きっと、君に出逢うために
大変お待たせしました……!
「紳士的な大鳥様2〜3」の裏話
フィーギス視点
「――はじめまして、紳士的な大鳥様。私はビドゥア聖島の王太子、フィーギス・ビドゥア・マクローラと申します。貴方のような素晴らしい大鳥様に出会えた幸運に感謝いたします」
まるで燕尾服を纏った老紳士のような大鳥の紅茶を淹れるパフォーマンスを見せてもらい、ソフィアリアに感想を求められたので、そのまま左胸に手を当てて挨拶を交わす。オーリムを除いた皆も、フィーギスに続いたような気配がした。
何故ソフィアリアが真っ先にフィーギスに感想を求めたかは不明だが、特徴的な見た目のせいか、この大鳥に心が強く惹かれた。彼――かは本来性別がない為不明だが――と共にこれからの人生を歩めればどれほど幸福だろうかと、瞬時に脳裏を駆け巡る。
これまでたくさんの大鳥に会ってきたが、こんな事は初めての経験だった。
『……ふむ、我らが聖島の王太子であるか。少々難があるようだが、まあ悪くはないね』
ふと、聞き慣れない老紳士のような声が聞こえてきて、ばっと頭を上げる。
顔を上げた先にいたのは当然、先程の大鳥だ。大きく目を見張って呆然と彼を見上げていると、彼はすっと挑むように目を細めた。
「ギース様?」
フィーギスの異変を感じ取ったマヤリスの心配そうな声にも、今は応えている余裕はない。
だって、これはまさか――……
『ギリギリだが、ワタシに相応しい超一流の人間だと認めよう』
「本当かい?」
「フィー?」
『超一流を好むワタシの審美眼に狂いなどないのだよ。どうかね? ワタシと共にその短い生を謳歌する気はあるかね?』
その言葉に思わず前のめりになって、優雅さの欠片もない子供のような満面の笑みを浮かべていたが、気にしていられない。
「っ! ああ、ああ! 認めてくれるなら、私を君の傍に置いてほしい」
気が変わらないうちに、そう応える方が先決だったのだから……少し興奮し過ぎて、上擦ってしまったけれど。
そんな無作法を晒しても、超一流を求めるらしい彼は優しく目を細め、鷹揚に頷いてくれる。
『よろしい。なら、日々精進したまえ。君はワタシに選ばれた超一流である事を、決して忘れてはいけないよ?』
パチンと片目を閉じながら放った言葉に返事をする前に、一瞬目の前が黄金色に光る。その眩しさに思わず目を閉じた間にふわりと浮遊感を感じ、気が付けば彼の首の上に騎乗していた。
フィーギスは高揚した気持ちのまま、呆気に取られている皆を見下ろす。といってもソフィアリアとオーリム、あとプロムスとアミーだけは、何故かこうなる事を予想していたかのように、訳知り顔だったけれど。
「……行ってくるよ」
そのあたりの事は後で問いただすとして、今は試練を受ける前に、そう声を掛けておく。
するとソフィアリアがマヤリスの肩を抱いて一番前に出る事を促してくれるのだから、本当にフィーギスの事をよくわかってくれていると、そっと目元を和ませた。
「ほら、リース様?」
「はっ、はいいっ! えっと、ご武運を……!」
「もちろんだともっ!」
ぐっと胸元で組んでいた指に力を入れ、力強い目でそう労ってくれたマヤリスの言葉に頷くと、先程よりも強い浮遊感を感じた。
フィーギスはとうとう大鳥に乗って空を飛んでいた。地に足がついていない不安定な感覚にブルリと身を竦ませ、どんどん上昇していく光景は恐怖心を激しく揺さぶる。
だが、それがどうした。フィーギスは次代の王として感情を律し、心の平定を保つ事をずっと求められていたのだ。この程度で気を失うようでは、とうに命を散らしていただろう。
『その勇ましさは良いね』
「この程度で勇ましいも何もないよ。私にとっては息をするのと同じくらい、当たり前に出来なければならない事さ」
『結構。その調子でこれからも自分を磨きたまえ。ワタシはそんな友を生涯見守り、支えようではないか』
友、と認められた事に笑みが深まり、心なしが視界が滲んでいく気さえした。少し恐怖心を感じていた浮遊感も、常人では知る事すら出来なかったこの高みも、今は浮き足だったフィーギスの気分をより浮上させるものでしかない。
――この光景を夢にまで見ていた。王鳥に出会い、大屋敷に来てから知った大鳥と鳥騎族。彼らは楽しそうに空を駆けながら、傍目から見てもわかるような絶対の絆で結ばれていた。
照れ臭くて超常的な力が欲しいからなんて打算的な物言いをしていたけれど、本当に欲しかったのはその絆の方だ。フィーギスにもマヤリスやラトゥス、大屋敷で出会った友人達、そしてソフィアリアや先生達のように絶対信頼している仲間はいるけれど、まるでもう一人の自分が出来たようなその絆も欲しかった。
『君は存外、寂しがり屋なのだね』
