不可思議な子爵家 後編
「未知なる文化と先生達1」の後半の裏側
ラトゥス視点。前回の続きです。
「で、肝心の悪事の仔細はなあなあにするつもりかい?」
話が逸れそうになっていたが、そうはいくかとフィーギスが軌道修正する。
メルローゼはムッとしながら、反論しようと口を開こうとしたものの――
「あのっ、メルちゃん。わたしもメルちゃんとレリン嬢の仲良しエピソードが知りたいです! お手紙には何も書かれていなかったのですが、どういった経緯があって『すずらん姫』を出版しようと思ったのですか?」
「リースってば嫉妬しているのね! 可愛い! いいわ、いくらでも教えてあげちゃう」
フィーギスに黙っていた事に罪悪感でも感じたのか、マヤリス王女がそう口添えした事で、メルローゼは意見を簡単に覆す。貴族令嬢としてそれでいいのかと呆れそうになったが、まあメルローゼが素直に言う事を聞く相手の中にフィーギスの不利になるような事を提案する人はいないと思うので、多分大丈夫だと信じよう。
「私のリースがとうとうフィーギス殿下の目に留まり、婚約したので監視の目が厳しくなるからもう会えないという手紙を貰って泣き暮らしていた頃……」
「そんな話はどうでもいいから、さっさと話したまえ」
「重要な話ですわっ⁉︎」
「フィー、話が進まなくなるから、中断させるようは事は言うな」
たしかにメルローゼの話は装飾過剰だが、それでも話を聞き出さなければならないと、いちいち突っかかるフィーギスの方をそう諌めておく。
フィーギスは納得いかないように眉根を寄せ、渋々と引き下がって口より手を動かす事にしたらしい。これでも感情のままに発言していい相手だと認めて気を許している証拠なのだが、フィーギスにそう指摘しても認めないだろう。
室内が静かになった事で、メルローゼは芝居がかった仕草を交えながら、再度語り始める。
「ですが、リースの大親友として泣き暮らしてばかりの弱さもいけないと判断した私は勇ましく立ち上がり、リースを我が国に迎える準備をする事にしたのです。我が国民にあたたかく迎えてもらう為にはどうすればいいか、私に何が出来るか、たくさん考えましたわ」
「だから、物語にして布教しようと思い立ったのですか?」
「残念ながら、私はそこまでは思いつかなかったわ。だからお義姉様に相談してみると、『本にしてみるのはどうかしら? みんなに親しみを持たれるし、ヒットすればペクーニア商会も儲かるじゃない』なんて、この上なく素晴らしい提案をしてくれたのよ!」
キラキラと眩しい笑顔を振り撒くメルローゼの口から思わぬ人物の名が飛び出してきたので、目を瞬かせる。
「ソフィ様も関わっていたのか?」
「ここで提案してくれただけですわ。私はこの提案のおかげだと思っておりますが、お義姉様は奥ゆかしく献身的ですから、私が頑張った結果としか認めませんわよ」
始まりがソフィアリアの提案だとは夢にも思わず、ラトゥスは今度こそ溜息を吐いた。こうしてフィーギスの為でもある良案に関わっておいて一切教えてもらえず、後になって知り驚くパターンが多過ぎるのだから、困った方だ。
疲れた顔のラトゥスとは裏腹に、フィーギスはニコニコと嬉しそうな表情をしていた。
「さすがソフィだね。いつもそうやって私の為に動いてくれるのだから、頭が上がらないよ」
「フィーギス殿下ではなく、リースの為ですわよ!」
「ふふ、きっとわたし達二人の為ですよ。そして提案通り実際にあちこち動いてくれてありがとうございます、メルちゃん。わたしは本当に、いい大親友に恵まれました」
「リースっ……!」
二人は絆を深めるよう、ひしっと抱き合う。
メルローゼではなくソフィアリアという事にして反発心を抑える事にしたのかフィーギスも上機嫌になっており、そんな二人を見逃してやる度量が出来たようだ。まあ、きっと今だけなのだろうけど。
「レリン嬢とはどこで出会い、執筆を依頼する事にしたんだ?」
ほっこりした雰囲気にのまれ、ここで話が終わりそうになっているが、まだ何も解決していないのだからそうはいかない。ラトゥスは一人冷静にそう問いただし、頭を働かせ続ける。
ペクーニア子爵家の者は商会絡みで非常に活動的だが、貴族としてはそうでもない。たまに貴族相手の宣伝の場と割り切って出てくる程度のようだ。
レリンの地は領内でほぼ完結しており、外との交流もなく、男爵家の人間は社交シーズンになっても姿を現していなかったはず。
そんなペクーニアとレリンが何故知り合いなのか不思議で、そう問うておく事にした。
