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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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幸せなダンスを 6

「あー傑作! 父上と王妃殿下の顔は見たかい? 無になる父上と射殺しそうな王妃殿下の表情は、最高に楽しませてもらったよ! というか先程のは王だね?」


 次はフィーギス殿下と踊る番だ。彼はダンスも上手で、優しくリードをしてもらえるので楽に踊れると思った。三曲続けて、特に王鳥とのダンスは激しかったのでとても助かる。


 その王鳥とのダンスがツボに入ったらしく、楽しげにケラケラ笑っていた。いつも微笑を湛えて澄ましている王太子殿下らしくない表情に、先程よりも騒めきが広がっている。面白いのは本当だと思うが、これはきっとわざとなのだろう。

 ソフィアリアはそんなフィーギス殿下の様子に、困ったように笑う事しか出来なかった。


「ええ、もちろん。わたくしはお二人の妃ですもの。片方だけと踊るなんて事、出来ませんわ」


「それはそうだ。セイド嬢は疲れてないかい?」


「セイド領でも大屋敷内でも歩き回っておりましたので、体力は令嬢らしくない程ございますわ。所詮(しょせん)、元は田舎者ですので」


「田舎者ねぇ……」


 こんな田舎者がいてたまるかと言わんばかりの視線を感じたが、気付かないフリをした。今はそんな事を話しても仕方がないし、時間は限られているのだ。


「で。わたくしを……というより、フィーギス殿下()わたくし()愛人だなんて醜聞まで引っ提げて、一体何をさせたいのでしょうか?」


 オーリムが気付かなかった、このタイミングでフィーギス殿下と踊る事で周りからどう見られるかの答えがこれだ。

 重役だからなんて優しい意味で通じる訳がない。家族でも伴侶でも婚約者でもないが同程度に親密である……そんなの、男女なら愛人と受け取られかねないのだ。ソフィアリア自身は男女の友情がないとは思わないが、社交界ではまず通用しない。


 それを後押しするかのように、フィーギス殿下はこの一季半、事あるごとに大屋敷へと足を運んでいた。オーリムも最近頻度が高いと呆れていたし、これを狙ったのだろう。ソフィアリアは男を(はべ)らす悪女という噂まで流れているので尚更だ。


 フィーギス殿下はヘラリとだらしなく笑って、首を傾げた。普段はしない表情をソフィアリアのダンス中にしてみせる事で、ますます信憑性が増す事は計算の上でやっているのだろう。全く、困った人である。


「セイド嬢の身の安全は保証するよ」


「身の安全しか保証してくれませんのね……。いえ、充分ですわ。わたくしの事は好きに使っていただいて構いませんので、マヤリス王女殿下が来国した際は、殿下の手で慰めてあげてくださいませ。説明はわたくしの口からきちんとさせていただきます」


 愛人だと思わせたい理由はまだわからないが、婚前のフィーギス殿下は王鳥妃(おうとりひ)の愛人だったなんて醜聞は、必ずマヤリス王女の耳にも入る筈だ。二人は大恋愛の末に結ばれたというのに、いざ嫁いでくればそんな噂が流れているだなんて、マヤリス王女の心情は察して余りある。


「……マーヤか」


 ふっとフィーギス殿下は一瞬暗い影を落とした。その表情に諦念を浮かべたのを見逃さず、ソフィアリアは目を細める。


 憶測だが、今日のフィーギス殿下の最終目的はソフィアリアとは違う形の、王鳥妃(おうとりひ)の立場の確立なのだろう。国を護る為には絶対不可侵だと周知徹底し、何人たりとも犯してはならないという事を知らしめたいのだと思う。これが一番、国を護る事を第一にしなければならないフィーギス殿下が考えそうな事だ。


 謎の主張をばら撒いている公女を止めるついでに上手く使う気なのだろうが、それで何故、フィーギス殿下自身が莫大な対価を支払う気でいるのかがわからない。


 納得出来るのは、今回の騒動の原因になっているリスス・アモール公爵家という二番目に大きな後ろ盾。これは仕方ないと思う。

 出来れば後ろ盾は残したいと昨日オーリムに言っていたが、娘がやらかした時点でそんな事は不可能だし、今からの事を考えれば、公爵家そのものが存続の危機を迎える筈だ。あれは、オーリムとソフィアリアを引き離す為の詭弁(きべん)でしかない。

