認められない二夫一妻 6
大舞踏会を明日に控えた、もうすぐ日付が変わろうというその時間。
今日は夜デートもなしにして、明日に備えて早寝したものの二時間程で起きてしまい、それからなかなか寝付けずにいた。
と、コンコンと窓をノックされ、ビクリと肩を強張らせる。
寝室にはバルコニーはなく窓のみで、この部屋は階でいうと二階なのだが、高さ的には実質三階だ。それもこんな時間である。警戒しない訳がない。
部屋から出て助けを呼ぼうとベッドから立ち上がり、ネグリジェの上からショールを羽織ると、そっと音の鳴った窓から遠ざかるように部屋を出る。と――
「……王様?」
バルコニーには王鳥が居て目を見開いた。王鳥とパチリと目が合うと、彼は視線を寝室の窓の方に向けて、しばらくするとふわりと人影がその方向から現れて、なお驚く。
彼はニッと笑い、内側にある鍵を指差す。少し迷ったが、仕方がないので戸惑いのまま頷き、鍵を開けた。
「こんな夜中にどうされたのですか? リム様は」
「眠っておるから安心するがよい。余と妃の二人きりだ」
オーリムの姿を借りた王鳥は、当然のように中に入ってくる。もう少しで満月という月を背に、王鳥はソフィアリアをまっすぐ見つめていた。夜着姿の為かいつもより首周りが開けており、その姿は少し艶めかしい。
王鳥とはもう実質結婚してるようなものとはいえ、こんな時間で、ソフィアリアも今はネグリジェ姿だ。好きな人の一人なのだが、今は色々と困ってしまう。
「あの、さすがに今はいけませんわ」
「何がだ? ……ああ、夜這いではないぞ。余は人間の子作りはせぬから、こやつにしてもらうがよい」
そうなのか。……いや、そうではなくて。
あまりの発言に顔を真っ赤にしながら、とりあえずコクコク頷き、けれどやっぱり何をしに来たのかわからず、首を傾げてしまう。明日は早いと知っていると思うのだが。
「では一体……?」
「そなた、答えを見つけたな?」
目を見開き、顔を強張らせる。だがすぐに空気が抜けるようにしょげて、俯いてしまった。胸が痛くて、思わずショールをギュッと握りしめる。
泣きそうなソフィアリアに王鳥はふっと笑いかけ、その腕の中に抱き寄せた。そして慰めるように背を優しく叩く。
「……わたくし、また罪を重ねたわ」
「そうだな」
「どう、自分を許していいのか、もうわからないの」
声が震えた。けれど今日は目を腫らす訳にはいかないから、涙は耐えるように彼の肩に額を乗せる。
「そなたもこやつと同じ事を言うのだな」
そう言ってくつくつ笑う王鳥に顔を上げる。その表情は誰よりも優しく、ソフィアリアだけを見つめていた。
「リム様も?」
「こやつの性格は知っておろう? そなたの何十倍も卑屈で、とんでもない根暗ぞ」
「何ですか、それ」
思わずふっと笑う。確かに少し後ろ向きだが、オーリムは真面目なのだ。真面目だから……その場に留まる事しか出来なくなってしまったのだろうか。
ギュッともう一度、王鳥に縋りつく。今度は柔らかく髪を梳いてくれた。
「……わたくし、リム様にひどい事を言ってしまったわ」
「こやつは気にしておらんよ。勝手に自分を責めただけだ」
「そんなつもりじゃなかったの。今も昔もわたくしは無知で、無自覚のまま人に危害を与えてばかりね」
「それに気付いて取り戻そうと、身を削って懸命になれるだけ、人間の中では上等な方ぞ。……なあ、妃よ」
グイッと顎を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられる。
ふわりとバルコニーの窓から風が入ってきて、彼の髪を優しく巻き上げた。背に流された長い二股の髪が風に踊る。
月光に明るく照らされて、一瞬彼の髪の色が変わったように見え、その色にギュッと下唇を噛んだ。だがそれを見た王鳥が唇を親指でクイッと下に引き、解してしまう。
「答えを見つけたそなたがそれをどうするかは、好きにするがよい。立ち止まって眺め続けるもよし、見つけた事に満足して引き返すもよし。忘れて、新しい何かを求めるもよしだ」
「……なんですか?それ。王様らしくないです」
「余は余のした事は後悔せぬ。だが、拗らせた原因になった事は少々気にしておるからな。……こやつに会うたばかりの余は、今よりも人の心を理解するのが下手だったのだ」
そう言って寂しそうに笑ってしまったから、ソフィアリアは思わず彼の頬を両手で包んだ。そしてふにゃりと不恰好に微笑んでみせる。
「……わたくし達、いつも失敗ばかりですわね」
その手を上から重ねて包み返し、王鳥は目を細めてうっとりと頬擦りをした。
「失敗とは認めぬよ。認めなければ、それは失敗ではない。結果は全て受け止める度量はあるからな。余は、そなたらと違ってうじうじだけはせぬのだ」
あまりに傲慢な物言いにくすくす笑ってしまう。けれど、とても王鳥らしい。
「それはお羨ましい事ですわね。……もう少しだけ、胸をお貸しくださいな。わたくし、最後はちゃんと貴方様の真の望みを叶えに行きますから」
そう言えば、コツリと額が触れ合う。たまにされるこれは何回やられてもなかなか慣れず、つい赤くなってしまう。今はお互い薄着なので尚更だ。
「王様、恥ずかしいですわ」
「本当はキスをしたいのだがのぅ。こやつが妃とやっていない事を余が勝手にするとうるさいから、今はこれだけで我慢しておるのだ。キスくらいさっさとしろと、妃からも言うてやるがよい」
「そんな事を言ってしまえば真っ赤になって、数日顔を見ていただけなくなってしまいそうです」
なんとなく口にした言葉だったが、本当にそうなりそうで思わずふふっと笑ってしまう。王鳥もニッと満足そうに笑った。
「王様。慰めに来てくれてありがとうございます」
ギュッと抱き締めると、王鳥もギュッと抱き締め返してくれて、すぐにふわりと離れる。
オーリムの姿を借りた王鳥は、本来の王鳥の背に飛び乗り、その頭上からソフィアリアを見下ろした。
「そなたは余の妃だ。当然の事をしたまで」
「まあ! 嬉しいですわ。……ねえ、王様。わたくし、あなた様にも恋をしているのです。それだけは、忘れないでくださいな」
靡く髪を手で押さえ、少し照れながらの告白に、王鳥は幸せそうに微笑んだ。
「存分に恋しがるとよい。余はそれ以上の愛を返そう。大鳥はとても一途で、愛情深いのだ」
それだけ言うと飛び立ってしまった。
そんな後ろ姿をソフィアリアはしばらく見送り、今度はぐっすり寝付けそうだと心から安堵した。
――大舞踏会が迫ってくる。何かが大きく変わり、全てが終わってしまいそうなそんな予感にソフィアリアは……覚悟を、決める事にした。




