放課後デート
長らく更新を停滞させてしまい申し訳ございませんでした…!
今週より不定期ですが再開させていただきます。
「決まった覚悟1」の裏側
メルローゼ視点
コンバラリヤ王国の元第二王子が剣術大会を行っていた円形闘技場を占拠し、立て篭もりなんて未曾有の大事件が収拾し始めた頃。
長い拘束から解放されたメルローゼは、だが腸が煮えくり返るような気持ちを、辛うじて内に秘めていた……まあ表情と雰囲気には出ていたようで、戸籍上の夫からは背中をトントンと、癇癪を起こした赤子をあやすように宥められていたけれど。
「では私達は予定通り、商業区の方に散策に行ってまいりますので」
体調の悪そうなアミーと、メルローゼの今のムカムカした気持ちの発端であるオーリムの二人は滞在する屋敷の方に、残りの五人は学園内の収容所に向かう馬車を、最悪な雰囲気のまま待っているみんなにプロディージがそう宣言すると、当たり前のようにメルローゼの手を引いて歩き出したので、その行動について行けなかったメルローゼは思わずつんのめってしまった。
「ちょ、ディー⁉︎」
「なに?」
「なに?じゃなくて、いきなりなんなのよっ!」
顔を赤くしながら眉を吊り上げてそう疑問を投げかけると、呆れたような溜息が返ってくる。
「ローゼこそ、もう忘れた訳? 第一回戦で勝つか負けるか引き分けるか不戦勝になったらデートしようって約束したじゃん」
「したけど! でも、こんな時に?」
「こんな時だからこそだよ。……今頃生徒達が集まって、お互いの持つ情報を擦り合わせながら、噂話に花を咲かせているはずでしょ」
それを聞けば納得する。デートという建前のもと、プロディージはその情報を集めておきたいのだろう。今なら王族だったヴィリック元第二王子の評判やかつての人柄についての話題がいくらでも手に入るだろうから。
そういう事かと訳知り顔で頷けば、何もわかってないと言わんばかりにもう一度溜息を吐かれたけれど。
「言っておくけど、情報収拾がついでだからね。先にデートの約束をしてたでしょ」
「ほんと、変なとこで律儀ねっ!」
「そりゃどうも」
「褒めてないわよっ⁉︎」
結局メルローゼはプロディージの姑息な計略のもと、みんなの生温かい視線で見送られながら、真っ赤になったまま手を引かれていく事になった。こんな時に一体何をしてくれるのだ。
*
学園内の商業区にて。
先程の戸惑いはどこへやら、ずらりと並ぶショーウィンドウを見ると気分が踊り、時たま足を止めて気まぐれに店を冷やかしていれば、オーリムへの苦言なんて吹き飛んでしまった。いや、義姉であり友人でもあるソフィアリアを蔑ろにする言動を許容する訳では決してないのだが、少しの間は存在ごと忘れ去ってもバチは当たらないだろう。なにせプロディージとのセイドとペクーニア以外で……なにより夫婦になってから初めてのデートなのだから。
「んふふ〜、美味しいわねぇ〜」
途中で見かけた『たい焼き』なる魚の形をした面白いスイーツに惹かれて食べてみれば想像以上に美味しくて、ふにゃりと表情を緩ませる。外はサクリ中はふわりとした食感の甘い生地と温かいカスタードクリームが絶妙にマッチし、何より食べ歩きが出来るという所がポイントが高い。この見た目も人目を惹くし、さっそく帰ってから新しい商品として売りに出そうと脳内で算段を立てていく。こんな時だろうと商売は忘れないのだ。
「そっちも美味しい?」
「ええ、最高よ!」
「じゃ、味見させて」
そう断りを入れられて、突然たい焼きを持っていた方の手首を掴まれたかと思うと無遠慮にパクリと食べられるから、瞬間的に頰を赤く染める。
「ちょ、ちょっと!」
「ん、温かいカスタードってのもいいじゃん。店出すならこれもよろしく」
「もちろん出すけど! 何当たり前のようにかっ、か、間接キ……」
最後の一文字だけ照れ臭くて口をもごもごしていると、察したプロディージにジトリと睨まれる。
「もっとすごい事してる癖に、今更初心ぶらなくてもよくない?」
「なんて言い方するのよっ⁉︎」
「そんな事より、こっちも美味しいから食べてみなよ。メニューの参考になるでしょ」
「えっ、ほんと? いただくわ!」
出店する気満々な事まで察されて、その参考にとまで言われれば食べない手はない。差し出されたプロディージのたい焼きを当たり前のようにパクリと頬張ると、トロリと温かいチョコレートクリームがこれまた絶品で、羞恥心など忘却の彼方。カスタードのたい焼きを食べた時と同様、自然と頰を緩ませていた。
「これは絶対取り入れるわ! むしろ看板メニューにする為に、リースチョコが流通してから出店しようかしら?」
「リースチョコって」
「チョコレートが広く流通するようになるのはリースのおかげなんだから合ってるでしょ?」
「フィーギス殿下のおかげでもあるけどね」
「おまけはいいのよ、おまけは」
「すっごい不敬」
「ここはビドゥア聖島じゃないからいいの!」
つれなくそう言い捨てると、思い出してしまった嫌な存在を忘れるように、自分のたい焼きを乱暴に齧る。プロディージの方から聞こえた呆れたような溜息なんて当然無視だ。
「ていうか、うちでやるなら魚じゃなくて、大鳥様の形してた方が売れるんじゃない?」
「一理あるけど、それ、魚嫌いのディーの私情も入ってるでしょ」
「バレたか」
「ディーの事なら大体わかるわよ」
何を当たり前の事をともぐもぐと口を動かしながら当然のようにそう言い放ってプロディージを仰ぎ見れば、虚を突かれたような顔をしており、よく見れば頬もほんのり赤いような気がする。温かいチョコレートクリームで身体が温まったのだろうか?
