不可思議な子爵家 前編
先週金曜日も急遽お休みしてしまい申し訳ございませんでした…!(最大級の土下座)
3週連続週一更新だった為、来週11/4(月)〜11/8(金)まで毎日更新予定です。よろしくお願いします!
「未知なる文化と先生達1」の後半の裏側
ラトゥス視点
空を飛ぶ山小屋にいるという未知の体験中のラトゥスは、それでも溜まりに溜まった書類仕事を片付けるのに忙しくて非日常を楽しむ余裕もなく、せっせと手を動かし続けていた。
「きゃああっ⁉︎ ほ、ほんとに空を飛んでるっ……!」
窓のカーテンをチラリとめくったもののすぐに手を離したメルローゼがそう悲鳴をあげて、ひしっとマヤリス王女に抱きついている。怖いなら開けなければいいのに、好奇心は抑えきれなかったらしい。
抱きつかれたマヤリス王女はメルローゼを落ち着かせるようポンポンと肩を宥めながら、同じくカーテンをめくり、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「ふふ、雲が真下に見えますよ? こっちの世界でもこうして空を飛ぶ体験が出来るなんて、夢にも思いませんでした」
「こっちの世界?」
「あっ、いえ! 最近有翼人が主人公の外国のファンタジー小説にのめり込みまして、ちょっと思い出してしまったと言いますか……!」
「そうなの? そんなに面白いなら読みたいわ。お兄様に探してもらうから、タイトル教えて!」
「……メ、メルちゃんも知らない遠い国のものですので……」
「なんだ、残念。じゃあどんな話なの?」
「……ええと……」
そう言ってポツリポツリと語る物語は、のめり込んだというわりに漠然としている。まあ架空の物語は読んでいる最中は夢中になって読み進めていても、読み終えたら忘却の彼方になる事なんてよくある事だろう。忙しさも相まって、ラトゥスはそれ以上深く考えるのをやめた。
「そういえば。そろそろレリン嬢と共謀した話の仔細を聞かせてもらおうか? ペクーニア嬢」
ラトゥスの対面。同じく書類仕事を片付ける手を止めず顔を上げないまま、フィーギスがそんな話を持ち掛ける。
小説という単語で思い出した事でもあるだろうが、一応頭を使う仕事ではあるが単純作業と言えなくもない書類仕事な為、そろそろ飽きてきたのだろう。ここらで新しい情報を入れて、気分を一新させたいのかもしれない。
器用だなと思う。王太子なのだから複数の物事の同時並行を求められて当たり前、それだけの処理能力がなければ仕事が滞る一方なので当然だけど。
メルローゼは書類を見ないようフィーギスに視線を向け、扇子を広げたかと思うと、ニンマリと微笑んだ。
「あら。我が国の優秀だと評判な王太子殿下とあろうものが、たったこれしきの事で白旗を上げて、直接答えを求めますの?」
「ははっ。やろうと思えば発禁にして犯人を捕える事も可能だったけど、有用だからと今まで温情で見逃してあげていたのだよ。懐を潤わせてあげたのだから、むしろ感謝してほしいくらいだね」
「『すずらん姫』のおかげで、私のリースとの婚姻が国民に温かく迎えられるようになったのですから、感謝されるのはこちらですわ!」
そう言ってふふんと得意げに笑うメルローゼの言葉を聞いたラトゥスは、溜息の代わりに静かに眉間を揉んだ。
――『すずらん姫』とは、ある日突然ビドゥア聖島内で広く知られる事となった物語の題名である。
児童向けの絵本から一般書籍まで幅広い年齢層に対応して複数出版されており、すずらん王国の教会に捨てられた可愛いお姫さまが、隣国の王子さまと運命的な出会いを経て結ばれる、成り上がりと恋愛のわかりやすい痛快ストーリーとなっていた。
その可愛いお姫さまのモデルとなったのはマヤリス王女だと発売当初から知れ渡っており、なら隣国の王子さまのモデルとなったのは、当然フィーギスなのだろう。読めば尚更そうとしか思えないものだったのだから。
王太子という立場上、そういった話が出回るのはよくある事だ。常に観衆の注目を浴びる為、大きな出来事があれば娯楽のように語り継がれ、いずれ脚色されて物語などの形として未来永劫残り続ける。特に今回は閉鎖的な我が国が珍しく異国の王女を娶るのだから、発表当初から大きな話題となって国中をざわつかせた。
