侍女の悪戯心
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「愛の形2」の冒頭の裏話
アミー視点
異国に来て貴族として学園に通い、こうして遠い地までやって異文化に触れ、温泉という至高を知り、高貴な方々に囲まれながら物珍しい料理に舌鼓をうつ。
夏になる前までは住んでいる大屋敷から出る事も滅多になく、接する人も友人のベーネと夫のプロムスくらい……いや、あとキャルに付き纏われていたけれど、あれまでカウントするのはどうなのか。
「ピピ〜〜!」
「うるさい、ちょっと待って」
キャルの事を考えていたら、綺麗に整備された庭から呼ばれた。少し考えていただけで察知してしまうのだから、本当に厄介な神様に好かれたものだと遠い目をする。
ともかく、ソフィアリアがやってきてもうすぐ三季。アミーの置かれた状況はガラリと一変し、随分と行動的で賑やかになったものだ。昔のアミーなら萎縮していたかもしれないけれど、今は純粋に楽しめているのだから、人生何があるかわからないものだとしみじみ思う。
そんな事を噛み締めながら、リアポニア特有の『お箸』というカトラリーを使い、『湯豆腐』という美味しいプルプルを食べていた。何で出来ているかはわからないが、白くて濃厚でありながらつるんと食べられるこの食べ物も、一緒に入っている甘く柔らかな葉物野菜も、出汁という名のスープも、今の体調が思わしくないアミーでもスルスルと胃に入るから、なんとかレシピを知りたいものだ……ここで食べるものはこの地域特有の食材が使われているので、知ったところで家では作れないかもしれないけれど。
「アミーって器用ね。羨ましいわ」
黙々と食べ進めていると、隣に座るメルローゼから尊敬の眼差しを受ける。一週間限定でお世話をする事になった珍しい黒髪の主人はどうも不器用らしく、お箸を持つ手はおぼつかず、湯豆腐なんかは掴み損ねて出汁の中でバラバラになってしまっている。
「コツを掴めればどうという事もありません」
「それが難しいのよね〜。というか、そもそもカトラリーを使うのにコツがいるのはどうかと思うわ。誰でもすぐ扱えるものじゃないと、食事すら出来ないなんて不便じゃない!」
そう言ってぷりぷり怒っているから手に力が入ってしまい、ますます湯豆腐が出汁の中でバラバラになっていく。
メルローゼの言い分はもっともだが、アミーからすれば、細かな決まりがあるテーブルマナーと所作を完璧に仕上げながら優雅に食事が出来るメルローゼの方がずっと凄いように思う。侍女教育の一環としてソフィアリアから本格的なテーブルマナーを教えてもらったが、実践回数はそれほど多くないので、まだまだ緊張してしまうのだ。何も言われないのは問題ないからだと信じたいが。
「ローゼ、行儀が悪い。食べ物で遊ぶなんてクーでもしないよ」
そんな事を思いつつ、メルローゼにどうお箸を使うコツを教えようかと思案していたら、彼女の対面に座るプロディージからそう声を掛けられていた。
呆れたような視線と発言を素直に受け取ったメルローゼは、ムッと頰を膨らませる。
「遊んでないわよっ!」
「遊んでないならいつまでも切り分けてないで、さっさと食べなよ」
「食べたいわよ!」
「だから、食べなよって言ってるじゃん」
そんな詮無い痴話喧嘩を始めるものだから、ふと悪戯心が疼いてしまった。高貴な方にこの意識はどうかと思うが、メルローゼは貴族令嬢……いや夫人なのに偉ぶる事なく親しみやすい子で、プロディージは酷い毒舌家ではあるが、アミー相手になら丁寧だ……親しい人ほど口が悪くなる性質上、アミーをそれほど意識していない証拠でもあるが、それで問題ないと思っている。
そんな二人だから許してくれるだろうと甘えて、つい自分の考えを口に出していた。
「なるほど、理解しました。プロディージ様はメルローゼ様にこの湯豆腐を食べさせてあげたいと、そう仰りたいわけですね」
「「はぁっ⁉︎」」