「ファラとは小さい頃に父に連れて行ってもらったレリン領で紹介されて以来の友人ですわ! 親に内緒で物語を書いていると聞いていたので、リースから許可をもらった分の話を聞かせて『すずらん姫』を書いてもらったのです。そしたら見事に大ヒットするような腕前なのですからいい加減明かせばいいのに、まだ恥ずかしいんですって」
そう言って肩を竦めていた。
レリン嬢はファラという名前、もしくは愛称らしい。ラトゥスは姿を見た事すらないので、そういえばそんな感じの名前だった気がする程度の事しか記憶していなかったが。
メルローゼとファラという子爵令嬢の繋がりはわかり、『すずらん姫』が出来た経緯もなんとなくわかった。
が、それを知った所で新たな問題が発生する。
「ペクーニア子爵はレリン男爵と知り合いなのか?」
基本的にどこの家同士が繋がりを持とうと構わないが、ペクーニアは今最も注目を浴びているセイドと一番親密な関係にあるのだ。そんなペクーニアがどこと繋がっているのかこちらが把握出来ていないのは、何か問題が発生した時に後手に回るので、非常に困る。
ラトゥスに尋ねられてメルローゼもその事に思い至ったのか、気まずそうに視線を逸らした。
「私と一緒に行った時が初対面だったようですが、以来二人は意気投合して、少しだけ取引させていただいておりますの」
「何故子爵はレリンに行こうと思ったんだい? あの地には何もないだろう?」
「秘められた土地なのですから、素晴らしいものが眠っているかもしれないではありませんの。たしかにレリンの名は表立って出しておりませんが、レリンから卸した乳製品は絶品で、それで作られたスイーツは島都でロングセラーになっておりますのよ」
表立って公表していない原材料の産地なんてどう把握しろとと遠い目をしつつ、さも当然のように領地入りを語っていたが、閉鎖的だからこそ余所者として手酷く追い出される可能性は考えなかったのかと首を傾げ……だからまだ子供だったメルローゼを連れて行ったのかと納得した。危ない橋には変わりないが、子供連れという印象は、相手の態度を多少軟化させるのだろう。失敗もあっただろうが、ペクーニアはそうやってあちこちに目を光らせ、コツコツと販路を広げているらしい。
「ペクーニアとレリンが取引しているなんて、聞いていないよ?」
「他家との繋がりを知られたくないレリンからの提案でそこだけの子商会を設立し、ペクーニアの名前は出しておりませんもの。本気で探れば明らかになる程度のお話ですのでこうして語らせていただいておりますが、どうか内密にしてくださいませね?」
「またそのパターンなのかい……」
溜息を吐くフィーギスと共に、ラトゥスも眉間に皺が寄る。
オーリムが話すお姫さまがセイドの男爵令嬢だと知った時から、一番繋がりのあるペクーニアについても当然探りを入れていた。王鳥とオーリムが憧れのお姫さまを妃に迎えればペクーニアだって無関係ではいられない為、内情だけでも把握しておきたかったのだ。
ただの成り上がりの子爵家だろうと侮っていた部分は確かにある。ペクーニア領やその統治についての情報を得るのには、そう時間は掛からなかった。
が、ペクーニア商会の方が厄介だったのだ。内情を把握するどころか大まかな情報すら得られず、雑多なものを無差別で取り揃えている為、一番利益を上げているものが何なのかすら不明。しかも国内では珍しく貿易をしており、そもそも商材の一覧すら把握は不可能。
更にレリンとの取引のようにペクーニア商会の看板を掲げていないにもかかわらず、その実態はペクーニア商会だったりするのだから始末に負えない。どの店がペクーニア商会と繋がりがあるのか探るよりも、人気店に探りを入れてみればペクーニア商会だったという例を探す方が容易だったくらいだ。そうやって見つけた店もある日突然閉店し、名前を変えて新装開店していたりするのだから勘弁してほしい。
せめてペクーニア商会の看板だけでも掲げておいてくれればいいのにそれもしない。何故そんな面倒な事をしているのか、ラトゥスからしてみれば意味がわからないの一言だ。節税対策かと思ったが、我が国ではいくら店を分けようと利益から換算するので無意味である。
あるいは、ペクーニア商会の利益が特出していると知られるのを避ける為か――……
「そうやってペクーニアの名を隠そうとするのは、目立つのを避ける為かい?」
ラトゥスが考えを巡らせ始めた事を、先にフィーギスが問いただそうと口を開いたので、考えるのはやめて素直に耳を傾ける。
