王鳥はお見通し
本日はお待たせして申し訳ございませんでした…!
「運命の出会い1〜3」
王鳥視点
『なかなか心地よい気を感じたが、そなたが原因か?』
――王鳥となり、代行人の選定を行った日の事は、今でもよく覚えている。
運命に導かれるままに空を駆け、だがその途中で目に止めたのは、特に波長が合う訳でもなく、『再利用』が必要なほど問題があった訳でもなかった、薄汚れた男児だった。
どうやら物心ついてから初めてまともに人に優しくされ、優しくしてくれた女児に強く惹かれたらしい。それは恋と呼ぶにはまだ早くても芽吹くのは時間の問題で、けれど二人の関係を考えれば決して花が咲く事はないだろうと、王鳥にはわかってしまった。
そんな事も知らない男児は、それでも女児の側に侍ろうと必死に足を動かしていた。その先にある幸せを夢見て……幸せの後に待っているのは、堪え難い別離でしかないというのに。
そのいじらしさを気に入った王鳥は、運命に逆らって二人を結びつける事にした。前例はないが、どうにでも出来るだろう。だって自分はこの世界で最も力を持つ神様となったのだから。
そうやって男児を――ラズを代行人に選び、ソフィアリアを王鳥妃として迎えた。まさか王鳥までソフィアリアを望むようになるとは思わなかったが、同調するとわかっていたラズを代行人に選んだのだから、こうなるのも必然であり、悪い気はしない。
王鳥とラズとソフィアリア。三人で幸せになる事こそが、王鳥が選んだ運命だった。
*
『ほんに、どうしたというのだ?』
休み明けの登校日の早朝。起きてから様子のおかしいオーリムを背に乗せた王鳥は空を飛びながら、そう尋ねてみる。
けれどオーリムはギュッと口元を引き結び、俯いたまま黙り込んでいた。思考を読んでも動揺と戸惑いばかりが強く、肝心な理由がわからない。こんな事は初めてだ。
「……なんでもない」
『なんでもないはずがなかろう。余を嘗めるでないわ』
「本当になんでもない。ただ……そう、変な夢を見てただけだ」
夢、という単語に嫌な予感がする。先日この国に蔓延する世界の歪みは夢を媒介に行われていると判明したばかりのタイミングで、オーリムが夢を見たのだという。
『内容は?』
「言わない」
『ラズ』
「……本当に、ただの悪い夢、だから」
その夢が問題なのだと溜息を吐いたものの、オーリムは黙り込んでしまった。口にするのも憚るような悪夢だというのなら、尚更問題なのだが。
残念ながら夢を見ない王鳥では、話してくれなければ内容を探る事は出来ない。先を見通す力はあれど現実で起こった事ありきなので、元が空想である夢の内容なんて知る由もないのだ。
『妃に心配をかけるぞ』
「っ、フィアには言うなっ!」
『余が言わずとも、ラズがその様子であればすぐにバレる。察しのいい妃をラズごときが欺けると思うな』
「そう、だけどっ……」
そう言って悔しそうに顔を顰め、でもやはり沈黙を選ぶ。本当に、どんな夢を見たのやら。
ただの悪い夢で済めばいい……といっても、おそらくそうはいかないのだろう。オーリムが苦しみ、ソフィアリアが悲しむ事になりそうな未来を予感して、もう一度溜息を漏らした。
*
案の定、すぐにオーリムの様子がおかしい事に気が付いたソフィアリアは、けれど自分から話してくれるまで少し待つ事にしたらしい。周りの皆にもすぐにバレているし、本当に何をしているのやら。
『そういえば大屋敷には楽器がなかったな。帰ったら揃えさせるか』
音楽の授業中。初めて弾くピアノに心を躍らせ、ピッコロを皆で奏で、オーリムを慰める為にチェンバロの見事な腕前を披露するソフィアリアの様子を、心を和ませながら覗き見ていた。
あとでたくさん褒めて、楽器の購入を提案してやろう。そうすればもっと間近で見る事も、三人で一緒に演奏して楽しい時間を過ごす事も、将来的には子供達に教えている姿を見る事も出来る。いい事だらけだ。
オーリムも楽器を奏でるソフィアリアに夢中になって、一時的に憂いを忘れられたらしい。
せっかくの学園生活なのだからそうやって心から楽しんでおけば良いと語りかけても、今は繋がりを切っている為、伝わる事はなかったと肩を竦める。
まあ、昼休みには話せるだろう。ソフィアリアなら今のオーリムを外に連れ出すはずだから、王鳥もそこに同席し、共に昼休みを過ごす予定だ。とても楽しみだった。
――そして昼休み。予想通りソフィアリアはオーリムの手を引いて中庭に出てきたので、王鳥も寄り添う。ガゼボの中に入るには少々狭苦しいが、今は密着しているくらいがちょうどいい。
「王、狭い」
渋い顔をしたオーリムの抗議なんて、当然無視である。
授業の合間の昼休みを伴侶と過ごすなんて、なんとも学生らしい行動だとこの時間を楽しみ、けれど空気を和ませたあとのソフィアリアの優しい問いかけにも、オーリムは頑なに口を開く事はなかった。
