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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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兵士にも王子にもなれない『おれ』は 5

『せっかく見つけ出した姫との婚約を何故拒むのだ? そなたは今までそれを叶える為に努力していたのであろう?』


『うるさいっ! とにかく、お姫さまを妃になんかさせないっ! 勝手な事をしたら、俺は自分の首切り裂いて死んでやるからなっ‼︎』


『それで困った事になるのは次代の王ぞ。まあ、よい。気が変わったらいつでも言え。その無駄な思考なぞ、さっさと折り合いをつけよ』



           *



 ソフィアリアを見つけて四年。オーリムは十七歳になった。背丈も随分伸びたが、相変わらずフィーギス達と比べて発育が悪い。


 そんなオーリムは今、毎日を何の目標もなくぼんやりと過ごしていた。代行人としての仕事を(こな)し、勉強も槍術も日課のようにしているが、四年前程の気力はない。


 ソフィアリアの調書を貰ったあの日。フィーギス達は帰っていき、夕飯を食べ終えた後はソフィアリアを呼ぶ為にはどうすればいいのかと、まずは書庫で王鳥の妃について調べる事にした。

 だが――そんな人は今まで存在しなかった。その事実に固まり、だが諦めきれずに書庫の本を読み尽くす勢いで探したが、いくら探しても結果は同じだった。思わず呆然と立ち尽くす。


『何をそんなに必死に探しておる? そもそも自我のある代行人というのがラズが歴代初という時点で気付くべきだろうが。自我のない人間が、どうして婚姻を結ぶと思うのだ』


 ラズと同じく歴代初。その言葉にゾッとした。


 だってラズは代行人になっても自我があると知られた時、高位貴族達から蔑みや恐怖を向けられた。何かの間違いだと存在すら否定された。

 それに、現在進行形で周りから向けられる目が非常に厳しいのだ。フィーギスとラトゥスは好意的だが、国王や王妃からも疎まれていると聞く。オーリム自体はその事をどうでもいいと思って流しているのだが、その視線をソフィアリアにも受けさせるのか?


 花嫁は本来祝福されるものだ。だが歴代初の王鳥と代行人の妃は、はたして祝福されるだろうか?


 答えは――否だった。


 そもそも、王鳥という見た目が大きな鳥の神様に人間のソフィアリアが嫁ぐのも抵抗を感じる筈だ。そんな見た目の旦那なんて、何の冗談だと思うだろう。

 オーリムは見た目こそ人間だが、元はスラムの孤児で今も自我のある代行人という半端者で、人から疎まれている自覚はある。人から嫌われている旦那も嫌だろう。

 ここに妃として迎えるなら、そんな二人を夫とし、結婚しなければならない。二人の夫なんて前代未聞の筈だ。王族ですらいなかったと思う。


 結婚出来るかもしれないと浮かれていたが、冷静になってみれば、現実はとても厳しいものだった。だからオーリムは――諦める事にした。


 だってオーリムは、ソフィアリアの事は何よりも護ってあげたいという気持ちが強いのだ。護って、幸せになってほしい。けれどここに来れば護るどころか普通に生きていれば不必要だった困難に晒し、蔑みの視線を向けられる事になる。そんな事、許せる筈がなかった。


 王鳥を言い含め、フィーギス達にも話し、驚かせはしたが納得してもらえたと思う。フィーギスも妃は難しい立場になると予想していたらしい。この話がなくなって良かったと思った。


 だが、ソフィアリアを妃に迎えるという目標を失ったオーリムは無気力になってしまった。ただなんとなく生きている今の状態は、スラムで過ごしたあの日々を彷彿(ほうふつ)とさせる。ソフィアリアに出会う以前の状態に戻ってしまっていた。

 自分でもこのままではまずいと思うのだが、何を目指して生きればいいのかわからないのだ。周りに心配をかけている事は心苦しいが、どうすればいいのか検討もつかない。


 そんな様子を見かねて、何度かソフィアリアとの婚約を勧められたが、それだけは嫌だと強く断ってきた。そうするくらいなら、このままの方がいい。王鳥ともその事で随分と喧嘩をした。


 そうして四年を過ごし、今日は年に何度かある舞踏会の強制参加の日だ。確か今日はデビュタントの立ち合いだったと思う。


「なあ、リム。そう言えば今年は姫さんのデビュタントなんじゃないか?」


 無気力になったオーリムを心配して、鳥騎族(とりきぞく)になるのはやめて侍従になったプロムスに正装を着る手伝いをしてもらいながら、ふとそんな事を言われてピタッと動きが止まる。思い至らなかったそれに、じわじわと目を見開いた。


