メリークリスマス! 前編
クリスマス特別番外編!パラレル時空
ソフィアリア視点
学園で滞在している屋敷。厨房にて。
どういう流れになってこうなったのかは忘れてしまったが、ソフィアリア達は総出で『サンクトゥス・デイズ』――のコンバラリヤ王国版であるらしい『クリスマス』というのを、今晩お祝いする事になった。今はみんなで準備をしている最中である。
フィーギス殿下とラトゥスはプロムスに厨房の出入りを禁じられ、三人でサロンの飾り付けを担っていた。それほど酷い料理の腕前なのかと好奇心が疼くけれど、一年にたった二日きりの特別な日を大惨事にするのもどうかと思うので、そのあたりはまたいつか、楽しませてもらおう。
まあ、時折サロンの方から聞こえてくるプロムスの怪しい怒号は気になるけれど。フィーギス殿下とラトゥスは、それほどまでに不器用なのだろうか? たしかに音楽と美術の時間では、とんでもない怪作を生み出していた事は記憶に新しいが。
そちらはそっとしておく事にして、残りのメンバーは厨房で料理の準備をしていた。クリスマスにはシュトーレンではなく、生クリームのホールケーキや『ブッシュ・ド・ノエル』と呼ばれる切り株を模したロールケーキを用意するのが一般的らしく、それがチョコレートで出来ていると聞けば作らない手はない……とは、弟のプロディージの言葉であるが。ソフィアリアもチョコレートが好物となったので、素直に従うまでだ。
生地とクリームについては、プロディージの腕前がかなりものもなので、それを補助する為に大量のチョコレートを湯煎するソフィアリアの傍らでは今、本来の『ラズ』の姿をしたオーリムが『ブッシュ・ド・ノエル』に飾る為のクッキー生地をせっせと伸ばしていた。セイドベリーを練り込まれたチョコクッキーなんて、そのまま食べても絶対に美味しいだろう。
「こんなもんでいいか?」
自身なさげにそう尋ねてくるので、ソフィアリアはオーリムの手元を覗き込んでみる。伸ばした生地がまるで一枚板のような綺麗な四角形に仕上がっているのを見て、にっこりと笑った。
「まあ、綺麗!」
「そ、そうか……?」
「ええ。でも焼いてしまうから、ここまで均一にしなくてもよかったのに」
「フィアに頼まれたからには、きちんと成し遂げたいだろ」
「あらあら」
褒められて得意げな顔になったオーリムの言葉に几帳面だなとくすくす笑ながら、次の道具を手に取る。
「次はこれを使って、お星さまをたくさん作って、ここに並べてみてね」
クッキー生地の端に型を押し付け、型取りしたクッキーを天板の上にそっと落とす。そうやって一度お手本を見せると、オーリムに型を手渡した。
「こうか?」
そう言ったオーリムはソフィアリアを真似て型を取り、天板に生地を落とそうとしたようだが……。
「地味に難しいな」
そう言って渋面を作った通り、端が欠けた歪な星が天板の上に置かれていた。几帳面だが、クッキー生地を型から取り出すという細かい作業は、あまり得意ではなかったようだ。
「最初はそんなものよね。もっと簡単な型にする?」
「いや、これでいい。出来なきゃロディが馬鹿にするだろ」
「当然だよね」
「ほらな」
少し離れた所でクリームを混ぜているプロディージが名前に反応したようでそう答えたのを見て、オーリムは溜息を吐きながらもう一度挑戦する。今度は切れずに取れたものの、星の先端が一ヶ所だけ内側に折れ曲がっていたのを見たオーリムが眉根を寄せていた。
「このくらいなら直せるわ」
ちょいちょいと指で形を整えてやれば、オーリムは目を丸くする。
「本当だ」
「練りが甘かったか、バターが多過ぎたんじゃないの? 分量通りに作ればそうなる訳ないんだけど」
「悪かったな、雑で」
「お菓子を雑に作るとか大罪中の大罪だから」
「ロディ限定だろうが!」
「うるさっ」
そうやって言い争いを始めた二人の仲の良さを微笑ましく思いながら、厨房の入口付近で黙々とピザ生地に食材を乗せているアミーに視線を向ける。
「アミー、体調はどう? 大丈夫?」
「今日は落ち着いているので、何も問題ありません。……キャル、トマトソースはまだ?」
「ピピ!」