さて、どうやって聞き出してやろうかと策を練っていると、こちらに近付いてくる人間の気配がする。正体はわかっているし、害意はないようなので、そのまま放置したのが間違いだったのだろうか。
――いっそ害意があると判断し、突っぱねればよかったと思ったのは、対面を果たした後。
まるで王鳥がオーリムの姿を見つけた時のように、オーリムの魂がリスティスに強く惹かれていくのを、なす術もなく見ている事しか出来なかったのだ。
こんな現実は認められぬと、鋭い鷲眼を吊り上げる。
『何を考えておる、ラズ!』
そう怒鳴りつけても、オーリムは惚けたようにリスティスを見るばかりで、王鳥の声は届いていない……そして最悪な事に、隣に寄り添うソフィアリアの存在すら、すっかり忘れ去っているようだった。
当然、ソフィアリアもオーリムの様子に気付いている。その現実から逃れる為か、何事もなかったかのように振る舞う姿が痛々しくて、別れの間際にそっと口付けを落としておいた。
『安心せよ、余は妃しかいらぬ』
言葉は通じなくても、ソフィアリアなら視線一つで気付いてくれるだろう。泣きそうな顔で笑ってくれたから、上手く伝わったようだ。
羽を振って二人を見送り、その背中が見えなくなっても、王鳥は惚けたオーリムと顔を強張らせたソフィアリアが無言で歩く姿を、この場から見守っていた。
あり得ない事態に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
『なるほど、ラズまで歪めようとするか。余の定めた運命に否を唱えるなぞ、吹けば簡単に吹き飛ぶ程度の矮小な世界如きが、随分と舐めた真似をしてくれる』
挑むように空を見上げてすっと目を細めると、威嚇するように世界を揺すぶった。きっと人間では何も察知していないし、世界に影響はあたえるようなヘマはしないが、王鳥にはそれが出来るだけの力があるのだ。
『何のつもりかは知らぬが、余は認めぬ。ラズの運命はフィアとなったのだから、目移りなぞ許すつもりはない。世界の存続を願うなら、早々に手を引く事だな。これ以上余に歯向かうでないぞ』
そう呟くともう一度威嚇し、空へと飛び立った。見えない敵の元へと向かう、そんな気持ちで。
――世界はリスティスの幸せを願い、王鳥とソフィアリアからオーリムを取り上げようとしていた。
王鳥が思うに、案外容易な問題なのではないかと思う。ソフィアリアがリスティスの前でオーリムとイチャイチャして、オーリムの口から直接本音を聞けば、リスティスは目が醒める。そこで事情を説明して、レイザールと向き合わせれば万事解決だ。
が、ソフィアリアがそれを良しとしないだろう。その先に待っているのはリスティスが次代の王妃の座を辞退する事であり、きっとレイザールも道連れにする。そうするとマヤリスがこの国に残ると言い出しかねないので、フィーギスの願いを叶える為にこの国までやってきたソフィアリアは、この解決方法を選ばない。レイザールとリスティスの関係を知れば、そちらもどうにかしようと手を伸ばすだろう。
たとえソフィアリアが傷付き、苦痛に苛まれるオーリムに甘える結果になろうとも、ギリギリまで引き延ばし、全てを思い通りに収めようとする。そういう人間だとよくわかっていた。
ソフィアリアは王鳥とオーリムの事だけ考えていればいいのにそれを良しとせず、他国の未来まで見据えてどうにかしよう、どうにか出来ると考えているのだから、なんとも傲慢な精神の持ち主だ。共感出来る部分もあるし、そういうところも愛おしいが、これ以上の冗長は碌な結果を生み出さないので、そろそろ挫折を味わわせるいい機会かもしれない。
王鳥に刃向かった世界には罰として、その礎となってもらおうとニンマリと目を細めた。王鳥も苦痛の余波を受ける事になるが、まあ大丈夫だろう。ソフィアリアなら最後には折れて、妥協案を選んでくれるだろうから。
本編で語っていなかったソフィアリアがすぐどうにか出来たという解決方法と、後半あまり話さなかった王鳥がいつ、どこまで知っていたかという答え合わせでした。
王鳥がオーリムまで世界の歪みに当てられていると気が付いたのは昼休みのリスティスに一目惚れもどきをした瞬間。それまで気付いていませんでした。
というのも、オーリムは本編や番外編で何度か語っている通り眠りが浅いので、夢を見るのは日常茶飯事だったからです。
が、コンバラリヤ王国で連日夢を見て、そのせいで気落ちするオーリムに嫌な予感がしつつ、リスティスに惹かれるという異常事態でようやく察しましたとさ。
つまりソフィアリア達より少し前に気付いてます。リスティスを誘うオーリムに何のアクションも起こさなかったのも、ソフィアリア挫折計画の一つとして練り込み済みだったからなのかもしれません。
オーリムと同調して歪みに引っ張られて鬱陶しく思いつつ、ソフィアリアに優しくしながらそんな計画を立てているのですから、本当に酷い神様です(プンプン)
まあソフィアリアには必要な事だっただろうし、アフターケアだけはバッチリな訳ですが。




