表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
67/427

兵士にも王子にもなれない『おれ』は 6

 あの夜会から三日後。フィーギスとラトゥスが来ている執務室で、それは起こった。


「……王? 朝っぱらからどこに行っていたんだ?」


 バルコニーに王鳥が来ていたので、扉を開けて中に入れる。


 王鳥は基本的に午前中は大屋敷周辺にいる事が多いのに、今日は朝から姿が見えなかった。目を閉じて視界を共有し、居所を探ろうとしたが出来ず、声を掛けても反応がない。そんな事今まで一度もなかったので心配していたオーリムがそう尋ねると、王鳥はニヤリと笑った気がした。


『未来の妃に求婚してきた。――次代の王。余はソフィアリア・セイドを妃に――王鳥妃(おうとりひ)に所望する。拒否は許さぬ。今すぐ王命を届けるがよい』


 横暴にもそう言い放つ言葉に、目を見開いて固まる。だが理解が追いつくと、眉を吊り上げた。


「王っ‼︎ 俺は結婚しないって何度も言っただろっ‼︎」


『ラズの事なぞ知らぬよ。余が所望すると言うておるのだ』


「妃にすると、お姫さまがどんな目に合うかわかってんだろっ! なのにここに連れてくるのかっ⁉︎ 王はそれで平気なのかよっ‼︎」


『そなたより充分理解しておるわ。心配せずとも、妃は潰されるような(もろ)い人間ではないよ。王鳥妃(おうとりひ)として、立派に立てる人間ぞ』


「お姫さまは普通に幸せになれる人だっ! なのにこんな所に連れてきて、わざわざ難しい立場に立たせるっていうのかよっ⁉︎ ふざけるなっ‼︎」


「リム、落ち着けよ。あー、何言ってんのかわかんねーけど、王鳥様がリムの姫さんと結婚したいとでも言ってんのか?」


 すっかり頭に血が登って興奮したオーリムの肩を、プロムスが掴んで注意を引く。オーリムはグッと奥歯を噛み締め、苛立ちを吐き出すように深く息を吐いた。


「……そうだ。お姫さまを王鳥妃(おうとりひ)にするから、フィーに今すぐ王命を出せって言ってる」


 不服そうにそう言うオーリムは、まだ渋面のままだ。そんな様子を見て、フィーギスは苦笑する。


「いいとも。どうせ遅かれ早かれこうなる日が来るだろうとわかっていたさ。けど、王。王命はセイド領にすぐに届けさせるけど、迎えるのは少し待ってくれたまえ。議会で話し合わねばならない事が多いからね」


「っ! フィー‼︎」


 乗り気なフィーギスを睨むもどこ吹く風だ。ラトゥスは話し合う内容を、さっそく手帳に書いている。


『別に嫌ならそなたは結婚せずともよい。余だけの妃にすればいい話ぞ。けれど、後入りは許さぬからな?』


 そう言われグッと決意が揺らぐ。王鳥とだけ結婚しても、難しい立場に立つ事も嫌な目で見られる事も変わらない。むしろ王鳥は突き放して自力でなんとかするよう促すような苛烈な奴だ。ソフィアリアに何をするか、わかったものではない。


「どうする、リム? 王とだけ結婚させるかい?」


「……わかった。俺も結婚する」


 だから、オーリムも腹を括るしかなかった。


 おそらく王鳥はソフィアリアにも試練を与えるだろう。そんな時が来たら、傍で護ってやりたかった。オーリムも結婚すると言わなければ、手助けは許さない筈だ。そんな事は絶対に嫌だった。


 ――それからすぐに王命を出され、ソフィアリアがこの大屋敷に来るまでに色々と準備をしなければならない事が多く、日々慌ただしく過ぎていった。


「なんだかんだ言いつつ、リムも乗り気だよな」


 ハンカチと同じ色の壁紙を指示し、ソフィアリアが心地よく過ごせるよう部屋の手配を念入りにしていたら、プロムスにくつくつ笑われてそう言われた。


「っ! うるさい!」


 真っ赤になって反論しつつ、けれど否定出来ない。


 ソフィアリアが来るまでに早めに手配しておかなければならないドレスや部屋は、王鳥と相談しながら事細かにチェックを入れていた。特に大舞踏会用のドレスとティアラは自分達でデザインする勢いだったので、デザイナーに笑われてしまう。

 なんとなくお姫さまにティアラは必須だと思い、ハンカチに刺繍されていた花を取り入れてもらった。男爵令嬢だと知っても、オーリムの中でソフィアリアはずっとお城に住むお姫さまだった。


 楽しみか楽しみではないかと言われれば、とても楽しみだ。出会った時一緒に住もうと言われて、そうなる未来を想像し、期待に胸を膨らませた事もあるのだ。その念願が叶うのなら、楽しみではない筈がない。

