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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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兵士にも王子にもなれない『おれ』は 4

 ゴテゴテと着飾った奴らからの蔑みと恐怖の目に、ラズは囲まれていた。


 目の前には見上げるほど大きな建物が立ち、後ろには大人ほどの大きさの夜空のような鳥。周りには偉そうな奴らの視線。

 訳もわからず連れてこられ、そんな表情を向けられ、ラズは恐怖でしゃがみ込む事しか出来なかった。


 後ろの大きな鳥が目の前にいる煌びやかな少年に何か話しかけているが、話しかけられた少年も困惑したように隣の一際豪奢な大人に話しかけている。


『なんだよっ、これ……』


 普通に話しているだけなのに、何故話せるのかと化け物でも見るような視線を向けてくる。さっきまでは道端の汚い死体でも見るような視線だったクセに、何故そんな目で見られなければいけない?


『っ! 帰せよ……』


 怖かった。知らない場所に連れてこられて、知らない奴らにそんな視線を向けられる理不尽。謝りたかったソフィアリアからも離されてしまい、色々限界だったのだろう。


『っ! おれの事、そんな目で見るくらいなら、元いた場所に帰してくれよっ……‼︎』


 泣いても喚いても、そんな嫌な視線がなくなる事も、元居た場所に帰してくれる事も、結局なかったけれど――




            *




 朝の気配を感じて、ふっと意識が浮上する。

 懐かしく、嫌な夢を見た。あれは四年前、代行人のお披露目と称して王城の一角で高位貴族共に囲まれた時だったか。


 部屋に置かれた陶器の器に魔法で水を張り、顔を洗う。水面に映る今は見慣れた顔に自虐の笑みが浮かんだ。


 夢で見たあの日、代行人を継承した際に平凡な栗色だった髪は王鳥と同じ夜空のような紺混じりの黒から青のグラデーションという派手な色に、ギラギラしていたオレンジの瞳は黄金色だが真ん中にオレンジの線が入る不思議な虹彩へと変化した。何のおまけなのか、赤ら顔でそばかすの散る日焼けした肌はやたら色白の美顔になり、何もしていないのに肌荒れも日焼けも無縁だ。

 当時は栄養失調気味だった骨ばった身体も土気色の顔も、今では普通に食事を摂れる為すっかり健康体である。強いて言えば、同じ歳のフィーギスとラトゥス、一つ上のプロムスと比べて些か発育が悪い。これは孤児だった頃の栄養不足が原因なのだろうか。


 代行人になった際にもらった『オーリム』という名の今の自分を見て、元は『ラズ』というスラムの孤児だったとわかる奴がはたして居るのだろうか。

 ……いや、そもそもラズという孤児自体、存在を認識していたのはソフィアリアというお姫さま一人だけだった。その彼女とも一方的に(なじ)って別れたきり、四年も会っていない。きっと今頃忘れているだろうと思うと朝から気が塞いでしまい、ふぅーっと深く溜息を吐く。


『朝っぱらから何を一人で落ち込んでおるのだ。馬鹿らしい』


「うるさい。元はと言えば王のせいだろ」


 ここに居ない王鳥に思考を読まれたうえに脳に直接話しかけられ、普通に返事を返す。周りに人が居れば独り言に見える為気をつけているが、こういう特殊な応酬もすっかり慣れ親しんでしまった。


 朝食を摂り、代行人としての仕事を(こな)しながら思考の渦へと入っていく。懐かしい夢を見たからか、どうしても思い出してしまう。


 王城でのお披露目の際、上半身裸で全身打撲痕があり、薄汚いスラムの孤児だったラズを見る目は、ごく一部を除きその辺のゴミを見るかのような眼差しだった。村でもよく見た、道端で転がる死体を見る目と同じだ。

 それだけでも意味がわからないのに、王鳥との契約が結ばれ代行人になった際、見た目が変わり、全身にあった傷も一瞬で消えるという奇跡を目の当たりにし、貴族達は歓声を上げていた。


 だが、その事にパニックになったラズが普通に話すと状況が変わった。ピリッと張り詰めたものになり、周囲の人達は顔を強張らせた。

 歴代の代行人はその立場を継承した際に自我を失くす。ところがラズは、変わらずラズのままだった。そんな事は数千年の歴史の中で唯の一度もなかった為、何かの間違いではないか、失敗ではないかと疑いの眼差しを向けられた。


 その際もう一つ、王鳥と直接言葉を交わせる王族が数代振りに、しかもこのタイミングで現れた事で更にどよめきが広がり、場は一時騒然となった。

 その反応が鬱陶しかったらしく、代行人となったラズに乗り移った王鳥がそれを鎮めたが、以来高位貴族が王鳥と代行人を見る目がとても厳しい。まあ、そんな視線なんてどうでもいい事だ。