 反応を示したオーリムをどこか嬉しそうにニヤリと笑い、プロムスは言葉を続ける。


「せっかくだから会ってこいよ。結局謝る事もしてねぇんだろ?」


「会いには……行かない」


「なら、遠くからでもいいから見てこい。見れば単純なリムは何か変わる筈だから、ちゃんと向き合え」


 そう言われて眉を顰める。別に逃げてこうしている訳ではない。考えて、諦めるのが最善だと思っただけだ。


 けれど、遠くから眺めるのは賛成だった。最後に別れた日からもう八年だ。ソフィアリアの姿をまた見られると思うと、胸が多幸感で満たされる。


「……そんな表情出来んじゃねーか」


 そう言って笑ったプロムスには気付かなかったが。


 そして夜。いつもは何をするでもなく用意された軽食を、プロムスやたまにフィーギスとラトゥスと楽しむばかりだった夜会も、今日は垂れ幕の内側から会場内を見渡す事に必死で手をつけなかった。プロムスは一人で王城でしか食べられない酒や料理を楽しんでおり、ソワソワしているオーリムの様子に苦笑している。


『今入ってきたぞ』


 王鳥が先に見つけたらしい。言われた通り出入り口の方に目をやると、息を呑んだ。


 黄色味の強い明るい茶色――ミルクティー色というらしい――の髪を下ろして毛先は緩く巻かれ、デビュタント仕様の白い花飾りと白いドレスで着飾った少女がソフィアリアだとすぐに気が付いた。誰よりも綺麗で、誰よりも輝いて見える彼女から、オーリムは目を離せなくなった。

 穏やかな気持ちになる優しげな目元はあの頃のままだが、年齢を重ねてあの独特なふわふわ感は落ち着いたのか、穏やかな微笑を浮かべたソフィアリアはどこか知的だった。歩く一歩一歩が貴族らしく優雅で、所作が誰よりも美しく人目を惹く。憧れの人を見る欲目かもしれないが、そう思った。――実際、注目の的だったらしいが。


「へぇ? あの()がリムの姫さんか。すっげー上玉だな」


「うるさい。下品な言い方をするな」


 オーリムの様子があからさまに変わったからか、隣に並んでプロムスも覗き込んでくる。軽口を注意し、しかし視線はソフィアリア一人に釘付けだった。


 一言二言言葉を交わし、目の前に立っているフィーギスが少し羨ましい。階段を降りて会場をあとにしようとする姿を見て、慌てて裏から追いかけた。


「あっ、おいっ!」


 プロムスの言葉は、残念ながら聞こえなかった。


 会いたい訳ではない。直接話したい訳ではない。けれど、今日みたいに遠くから眺める事は許してほしい。


 そうだ。昔も目に入らないように遠くから護ろうと思っていた事もあったではないか。それを今度こそ実行すればいい。

 デビュタントを迎えたのだから、今後夜会に出席する事も多くなる筈だ。夜会は悪意に溢れているのだから、彼女に危険が及ばないようにこっそり護ろう。そのうちどこかの貴族に嫁ぐ事になると思うと胸が痛いが、幸せそうに笑う彼女が見られるなら耐えられる。ソフィアリアと、ソフィアリアの大切にしているものを護る事を生き甲斐に出来れば、オーリムも幸せな人生を送れるのではないかと思った。


 今後の幸せな人生計画を立てて、気分がふわふわしていたから油断したのだろう。


 曲がり角を曲がる時、うっかり人とぶつかってしまった。


「きゃあっ⁉︎」


 相手が後ろに倒れそうになったから、思わず手首を掴み、肩を支えて立たせてやる。そして彼女を見て目を見開いた。


「申し訳ございませんっ! 急いでいたも、の…………」


 相手も白いドレスを身に纏っていたのだ。どうやらソフィアリアと同じくデビュタントを迎えた令嬢らしい。ふと、相手がソフィアリアだったらと妄想してしまい、つい表情をだらしなく崩してしまう。

 ソフィアリアだったら、突然目の前に現れた相手が代行人だと知ったら驚くだろうか? あの優しげな笑みを浮かべながら少し困ったように眉を下げ、ぶつかった事を謝罪しそうだ。一見して代行人の正体がラズだと見抜く事は……まあ、ないだろう。けれど、見抜いたら驚いて、久しぶりと笑ってくれるだろうか。


「……失礼」


 と、こんな所で妄想の世界に浸っている場合ではない。ソフィアリアがどこへ向かっているのかわからないが、帰るなら門までは見送りたい。ぶつかってしまった相手に短く断りを入れ、早足で立ち去る。相手の事は、白いドレス以外何も印象に残っていなかった。


 ――後にこの邂逅が大惨事を引き起こすきっかけとなるのだが、ソフィアリアの事で頭がいっぱいなオーリムは、ぶつかった事さえ全く覚えていなかった。


 ようやく馬車の停留所まで来たオーリムは、おそらく自家用の馬車にソフィアリアが乗り込んで帰って行く後ろ姿を遠くから見送った。それだけで満足だった。


『何が満足だ。余は物足りぬぞ』


「王の気分なんてどうでもいい。……なあ、王。俺、今度こそ夢を叶える」


 口元を緩ませ、どこか夢見心地なままそう言うオーリムに、王鳥ははぁーっと呆れたように溜息を吐いた。


『誰がストーカーになれと言うたのだ。……こやつ、全然聞いておらぬな。まあ、よい。余は余で願いを叶えるまでよ』


 そう言う王鳥の声は、残念ながら届いていなかった。のちに、この日は一日中幸せそうにぼーっとしていたと、みんなに言われた。

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