アミーは厨房の入口から心配そうにアミーを見守っているキャルにそう尋ねると、頼られたキャルは嬉しそうに目を輝かせ、鍋で煮込んでかき混ぜていたトマトソースをふわりとアミーの側に置く。どうやらそうやって、遠隔操作でアミーのお手伝いをしていたようだ。
アミーはトマトソースを掬うとピザ生地にたっぷり塗り広げ、切っておいたベーコンとサラミ、パプリカを乗せ、最後に軽く炒めておいたエビとバジル、たくさんのチーズを散らすと、もう一枚同じように取り掛かろうとしていた。
「ふふ、アミーとキャル様の共作ね? とっても美味しそう!」
「ピ!」
「……今日は特別です」
「あら真っ赤。可愛いわねぇ」
「ピーピ」
今日のアミーは素直にデレる日らしい。キャルと共作という言葉にほんのり頰を染めた姿を見て、キャルがプルプルと可愛さに悶絶している。そんな微笑ましい光景を、ソフィアリアはニコニコしながら見守っていた。
「大鳥様がお作りになられた物を口に出来るなんて、きっと途轍もない加護が宿っているに違いありませんねっ……!」
そしてもう一人。ニコニコ……というよりキラキラした笑顔を浮かべ、顔をだらしなく緩ませているマヤリス王女がそれを見ていた。指を組み、キャルを見る視線は熱烈な信仰を隠し切れておらず、どこか危うさすら感じる。
「……いえ、キャルにそこまでのサービス精神はありませんよ」
「ピッ」
「一年の無事と来年の平穏という願いを込められた特別なピザをただ食べるだけなんて、罰当たりではないでしょうか? これは、祭壇を作って祭り上げるべきではっ⁉︎」
「こんなのを過信し過ぎです。ただの変態ですよ」
「ピエッ⁉︎」
それは言い過ぎではないかと思いつつ、強いて言えば、アミーへの愛情だけはたっぷり込められているかもしれないがとその言葉に同意するよう頷く。肝心のキャルはアミーに変態と呼ばれ、どういう事かとプルプル涙目になっている。
そのキャルへのあんまりな評価も、とうとう聖句まで唱え始めたマヤリス王女の耳には届いていないようだけれど。まあ、信仰は自由だろう。マヤリス王女の場合は少々信仰は自由という言葉から逸脱している気がするが、好きなものは仕方ないと見守る事にした。
「リースー? そろそろこれ、入れちゃっていいの〜?」
と、そこへ鍋に張られた油を見ていたメルローゼがそう声をかけた事で、はっと我に返ったらしい。細切りされたじゃがいもが乗ったお皿を勝手に持ち上げて傾けながら、いっぺんに投入していいのかと首を傾げている。
その様子を見たマヤリス王女は慌てた様子で首を横に振った。
「ダ、ダメですよ、メルちゃんっ⁉︎ そんな風に入れてしまえば油が跳ねて、火傷しちゃいますからっ!」
「ん? そんなにこれ、危ないの?」
「ええ。あと、たくさん入れ過ぎると油の温度が下がり過ぎてムラになってしまいますから、どうか少しずつ入れてくださいね」
「ローゼ、そっちは僕がやるから、これの様子を見てて」
結局油を前に危なっかしいメルローゼの挙動を見かねたのか、溜息を吐いたプロディージに皿を取り上げられ、代わりに先程まで泡立てていた生クリームを渡されていた。
メルローゼは泡立て器を手に持ち、むふーと楽しそうに笑う。
「これをディーがやってたみたいに、クルクル混ぜればいいのね!」
「僕は様子を見ててって言ったよね? せっかくのクリームを台無しにする気?」
「しないわよっ⁉︎ ……ん? 見てて、何になるの?」
「生クリームって放置すると、やがて赤色に染まってブクブクと膨れ上がるんだよね。そうなったら辛味が増してもうおしまい。それを防ぐ為には、人の視線が大事って訳」
「そうだったのねぇ」
プロディージからの新情報に大きなルビー色のを目を丸くしたメルローゼは、そうならないよう言い付けを守り、むむむと真剣な表情で真っ白な生クリームを見つめている。
赤くならないように注意して――……
「……そうだったのか?」
「うふふ」
「ああ、うん。そうだよな……」
みなまで言わなくても察してくれたオーリムの反応通り、もちろんそんな訳はない。メルローゼを料理から遠ざける為の、適当な嘘である。プロディージのせいで妙な料理知識ばかり身に付けているのを憐れみながら、そろそろ手元に集中……
