地獄の一室
長い間お休みをいただいてすみません…!
次回は24日(火)・25日(水)とクリスマス特別番外編を更新予定です。
「すれ違う婚約者達2」の裏側
ラトゥス視点
アミーの妊娠が発覚した、その日の夜。
男性陣の部屋は現在、両極端な雰囲気に分かれているなと、どちらでもないラトゥスは遠い目をした。
浮かれているのは当然、父親になっていたと知ったばかりのプロムスだ。幸福を隠しきれず口元には笑みを浮かべ、書類を片付ける手すら弾んでいる。ラトゥス的にも昔から世話になっていた兄貴分がとうとう親になったというのは感慨深いものがあるが、まだ発覚したばかりだというのに浮かれ過ぎである。まあ、これからが色々大変だと思うので、今のうちにという気持ちも湧かなくはないが。
反対にこの世の不幸をかき集めたような絶望感を漂わせているのはオーリムだ。本人の意思を無視し昔から愛してやまないソフィアリアから見ず知らずだったはずのリスティスに心変わりをさせられ、とうとう表面化してソフィアリアを傷付けるまでに至った現状に意気消沈している。本人ではどうする事も出来ず、ラトゥスだってどうもしてやれないので、気の毒で仕方ない。
プロムスと一緒に幸福に浸るにはオーリムが気になり、オーリムと共に嘆き悲しむのもプロムスの子を喜んでいないようで、どちらにも転べないラトゥスは無表情を貫くほかなかった。まあどちらに転んだとしても、自分はこの顔だったと思うが。
「つーか、フィーはラスに仕事押し付けて何やってんだ?」
ふと、部屋から出て行ったきり戻ってこないまま随分と時間が経っている事を訝しんだプロムスが、ようやくその疑問を口にする。
「……ヴィル様に呼ばれて空の散歩に行ってくると言っていた」
「仕事を投げ出してか?」
「今日は比較的落ち着いているから、余裕があるのだろう」
「ふ〜ん」
それで納得したのか気のない返事をし、また仕事に戻ったプロムスに胸を撫で下ろす。
……実はラトゥスもフィーギスの行方は知らない。ヴィルに呼ばれて出て行ったのは本当だが、一瞬目配せしただけで行ってしまったのだから、しばらく戻ってこない事だけは察したが、それだけだ。ちなみに仕事は年末近くという事もあり、投げ出したくなるほど多い。
「坊ちゃんは?」
「さあな。夜食にデザートでも作ってるんじゃないか?」
そちらについては全くわからない。ただ、フィーギスが出ていく様子を見て何かを察したように後を追ったのだから、ラトゥスでも見落としている何かを拾ったのだろう。その察知能力は素晴らしいが、出来れば共有してほしかったものである。そうすれば一緒についていく事で、この地獄のような雰囲気に晒されるのは回避出来たのにと、八つ当たり気味に思う。
適当についた嘘でプロムスは納得したのか頷いていた。
「あ〜、なるほど。オレにも作ってくれねーかなぁ」
そう言ってコリをほぐすようにぐるりと肩をひと回ししたプロムスの言葉で、今朝食べたパンケーキの味が蘇る。
「ロディの作るパンケーキはふわふわしていて、うちのシェフにも勝る逸品だった」
「そんなにか?」
「ああ。セイド夫人……義母上から受け継いだが、まだ劣るという。いつかオリジナルの方も食べてみたいものだな」
思わず口元を綻ばせ、どうにかフォルティス領に招いた際に作ってもらえないだろうかと計画を練ると、プロムスからくつくつと笑う声が聞こえて、そちらに視線を向けた。
「なんだ、もうあの美人さんを家族だと受け入れているのか?」
「ラーラと婚約したのだから当然だろう? ラーラも双子も、義母上も義父上だって、もう僕の護るべき家族だ」
「坊ちゃんと嬢ちゃんは?」
「家族だが、あの二人はフォルティスの庇護下に入りたがらないだろう。庇護下に据えるより隣に並べておいた方が有益だ」
「家格違いなのに並べるのか?」
「ああ」