「ぶはっ」
淡々とそう伝えれば二人は同時にアミーに振り向き、アミーの対面ではプロムスが吹き出す。してやったりだと、アミーは無表情の下で満足していた。
「たっ、食べさせてくれようとしていたのっ……?」
「いや、違うから。あのさ、アミー? なんでそうなる訳?」
「メルローゼ様は食べたくても上手く掴めない。プロディージ様はそんなメルローゼ様が見ていられず、でもはやく食べてほしいと主張されていらっしゃいます。なら、両者の願いを叶える為に、プロディージ様がメルローゼ様に食べさせてあげる方法が効率的ではございませんか?」
「意味わかんない。飛躍し過ぎでしょ」
ジトリと初めてプロディージから冷たい視線を投げかけられたが、その耳がこっそり染まっているから萎縮する事はない。だから淡々と無言の圧力で、やってみせろとプロディージをせっついていた。
高貴な人相手にそんな事をしていると、目をキラキラ……いや、ギラギラさせたソフィアリアが、やや興奮気味にこちらに身を乗り出してくる。
「まあまあまあっ! アミーったら頭のいい子ねぇ〜」
「姉上、目がうるさい」
「わたくしを鎮める為にも、ここは早くあ〜んをすべきではないかしら?」
「絶対やらない。馬鹿じゃないの?」
「そ、そう……やらないのね……」
頰を真っ赤に染めて、どこかガッカリした様子のメルローゼを目の当たりにしたプロディージは、うっと怯んでいた。メルローゼへの態度を軟化させると決めたので、ここで突っぱねるという選択は取れなくなってしまったらしい。
逡巡するように視線を彷徨わせ、でも仕方ないとばかりに溜息を吐き――そうやって緊張を和らげたのを察しながら――、手にレンゲを持つと、湯豆腐を掬ってメルローゼの口元にそれを差し出す。
「仕方ないから食べさせてあげるよ。感謝しなよね」
「う、うんっ! ありがとう」
「礼はいいから、早くして」
「わかったわっ……!」
えいっと勇気を振り絞り、パクリとそれを口にする。発端となる発言をしたアミーもこの結果には満足だが、それよりソフィアリアから感じる熱気が凄まじい。恋愛小説に理解は薄いのに、身近で起こる恋愛劇にはこうして人一倍興奮して目を輝かせるのだから、アミーの主人は不思議な人だと、そう思いながら。
「ふふ、メルちゃん、お味はどうですか?」
「……あっ、甘いわね……」
「おや、そんなに甘みを感じるものだったかな?」
「甘いと言ったら甘いのですわっ!」
未来の王太子夫妻にはなんとかそう返し、メルローゼはふしゅ〜と音を立てて、机に額を押し付けながら撃沈してしまった。隣に座るアミーが料理に髪の毛が入らないよう、せっせとその髪を整えておく。
「……思ったのですが、最初からレンゲで食べていれば、ご自身で食べる事も可能だったのではないでしょうか?」
「はっ!」
「追撃してやんなよ」
そう言ってケタケタ笑ってプロディージの肩をパシパシ叩いているプロムスの言葉は、聞かなかった事にした。
食べさせたプロディージは眉根を寄せ不愉快そうにしているが、恥ずかしさが抜けきらないのか黙り込んでいる。
「アミーは奥方の先輩として、後輩夫婦に円満の秘訣を教えてあげたのだな」
愉快そうに目元を和ませたラトゥスの言葉に、プロムスがニヤリと意味深な表情を向けてきた。
「なんだ、そうだったのか? アミーも食わせてほしいなら、そう言えばよかったのに」
「何故そうなるのよ。私はお箸を使えないロムと違って、上手く扱えているでしょう?」
「あら、次はアミーの番なの?」
「ソフィ様、前のめりになり過ぎです。落ち着いてください」
そうやって上手く周りからの期待を跳ね除けていると、メルローゼは勢いよく顔を上げた。
「そうよ! 私は初夜を終えた奥方仲間として、アミーの言葉に従っただけなんですからね!」
「ゴフッ」