 だが大屋敷というフィーギス殿下安寧の場所と王鳥、オーリムとの関係。昨日の会話から察するに、今日この大舞踏会が終わったら全て失うと考えているようだが、理由が全くわからない。

 あと、マヤリス王女の事も何か諦めているようだ。


 フィーギス殿下は王太子で公人だ。国の為に動き、国の為ならば人間を、フィーギスという私人すら安易に切り捨てられる人だと、よく理解しているつもりではある。

 そんな彼が、今から王鳥とオーリム、それにマヤリス王女という大事な人達との関係を対価に払ってまで、何かを成そうとしているらしい。

 ソフィアリアは溜息を吐く。そして憂鬱さを振り払うように、首を横に振った。

 そうしなければならない事も勿論あるのだろうが、他はともかく、これは王鳥妃(おうとりひ)の為にしている事だ。自分に関わる事でフィーギス殿下にそう決断させてしまった事が心苦しく、受け入れ難い。


 だから、もう少しだけ足掻いてみようと思う。その為にはソフィアリアはこれからフィーギス殿下の企てた計画を把握し、上手く立ち回らなければならないだろう。フィーギスという私人を切り捨てて立たなければならないなんて、ごめんだ。


 それに、大好きな二人がフィーギス殿下を友人と認めて、笑ったのだ。あの表情を、絶対失わせる訳にはいかない。


「……フィーギス殿下。わたくし、懐に入れた方の望み通りに動いてしまう気質がありますの」


 突然の告白に、フィーギスは笑みを浮かべたままきょとんとしていた。

 王鳥とオーリムに話した昔話はフィーギス殿下達にも話した事があるので、知っている筈だ。何を突然と言いたげな表情に構わず、言葉を続ける。


「わたくしはフィーギス殿下の望みは察せても、未だにその方法が掴めておりません。後手に回っておりますが、殿下が望みを叶えたいならば、わたくしもその通りに動きましょう」


 表情を引き締めて、精一杯の笑みを浮かべてみせる。


「ええ、望みを叶える邪魔はしませんわ。けれど……フィーギス殿下の想定通りに動くつもりはございませんわよ」


 きっぱりと言い切ると、フィーギス殿下は口元は笑みの形を保っていたが、すっと目を細めて睨まれる。望みは叶えると言っているのだから、そう睨まなくてもいいのにと、思わず苦笑してしまった。


「……すまないが、もう賽は投げられている。私は私の役割を果たす為なら、手段は選ばないよ」


 二人にしか聞こえない声量で堂々とそう言い放つ。けれどソフィアリアだって、こればかりは引くつもりはないのだ。


「ええ、そうでしょうとも。それでこそわたくしの恋しい王様が認めた次代の王です。……けれどわたくしだって、わたくしの大切な二人の為なら、手段は選びません。そして二人には、あなたという友人が不可欠なのですよ、フィーギス殿下」


 ふわりと手を離した。曲が終わったのだ。ソフィアリアはそう宣言すると、フィーギス殿下に綺麗なカーテシーをしてみせる。


 ――フィーギス殿下の切り捨てようとしているものを、ソフィアリアは守りながら、目的をなし遂げてみせると覚悟は決めてきたのだ。

 フィーギス殿下の為ではない。フィーギス殿下を友人と言った時に目元を和らげた、ソフィアリアの大好きな人達の為に。


 友人という言葉にフィーギス殿下は一瞬くしゃりと表情を崩して、けれどいつもの笑みを浮かべた表情を取り繕った。


「君がどこまで察しているのかはわからないが、私は引くつもりはない」


「いいえ、引かせてご覧にいれますわ。ご期待くださいませ」


 顔を上げ、ふわりと笑ってみせると突然後ろからグイッと肩を掴まれる。目を白黒させながら少し見上げると、不機嫌を隠そうともしない表情で、フィーギス殿下を睨みつけているオーリムに肩を抱き寄せられていた。そんな場合ではないが、彼からの珍しい接触に少しドキドキしてしまう。


「……フィー」


 どうやら愛人云々という噂を耳にしてしまったらしい。誤魔化されたと知ってしまったようだ。

 フィーギス殿下は苦笑して肩をすくめる。反省の色がないその態度にオーリムはますます眉を吊り上げていた。


 周りから見ればたかが男爵令嬢を巡って、見目麗しい代行人と王太子殿下が一触即発だ。周りの好奇と女性からの嫉妬の視線に思わず遠い目になりかけたが、溜息をついて首を横に振った。

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