きっぱりとそう断言すると、プロムスは目を優しげに細め、ますます口角が上がっていた。
プロディージはまだ経験が足りないだけで、実力だけは充分ある。向上心旺盛でラトゥスの父とも渡り合い、母から情報を引き出そうとする程度胸もあるので、あれは絶対に伸びるだろう。王鳥妃の実家という箔がなくても、セイドの名はプロディージが一代で広められたはずだ。
それにメルローゼだって侮れない。私人であるメルローゼはやや短慮で感情的だが、幼少期から場数を踏んだ社交性と、なにより商才がある。そんな二人が夫婦となって社交界に君臨するのだから、どこまで這い上がるのか実に楽しみだ。もしかしたらいずれ、本当にフォルティスと肩を並べられるかもしれない。負けないようにラトゥスも気を引き締める所存だ。
「ラスもいい家族が出来てよかったな」
「僕は元から家族には恵まれているが、まあそうだな。ありがとう。ロムも良かったな」
「おうよ! つーか、本気で食いたくなってきた」
「絶対ないだろうけどな」
「だよな。なんでオレ、坊ちゃんに嫌われてるんだろな?」
確かに二人はそりが合わないかのごとく、よく言い争いに発展している。不思議だとプロムスは首を傾げているが、プロムスにはなんとなくその理由がわかっていた。
「嫌われてはないと思うが。僕がセイドの人間をそう思っているように、ロムを自分の庇護下に置きたいんじゃないか?」
「なーんで坊ちゃんに保護されなきゃいけねぇんだよ。オレの方がしっかりしてるし、年上だぞ?」
「年齢はそうだが、ロディは自分の立場に忠実でありたいみたいだからな」
「立場って、オレはセイドとは無関係だろうが」
「それでもロディは貴族でロムは平民だという事に変わりない。ロムこそ、ロディを子分にしようとするのを諦めればいい」
それさえ諦めればもう少し穏便に対話出来るだろうと指摘してやれば、プロムスは肩を竦める。
「無理〜。リムと同じくらい手が掛かりそうだし、なんか放っておけねーんだよな。双生ってやつだからか?」
「ロディの性格的な問題だろうな。昔はもっと手が掛かりそうな様子だったし、ロムの大好物だな」
「大好物って、オレをなんだと思ってんだよ」
「困った子供限定の世話焼き」
大屋敷に来るまでは孤児院で訳ありの子供に囲まれて、面倒を見て育ったせいか、プロムスはそういった子供を見ると世話を焼こうとする。泣きじゃくっていたオーリムから始まり、親代わりだった先生不在のまま帝王学が本格化して捻くれ始めたフィーギスや、ついでにラトゥスまでそうやって面倒を見てくれたのだから、体験談としてよく知っているのだと得意げな表情をした。まあ、変化が乏しくて表面化していないとは思うが。
「それは否定しねーけどな! どうせなら坊ちゃんもソフィアリア様も、もっと小さい頃から過ごせていればよかったな。なっ、リム」
そう言って口角を上げたプロムスは、相変わらずのオーリムに話題をふる。リスティスを気にし始めたオーリムを拒否していたプロムスだって、今の沈みきったオーリムを気にするのは当然だ。
突然話題を振られたオーリムは、書類を捌いていた手をピタリと止める。
「小さい頃からフィア達と……」
「おう。そうすりゃリムはソフィアリア様とずっと一緒にいられるから泣かなくて済んだし、坊ちゃんと言い争いしながら楽しく過ごせたろ?」
「ロムに囲われて孤立していたアミーにも、もっといい環境で過ごしてもらえただろうな」
「うるせーわ」
そんな道もあったかもしれないと想いを馳せてみる。ソフィアリアならオーリムの手を引いて、大屋敷に住む人達が楽しい毎日を過ごせるよう色々と手を回してくれるだろうし、たまに遊びに来るフィーギスやラトゥスのいい相談役になってくれただろう。プロディージだってオーリムと毎日のように言い争いながらも友人が出来た事で今ほど拗らせなくて済んだだろうし、フィーギスの未来の側近としての知識を与えてやれた。
