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次こそは、きっと

「届かなくなった想い9」の直前あたり

オーリム視点



 ポロリポロリと自分の中から『想い』がこぼれ落ちていく感覚を、オーリムはなす術もなく見ている事しか出来なかった。

 夏の初めから享受(きょうじゅ)出来るようになった幸せな毎日。不甲斐ないオーリムの心を優しく包み込んでくれていた心地よさが……その時に感じた自分の気持ちや大切な思い出達が、否応なしに書き換えられて、気の迷いにされていく――『なかった事』にされていく。


 その中の一つに手を伸ばす。掴み取ったそれは将来、なんでもない日常だったと笑い飛ばせるくらいの些細な出来事だったはずで、それすらも今となってはまだ自分の中に残ってくれた、貴重なものとなってしまっていた。


 それも、もうすぐ消えてなくなってしまうのだろうけれど。


『ああ、そうだ。俺はあの時、確かにそう思っていたじゃないか』


 ふっと自嘲気味に笑ったオーリムはその思い出にただ浸っていられるよう、そっと目を伏せた。





            *





 ソフィアリアがこの大屋敷にやって来て、もうすぐ半季近くなる夏の真っ最中。


 オーリムは日頃、ソフィアリアが使用人達を集って勉強会を開いている温室でただ一人、腕を組んでソワソワと落ち着きなく歩き回っていた。


『さり気なく余を頭数から省くでないわ』


「王なんかと居ても、俺一人と変わらないようなもんだろ」


『まあ、一心同体だからな。だからそなたも余と同じように、はよう妃に愛を返し、行動で示せ。せっかく共にいられるというのに、ろくにイチャイチャも出来ぬではないか』


 そう言ってジトリと睨まれながら言われた言葉にボンッと顔を赤く染め、ますます落ち着かない気分になってしまった。


 ――ソフィアリアから恋をしたと告白されたのは、再会してすぐの頃。それからもうすぐ半季が経とうとしている。

 嬉しかったのは当然だ。名無しの孤児だったオーリムにとって『ラズ』という名前をくれたお姫さまは……ソフィアリアの存在は全てであり、ずっと長い間憧れ続けていたのだから。


 この大屋敷にソフィアリアが来てからは言葉で優しく包み込んでくれたおかげで、その憧れはすぐ恋に変わった。恋をした女の子が同じ気持ちと知って、嬉しくない訳ないではないか。


 でも……ダメなのだ。だってソフィアリアはオーリムとはここで初めて会ったと思っている。優しいソフィアリアを悪人へと変貌させた元凶なのだと伝えられずにいるオーリムが、ソフィアリアの恋心を受け取り、返す資格があるとは思えない。


『ぐだぐだ言い訳を並べて、結局へたれているだけではないか』


「うるさいな」


 ジトリと呆れたような視線を受けて、同じような視線を返す。言い争いが激化しそうな気配を――ガチャリと扉が開いた音が、うまくかき消してくれた。


「あらあら、仲良くお話中でしたの? お待たせして申し訳ございません」


 そうふわりと笑って現れたのは、話題にのぼっていたソフィアリアだった。心なしかいつもよりキラキラしており、室内ドレスであるものの、めかし込んで見える。


「ピピ!」


 そんなソフィアリアの様子に気付いた王鳥は、我先にとソフィアリアの側に駆け寄り、ぐりぐりと頬擦りしていた。


『今日は一段と()いのぅ〜』


「えーっと、お褒めいただけているのでしょうか? 光栄ですわ」


 雰囲気から何を言ってるのか察したようで、よしよしと頭を撫でると、王鳥はもっと調子に乗ってじゃれつき始める……ああやって素直に触れられるのなんか別に羨ましくない、と虚勢を張ってみる。王鳥にチラリと視線を投げかけられ、ニンマリと馬鹿にしたような表情を向けられたが。


 そんないけ好かない王鳥より、今はソフィアリアの方が大事だ。いつもよりめかし込んでいる姿に、思わずぼーっと見惚れてしまった。


 化粧の類はオーリムには一切わからないが、いつもより顔も髪もツヤツヤ輝いて見えるから、丁寧に磨き上げたのだろう。身に付けている装飾品はシンプルでありながら品良くまとまっており、着ている白とクリームイエローのドレスはフリルとレースたっぷりで、可憐さをより際立たせていた。そのドレスに見覚えがないので、オーリムと王鳥があらかじめ用意していたものではなく、セイドから持って来たものなのだろう。その上から大鳥関係者である証の二股に分かれた白のチュールマントを羽織っている。