メルローゼはピクリと肩を震わせ、慌てて手に持つ扇子で口元を隠していた。今更隠そうとしたところで、その反応を見れば一目瞭然だけど。
「さて、何の事でしょう?」
「それだけわかりやすい反応を見せながら隠そうとした所で無意味だよ。なるほど? まあ男爵通り越して子爵として叙爵してまだ二十年程。貴族としては心許ないのに商会としては表向きでも右肩上がり。その実態は右肩上がりどころではないとなると、まあ目立って仕方ないのもわかる」
「ペクーニア商会の看板一つだったのならば、早々に陞爵も夢ではなくなりそうだな」
きっと、それを避ける為だったのだろう。叙爵も子爵から始まり、一代も経たないうちに陞爵という名誉を受けた家は、ビドゥア聖島の歴史上でも片手で足りる程度しかおらず、更にここ数百年は現れていない。それが実現してしまえば、ペクーニアの名は一気に社交界に広まってしまっていただろう。
それがいい意味で済めばいいが、残念ながら貴族としての地位は脆弱な為、妬みを受けたペクーニア商会が潰されて終わる。商会が潰れた所で資金源を失ったペクーニアを蹴落とそうとする家が現れるのは目に見えていた。
なるほど、看板を分散して隠れようとする訳だ。ペクーニア子爵家の者は貴族としてより商人として活動していたいようだし、子爵という地位は邪魔でしかないと思っているのだろう。現に次期子爵である嫡男リヴィッドは次代をプロディージとメルローゼの息子を養子に貰う予定で、自身は結婚する気すらないようだし。
「地位を上げたがっているのはディーで、ペクーニアではありませんわ!」
思惑がバレてヤケになったのか、メルローゼはキッと眉を吊り上げる。どうやら本当にそういった理由だったらしい。
フィーギスもようやく腑に落ちたのか、肩の力を抜いていた。
「わかったわかった。でもね? 私まで欺くのはやめたまえ。帰国してから子爵にも通達を出すけど、決して公表しないと約束するから、ペクーニア商会の全貌を私にすべて提出する事」
「それは……!」
「反論は許さないよ。……どのみち今のペクーニアはセイドと繋がりがあるという理由で注目を浴びてしまっているのだから、他所に突かれる前に私の庇護下に入りたまえ。悪いようにはしないし、多少の事は見逃してあげるから」
フィーギスがメルローゼ相手に珍しく優しく諭すような口調でそう言えば、メルローゼはぐっと胸を詰まらせ、瞳が迷いに揺れ始めていた。
そんなメルローゼを、マヤリス王女が微笑みながらぽんっと肩を叩く。
「大丈夫ですよ、メルちゃん。ギース様にお任せしましょう?」
「リース……」
「ギース様は何を知ってもペクーニア商会を護ってくださいます。そんなギース様を、わたしもお支えします。だから、全部お話しましょう?」
そう説得したマヤリス王女の言葉にくしゃりと表情を歪め、ギュッと縋り付いていた。
マヤリス王女も抱きつかれたメルローゼをあやして安心させるように、よしよしと背中を撫でていた。
しばらくすんすんと鼻を啜る音だけが室内に響き、メルローゼは顔を上げ、フィーギスを見る。
「……最後は父と兄次第ですが、わかりましたわ」
「今はそれでいいとも」
「ですが、本当に何を知っても怒らないでくださいませね!」
キッと吊り上がったルビーの瞳に何が出てくるのかと遠い目をしつつ、まあ、ようやくペクーニアの内情を掌握出来ると思えば悪い話ではなかったと楽観視した……この時までは、たしかに楽観視していられたのだ。
そうして得たペクーニアの利益が国内トップクラスだったと知り、盛大に頭を抱える事になる。
そしてペクーニア最大の秘密が暴かれた時、それすらも生優しい事実だったと遠い目をしたのは言うまでもない。
第三部で明かすはずだったものの思いの外長くなり、第四部に持ち越しとなったメルローゼというかペクーニアの秘密の伏線話でした。伏線なので仔細明かされませんが、第一部から存在だけ匂わせていた『すずらん姫』の話は出来たので、まあいいかなと。
ちなみに『すずらん姫』の話は第三部番外編の他、おそらく本編でも少し触れる事になるかと思います。
メルローゼの家、実は国内トップクラスで金持ちなのに、なんでセイド一家があそこまで貧乏のまま放置していたのか問題については、領民はともかく自分達への援助をプロディージが良しとしなかったせいです。クラーラだけはひもじい思いをさせたくなかったようですが、両親や姉には色々思うところがあるし、まあいいだろうとプライドを取りました。実際ちょっとずつ改善されていたしね!