そんな思いも彼は見透かしてしまったらしい。恥ずかしくて頬を染めるが、隠しても無駄なので開き直り、胸を逸らす。
「仕方ないだろう? 生まれた時から死ぬ事を望まれていて、父親にすら捨て置かれていたのだから。不足した分の愛情を求めてしまうのは、きっと本能的なものなのだよ」
『人間は実に欲深い。愛情なんて伴侶とだけ交わしていれば事足りるだろうに、様々な名前の愛情を求めようと手を伸ばすのだから』
「マーヤ以外からの愛情だって欲しがる私は、君の求める超一流とは程遠いかい?」
『ワタシは人間とはそういうものだと知っているから、その程度で失望するほど狭量ではないさ。これからも好きなだけ手を伸ばしていいから、届く為の努力を怠らない事』
「寛大な心に感謝するよ」
パートナーというよりも親のようだなと、思わず笑ってしまった。
でも、年下の男爵令嬢に母を求めるくらい親の愛というものを切望しているフィーギスにとっては、この関係こそがちょうどいいかもしれない。きっとフィーギスはこの大鳥に出逢う為に、今まで多くの大鳥に袖にされてきたのだと、そんな事を思った。
『……ときに、君の伴侶は高貴なる白銀かね? もしくは王鳥のものとなる王鳥妃に寄り添うつもりかい?』
不意に提示された選択肢に息を詰まらせ、けれどふっと微笑む。
ソフィアリアに向けそうになっていた気持ちはもう吹っ切ったつもりだったが、まだ少し残っていたらしい。よく王鳥も怒らなかったなと思う。そうやって何も言わない事で、自覚すら与えない魂胆だったのかもしれないが。
「マーヤただ一人だよ。ソフィは私にとっては守り手であり、導き手だ。双子の姉というより、母と言った方が正しいかな」
『なるほど、王鳥妃に母を求めているのか。ああ、人間は親族という絆を生涯手放さず、大切にするものだったね』
「人によるけどね。実の母は私を産んで亡くなったけど、存命の父とはずっと縁遠いし、血が半分繋がった弟達には疎まれているよ」
『……ふむ? まあ、王鳥妃を母と仰ぎ、高貴なる白銀が友の伴侶であるなら、ワタシも伴侶を愛そう。ワタシには親にいつまでも愛情を向ける感覚がわからないから、王鳥妃は王鳥妃と仰ぐ事にするよ。まあ、あの超一流が手に入らないのは、少々名残惜しいがね』
「はは、君もソフィは認めているのかい?」
『彼女は王鳥妃に相応しいよ。人間にしておくのが惜しいくらいさ』
それはよっぽどだなと苦笑する。人間から逸脱した何かを大鳥からも望まれているとプロディージに教えれば、また怒り狂うかもしれない。姉離れはしたが、完全に手を離す事は決して良しとしないのだから。
『さて。今日はこのくらいにして、我らが伴侶のもとへ帰ろうか』
「そうだね。まだ飛び足りないけど、いつまでも皆を待たせる訳にはいかないしね」
『地上に降りても、その言葉を貫きたまえよ』
それはどういう事だと尋ねようとして、今度はカクンと視界が下降する。
当たり前といえば当たり前だったのだが、上昇より下降の方がずっと恐怖心を煽られる。思わず彼を掴んでいた手に力がこもり、ギュッと強く握り締めていた。
それでも堪えて――地上に降ろされた瞬間にペタンと後ろに倒れ込んでしまったのだから、なんとも無様だ。空を飛ぶ事は楽しいだけではないと、考えを改めそうになった。
「ギース様っ⁉︎」
倒れ込んだフィーギスの視界が泣きそうなマヤリスで埋め尽くされたので、安心させるようにふっと笑いかけ、ついでに皆にも無事を伝えようと、よろよろと右手を小さく振った。その手が震えていた事なんて、きっと誰にも気付かれていないと信じたい。
「ははっ……これは、予想以上だったよ……」
「最初はそんなもんだ」
プロムスがマヤリス王女の反対からフィーギスの肩を支え、気つけ用のお酒を呑ませてくれる。度数が強いはずのリアポニア酒を一気に口に含んでもなんともない違和感に、本当に鳥騎族になれたのだと強く実感しながら。
「代行人として、新たな鳥騎族となった貴殿を歓迎しよう。貴殿と大鳥の名と位は?」
側に歩み寄ってきたオーリムが代行人の仮面を被っていた事に目をパチパチさせたものの、これは正式な鳥騎族認定の儀式だと納得し、同じく王太子の笑みを張り付けると、一度彼と顔を見合わせる。
『そういえば名乗りが必要だったね。ワタシはヴィル伯爵とでも呼ぶが良いよ』
まさかの伯爵位という希少性に目を見張り、けれど今は儀式の真っ最中だからと心を落ち着かせると、再度オーリムを見て左胸に手をかざす。
「はっ。私はフィーギス・ビドゥア・マクローラ。我がパートナーとなった大鳥様は伯爵位のヴィルでございます」
「よろしい」
「あっ、ちなみに私はビドゥア聖島の王太子さ」
「フィーの位はいらない」