「はっ!」
と突然、マヤリス王女がそう声を上げたので、そちらに視線を向ける。
マヤリス王女はプロディージが今揚げているフリッツ――コンバラリヤ王国ではフライドポテトというらしい――の次に揚げる予定の物を驚愕の眼差しで見つめ、やがてギギギと王鳥とキャルに視線を投げかけた。
「申し訳ございません、王鳥様、キャル様! わっ、わたしは何という事をっ……!」
「ピ?」
「いえ、違うのです! こちらではこれが定番だったのでなんとなく用意しただけで、決して悪意などはございません……」
そう言ってしょんぼりしてしまったマヤリス王女に王鳥は不思議そうに首を傾げていたが、理由を察したソフィアリアはくすくすと笑った。
「大丈夫よ、リース様。大屋敷でも普通に出るものだし、大鳥様達も召し上がるわ」
「えっ、大鳥様達がですかっ⁉︎」
「ああ。大鳥は姿がこれなだけで、別に鳥ではないからな。だから鶏肉だろうと気にしなくていい」
「プピィ」
そう、マヤリス王女が見つめていたお皿には、大量のチキンが並べられていたのだ。骨付きのまま揚げたそれも、クリスマスの定番なのだとか。
「チキンを食べてる大鳥様とか見たくないわ〜」
本当にいいのかとまだオロオロしているマヤリス王女と一緒に、メルローゼも引いていた。プロディージも微妙な顔をしているし、そんな様子をニンマリと悪戯な目をして眺めている王鳥は、絶対食べるだろう。衝撃的な光景を目の当たりにするかもしれないと思ったソフィアリアも、くすくす笑って王鳥に便乗する事にした。
「あら、王様には食べさせてくれないの? せっかくの新しいお料理なのに、残念ね」
「ビー」
「ううっ……食べたいと仰るなら、遠慮なく差し上げますが……」
「骨まで処分してくれるので、後片付けも楽ですよ」
「ピ!」
「アミーってば、いくらなんでもキャル様の事を便利に扱い過ぎじゃない?」
「愛情故です」
「ピピっ⁉︎」
素直に愛だと語ったアミーの言葉に衝撃を受けたように目を丸くしたキャルは、そのまま嬉しそうにヘニャヘニャと崩れ落ちて、デレデレと溶けてしまった。アミーはそんなキャルを無視してピザ作りに没頭しているが、きっとすんっと澄ましながら照れているに違いない。
「……馬鹿っぽい」
プロディージがボソリと何かを言った気がするが、二人の微笑ましい愛の応酬に胸を高鳴らせていたソフィアリアは気付かなかった。
やがて湯煎を終えたチョコレートをプロディージに渡した頃、オーリムはようやく型抜きのコツを掴めたようだ。随分と手際が良くなっており、もうすぐ天板も星で埋め尽くされそうだ。
「フィアは凄いな」
唐突にそんな事を言い出したオーリムに目をパチパチさせ、首を傾げる。
「あら、わたくし、今日は簡単な事しかしていないわよ?」
「今日はそうかもしれないけど、毎晩夜デートの度に色々作ってくれるだろ? 俺が作っているクッキーは簡単な方らしいし、こんなに大変だなんて知らなかった」
そう言って眉尻を下げ、困ったように笑う。
「……これだけ手間なら毎日でなくても」
「まっ! わたくしから二人に恋心を向ける時間を取りあげないでくださいな」
そう言い出すと思ったと被せ気味にその言葉を打ち消し、ぷりぷりと怒ってみせると、そうくるとは思わなかったらしいオーリムは目を丸くしていた。
ソフィアリアはわざとらしく眉を吊り上げ――これでも精一杯そうしているつもりである――、言葉を続ける。
「たしかにお昼の時間の半分は使ってしまうけれど、その間王様とリム様の喜ぶ顔を思い浮かべながら、とても幸せな時間を過ごしているのよ? それを減らしていいなんて、あんまりだわ」
「だが」
「聞きません。わたくしはこれからも王様とリム様にわたくしの作ったものを食べてもらいたいし、飽きたと言われても絶対やめてあげないわ」
「飽きる訳ないだろ!」
「どうかしらね?」
「プピィ」
ツーンと拗ねてみせて、そそそと王鳥の側に寄っていくと、ピトリと抱き付く。まるで意地悪な人から逃げて泣きつくように――実際、それに近い心境なのだけれど。