「……なによ、突然可愛い顔をして」
「よりによって可愛いって。……もういい、次行こう」
そう言って残りのたい焼きを乱暴に食べ切るものだから本当にどうしたのかと首を傾げ、メルローゼも同じように残りのたい焼きを食べ切ると、差し出された腕に当たり前のように腕を絡ませて再び歩き出した。
――再度店を冷やかしながら買い物を楽しんで、夕方に差し掛かった頃だった。
「きゃっ! ごめんなさっ……⁉︎」
プロディージとの会話に夢中で前方の確認を怠っていたようで、トンっと肩に軽い衝撃が走る。
おそらく人の腕か何かだろうと反射的に謝罪を口にし、その相手を仰ぎ見れば、ピシリと表情が強張っていくのが自分でもわかった。
「こちらこそ申し訳ないね」
ぶつかった相手は自分と同じ歳くらいの男子生徒だった。細い目の隙間から覗くルビー色の瞳と、あまり見られない漆黒の髪に浅黒い肌を持つ、寒色系統を持つ事が多いコンバラリヤ王国外から来たと一目でわかる風貌。その色はリアポニア自治区の更に向こうにある隣国に多いのをメルローゼは知っている。
そしてその色は肌色以外、メルローゼも有しているものだ。
「申し訳ございません、妻を振り回した僕の落ち度です」
異変を察し、ぶつかった相手を見て全てを理解したプロディージがメルローゼの肩を抱き、背中に隠すようにそっと引き寄せながら、その男子生徒と対峙する。
男子生徒はメルローゼに目線を固定したまま細い目を更に細め、探るような視線を投げかけてきた。
「妻?」
「ええ、別におかしな話ではないでしょう? なにせお互いフィーギス王太子殿下とも近しいので」
「ふーん、君の国ではそうなんだ。なんとも窮屈そうだ」
「むしろ結婚した事でお互い幸せになりましたし、以前よりのびのびやれていますよ。……そろそろ御前を失礼します」
それだけ念を押すように言い放つのを聞き届けると、プロディージに肩を抱かれたまま男子生徒に背を向ける。
後ろから感じる視線には、気付かないふりをする事しか出来なかった。
*
「普通にデートを楽しんでしまったわっ!」
夕陽がそろそろ落ち切るだろうという時間帯。出会った男子生徒の事を忘れるよう充分に楽しみ、学生しかいない事を考慮してか閉店の店が増え始めたのでメルローゼ達も帰宅する事にした馬車の中。ようやく情報収集も兼ねていた事を思い出したメルローゼはそう声を張り上げる。
狭い馬車の中で声を張り上げたせいか、対面に座るプロディージは不快そうに片耳を押さえ、ジトリとメルローゼを睨み付けてきた。
「うるさいな。突然なに?」
「なに?じゃなくて、情報収集よ!」
「散々店を見て回ったのに、まだ足りなかった訳? この国の流行も目新しい物もたくさん見れたでしょ」
「商会の方じゃなくて、ヴィリック元殿下の方よ!」
キッと目を吊り上げてそれを指摘してやれば、プロディージもようやく思い出したように……する事もなく、しれっと澄まし顔。何故そんなに余裕なのかと、メルローゼばかりがますます目を吊り上げていく。
「情報はどうでもいいって言うのっ⁉︎」
「どうでもいい訳ないじゃん。貴族にとって情報がどれほど重要かなんて、ローゼだってよく解ってるよね」
「だったら!」
「それほど重要な事なのに、この僕がデートにかまけて抜かるとでも思った?」
ニンマリと悪い顔をして口角を上げるプロディージの言葉には、メルローゼこそが目を見開く番だった。だってメルローゼはずっとプロディージと共にいて、腕だって組んで歩いていたというのに、いつの間に聞き込みなんてしていたというのか。
首を傾げながらぐるぐると思考の渦にハマっていれば、プロディージからまた一つ、呆れたような溜息が返ってくる。
「別に直接話を聞かなくても、歩き回りながら聞き耳を立てる事なんて容易でしょ。それで十分じゃん」
「そうならそうと教えなさいよ。私だってそのくらいやれるのに、普通に楽しんじゃったじゃない!」
「へぇ〜、楽しんでくれたんだ?」
「ええ、すっごく楽しかったわ!」
「ありがとう。そう言ってくれるだけでローゼは充分」
さらりと言われた感謝の言葉に目を丸くして、ついしげしげと気怠げな瞳を覗き込んでしまう。
「……なに?」
「お礼を言うディーなんて慣れないなって思って」
「悪かったよ、今まで礼も言わない無作法者で。でも、これからはいくらでも聞かせてあげるから、そのうち慣れるよ」
