信仰とお弁当
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「紳士的な大鳥様1」の後半
マヤリス王女視点
「ああ、桜に囲まれた幻想的な地で、麗しき大鳥様達がのびのびと温泉を楽しんでいらっしゃるだなんてっ……! ここは楽園であらせられるのでしょうか?」
リアポニア自治区と王都の中間にある山岳地帯の、大鳥の隠れ里にて。
マヤリスは指を組み、この光景を生涯忘れないよう脳裏にしっかり焼き付けていれば、自然と興奮を抑えきれない発言が、口から漏れ出ていた。
「リース、落ち着いて」
若干引き気味のメルローゼにそう諌められても、今は聞いている場合ではない。逆に何故この光景を見てそれほど落ち着いていられるのかと、マヤリスこそ不思議な思いで首を傾げ、メルローゼの方を振り向いた。
「メルちゃんはこの光景を見て、何も思わないのですか?」
「いや、まあ綺麗だとは思うけど。それよりリースが気になって、それどころじゃないわよ」
「ちっぽけなわたしより、大鳥様の御姿の方がよほど重要です! メルちゃんも一緒にこの光景を拝見させていただいた幸福に、感謝の祈りを捧げましょう?」
「ディー、助けて! リースが壊れた!」
「信仰は自由でしょ。逆にローゼが信仰しないのも自由。付き合ってられないなら、今はそっとしておいてあげればいいんじゃない?」
「そうするわ! という事でリース、私は食事の準備を手伝うから、お祈りは遠慮させてもらうわね」
「うう……残念ですが、お食事の用意も大事ですから、無理強いは出来ませんね。ではわたしがメルちゃんの分も祈りを捧げますので!」
「う、うん、お願いね……」
何故か視線を逸らしながら向こうに行ってしまったメルローゼの様子に首を傾げつつ、マヤリスは大鳥達の方を見て跪くと、聖句を唱え始める。
――大鳥……あちらの世界では『天人鳥』という二股にわかれた長い尾羽が特徴的な鳥を模した神秘の存在。人間では到底及ぶ事の出来ない理の中にいて、真実の目で世界を見守ってくれる優しい神様。
そんな素晴らしい神が目に見える形で実在するというのに、その信仰は決して広くない。ほぼビドゥア聖島内で行われているというのだから、不思議な話だ。
特にマヤリスにとって大鳥は、狭い世界でただ死を待つ事しか出来なかった『真綾』を救い上げ、『マヤリス』として新たな生と幸福を授けてくれた存在である。その感謝を忘れないよう、日々祈りを捧げる事を心に誓っていた。まあそれがなくても、マヤリスは大鳥を信仰していただろうけど。
大鳥に想いを馳せながら聖句を唱え終わったタイミングで、背中からギュッと慣れた体温に包まれる。
「終わったかい?」
「ギース様!」
フィーギス・ビドゥア・マクローラ。マヤリスの最愛の婚約者。大鳥の住まうビドゥア聖島の見目麗しい王太子殿下がマヤリスの運命の人だというのだから、きっとこの縁も大鳥が結んでくれたものなのだろう。そう思うと大鳥への信仰がますます深まっていくばかりだ。
マヤリスを背中から抱き締めていたフィーギスの方を振り向くと、お互い顔を見合わせて微笑み合う。
「食事の準備が終わったよ。先生達が持たせてくれた『お弁当』だってさ」
「お弁当……!」
それはあちらの世界にもあったけど、入院生活をしていて病院食しか口に出来なかった『真綾』には縁遠かったものだ。まさかこの世界に生まれ変わってからこうして食べる機会に恵まれるとはと、心に多幸感が広がっていく。
期待で目を輝かせたマヤリスの可憐さに頰を染めたフィーギスは額にキスを送ると、そのままマヤリスを抱え上げ、皆のところへ歩き出す。
「ギ、ギース様っ……⁉︎ 自分で歩けますからっ!」
「はは、マーヤが可愛いのがいけない」
「どういう事なのですか⁉︎」
真っ赤になっても降ろしてくれないフィーギスは意地悪で甘い。結局今日もこうして、フィーギスにされるがままだ。
「あっ、ちょっと! 私のリースに何をしておりますの!」
テーブルに着くと、先程別れたばかりの大親友であるメルローゼが大きな目を吊り上げて、マヤリスを抱え上げているフィーギスを睨み付ける。ビドゥア聖島でのメルローゼは子爵令嬢なのだから、その態度はどうなのかと思わなくもないけれど、フィーギスやフィーギスの側近であるラトゥスが許しているのだから、これでいいのだろう。マヤリスの最愛も寛大で優しい、大鳥のような素晴らしい人だ。
その寛大で優しいはずのフィーギスは、ただの子爵令嬢でしかないメルローゼに対して、勝ち誇ったような表情を向けているけど……。