ソフィアリアが拗ねて離れた事がショックなのか、泣き縋られた王鳥が羨ましいのか、オーリムはソワソワしている。そんな事をしたって、許してあげないのだ。
「リム、ソフィ様のお料理教室は使用人中から大好評をいただいているのよ。仕事中にみんなで持ち寄った料理のレシピを教え合って、しかも材料費無料。作った物は持ち帰り自由。その時間を減らせなんて言われたら、リムは非難轟々ね」
「うっ」
「なにそれ。人がセイドの立て直しで寝る間も惜しんで仕事してる最中、姉上はそんな楽しそうな事して遊んでた訳? だったらせめて、僕に知らないお菓子のレシピを共有するべきだよね」
「どういう理屈だ!」
「ねえねえ、お義姉様。あまり広まってないけど美味しいお菓子とかなかった?」
「瞳に宿る金儲けが隠し切れてないぞ」
「王鳥妃様はお菓子を王鳥様と代行人様に献上する役割も担っておられるのですね……!」
「王女は神聖視し過ぎだろ……」
アミーにまで責められて、ついでに便乗した周りの言葉を拾うオーリムは忙しそうだ。そうやってみんなの輪の中にいるオーリムに優しく目を細め、王鳥と顔を見合わせてくすくす笑う。今まで人との交流が限定的だったオーリムのそういう姿を見るのは、本当に幸せだ。
「……また二人して俺の保護者面してるな」
二人で幸せに浸っていると、ジトリとオーリムに睨まれて、反対に拗ねられてしまった。
「ふふ、ごめんなさい。だってみんなと仲良くしているリム様の姿を見られて嬉しいんだもの」
「ピーピ」
「悪かったな、引きこもりで」
「別に悪くは思っていないのよ? 人付き合いに慎重にならなくてはいけない立場なのはわかっているもの。とにかく、これからも王様とリム様にお菓子作りはするつもりだから、どうか嫌がらないでくださいな」
そうきっぱり宣言するとオーリムも観念したのか、ふっと優しく目を細める。
「俺も王も嬉しいだけだ。負担じゃない程度に、これからも頼む」
「ピピー」
「ええ、お任せくださいませ」
今日のような特別な日でなくても、特別な二人の旦那様にとびっきりのプレゼントを。
これから一生続く事を思えば、そんな特別は、まだまだ始まったばかりだ。
「ピ」
そんな事をしんみり思っていると、ポンっとオーリムの手のひらに新しいクッキー型が現れる。
それは細かな所が極端多い、ふわふわの三角帽子を頭に乗せた王鳥の――いや、大鳥のクッキー型だった。
それを見たオーリムは、ひくりと頰を引き攣らせる。
「……これをくり抜けってか? 冗談だろ?」
「プピィ」
「誰がやるか!」
そう言って二人、ぐぬぬと睨み合いをしているが、ソフィアリアの目はそのクッキー型に釘付けにされた。
口元を手で押さえ、プルプルと震えている。
「どうしたの、お義姉様?」
「どこかご気分が優れませんか?」
対のように可憐な二人から同時に心配されても、それどころではない。
だって、だってあれは――……
「かっ」
「か?」
「可愛いーーーー‼︎」
突然声を張り上げたソフィアリアに、目を丸くするに留めたプロディージ以外の全員が、ビクリと肩を震わせる。
なんだなんだと注目を浴びた視線も、今は気にしていられない。
「リム様、絶対作ってくださいな!」
「フィ、フィア……?」
「ピピ……?」
「今日という特別な日にケーキに乗せるのに最高なクッキー型よ? 今日使わなきゃいつ使うというのっ⁉︎」
さあさあとキラキラした笑顔でおねだりすれば、オーリムは困惑気味にコクコク頷き、ただの嫌がらせだったらしい王鳥は遠い目をしていた。
今日という日の最高なプレゼントは、やっぱりこの世界一可愛いサンタ帽――と後にマヤリス王女から教えてもらった――を被った大鳥のクッキー型かもしれない。
「……馬鹿っぽい」
どこからともなく、そんな呆れた声が聞こえてきた気がした。
メリークリスマス!24日は間に合いませんでしたが、25日だからセーフです(言い訳)
本編中ではクリスマスに該当する期間にコンバラリヤ王国の学園内の屋敷になんて居ないので、きっとどこでもないパラレル時空…おや…?
真相は、25日中に更新予定の後編までお待ちください。




