大舞踏会での断罪 4
※少々猟奇的な表現が含まれます。ご注意ください。
大庭園で行われている凄惨な断罪を見て、貴族達が阿鼻叫喚になっている。ソフィアリア達はその光景を二階の窓から見てしまい、オーリムは目を見開き、ソフィアリアは口元に手を当て真っ青になった。
「フィア、すまないっ! このまま飛び降りる!」
「え、ええ。お気をつけくださいませ」
ソフィアリアは降り落ちないようにオーリムにしがみつき、オーリムは窓の縁に足を掛けると、軽々とそこから外へと飛び出した。
ふわりと足場をなくした浮遊感と重力による落下を感じるが、空を縦横無尽に飛び回る感覚に慣れたソフィアリアは怖くはなかった。見事に着地したのを感じて、むしろオーリムの二人分の落下の衝撃を支えた足は大丈夫かと心配していた。
オーリムは何事もなかったかのように王鳥の方へと走り出す。
「足は平気?」
「余裕。フィアは怖くなかったか?」
「信頼出来るリム様がする事だもの。何をされても、怖くはないわ」
ふっとお互い確かな絆を感じ、優しい笑みを浮かべた。だが王鳥の方を見て、二人は表情を引き締める。
近衛騎士達の前に立ち塞がる防壁をものともせず、オーリムとソフィアリアは中へと入っていった。
王鳥は執拗に、何度も何度もフィーギス殿下の眉間を、自身が持つ鋭利な嘴で貫いていた。その光景の痛ましさについ顔を背けたくなるが、二人は奥歯を噛み締めて耐え、王鳥のした事から一切目を背けなかった。
赤い嘴がギラリと刃物のように鈍く光る。それを何度も何度も振り上げる様は猟奇的だ。ソフィアリアに手を上げさせた報いを、彼はそうやって払っていた。それを、ソフィアリア達でも止める事は不可能だった。
「いだだだだだだだっ⁉︎ ちょ、待っ‼︎ 王はいつから啄木鳥になったのかねっ⁉︎」
「ビィ〜」
……そう、何度も執拗に、眉間に嘴を振り下ろしていたのだ。まるで木を突く啄木鳥のように、高速で、何度も何度も。
血の出ない程度には加減しているようだが、フィーギス殿下の眉間はすっかり真っ赤になっていた。地味に痛そうなそれを、ソフィアリア達は止める事など出来はしない。痛ましそうに眺める事しか出来ないのだ。
「いや出来るよねっ⁉︎ いっそ一思いに殺しっあ痛たたたたっ⁉︎」
「自業自得だろ」
オーリムは呆れたようにジトリと睨めつけ、ゆっくり地面に降ろされたソフィアリアは困ったように笑う事しか出来ない。
多くの衆目を集め、王太子殿下が王鳥に眉間を突かれ続けるという醜態を晒し、場の空気が呆然となっていた。こちらの会話までは遠くて聞こえていないようで、それはよかったと思う。国で一番美形である王太子殿下の情けない悲鳴など、聞きたくはないだろう。
やがて王鳥は気が済んだのか攻撃を止め、フィーギス殿下の上から退くと、ソフィアリアにいつものように寄り添う。ソフィアリアはそんな王鳥のお腹を、お疲れ様と労うように撫でた。
地面に横たわって眉間を押さえるフィーギス殿下は、なんだか疲れたように大きく溜息を吐くと、ノロノロと起き上がる。そして叱られた後のようにしょぼくれた顔をして、王鳥達の方へと向かい合った。
「……で? 何故私は生かされているのかな? これでも相応の覚悟も身辺整理もしたうえで、今日この日に挑んでいたつもりだったのだけどね?」
「言ったじゃないですか。わたくしの旦那様となるお二人には、あなたという友人が不可欠なのですよって」
そう言っても納得出来ないとばかりに眉間に皺を寄せ、首を傾げるだけだった。
「……それで温情をかけて全てを許してもらえる程、王というものは甘くないよ。人でも、神でも同じ事さ」
拗ねたような正論に溜息を吐く。そんな事、ソフィアリアだって百も承知だ。王鳥だって甘い訳ではない。
甘くないからこそ、この作戦は絶対成功しないとソフィアリアにはわかってしまったのだ。フィーギス殿下は王鳥から向けられている信頼を過小評価し過ぎているし、王鳥がソフィアリアに向ける愛情を履き違えている。
ソフィアリアの事はともかく、自分が王鳥にとってどういう評価を受けているのかくらいはきちんと理解してあげてほしかった。彼らはソフィアリアより付き合いがずっと長い、友人同士なのだから。これでは、友人に友人と思われていない王鳥があまりにも不憫だ。
オーリムも呆れたように溜息を吐き、腕を組む。
「温情なんかじゃないだろ。王も俺も、これからもフィーの助けがないと困る。……面倒ばかりかけるのは、さすがにどうかと思うけど。それに、普段は軽口を叩いているが、王はフィーの事、ちゃんと買ってる。ずっと次代の王って呼んでいる相手を、これくらいで処罰するかよ」
「だから何をしても許されると? 君達の妃を間接的に害そうとしていたのに?」
「そもそも王様、フィーギス殿下が思う程、わたくしの事だって過保護に甘やかしてはくださいませんわ」
過保護に護ってくれようとするのはオーリムだけだ。王鳥だって何があっても絶対見捨てはしないが、自分達だけでなんとか出来そうな事まで頼って甘えてくる事は許してくれない。足掻いた末にどうしても助けが必要なら、優しく手を差し伸べてくれる。そういう神様なのだ。