「私のだから、そこは間違えないように」
「私のですわ!」
「フィー、嬢ちゃん。いいからさっさと座れー」
「ロムは食べないのか?」
「アミー達と一緒に食うから、先食ってろ。つーか、本当にここで食う気か?」
テキパキと手を動かしながら食事の準備をしてくれているプロムスが、そう言ってチラリと視線を向けた先には――
「まあ! ふふっ、今日も綺麗に咲かせて見せてくれましたね? いつもありがとうございます」
「ピ!」
「あら、はじめまして、ですわよね? わたくしは王鳥様に選んでいただきました王鳥妃ソフィアリアと申します。大鳥様達の王妃として相応しくあれるよう努力しますので、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「ピーピ」
――マヤリスの信仰してやまない大鳥と交流しているソフィアリアがいた。その距離はここから五メートルといった近さだろうか。
謁見という名の交流会を尊敬の眼差しで拝んでいたマヤリスを椅子に下ろしたフィーギスも、期待の眼差しでソフィアリアを見て、大きく頷いた。
「勿論。ここには大屋敷にはいない大鳥もいるようだから、ソフィのついでに私の事も認知して、見初めてくれるかもしれないからね!」
「史上初の王族の鳥騎族は食事中に選ばれたなんて、色々な意味で伝説になるな」
「そこは適当に脚色してくれればいいんだよ」
フィーギスはそういった理由でこの場所にしたようだが、マヤリスは敬愛してやまないソフィアリアが崇拝する大鳥と自然に交流する様子を見られて、興奮が抑えきれない。この場所で食事を摂るなんて不敬を犯すよりも、ずっと祈りを捧げるべきでは?なんて、思考を張り巡らせていた。
「リース、お祈りはもういいから早く食べて、この辺りを散策でもするわよ。お義姉様、まだまだ時間が掛かりそうだし」
「ですがっ……!」
「お気持ちは理解しますが、後ろでお祈りなんてされていたら、姉上も気が散って仕方ないでしょう。大鳥様との交流を散漫な気持ちで挑ませるのは、どうかと思いますよ」
「はっ! たしかにそうですよね!」
「……真後ろで食事される方が鬱陶しいと思うけどね」
最後にボソリと呟かれた言葉は聞こえなかったが、プロディージの言う通り、大鳥とソフィアリアの交流を邪魔するわけにはいかないので、大人しく食事を楽しむ事にした。こっそり覗き見る事くらいは、許してくれるだろう。
「では、いただこうか。いただきます」
「「「「いただきます」」」」
大鳥と謁見しているソフィアリアとそれを手助けしているアミー、その二人と共に食事を摂るつもりのオーリムとプロムスを除いた五人は、リアポニア自治区で滞在した屋敷の家主からお土産に持たされた重箱の蓋を開ける。
中身は俵型のおにぎりに定番の卵焼き、野菜の煮付けは出汁がしっかり染みていそうで、かまぼこやお漬物は口直しに良さそう。メインの焼き魚はふっくらした白身と香ばしそうな皮が食欲をそそる。
これぞ和のお弁当という見た目に、目を潤ませる。まさかこんな形で食べられるとは思わなかった。
「こっちでも持ち歩き出来る携帯食はあるけど、こんな風に小分けにしたおかずの詰め合わせという形は初めて見たわ」
メルローゼはお弁当に目を丸くしながら、スプーンでおにぎりを食べている。結局、お箸を使いこなすのは諦めたらしい。
「僕はあまり外で摂る事自体ないけど、バケットサンドと果物を丸ごとって感じが多いよね」
「うちの商会でもそうやって昼食を食べている人ばかりよ」
「やはり海外のお弁当ってそんな感じなんですね〜」
「海外ってなんです?」
「あっ、いえ! 海を隔てると、文化が全然違うな〜とか、そんな感じです!」
日本のようなお弁当の形は珍しかったとあちらの世界の事を思い出していると、つい口を滑らせてしまったので、慌てて言い訳をする。王都学園の事を考えたのか首を傾げられたが、前世の記憶があるなんて話せないので、笑って誤魔化すしかなかった。
「懐かしいねぇ。子供の頃はそういう携帯食を片手にロムに連れられて、大屋敷でピクニックを楽しんだ事もあったっけ」
「ああ。有名なシェフが作った豪勢な食事よりも、あの頃食べた何の変哲もないパンが、一番美味しかった」
目元を和らげてそう話すフィーギスとラトゥスの言葉に、大鳥に囲まれてピクニックを楽しむ子供の頃のフィーギス達を想像し、ふにゃりと相好を崩す。優しい大鳥達に見守られながらピクニックを楽しむ子供達。なんて幸せそうな光景なのだろうか!