だから問題はないのだが、『すずらん姫』が広く普及し始めたのが二人の婚約からわずか一季。それも本人達しか知らないような話まで盛り込められており、情報が漏れて形になったにしてはあまりにも早く、出所が不審極まりないと、フィーギスもラトゥスも必死になって探していた時期があったのだ。
フィーギスは見栄の為かああ言ったが、結局出所不明で捜索は打ち切りとなった話の一つである。内容も王女を虐げたコンバラリヤ王国はともかく、我が国の不敬に抵触するようなものでもなく、観衆に広く評判となりマヤリス王女を歓迎する空気が流れ始めていた為、放置する事が決まった。
まさかここでその答えを見つけるとは夢にも思わなかったと遠い目をする。マヤリス王女本人から直接話を聞いていたのだから、本人達しか知り得ない情報が漏れるのも当然だったのだ。
「……マヤリス王女殿下はペクーニア嬢の手によって自分達の話が広められていると、ご存知だったのですか?」
ふと気になって、ラトゥスはそう尋ねてみた。
マヤリス王女は申し訳なさそうに眉根を下げながら、小さく頷く。
「ええと、はい。メルちゃんからご相談を受け、許可を出したのはわたしです」
「私は聞いていないよ?」
「申し訳ございません、ギース様。メルちゃんとの仲を知られる訳にはいかなかったので黙っていました。ギース様やビドゥア聖島を讃えこそすれ、不利になる情報もありませんでしたし、いいお話だと思いましたので。……まさかそこまで評判になって広まってしまうとは夢にも思わず……」
「自国で虐げられていたという情報は、マヤリス王女殿下への不信と揚げ足取りの材料になるのではないでしょうか?」
「わたしの事はいいのです。その程度の事なら自分で挽回出来るだけの知識を持ち合わせておりますし、むしろわたしを顧みなかったコンバラリヤ王国こそが愚かだったと言わしめる自信がありました。過小評価は後々見返してもらう為に、かえってありがたいです」
頼りない表情をしていながらも、それだけはきっぱりと言い切る。
私人としてのマヤリス王女はふわふわしているが、そういう所はさすが王族で、我が国の次期王妃殿下だなと思う。その自信もあるのだろうし、言い切るからには有言実行してくれるのだろう。臣下として心強い限りだと、心の中で敬意を表した。
「でも、私に内緒だなんて、水臭いではないか」
一名、黙っていられた事に不貞腐れている我が国の王太子がいるけれど。この情報収集の第一責任者は側近の中で一番腕の立つラトゥスだったので、相談してくれれば成り上がりの子爵家に情報戦でしてやられるなんて事にならなかったと、少し共感しておく事にする。
「ふふん、私への愛が勝った結果ですわね!」
勝ち誇った表情をしていメルローゼには、いつも通りフィーギスが青筋を浮かべていた。今更だが、彼女はこの旅を通してフィーギスが自国の王太子である事を忘れているような気がする。
まあ公の場でやらかさず、私的の場でそう思うのは自由だ。フィーギスに友達が増えたと思えば悪い話ではないと、ラトゥスはこれからも見逃す事にした。立場上素の自分を曝け出せて、何があっても絶対裏切らない人間なんて貴重ではないか。オーリムとプロディージのような喧嘩友達というのもフィーギスには今までいなかったので、たまにはいいだろう。
その相手が新興子爵家の令嬢――いや、成人したての男爵夫人というのはどうかと思うけれど。まあ、プロディージやマヤリス王女を通して一生涯付き合う事になるから、問題はない……はず。
フィーギスの保護者面をするラトゥスの話。
どうでもいい話に見えて第四部への伏線話です。第四部は第三部で商人と足役くらいしか活躍しなかったメルローゼが目立つかと思います。
ちょっと長くなってしまったので金曜日も続きます。
ちなみに2つ補足を…
・『すずらん姫』を通して今後国家間で貿易をする予定の他国を悪様に言っていいのかという話は、そもそもフィーギス殿下がコンバラリヤ王国の王家にいい印象を抱いておらず、コンバラリヤ王国側が憤慨した所で大鳥が護るビドゥア聖島をどうする事も出来ないので放置してます。マヤリス王女がいなければフィーギスが足を運ぶ事もないしね。そもそも小さな島国で流行った程度の『すずらん姫』の話はコンバラリヤ王国まで広まらないのではないでしょうか。
・マヤリスが前世の事をポロッと溢しておりますが、何故病院にずっといたはずのマヤリスが飛行機に乗った事があるかのような発言をしたのかという矛盾は、前世の記憶ではないと思ってもらう為にわざとやってます。