そのうち生まれるクラーラとも、もっと早くから共に過ごせたかもしれない。今と同じく幼子に恋心を抱く事は難しいが、あれだけ破天荒な子だから、きっと会うたびに驚かされ、それでも楽しく過ごせたのだろう。
まあ実現するとなると、フィーギスの力が及ばずセイドはどこかに乗っ取られていただろうし、マヤリス王女に出会う前にソフィアリアと出会ってしまったフィーギスが本気で惚れ込んで修羅場になりそうで、あまりいい未来を想像出来ないけれど。都合のいい妄想くらいは自由だ。
「……川辺で俺が捕った魚を一緒に焼いて食えたかな」
「なんだ、ピクニックにでも行きてーのか? まっ、そうやって川遊びも悪くねぇな」
「一緒に勉強して、フィアがわからない所は教えてやったりして」
「むしろリムが教えられる側だと思うが、まあ勉強だって一緒に出来ただろうな」
「高い山に登って、怖がるフィアを手を握って慰めて……」
「リム?」
「砂糖二つにミルクまで追加するなんて、意外と甘党なんだなと笑いながらお茶をするんだ」
「……」
「辛い事があって泣いていたら抱きしめて慰めてやりたいし、ここから連れ出してほしいと頼まれたら攫ってやる」
そう切々と語るオーリムは光のない目で一点を見つつ、何も見ていない様子に閉口する。その相手がソフィアリアだとはとても思えず、黙って聞き入っていた。
「……夢で会っていた相手がフィアだったらよかったのにな」
最後に悲痛な声でそう訴え、俯いたまま黙り込んでしまった。
そんな様子を、プロムスが無表情で見つめている。いつも飄々とした態度を表面に出している彼のそれは何を考えているかわからず、どこか恐怖すら感じるのだから始末に悪い。
ラトゥスは小さく溜息を吐いた。そんなプロムスの考えなど手に取るようにわかる。これ以上我慢の限界がくれば、きっと王鳥から最初に提案されたきり一切触れられてこない、もう一つの手を使うつもりなのだろう。
……実はラトゥスも、そちらに手を伸ばすのも悪くないと思っていた。が、自分が手を回せるビドゥア聖島内ではないのでなんの力も及ぼせず、またフィーギスの側を離れるわけにはいかないので、ラトゥスには行動にうつす事が出来ない。
そしてその代わりとなってくれるなら、プロムスが適任であるというのも理解していた。代行人の侍従であり、侯爵位の大鳥に選ばれた鳥騎族ではあるがただの平民で、実行出来るだけの実力も逃げ切るだけの実力も兼ね備えている。妻であるアミーを連れていくのも問題はない。
私的な理由としては、長年兄貴分として面倒を見てくれた恩人であり、最近まで縁遠かったものの昔馴染みであった二人と別れる事に平気でいられるわけではないけれど。それでも、ラトゥスがフィーギスの側を離れるわけにも、ましてや代行人を失うわけにもいかないのだから、こうなっては仕方ないと割り切れる。ラトゥスはそういう人間だった。
まあ、まだその選択しかなくなった訳ではないし、ソフィアリアなら勘付いて止めてくれるだろうけど。その為にはソフィアリアがこの国を切り捨てる決断してくれなければ話は始まらない。
なんにしても、この地獄のような雰囲気はどうしてくれようかと、今は現実逃避気味に遠い目をするだけだ。
ソフィアリア達がレイザール殿下とマーニュと密会している間の男子部屋。あの雰囲気で残されたラトゥスが不憫なお話でした。
実は何故こうなっているのかはわからなくても、ソフィアリアの思惑とかプロムスの内面とか色々勘付いてます。
オーリムとプロムスを天秤にかけるような事を言っておりますが、代行人がビドゥア聖島から離反したら大変な事になるのでという理由で、どちらか個人に気持ちが偏ってるわけではないです。
きっとプロムスが行動に移しても、王鳥に交渉したりなんとか手を回してくれたでしょう。