「リース、顔が溶けてる」
「大屋敷から大鳥様でも連想しましたか?」
「ええ!」
そこから更にソフィアリアの今の様子が気になり、つい視線をそちらに向ける。
「あらあら、こちらをわたくしにくださるのですか?」
「ピ」
「――――森の中に自然に生えてたものだってさ」
「では、遠慮なくいただきますね。いつもありがとうございます」
「ピピー」
「はい、こんにちは。ふふ、伴侶の方と仲直り出来まして?」
「ビー」
「もう、ダメですよ? こんなところまで逃げていないで、早く仲直りしてくださいな」
「ピー……」
ごく自然に会話を繋げているのを、尊敬の眼差しで見つめ、興奮を逃すようにほうっと溜息を吐いた。
「わたしは鳴き声しか聞こえませんが、やはり王鳥妃様ともなると、お声が聞こえるのですね〜」
「いや、聞こえてないらしいですよ。表情と様子から察して、なんとなく会話をしているのだと言ってました」
苦笑したプロムスの言葉に目を丸くしながら、ますますソフィアリアへの敬愛と崇拝が深まっていくのを感じる。
「なんとなくであそこまで!」
「というか、よく個体を覚えていられるわよね。よほど特徴的じゃなければ、私には全然見分けがつかないわ」
「大鳥様すらああやって手懐けてくるんだから、やっぱ姉上はおかしいんだよ」
微妙な表情でソフィアリアを見るプロディージの不穏な雰囲気でも感じ取ったのか、オーリムがくるりとこちらを振り返った。
「おかしくない。フィアは言葉がわからなくても真摯に向き合ってくれるから、大鳥にも人間にも同じだけの好意を返されるだけだ」
「うっわ地獄耳。呼んでないから、勝手に会話に入って来ないでよ」
「なんだとっ!」
喧嘩を始めた二人を見れば、いつもならオロオロと仲裁に入るところだが、今は大鳥と謁見する王鳥妃という素晴らしい光景を見るのに夢中で、マヤリスの眼中にない。言い争いも耳に入って来ないまま、キラキラした目をソフィアリア達に向け続けるばかりだった。
「史上初の王鳥妃様が選ばれた時代に共存出来た幸福に、わたしは感謝しなくてはいけませんね!」
「リース、お義姉様と大鳥様を同一視し始めてない?」
「ソフィはそういうの悲しむから、ほどほどにね? 普通に私の母と接すると思って、仲良くしてくれたまえ」
「それ、まだ言っていたのか……」
――幻想的な光景を背景に交流を重ねていく大鳥達と王鳥妃。それを優しく見守る王鳥と代行人。
信仰深いマヤリスにとって至高の時間はまだまだ続く。もちろん、その手元にある二度の人生で初めて食べるお弁当の存在だって、忘れていないのだ。
週5更新最終回!マヤリス王女、壊れる(笑)
信仰深いマヤリス王女はなんでもかんでも大鳥のおかげだと勝手に結びつけますが、別に大鳥も王鳥もマヤリスに対して何もしていないです。転生したという思い込みも、メルローゼやフィーギス殿下達との出会いも、マヤリスが引き寄せたものなんですけどね。
それでますます信仰深くなっていくという、残念なループに陥ってます。まっ、プロディージの言う通り、信仰は自由だよね!
明日からまた月・金の週2更新に戻ります。第三部の本編から察していただける通り、ほのぼのパートはもうすぐ終了です。
というか、後半部分の補足はそうないので、番外編も折り返し過ぎたかな〜とか考えてます。