 反面、ここに来させて波乱な人生を歩ませてしまう事に、酷く罪悪感を募らせていた。ソフィアリアはこれから穏やかな幸せを掴む事が出来ただろうに、オーリムが憧れ続けたせいで、真逆の人生を歩ます羽目になってしまった。それが酷く心苦しい。


 オーリムがソフィアリアに出来る事なんてたかがしれている。物理的な危険から身を護ってやる事と、大事に想う事くらいだ。想うだけで、実行出来るかはわからない。

 自分が対人経験に乏しい自覚はあるのだ。側にいた人は執務室に集まる四人くらいで、それにしたって自分は末っ子のように大事にされる側だった。大事にしたい気持ちはあるが、どうするかなんて手探り状態だし、余計な事をしそう、もしくは配慮が足りない予感もある。


 それに、いつか自分はラズだと打ち明けて謝らなければならない。その時、ソフィアリアはどう思うだろう? やはり嫌われてしまうだろうか? 自業自得なのでそれならそれで仕方ない。側から離れないだろう王鳥にソフィアリアを任せて遠くから見守ればいいが、とても辛く落ち込みそうだと思った。


 幸福と後悔で気持ちがぐるぐるしたまま一季が過ぎて、とうとうソフィアリアが来る日がやって来た。議会が長引いて、まだ決着がつかない事に痺れを切らした王鳥が怒ったのだ。王鳥が怒るのも無理はないと思うが、間に立たされているフィーギスにも色々と申し訳ない気持ちが募っていく。罪悪感ばかりが増えてどうしようもなかった。


 ソフィアリアが乗った馬車が大屋敷の下に到着したらしく、出迎えの為外で待機する。腕を組んでソワソワ落ち着かない様子にプロムスから溜息を吐かれ、頭を小突かれた。


「落ち着け。……いいか? 馬車から降りる時にはちゃんと手を差し出せよ?」


「うっ、ああ……わかった」


 全く思い至らなかった。視線を逸らした事でプロムスと、ソフィアリアにつく事になった侍女――プロムスの妻アミーだ――にそれがバレたのか、また溜息を吐かれる。が、プロムスはニッと悪戯っぽく笑うと、助言をくれた。


「姫さんはドレスだし、長時間馬車に揺られて足元が覚束(おぼつか)ない筈だから、ちゃんと抱えて部屋まで運んでやれよ?」


「そうなのか……わ、わかった……」


 出会って早々大接近する事になるらしい。心臓の音がバレないだろうか、顔が赤くなるのはどう誤魔化せば……と悶々と悩んだ所で、プロムスはアミーに背中をつねられて悲鳴をあげた。


「代行人様。プロムスの冗談を間に受けて実行なさいませんようお願い申し上げます。抱えて家に入るのは、新婚夫婦の風習ですので」


「……ロム」


 騙されたようだ。危うく実行しそうになり、恨みがましい目でプロムスを睨みつける。


『ほう? よいではないか。余とは結婚したも同然なのだから、ラズもそうするがよい』


「誰がするかっ! あと俺の事、しばらくラズって呼ぶな!」


『面倒な奴よのぅ。わかったわかった』


 ――そんなくだらないやり取りをしているうちに馬車が到着し、緩む頬を引き締める為に代行人としての仮面を被る。言われた通り手を貸し、乗せられた手が小さい事にドギマギしていたが、顔に出なかったと思う。

 馬車から降り、対面したソフィアリアは、遠くから見るよりも優しげで美しく……オーリムと同じ背丈だった。憧れのお姫さまと同じ身長だった自分の発育の悪さに酷くショックを受け、思わず呟いた第一声は、この後一生弄られる事になる。


 再会したソフィアリアは、物腰が柔らかく非常に聡明な、とても綺麗な貴族女性へと成長していた。鳥の姿をした王鳥と自分の二人と結婚する事も受け入れており、平等に愛情を与えてくれる。

 代行人の仮面も早々に剥がされ、オーリムが自我を持っている事も出会って二日目には見抜かれてしまった。それに歴代初となる王鳥妃(おうとりひ)の事を真剣に考えてくれる、よく出来過ぎた素晴らしい人だ。

 支えて護るつもりが、オーリムの悩みを優しく包み込んで慰め、逆に支えてもらってばかりなのはどうかと思うが、ソフィアリアにそうやって甘やかされるのは心地よかった。思えば昔から、ソフィアリアには導いてもらってばかりいる。変わらない優しさが嬉しく思った。