照れでどうしようもなくなったのか、ヤケになったメルローゼの思わぬ発言にシーンと静まり返るなか、今まで首を突っ込んでこなかったオーリムだけが盛大に咽せていた。もうすぐ自分だって結婚する癖に、この手の話だけ過剰反応するのはどうかと思う。
「だからアミーもやるべきだと思うわ!」
「やりません」
とりあえず巻き込んでこようとするメルローゼを突っぱねつつ、それにしても意外だと、なんとか主張を通そうと考えを巡らせているメルローゼと見つめ合う。貴族令嬢は貞淑を重んじるので、表向きは婚約中という事になっているメルローゼ達は、まだそういう段階ではないと思っていたのに。
思わずプロディージの方に視線を向けると、些か顔色が悪い気がした。その反応はどういう事だと首を傾げると……。
「メルちゃ〜ん? それ、意味わかっているのかしら?」
頰を赤くして目をトロンとさせた……つまりすっかり酔っ払ってしまったマール先生に、ニヤニヤしながらそう問われている。
メルローゼはその表情にムッとしながら、堂々と胸に手を当てて、得意げな表情を浮かべた。
「当たり前ですわ! 結婚したその日に初めて夫婦で過ごす大切な夜ですもの。私、ディーとちゃんと一晩過ごしましたわ!」
「ちょっとローゼ、それ以上は……」
「同じベッドで並んで横になって、ぐっすり寝るのはあんなに幸せなのね!」
キラキラした笑顔を浮かべながら言い放ったその言葉に色々合点がいって、室内は主に男性陣の方から、どっと笑い声が上がった。
どうやら中途半端な知識だけを持っていたメルローゼはそういう夜を過ごすものだとプロディージの部屋に突撃し、実行したらしい。だから自分は初夜を終えたものだと思い込んでいるようだ。
「そっ、そうか……それは……よかったね、くくっ」
「幸せだったのなら、なによりだ……ふっ」
「頑張ったなー、坊ちゃん」
メルローゼは幸せだったようだが、プロディージは大変だっただろうなと同情を乗せた視線を送ると、プロムスもそう思ったのか、笑いを堪えてポンっと肩を叩いて労っていた。
プライドが高いらしい彼は羞恥でプルプルと震え、とんでもない視線をメルローゼに投げかける。その表情は愛しい新妻に向けるものではないだろう。
「ほんっとうに、ローゼはどこまで馬鹿なのっ⁉︎」
「はあっ⁉︎ なんで馬鹿なんて言われないといけないのよっ!」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い訳? なんでそんな余計な事バラすかなぁ!」
「余計な事ってなによっ! 幸せだったって事の何が余計だっていうのよ、馬鹿!」
「だいたい、そんな事ペラペラ人に話すものじゃないから。商人なんだから、守秘義務くらい知ってるでしょ⁉︎」
「当然知ってるけど、初夜の話に守秘義務があるなんて初めて知ったわよ! なんでそうなってるのかわからないけど、そうならそうと早く教えなさいよ!」
「常識的に考えればわかる事でしょ⁉︎」
そう言って賑やかに痴話喧嘩を始めた二人を、そっとしておく事にした。喧嘩するほど仲がいいを具現化したような二人だ。そうやって夫婦円満、イチャイチャと過ごしたいというのなら、外野が首を突っ込む必要はない。こうなった発端だと、アミーが気に病む理由はないのだ。
「ふふ、アミーったら、意外とやるわね? さすがわたくしの優秀な侍女だわ」
「何の話だかわかりかねます」
「あらあら」
そう言ってコロコロ笑うソフィアリアに優秀と褒められて、アミーも幸せなのだから。
第一部の最初の方でチラッと出たまま放置していたアミーは意外と悪戯好きという設定の回収と、第二部番外編「初恋をやり直す為に」の後日談。プロディージの頑張り物語でした。
変なタイミングで妙な事を口走るメルローゼは初夜終えた=正式な妻だと強く主張しようとした結果だと解釈してくださいと言い訳しておきます。
アミーの無表情だけどお茶目だという設定はラトゥスと被ってるなと思いつつ。そもそもラトゥスは突然浮かんだキャラだったしな(遠い目)。今は両者欠かせない子です。




