幸せなダンスを 7
「……リム様。フィーギス殿下。いい機会ですので、今のうちに行きましょう」
「だが」
「注目を集めている今が好機ですわ。この様子だとわたくしにもすぐにあちらから声をかけてくださるでしょうし、今のうちです」
「リム。今はお互い仕事中だ。割り切りたまえ」
オーリムは二人に言いくるめられて、納得がいかないとばかりに眉を寄せていたが、渋々頷いてくれた。本当に、こんな顔ばかりさせている。
少し離れた場所に居たラトゥスがリスス・アモール公爵の居場所を知っているようで、三人はラトゥスについていく。
程なくして、公爵本人らしい人に出会う。遠目から見えていたが気にしないようにしていた、傍らに佇むご令嬢に不快感を感じたが、扇子を広げて微笑を保っておく。オーリムは視界に入れないようにしつつも不快感は隠せず、ギュッと眉根を寄せていた。
「やあ、公爵。楽しんでいるかい?」
フィーギス殿下が笑みを浮かべて、ガタイはいいが凛々しい雰囲気の美丈夫に親しげにそう声を掛ける。彼は一瞬目を見張り、だがすぐに胸に拳を当てる騎士の最敬礼をとると、深々と頭を下げた。
「王太子殿下。ええ、楽しませていただいておりますよ。……代行人様、王鳥妃様、この度はおめでとうございます」
祝辞をもらい、オーリムは無表情で頷くだけに留めていたので、ソフィアリアも笑みを返すだけにする。公爵はちらりと何か言いたげにオーリムを見たが、すぐにフィーギス殿下に視線を戻した。
「実は公爵に聞かねばならぬ事があるのだ。色々、ね」
そう言ってチラリとご令嬢を見ると、公爵も神妙に頷く。ソフィアリアはその表情に違和感を感じたが、観察をする前に――
「殿方のお話の邪魔をする訳にはいかないわ。わたくし達、今からあちらでお茶会をするの。よかったらソフィアリア様もどうかしら?」
ご令嬢――おそらく彼女が公女だ――から声を掛けられた。色々言いたい事はあったが、まあこちらは残念ながら予想通りだったので笑みを浮かべ、わざとらしくはしゃいで見せる。
「まあ! 嬉しい。わたくし、お茶会って初めてなの。お恥ずかしながら、実家は田舎だったので……。ふふ、楽しみだわ」
無邪気にそう言って、ただの男爵令嬢と見られるように。情報を集めるのなら、侮ってもらった方が色々好都合なのだ。
公女はそんなソフィアリアの様子をふっと馬鹿にしたように笑い、先導するように歩き出したので後ろについていく。と――
「フィア」
手首を掴まれた。振り向いて見上げれば、オーリムが心配そうな表情をしてソフィアリアを見ていた。その表情が擽ったく、思わず言う事を聞きそうになってしまうが、首を横に振って、微笑んでみせる。
「早く帰ってくるから。終わったらデートね?」
「誤魔化しはもうたくさんだ」
「なら、王様がお城の前でしてくださったみたいに、リム様からも勇気をくださいな」
冗談半分で言った事だったのだが、ふわりと左頬に柔らかさを感じて目を見開いた。すぐに離れて、労うようにギュッと指を絡めて、そちらもすぐに放してしまう。
「……終わったら迎えに行く」
それだけ言うとくるりと背を向けてしまう。
ソフィアリアは左頬を……キスをされた左頬に手を当て、しばらく顔を赤くしながら呆然としてしまう。このキスは王鳥とは逆側だ。なんて幸せなのだろう。
が、それどころではないので、また前を向き直った。
前を向いた瞬間、刺し殺されそうな嫉妬の視線を感じたが、にっこり笑って気付いていないフリをした。公女も笑って表情を作り、歩き出す。ソフィアリアはそのあとに続いた。
――どうやらオーリムはこの格好がよほどお気に召したのか、ダンスでハイになっているようだ。いつもなら照れて出来ない事も、今日に限ってはやってのけるようになっているが、我に帰った時、枕に顔を埋めて悶えたりしなければいいのだが。
少しふわふわしていたソフィアリアは、だが気を引き締めて、後ろに続くアミーとプロムスに向かって、振り返らないまま口を開く。プロムスはオーリムが付けたのだろう。過保護な事だ。けれど、今回は少しマズい。
「……アミー、プロムス。王鳥妃として命じます。代行人様の所に戻りなさい」
こんな事を言うのは初めてだ。王鳥妃権限を、一番初めにこの二人に使わなくてはならない事を心苦しく思った。
「代行人様の命ですので」
だがプロムスから否定の言葉が返ってくる。王鳥妃より代行人の方が位は上なのだから当然だ。けれどソフィアリアは引けない。
「わかっているわ。……ごめんなさいね、本当は命令なんてしたくないのだけれど、今回は相手が高位貴族なの。おそらくわたくしは、不快な思いをたくさんするわ」
「なら、私もお連れください」
「いいえ、だから連れていけないの。……アミーが動いてしまって万が一何かあれば、最終的にキャル様が来るわ。アミーを不敬罪で高位貴族に差し出すのも、キャル様が場を混乱させるのもお断りよ。間に立つリム様とフィーギス殿下が難しい決断を迫られるもの。……だから命令です。戻りなさい」
キャルの名前を出せばグッと言葉を詰まらせた。
ソフィアリアはアミーを優秀だと思っている。が、まだ勉強をして日が浅く、貴族同士の会話なんて聞いた事もないだろう。感情を抑える術がまだ完璧ではない為、おそらく身を挺して庇ってくれる筈だ。
けれど、平民が貴族に口を挟むのは、許されていないのだ。庇われた瞬間、不敬罪で処罰されなくてはならない。そして処罰なんて、アミー大好きなキャルが許すはずもない。そうなれば収集がつけられなくなる。
「……かしこまりました。お役に立てず、申し訳ございません」
しょんぼりしてしまったアミーを労うように振り返って、ふわりと笑ってみせた。
「いいのよ、いつもよくやってくれているもの。ありがとう、わたくしの勝手を許してくれて」
「ソフィアリア様。今のうちにこれを」
プロムスからグラスに入った飲み物を差し出された。彼が持ってきてくれたという事は、これは大丈夫なのだろう。
にっこりと笑って、グラスの中身を一気に呷った。たくさん動いて話したから、ちょうど喉が渇いていたのだ。気遣いが素晴らしい。
アミーも今のうちに、髪やドレスをさっと整えてくれる。ありがたい事だ。
「ありがとう。では、行ってくるわ」
そう言って二人を置き去りに、ソフィアリアは進んでいく。この先にどんな答えが待っているのか、待ち構えながら――