 そうやってぼんやり見惚れて観察していたオーリムの視線に気がついたソフィアリアも、ほんのり頬を染めながら視線を返してくれた。困ったように微笑みながら、そっと片方だけスカート部分を摘み上げている。


「このドレスね、友人兼義妹の子が、ここに迎えられたお祝いにって贈ってくれたの。どうかしら?」


「うっ、あ、ああ。いいと思う」


『いいと思うって、そなたなぁ……』


 思わずそっけない返事をしてしまい、呆れた王鳥と同じく自分でもないなと反省したが、ソフィアリアは別段気にした様子もなく、オーリムの緊張を見抜いたようでパッと明るく笑った。


「本当? ありがとう! 王鳥妃(おうとりひ)としては格式が合わないかしらと心配していたのだけれど」


「そんな事はないと思うが……どうなんだ、王?」


『うむ。まあギリギリ及第点と言ったところか。嫁いできたばかり感があって良いと思うぞ』


「ここに来たばかりだという雰囲気が出てて良いってさ」


「ふふっ、そうですわね。まだわたくしは半分男爵令嬢のままですもの。あまり気取っても、着られているように見えてしまいますわね」


 そんな事ないだろう、ソフィアリアなら何を着ても着こなせるという気持ちは、なんの根拠もないのでグッと飲み込む。


『何故伝えぬのだ、阿呆』


 その言葉には心の中でうるさいと返し、自分こそと眉根を下げる。


「俺なんていつも通りだぞ」


『余なんて全裸ぞ』


「まっ! お二人はいつも通りがとってもカッコいいのですから、そのままでもいいのですわ」


 突然ソフィアリアにカッコいいと言われて、ますます耳を赤く染める。自分の容姿について気にしていないが、ソフィアリアにそう言われて悪い気はしない。……そう言われ続ける為にもう少しこだわった方がいいかもしれないとまで思い始めるのだから、恋とはなんとも不思議なものだ。王鳥も嬉しそうにぐりぐりと肩口に額を擦り付けていた……全裸の癖に。


「おーい、リムー。お連れしたぞー」


 ちょっと面白くないと感じ始めた頃、プロムスとアミーが一人の来客を伴って温室にやってくる。


「はじめまして、王鳥様、代行人様、王鳥妃(おうとりひ)様。多大な栄誉をわたくしめに授けてくださり、光栄の極みです。本日はよろしくお願いいたします」


 そう言ってたくさんの画材の入った鞄を床に置き、深々と頭を下げたのは老紳士だった。手にこびり付いた絵の具らしき色素が、その道のプロを思わせる。


 オーリムは代行人の仮面を被ると、静かに(うなず)いた。


「こちらこそ、ここまで来てくれて感謝する」


「ありがとうございます」


「ふふ、どうか楽にしてくださいな。絵を描いてもらうのは初めてですから、とっても楽しみなんですの!」


 ソフィアリアもいつもより無邪気さを全面に出しながらコロコロ笑うと、アミーに目配せしている。


 アミーは訳知り顔で(うなず)くと、プロムスが用意していたキャンパスの側のテーブルに紅茶と茶菓子を並べ始めた。


 ――そう。本日はフィーギスに言われ、三人の肖像画を描いてもらう事になったのだ。絵に馴染みがなく、自分の容姿が後世残る事に抵抗を覚えたオーリムは少し反発したが、今のソフィアリアが描けるのは今だけだと諭されれば、あっさりと引き下がった。結婚前の姿が残るというのも、後々の事を考えれば悪い話ではない。見返して、こんな事もあったねと笑い合える未来というのは、とても素晴らしいだろう。


