていた。その事に、静かに絶望している。


「あら。気に入ってくださいましたか?」


「ピ!」


「そうでしたの。ラズくんも目を輝かせて食べていたし、好みが同一化するならそうなりますよねぇ。……リム様?」


 バスケットを持って俯き、フルフルと肩を震わせるオーリムをキョトンと見つめ、そう声を掛ける。


「プピー」


「っ! 王っ‼︎ 俺のっ、せっかくフィアが作ってくれた、俺の為のパイだったのにっ……‼︎」


「ピーピ」


「話が長いって、仕方ないだろっ⁉︎ それに俺はまだ一口しか食べてなかったのにっ……‼︎」


 バスケットをベンチに置いて、闘気と怒気を漲らせたオーリムは静かに槍を出現させ、王鳥に襲い掛かる。王鳥は軽く避けるとオーリムはまた追いかけ……二人の攻防戦が始まった。


 久々の激しい喧嘩が始まり、頰に手を当て、困ったように、でも少し楽しそうに二人を見守る。


「コンポートはまだ残っているから、また作ってあげられるのに」


 そんな呟きは、もちろん届く事はなかった。

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