伴侶と婚約者 4
朝食を終え、代行人は執務があるからと行ってしまった。昼食も執務室で摂っているらしいので、邪魔にならないようソフィアリアも自室で摂る事に決める。
王鳥は昨日と同じように部屋に来ると思っていたのだが、一階に降りて別の部屋に案内された。
中に入るとソフィアリアの部屋以上に天井が高く、一階から四階分くらいまで丸々吹き抜けになったとても広い温室だった。
室内は広々とした通路と雑多な植物が統一感もなく生えているのが少し不思議で、全面ガラスがとても開放的で庭を一望する事が出来、ここも王鳥が出入り出来るよう庭に面した場所に大きな扉がある。よく見れば上の方にも止まり木のようなものがいくつもぶら下がっていた。
そんな温室の隅には一メートルくらいの一段高いスペースがあり、そこに案内された。アンティーク調の手摺がおしゃれな小階段を登ると、毛足の長い絨毯がひかれたソファセットが設置されているのだが、ソファは端にぴったり寄せられ、背もたれも手摺もないので座るのに少し勇気がいりそうだ。うっかり気を抜くと後ろに落ちそうである。
どうしてこんな置き方なのだろう?と疑問は湧きつつもなるべく深く腰掛けないように座れば座り心地自体は大変いい。ふかふかに満足していたらアミーが紅茶を用意してくれた。本は今から持ってきてもらえるようだ。
「こちらのスペースは王鳥様からの要望でソフィ様の為にご用意させていただきました。こちらでお過ごしいただく機会がこれから多くなりそうな為、改良点があれば何なりとお申し付けください」
「ソファに背もたれか、スペースの端に手摺がほしいわ」
「……気持ちはわかりますがそれは認められないかと。ああ、王鳥様がいらっしゃいました」
せっかくの初めての要望を素気無く却下されてしょんぼりしていたら、後ろを見ていたアミーが王鳥の来訪を教えてくれた。
ソフィアリアも立ち上がって庭に面した扉の方を向けば、王鳥と目が合う。ここで立ち上がるとちょうど王鳥と目線が同じになるなと思った。
「おはようございます、王鳥様」
「ピ!」
挨拶をすれば鳴き声が返ってきて、なんとなく鋭い目が緩んだ気がした。こうして見ると王鳥は結構感情表現豊かでわかりやすいと自然と笑みが浮かぶ。
顔を正面から見て気付いた事だが、王鳥は見た目は鳥類なのに目はどちらかといえば鷲などの猛禽類に近いようだ。そして瞳の黄金色が不思議な虹彩だと思っていたが、瞳の真ん中がオレンジに近いくらい一番濃く、下に向かって薄くなっているという不思議な色をしていたからだったらしい。思わずじっと見つめてしまった。
と、またふわりと身体が宙に浮いて強制的にソファに深く腰掛けさせられる。ヒヤリと硬直して思わず目をギュッと瞑ったのだが、すぐに背中に滑らかな王鳥の羽毛を感じたのでホッと力を抜いて目を開けた。どうやら背もたれも手摺もなかったのはこうして王鳥と触れ合う為だったようだ。
ここで腰掛けると王鳥の顔が頭の上あたりにくるので昨日よりもずっと近くに感じる。あまり顔の近くでもたれるのも悪いかと思い少し腰を引けば、やんわりと不思議な力で押し戻された。離れるのは許されないらしい。
なんとなく、こうしていると後ろから抱きしめられているみたいだなと思った。
「ふふ。今日は近いですね? 少しドキドキしますわ」
「ピィ」
王鳥が少し甘えたような鳴き声を発したのでなんだか嬉しい気分になった。笑みを浮かべているとスリスリとソフィアリアの肩に顔を擦りつけて甘えてくるのがとても可愛い。……神様である王鳥を可愛いと思ってしまって大丈夫かと思ったが、気にしない事にする。いくら王鳥が神様のような存在でも、心までは読めないといいなと期待する他なかった。
本を待つ間、しばらくそうして王鳥と戯れていた。頬だったり首筋だったり自由に擦り寄せていたが、一番は肩口がお気に入りなようだ。布越しで感じる羽毛が滑らかで少し擽ったい。
――――ビリッ
……一瞬何が起きたのかわからなかった。理解を放棄したともいえるだろうか。笑顔のまま、ピシリと固まる。
「……あら?」
「ソフィ様⁉︎」
普段は冷静無表情なアミーが慌てた様子なのが面白い。助けたいが近寄っていいものかとオロオロした顔も可愛いなと明後日の方向に思考を飛ばし、現実逃避を図った。……なんの解決にもならないのだが、今は許してほしい。
王鳥はあろうことか、嘴で肩口のパフスリーブを咥えたかと思うとそのまま下に裂いてしまったのだ。肩口が露出し、胸元がはだけそうになったので手で抑えてずり落ちるのは阻止したが、これはどうしたものだろうか。
王鳥は邪魔な布がなくなって素肌に触れられたのがよほど嬉しいのか、機嫌よさそうにスリスリを楽しんでいた。
そのまま数分間、膠着状態で時は過ぎる。
と、突然バンッと蹴破るような勢いで荒々しく扉が開き――
「王っ‼︎」
眉を吊り上げて、肩で息をしながら怒り心頭と言わんばかりの怒鳴り声を張り上げてやってきたのは代行人だった。
彼は人とは思えないスピードで駆けてきて、一メートルはあるこのスペースに軽々と飛び込んできたかと思えば、着ていたコートを脱いでソフィアリアに羽織らせ、王鳥から引き剥がすように二の腕を掴んで立たせる。
そしてアミーに預けたかと思えば王鳥に向かって走り寄り
「何やってんだこの色魔がっ‼︎」
そう言いながらその勢いで飛び蹴りをした。が、王鳥はヒョイと軽く後ろに飛んで避けてしまう。
代行人はスペースから勢いよく落ちたというのに簡単に着地して、右手を横に伸ばしたかと思えば手のひらから青い光が伸びて立派な槍が現れる。そのまま王鳥に向かっていき、槍を勢いよく振りかぶったが、王鳥に当たる直前透明な壁に阻まれ、代行人は後ろに吹き飛ばされてしまった。
だが王鳥を見据えたまますぐに体制を整え、また王鳥に向かっていく。
目の前で始まった超常現象バトルを見せられているソフィアリアは代行人のコートを握り締めながら頬に手を当て、目を丸くする他なかった。
「……代行人様は運動神経がとてもいいのねぇ」
「そうですね。非常に人間離れしていると思います。……ただの人間と呼んでいいのかは疑問ですが」
人間とは思えない動きで王鳥に立ち向かう代行人と、不思議な力を用いてそれを軽くいなす王鳥の攻防はそうしてしばらく続いた。