 なにより、側にいなくてもソフィアリアの姿がいつでも見られるというのは最高である。あとでこっそりソフィアリアだけを描いた小さな絵を頼もうと、心に誓っていた。


『その考えこそが変態じみておるのではないか?』


『気のせいだろ』


『余より悪質ぞ……』


 その言葉を無視し、思わぬ高待遇にぺこぺこする老紳士……もとい画家と、彼と親しく話すソフィアリアに視線を向ける。


「そこで描いてもらうのか?」


「うふふ、ええ! こっちにね、今日の為にって大鳥様が用意してくださった素晴らしい花壇があるの。ご好意はありがたくいただかないとね」


『余も手伝ったぞ』


 えへんと胸を張る王鳥に苦笑を返し、ふと見ると窓の外では大鳥達が興味津々とばかりに中を覗き込んでいた。ソフィアリアが何をしているのか気になったのだろう。相変わらず大鳥達に好かれているようで何よりである。


 花壇の前に置かれたソファにソフィアリアをエスコートし、オーリムはその傍らに、王鳥は二人の後ろに並ぶ。


「ねえ、画家様。そちらを見たままお話していても構いませんか?」


「ええ、どうぞ安らかにお過ごしください」


「ありがとう! じゃあみんなでたっくさんおしゃべりして、素敵な絵が出来上がるのを待っていましょうねぇ」


「ああ」


「ピ!」


 ――何もせず、同じ姿勢を維持するだけの時間は退屈だろうと思っていたが、ソフィアリアの機転のおかげで三人とプロムスとアミー、時折画家まで交えながら和気藹々とした雑談を楽しみ、終えてみればあっという間だった。


 本格的な色付けは画家のアトリエに持って帰ってから行うらしく、完成形が届いたのは大舞踏会を過ぎたソフィアリアの誕生日前。当然実物には叶わないが、その出来栄えは王太子であるフィーギスから紹介されただけの事はあると唸るほどの、実写のような見事な一枚だった。


「ふふ、今よりラズくんが少しだけ幼く見えるわ」


「プピィ」


 完成した絵を眺めながら放たれた言葉に、オーリムはムッと渋面を作る。


「悪かったな」


「成長の証が悪いものですか。ふふ、この頃はまだ両片想いだったわね?」


「そうだな。俺がへたれていた頃だ」


「わたくしが言わせない空気を作ってしまっていたのだもの。仕方ないわ。……ねえ、王様、ラズくん」


 肖像画を指で柔らかく撫でながら、ソフィアリアは二人を見上げて優しく微笑むから、オーリムも王鳥もつられて目元を和ませる。


「なんだ?」


「ピ?」


「たくさん描いてもらいましょうね。 数えきれないくらい、たくさんよ!」


 ――これから節目、一年に一度と定期的に三人の肖像画を描いてもらい、三人の没後は歴史的資料として、国で保管される事になっている。


 つまりこれからずっと長く一緒にいようという告白に、オーリムと王鳥まで破顔した。


「ああ!」


「ピ!」


 そうやってたくさん、思い出を積み重ねていこう。キャンパスに残せないくらいの、たくさんの幸せと共に。


 ――そう、誓っていたはずだったのに。





             *





 また一つ、オーリムの中から思い出がこぼれ落ちていく。


 何故あの時、そんな事を思っていたのだろうか? オーリムの想い人は王鳥が連れて来たソフィアリアではなく、夢で逢瀬を重ねたリスティスであるはずなのに……いや。


『……ごめんな、フィア。オーリムである俺はもうダメだけど、生まれ変わったら、今度こそ幸せを積み重ねような』


 最期の意思を口にし、ここでオーリムは初めて、オーリムとしての人生を諦めた。きっとオーリムは世界一大切だったはずのソフィアリアを裏切り、ずっと側に寄り添ってくれた王鳥やフィーギスら友人達の側すら離れてしまうのだろう。悲しいけれど、これが現実だと受け入れた。


 ふっと目を閉じ、オーリムの想いが完全に書き換えられるその瞬間に願う。


 次こそは、きっと、と――……



オーリムが突然来世がどうのと言い出したきっかけのお話。

ソフィアリアに見向きもしなくなる直前、オーリムはオーリムとしての人生を諦めておりました。

肖像画の話は入れ忘れていたので、このタイミングで差し込んでおきます。実は第一部の頃に一枚描いてもらっておりました。



今年も「王鳥と代行人の初代お妃さま」をありがとうございました。

主に第三部を連載していた一年だったなと思います。

来年は第四部に突入し、いよいよ結婚が見えてくる予定です。

これからもソフィアリア達を見守っていただけますよう、よろしくお願い申し上げます。

では、よいお年を!

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