 その後、この大屋敷に連れてこられたラズことオーリムは、毎日泣き暮らしていた。元の場所に帰せと、ソフィアリアに謝りに行きたいといくら訴えても無駄だった。


 逃げ出そうとしても、ここも、元居た場所もどこかわからない。王鳥も教えてくれない。それでも何度か脱走を試みたが、王鳥か大鳥に見つかってどれも失敗に終わっている。というかオーリムは真剣だったのに、遊ばれていた気がしてならない。


 そんな状態を不憫に思ったフィーギスが何度か王鳥に、代行人を代えてオーリムを帰すよう直談判してくれたのだが


『次代の王は代行人をいらないという決断を下すのか? このビドゥア聖島から大鳥の加護を不要と判断するなら、考えてやる』


 と脅し、さすがにフィーギス一人では背負いきれず、黙ってしまった。それは仕方ないと思う。


 代行人としての仕事はしばらくは王鳥がオーリムの身体に乗り移って熟し、身体が解放されると綺麗に洗濯された薄黄色い布――ハンカチだと知った――を握り締めて泣く、そんな毎日を一年くらい続けていた。


 だがいい加減、何を言っても変わらないオーリムに痺れを切らしたのだろう。王鳥は苛烈に脅すばかりだった口調を、初めて和らげてくれた。


『ええいっ、鬱陶しい! ラズが行くのではなく、姫をこちらに迎えればよいだろうっ!』


「……迎える?」


『そうだ。そもそも孤児だったラズでは姫とは結婚出来ぬよ。人間には身分というものがあるからな。だが、余と代行人は姫より身分が上だ。結婚も思いのままぞ』


「結婚……」


 みるみるうちに赤くなっていくオーリムを、王鳥は目を三日月型にして愉快と言わんばかりに見つめていた。


『そなたが立派な代行人になって、姫を妃に迎えてやればよい。ここはあの姫の暮らす城よりも、もっと安全な場所なのだからな』


「……代行人になったら、お姫さまを護る兵士になれるのか?」


『姫を護るのは兵士じゃなくて騎士ぞ。ついでに騎士は余程の身分がなければ姫とは結婚出来ぬよ。姫を迎えるのだから、差し詰め王子というところか』


 くつくつ愉快そうに笑う王鳥の言葉に、ここに来て初めてオーリムは目に輝きを取り戻した。


「なる! フィーと同じ王子に。おれは、立派な代行人になってみせる!」


『……代行人は王子より身分は上なのだがな。まあ、よい。最初くらいは手引きしてやるから、せいぜい余の手助けなしで代行人としての任を果たせるよう、励むがよい』


 ――その日を境に、オーリムは代行人としての仕事も、勉強も、そしてあの日手に取った武器と似たような形の槍の訓練も、王鳥に教わりながら頑張ってきた。


 あれから三年。文字の読み書きや計算、国の成り立ちという基礎知識を代行人になる際に刷り込んでくれていたおかげで、だいぶ早く様になってきたと思う。仕事も出来るし、勉強も怠らず知識を吸収していて、フィーギスとラトゥスには及ばないが、なかなか優秀だと褒められている。島都学園に通っていれば五位以内には入れただろという見立てだ。

 そのなかでも槍の訓練だけは刷り込みなしで一から全部覚えた。ソフィアリアを護りたい気持ちが一番強いから、これだけは自力で身につけたかったのだ。


 ただ、どれだけ頑張っても、王鳥はオーリムを何処から連れて来たのかだけは一切教えてくれなかった。オーリムもあそこがどこか知らない為、探しようがない。


 あの城に住んでいたソフィアリアは、今頃悪人と間違われてやっつけられていないかと不安に思ったが、王鳥(いわ)く普通に元気だそうだ。妃に迎えるのだからたまに様子を見に行っているらしく、それは本当に(ずる)いと思う。もちろんどれだけ頼んでも、一緒に連れて行ってもらえなかったが。


 という訳で、ソフィアリアの探索とオーリムの故郷探しはフィーギス……というより、その右腕のラトゥスが担ってくれている。泣いていたオーリムを見捨てて王鳥の説得を早々に諦めてしまった罪滅ぼしのつもりらしい。本当はフィーギス自身がやりたかったらしいが、彼は学ばなければならない事もやらないといけない事も多くて時間を割けず、その代わりをラトゥスが肩代わりしてくれていた。

 王鳥が教えてくれない限り、王侯貴族や島内の事は二人の方が情報を集めやすいので、その言葉に甘えている。だがソフィアリアという名の令嬢も、ついでに近隣諸国を見渡してもそんな名前はないので首を傾げていた。