堅苦しい空気に堪えきれずヘラリと茶化してみせると、オーリムにジトリと睨まれてしまった。
だって気恥ずかしいのだから仕方ない。オーリムは代行人をしているよりも、ちょっと頼りない親友をしていてくれた方がずっといい。位は上でも、フィーギスはオーリムを庇護下に置こうと決めているのだから。
「改めまして。鳥騎族任命おめでとうございます、フィーギス殿下、ヴィル様。王鳥妃として、心から祝福いたします」
そう言ってカーテシーをするソフィアリアと綺麗な礼をしてみせるアミーに、これで正式な鳥騎族だと頰が緩んでいくのだった。
それもヴィルは伯爵位だったらしい。その力は凄まじく、伯爵位以上ならオーリムとプロムスのように、何もない所から武器を出す事すら出来たはずだ。
まずはそれを取得して、今後は魔法の訓練だってたくさんしていこう。訓練を面倒臭がるプロムスとは違い、フィーギスは使えるものにはなんでも手を伸ばしたい性質をもっている。
『それで良い』
彼も――ヴィルも、そう望むのだから。
さて、これから忙しくなるぞと内心胸を弾ませながら、皆からの祝福を一身に受ける。
話しながら、ようやく立ち上がれるくらい回復した頃。腰を上げたフィーギスはマヤリスの肩を抱き、ヴィルに笑顔を向ける。
「ヴィル。この世界一可愛い女の子は私の未来の妃だ」
改めてそう紹介すると、なんとなくヴィルの目がキラキラと輝きを増したような気がした……いや、きっと気のせいだろう。
「はじめまして、偉大なる我らが神であらせられるヴィル様。わたしはマヤリス・サーティス・コンバラリヤ。現在はコンバラリヤ王国の第一王女で、ギース様の婚約者です。これから末永くよろしくお願いいたします」
そう言って綺麗な所作でカーテシーをするマヤリスにヴィルはニンマリと目を細め、屈んでスリっと頬擦りをする。
「はうっ⁉︎」
当然マヤリスは驚いてそう声をあげるが、突然の行動にフィーギスも呆気に取られるばかりだ。
ヴィルの瞳が今度こそ、間違いなくキラキラとした輝きを放った。
『なんという至高の肌触り! 人間の女人という生き物は、こんなにも柔らかいのか!』
「……ヴィル?」
『我らへの崇拝心もいい。素晴らしい、実に素晴らしいっ……!』
そう言って興奮気味に、次は誰に触れようかと意味深な視線を女性陣に投げかけるヴィルに、親のような老紳士のイメージがガラガラと崩れていく……いや、ある意味とても紳士的なのかもしれないが、女性の肌が好きなんて下心丸出しの形は望んでいなかったと、ヒクリと表情を引き攣らせた。
「ああ、そういう奴だったのか」
『まあ、気持ちはわかるがな。妃もラズより柔っこく、一生触れていられる』
王鳥も認め、ヴィルがそういうなら自由にすればいいと思う……という訳にはいかないのだ。大鳥とその鳥騎族は趣向を共有するのだから、由々しき事態である。
という事はフィーギスもと、ブルリと身を震わせる。今のフィーギスはどちらかというと女性を遠ざけたいのだが、これからヴィルと同じような趣向に変わっていくのだろうか。マヤリスになら一生触れていられるが、ヴィルは他の女性陣にも目をつけていたくらい、無差別的だ。
「お、王! ヴィルとの同調を阻止してくれたまえっ!」
『なんだ? せっかく選ばれたのに、もう契約を破棄するのか? 別に良いが、今度こそ二度と鳥騎族になれぬし、大屋敷にも入れぬぞ』
「違う! 好みの共有だけ阻止してくれればいいのだよ。私もヴィルと同じようになったら困る!」
『困るとなっ⁉︎』
「私はマーヤだけでいいからね!」
『確かに至高は高貴なる白銀だが、他を愛でるのも……』
「愛でたければヴィル一人でいいだろうっ⁉︎」
『なんとっ! 一人より二人で楽しむ方が至福では』
「ないっ‼︎」
そんな……と衝撃を受けるヴィルと、絶対マヤリス一途を貫きたいフィーギスとの言い争いは続く。ヴィルと出逢うために今まで袖にされたのだと運命すら感じていたのに、こんなオチはあんまりではないか。
『余が何もせずとも、そのあたりは共有対象外なのだがなぁ』
「そうなのか?」
『お互いの趣向が最初から正反対で強いこだわりを持っておると、混ざりにくいのだ。だからきっと次代の王はヴィルのように、無類の女体を求める事はないよ』
――王鳥とオーリムのそんな耳寄り情報は、ヴィルとの同調を突っぱねるのに必死で聞こえていなかった。
誰が変態紳士にしろと言うたのだ。
という事で、フィーギス殿下が鳥騎族になった瞬間のフィーギス殿下視点のお話でした。ヴィルという大鳥の紹介も兼ねて、ずっと書きたかったお話の一つです。
ただ紳士なだけで伯爵位はあげられない。ならと思い浮かんで、とんでもない事になりました。
フィーギス殿下を無闇矢鱈に苦労させるはやめたまえ。