 王太子として勉強したフィーギスと張り合える程の実力を持っている事には驚いたが、離れている間にソフィアリアも必死に頑張ったのだろう。動機は不純だったが、オーリムもそれなりに修行を積んできたつもりなので、同じように勉強したと思うと嬉しかった。……明らかに基礎知識を刷り込まれた自分より頭がいいのは、少し悔しかったが。


 夜、槍の訓練をしている所に現れた時は本当に嬉しかった。槍は、特に拘って力をつけたから、褒められて幸せだ。


 なんでも受け入れてくれるソフィアリアが空を飛ぶ事まで了承した時は焦ったが、一緒に空を飛ぶという魅惑に逆らえず、結局飛ぶ事にした。

 結果は、想像以上に楽しかった。どうやらソフィアリアは空を飛ぶ感覚がとても好きらしく、気分が高揚して少し子供っぽい無邪気さが顔を出す。それが八年前のふわふわしていた頃のソフィアリアとピッタリと重なり、思わず見惚れてしまった。


 あれだけ強く反発したのに、結局は憧れのお姫さまの魅力に囚われてズブズブと沈んでいくのがわかる。オーリムはきっと、この憧れの気持ちをすぐに恋へと変えるのだろう。いや、先程ソフィアリアの事を「フィア」と愛称で呼んだ瞬間、変わってしまったかもしれない。そういう予感があった。


 なら、近いうちに自分がラズだと打ち明けて、あの時の暴言を謝ろう。もう少しだけ時間が欲しいが、こういうのは早い方がいい。打ち明けて、謝って、もし許してくれたら好きだと告白してもいいだろうか? 告白して、好きになってもらうように努力をする。いずれ結婚するけれど、その前に少しでもいいから好かれたかった。そんな未来を夢見た。……オーリムがそうやって夢見た後は、すぐに打ち砕かれる事になるというのに。


 ――空を飛びながら聞いたソフィアリアの過去話は、オーリムを徹底的に打ちのめすには充分な威力を持っていた。


 ソフィアリアは、ラズは死んだと思っていた。……自分が『やっつけて』しまったと、深く悔いていた。


 そして、ラズの放った暴言は、憧れのお姫さまを『悪人』へと変貌させてしまったらしい。


 衝撃で、呆然とする事しか出来なかった。顔が強張り、謝る事も出来ず、必死にソフィアリアは悪人ではないと否定しても聞き入れてもらえない。自分は悪人だと、根強く定義してしまったらしい。

 オーリムの……ラズのせいだ。あの時感情任せに放った言葉が、ソフィアリアを悪人に貶めた。ラズにとっては綺麗なお姫さまだったのに、一時の感情に身を委ねてしまったせいで、変えてしまった。それが辛く、悲しかった。償う方法がわからなくなった。


 けれど、幸せを諦めている風なのだけは絶対ダメだと思った。悪人に変えた自分が更に罰を与えるなんてどうかしていると思ったが、聞き入れてくれそうな言葉がこれしか思いつかなかった。ますますそんな自分に嫌気がさす。


 幸せを諦める気持ちは何とか出来たが、罰まで与えてしまった事に罪悪感をより一層深め、告白とか恋とか、そんな甘い考えは一瞬で消し飛んだ。だから――


「――わたくしは、酷くて優しい旦那様達に恋をしたみたい。これからきっと、もっと好きになるわ」


 月を背にして、照れて赤くなりながらそう微笑んで言ってくれた待望の言葉に、返事を返す事が出来なかった。

 嬉しいのに、泣きたいくらい幸せなのに、自分がやらかした事への罪悪感に押し潰されて、何も動けず、どうすればいいか途方にくれる事しか出来なかった。


 ――そうやって気持ちが迷子のまま、好意を向けられても返す事が出来ず、悪人だとソフィアリアが自称する度に重石を乗せられ、けれど幸せだけはちゃっかりと感受して、そんな自分にますます嫌気がさす。身動きが取れないまま、そうやってずっと立ち尽くしていた。


 いっそラズだった過去は捨ててしまおうか? その方が楽かもしれない。何も言わず、オーリムとして一から始めれば素直に気持ちを返せて、お互い幸せになれる気がした。……そんな甘い考えも、結局叶う筈もなかったけれど。


 出会った頃は兵士として、ソフィアリアの事を一生護るつもりだった。……護るどころか、誰よりも深く傷付け、悪人へと貶めた元凶になっていた。


 代行人になって、王子としてお姫さまを迎える為に努力した。……迎えるどころか、お姫さまという幻想はラズがソフィアリアの中から追い出し、自分は正体が見つからないよう逃げ回っていた。


 逃げて、逃げて、逃げて……結局、自分から言い出す事も謝る事も出来ず、王鳥の背に乗ったお姫さまに見つかった『おれ』は、出会った頃と何一つ変わらない、何も持っていない薄汚れた名無しの孤児のままなのだろう――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