 オーリムも薄々感づいてはいるのだ。記憶の中のソフィアリアは綺麗だったが服装は貴族というよりも他所行きの村娘といった感じで、城と呼ぶにはあの家はあまりにも小さい。本物の王城を知っていれば余計にそう思うし、この大屋敷と比べてもそうだと言える。

 よくて下位貴族か商家、もしくは裕福な平民の娘なのではないかと思っていて、ラトゥスにもそれは伝えている。それでも見つからないので頭を抱えていた。


 他にもスラムがあるほど衰退していて、村人による一揆があった等オーリムの知る限りの情報を渡しているのだが、該当する場所が見つからない。特に一揆なんてここ数十年起こっていない。誰かが隠したのか、そもそもただの他殺なのか……子供が集められるのはここまでが限界なのかもしれないが、捜索は困難を極めているようだ。


 もう王鳥が教えてくれる他に知る術はないのではと思っている。今見つけても何も出来ないのだが、出来れば知っておきたかった。これはオーリムの我儘だ。


 そんな事を考えていたら今日の仕事が終わり、槍の訓練でもしようかと思った夕方前に慌ただしく来客があった。代行人であるオーリムを訪ねてくる人物など知れている。何事かと怪訝に思った。


「よう、リム。連れてきたぜ」


 案内人は鳥騎族(とりきぞく)希望の、一つ上の友達であるプロムスだった。今はまだ鳥騎族(とりきぞく)ではないのでこの本館で使用人として働いている。一羽のキャラメル色の大鳥を必死に口説いているのだが、芳しくない。面倒見がいいようで、代行人と知ってもオーリムを何かと気にかけてくれる、少し変わった奴だった。


「やあ、リム。君に朗報だよ」


 爽やかな笑みを浮かべながら右手を軽く挙げてやって来たのは、予想通り王太子であるフィーギスとその乳兄弟であるラトゥスだった。この二人は王族や貴族としての勉強の他、十二歳から島都学園に通える年齢になったのでそこでも勉強をし、多忙を極めている。会うのは半季振りだろうか。


 いつの間にかバルコニーには王鳥も来ていたし、扉を開けて中へと入れた。少し久々だが、この五人で執務室に集まるのはお馴染みの光景だ。


 適当にお茶の用意をしながら――オーリムには侍従も何もいないので基本的に自分で用意している――、定位置であるソファに座ってもらい、話を促す。


「君の言うお姫さまがようやく見つかったのだよ」


「本当かっ⁉︎」


「ああ。おそらくソフィアリア・セイド嬢だろう。セイド領を治める男爵家のご令嬢だ」


 ラトゥスが一枚の調書を差し出してくれたので、奪うように取ってじっくりと眺める。

 ソフィアリア・セイド。一つ下の十二歳。黄色味のある明るい茶色の髪に、琥珀色の瞳。書かれた特徴は間違いなく四年前に別れた彼女そのままだった。思わずじんわりと瞳が濡れる。


『ようやっと見つけたか。四年もかかるとは思わなんだぞ』


「はいはい。悪かったね、王。たかがこれだけの情報を探すのに四年もかかって。仕方ないではないか。私はまだ振るえる権力も少ない子供なのだよ」


「彼女は最近まで出生届が提出されていなかった。それを今知ったらしいセイド男爵から書類が送られてきて、ようやく判明した。事情聴取によると生後間もなく前当主に奪われ、隔離されて育てられていたらしい。前当主が病死して五年経っているが、ようやく気付いたから今更提出したと話していた」


 ソフィアリアの特殊な生い立ちに目を見開く。けれど、どこか言動がふわふわしていたのも納得した。自由になって一年くらいしか経っていないからだったらしい。


「貴族って届出を出さないくらいで事情聴取なんかすんの?」


「庶子はともかく、実子なら義務だよ。婚姻による繋がりを王家が監視せねばならないからね。そもそも出さなくて受けるメリットなど皆無だし、政略だろうが何だろうが貴族同士の婚姻は良くも悪くも影響を及ぼす。その辺を考えて成さねばならないのだよ」


「ふーん。貴族って面倒なんだな」


 オーリムの後ろから調書を覗き込み、背もたれに行儀悪く頬杖をつくプロムスの言い分にフィーギスは苦笑している。同意という事だろうか。


「……男爵令嬢、ね」


 調書に書かれたソフィアリアの名前をじっくり眺めていたオーリムは、そう呟いて難しい顔をしていたフィーギスとラトゥス、その二人を睨む王鳥の様子に全く気付かないでいた。

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