そう言ってプロディージは手を伸ばし、ぐしゃぐしゃとメルローゼの前髪を無遠慮に撫で始めるから、目を瞑ってされるがままにしておく。最近されるようになったこのスキンシップは結構好きで、むふーとした笑みを浮かべていた。
ゆさゆさと揺れる自分の黒髪が視界に入り、余計な事を思い出してしまい、ふっと表情が翳る。
「……ねぇ、ディー。さっきの事だけど」
「たとえ留学初日に存在を知られようと、かの国に報告する為に最速でも二週間。その頃には僕達は帰国した後だ。どうなりようもないでしょ」
「でも、お兄様達は外にいるわ」
「ビドゥア聖島を匂わせないよう細心の注意を払って販路を広げているんだから、バレるようなヘマはしない。お二方とも人柄はともかく腕は確かなんだから、信じてあげて」
「……わかってるわよ」
それでもと、憂鬱な視線を窓の外に投げかける。
マヤリスに釣られてほいほい来てしまったが、学園に潜入したのは少し失敗だったかもしれないと思わずにはいられない。あの男子生徒との邂逅もそうだが、何より義姉で友人であるソフィアリアがあんなに苦しんでいるのを、黙って見ている事しか出来ないのだから。
それに、もしかしたら今回の事でマヤリスも国に残って王位を継ぐと言い出しそうな気配をひしひしと感じる。国に見捨てられ、どれだけ冷遇されようと、あの大親友は誰よりも優しく真面目で、悲しいくらい自分の立場をよく理解しているのを知っているのだ。そんな彼女はきっと、この国の危機を見捨てられない。たとえ立場的に二度とメルローゼと会えなくなったとしても、運命的な出会いを経て結ばれたフィーギス殿下との婚約を解消する事になったとしても。
それを説得出来るのは大親友たるメルローゼではなく、誰よりも崇拝している王鳥でもなく、口の上手いソフィアリアでもなく、きっとフィーギス殿下だけなのだろう。少し……いやかなり癪だが、だったら任せるほかない。
本当に、この学園に来てから散々だと、思わず溜息が漏れていた。
そんなメルローゼのヒリヒリした心境を、対面に座るプロディージは察してくれたのだろう。
「……ローゼはさ」
「ん〜?」
「みんなで学園生活が出来て楽しくなかった?」
「そんな訳ないじゃないっ!」
パッとプロディージの顔を見て、そう断言する。
プロディージとはもうすぐ共に島都学園生活を送れる事が決まっていたが、こんな機会でもなければ他国の王女であるマヤリスや歳の違うソフィアリア、そして仲良くなったものの身分すら違うアミーとなんて、共に学園生活を楽しむ事は不可能だっただろう。異性故に少し距離があるが、フィーギスやオーリムやラトゥス、プロムスとだって同上だ。大鳥だって三羽も寄り添ってくれるなんでもありな学園生活なのだから、楽しくない訳がないではないか。
そう目で強く訴えると、プロディージはふっと目を優しく細める。珍しくて少し大人っぽいその表情に、プロディージの事が誰よりも好きなメルローゼが見惚れない訳がない。ブワッと頰が染まっていくのが自分でもわかった。
「だったらそれでいいんじゃない? 色々と煩わしい事はあるけど、それ以上に得られるものの方が多いんだからさ」
「で、でもっ!」
「大丈夫、きっと最後には全部丸く収まるよ。なにせこっちには神様がついてくれているんだからね」
プロディージらしくない楽観的な言葉に、思わず目を丸くする。
「……今日はどうしたのよ、一体。なんだかずっとディーらしくないわ」
「仕方ないでしょ、デートが楽しかったんだから」
「そんな理由⁉︎」
「あと、チョコレートをたくさん食べられて幸せだったし」
「ほんとにそんな理由っ⁉︎」
「そうだよ。まあ、もうすぐで週一回の習慣になるけどね。島都の案内はよろしく、奥さん」
そう言って無邪気な笑みまで浮かべているから、メルローゼもつられて笑ってしまったのだ。
「もちろんよ! いっぱいうちの店を紹介してあげるんだからねっ!」
これからはプロディージと二人だけになってしまうけれど、学園生活はまだまだ始まる前だ。この国で起こった問題が円満解決して、あちらでも幸せな思い出を積み重ねていける。そんな予感がした。
ソフィアリアのメンタルずたぼろになっている最中、いちゃいちゃする弟くん夫妻のデート話でした。
不謹慎はともかく、第四部への伏線をばら撒く為にはどうしても必要でして…どことは言いませんが。隠す気も0ですが。答え合わせは第四部までお待ちください。
ちなみに途中で出てきたたい焼きは例のごとく、マヤリス王女の異世界チートです。きっとあんこで始めたものの不評で、クリーム系にしたりしたのでしょう。