「今回の事だって全てわかったうえで、フィーギス殿下を見逃していたんです。フィーギス殿下の策でわたくしが敵中に放り込まれるとわかっていて、労いのキス一つで送り出してくださいました。わたくし達なら真相を見抜いて何とか出来るだろうと信用してくれたんです。そんな何とか出来る程度の策を作ったフィーギス殿下を、処罰する理由がないではありませんか」
周到な準備を長期間張り巡らせてきたのに、なんとか出来る程度と言われたのが面白くなかったのか、フィーギス殿下はグッと眉根を寄せる。まあ王太子殿下の策を、たかが元男爵令嬢如きに何とか出来ると言われるのは、確かにいい気分ではないだろう。それは仕方ないと思う。
「まったく。確かに少々心許ない策だったと思うけどね? これでも私なりに懸命に考えて、善処したつもりだったのだよ。けれど君達にとっては不必要な、何の意味もない配慮だったのかな?」
「いや、必要ではあったんだろ。……フィアの謂れのない醜聞を撒いた事も、囲ませた事もムカつくけど、全部知った今はムカつくだけで理解は出来るから、止めない。どうせ誰かそのうち狙って来るってわかってるから、もっと大事になる前にここでやってくれて、ある程度の抑止力になるならよかったと思う。……事前に全部話してほしかったし、愛人扱いだけは全力で阻止するけど」
「君に話すと色々台無しにしてくれそうだけどねぇ」
苦笑するフィーギス殿下をオーリムはギロリと睨みつけ、その真っ赤な眉間が目印とばかりにデコピンをお見舞いする。フィーギス殿下は「あ痛ぁ⁉︎」と本気で痛がっていた。
そんな友人同士の軽いやり取りを仲がいいなと微笑ましく見守りつつ、ソフィアリアは後ろで手を組み、考える。
オーリムの言った通り、実際失敗からしか学べない人間にとって、ソフィアリアに手を出せばどうなるのかという見せしめは必要だったのだろう。プリモアの事は心が痛むが、それだけだ。個人の心の痛みなんて、国を回す上では全く考慮の必要がない。決断を下した人と恩恵を受けた人が、その事を忘れずに結果を背負えばそれでいい。
それに、結局は真相を知り、そのままでも問題なかったから乗っただけだ。流されていてもここに落ち着いただろうし、ソフィアリア達は別に何もしていない。ただ、フィーギス殿下が最後の最後で王鳥からの愛情を見誤っただけだった。
「王様は人間がとてもお好きなのです。小さくて弱い人間が自らの力だけで困難に打ち勝とうと足掻く様を、とても愛していらっしゃいます。けれど自分で乗り越えようとする意志を見せなければ、わたくしの事だって見向きもしなくなりますわ。だからわたくしも、大好きな王様に愛してもらう為に必死なのですよ」
ね?と言い頭上の愛しい人を見上げると、王鳥は目を和らげて羽で包み込んでくれる。その愛情に、ソフィアリアは幸せを感じていた。
そんな様子にフィーギス殿下は深く溜息を吐き、降参と言わんばかりに両手を肘を曲げて上げる。そして、困ったように笑った。
「あーあ。結局は私の覚悟など、三人の愛の前では何の意味もなかったのだね。まったく。私の決死の作戦を、自分達の愛を燃え上がらせる薪にしないでほしいものだ」
「そうしたい訳ではないのですが、どうもわたくし達の恋は周りに厄災を振り撒いてしまいがちですわね。……申し訳ございません。けれど、この気持ちはもう止められないのです」
「……すまない、フィー。こんな作戦を思い付いたの、俺のせい、だよな。本当は怒る資格なんて、なかった」
前にしゃがみ込んできて項垂れるオーリムを、フィーギス殿下はまるで困った弟を見るように優しい眼差しを向け、慰めるように頭を撫でる。
「いいとも。準備期間はもう何年もあったのに、私ではこれ以上何も出来なくて、すまない事をしたね」
「そんな事、ない」
「リムももう、自分の事を許してやりたまえ。愛しいお姫さまと幸せにおなり」
オーリムはそれには何も答えず、俯いて前髪で目元を隠していた。そんな様子を、ソフィアリアは黙って見つめていた。
「……さて、もうよいか? さっさと終わらせるぞ」
と突然オーリムは……オーリムの身体を借りた王鳥は、すくっと立ち上がる。ソフィアリアの方へ歩み寄ると、またいつものようにヒョイっと子供のように片手で抱え上げた。
「……王?」
「何を呆けておる? 余達はこの後デートなのだぞ。茶番くらい付き合うてやるから、さっさとついてこい。これ以上の時間は取らぬ」
そう言ってポケットに手を突っ込み、胸を逸らして堂々と歩く。事態が飲み込めないフィーギス殿下は困惑しつつ、その後を追った。ソフィアリアも彼の腕の中で目をパチパチさせ、頬に手を当てる。
「何をするつもりだい?」
「決まっておろう? そなたの策に最後まで乗ってやるのだ。余達の尻拭いなぞ、他人にさせる訳がなかろうて。次代の王は、余に遅れをとるなよ?」
そう言ってニヤリと笑う王鳥は、世界中の誰よりも王という威厳に満ち溢れていた。




