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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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認められない二夫一妻 5

 その後、明日の事について少し話していたのだが、重要な事以外はあまり覚えていない。


 やがて話し合いも終わり、フィーギス殿下達は晩餐まで少し気晴らしをすると言い、部屋を出て行ってしまった。アミーとプロムスも晩餐の指示の為に部屋を出る。

 夕陽に照らされた室内にはソフィアリアとオーリム、王鳥の三人だけが残された。


「フィア、やはり辛いのではないか?」


 少しぼんやりしていたからか、オーリムが心配そうな表情でソフィアリアを見つめていた。ソフィアリアは少しノロノロと顔を上げ、ふわりと(はかな)げに笑ってみせる。


「少し緊張しているだけよ。色々衝撃的な事を聞いたから、少し疲れているの。大丈夫。明日には元気になるから、お役目は果たさせてくださいな」


「それは……あ、そうだ」


 オーリムは何か思い出したのか、立ち上がると早足で部屋を出て、すぐに戻ってくる。手には見慣れない、両手で抱えられるくらいの箱を持っていた。


「フィー達が来る前に、君宛の荷物が届いた。ペクーニア商会って君の義妹になる令嬢の実家の商会だろ? 検問にも引っ掛からなかったし、俺も何も感じないから安心して開けていい」


「まあ! ええ、そうなの。義妹で友人の家の商会よ。セイド領にいた頃にもよくしてもらったわ」


 懐かしくて顔を(ほころ)ばせると、オーリムも少し安心したのか、ふっと柔らかく笑う。その慈愛の表情に今は少し戸惑うが、笑って気持ちを押し込めた。


「なら、早く開けてやるといい。俺も少し書類を片付けてくる」


 中を見ないようにと気遣ってか、オーリムも出て行ってしまった。別に一緒に見てもいいのにと苦笑しつつ、ゆっくり丁寧に包みを開ける。


「なにかしらねぇ〜、王様」


「ピーピ」


 王鳥も覗き込んでいたので声を掛ける。なにもしないという事は害意はないのだろう。元より、ペクーニア商会からの贈り物にそんなものが仕込まれているなんて思っていない。

 そっと上蓋を開けると広がる甘やかな香りと中身に、ソフィアリアは硬直した。そして下唇を噛み、ギュッと上蓋を持つ手に力が入る。


「……ほんとに、なんてタイミングなのかしら」


 (うつむ)いて泣きそうなソフィアリアを、王鳥は見ている。

 その視線を感じて、(うつむ)きながら、ソフィアリアは質問を投げかける事にした。


「……ねえ、王様。聞きたい事があるの。王様は――――」




            *




 荷物を部屋に置きに行き、食堂へと向かう途中。ソフィアリアは玄関ホールの窓から、夕陽に照らされた中庭を眺めている、フィーギス殿下とラトゥスの姿を見かけた。


「フィーギス殿下? ラトゥス様?」


 こんな所で立っている二人を見るのは初めてだ。フィーギス殿下はソフィアリアを横目でチラッと見ると、顔を動かす事はなく、後ろで手を組みながら前を向き続けていた。


「……八年前、ここに来たばかりのリムは、元の場所に帰せと毎日泣き暮らしていた」


 息を呑んだ。そんなソフィアリアの様子を知ってか知らずか、彼は言葉を続ける。


「今まで人間だった頃の意識があった代行人というのが居なくてね。それもそんな調子だったものだから、さすがの私も良心が(さいな)まれて、王に何度も帰してやってくれと直談判した。――結果は(いな)だったけれど」


 ギュッと手を握りしめる。想像するだけでも胸が痛む光景だ。それに、何故――


「まあ代行人は居てもらわねば困るし、王鳥の説得なんか当時はまだ九歳だった私に出来る筈もなく、そのうち諦めてしまった。そして一年も経たないうちに、リムも諦めた」


 フィーギス殿下は不恰好に口角を上げる。諦めてしまったオーリムを、彼はそんな悲痛な表情で見守り続けていたのだろうか。


「それでも始めの三年程は何かを決意したのか、強い意志で勉強も、槍術も、代行人の仕事も励んでいた。王に最低限の知識は与えられたが、答えだけがわかるのは気持ち悪いと言って、自分の目で知識を取り入れて、必死で調べて裏付けまでしてね。槍術に関しては特に熱心で、これだけは絶対王から力を与えられる事を拒んで、口で指導してもらいながら一から覚えた。いやはや、真面目なものだと感心したものだよ」


 表情が柔らかくなった。ここに誘拐され閉じ込められたように暮らしていたオーリムが立ち直って、毎日何かの目標に向かって熱心に励む姿が嬉しかったのだろうか。


「そうやって力を蓄え、知識を吸収したリムは……また、目標が絶たれたように表情を無くしてしまった」


 目を(つぶ)って重苦しい溜息を一つ。何があったのか……おそらく、知識を吸収した事で、夢は夢だったと、現実を知ってしまったのかもしれない。


「そうやってここ四年程は諦念(ていねん)を抱いて、仕事をこなしつつぼんやり暮らしていたよ。相変わらず勉強も槍術の訓練もしていたけれど、熱意はなくなってしまっていた」


 目を開けて、ソフィアリアの姿を瞳にとらえた。じっと探るような視線に、ソフィアリアもいつもの笑みは浮かべず、困ったような表情を返す。


「だから少し嬉しかったんだ。君の事で感情的に怒ったリムを見られて、本気の言い争いが出来て。リムは結婚しなくてもいいなんて言っているし、君をここに連れてきて後悔もしている。でもね……反面、あの日から――君が来てくれてから、ずっと幸せそうだ」


 ふわりと優しく笑った表情は、フィーギス殿下には珍しい、心からの笑みだった。そんな表情に肩に力が入り、ギュッと手を握りしめる事しか出来ない。


 彼は全てを知っていたのだ。知っていて、動いてくれていた。


「リムから聞いたかい?」


「いいえ」


「なら、君の事だ。自分で見つけて、全てを察してしまったんだね」


 答えなかった。……答えられなかった。


「リムとは同じ歳だけど、私は兄のようにリムを見守ってきたつもりだよ。だから、セイド嬢。これからは私の代わりに、リムを頼むね」


「……フィーギス殿下は……」


「私はすべき事を成すだけさ。……たとえ、何を犠牲にしてもね」


 そう言ってくるりと(きびす)を返し、食堂へと歩いて行った。その後ろにラトゥスは付き従う。……ソフィアリアとすれ違う前に、彼は無言で自身の胸に手を当て、深く礼をした。


 立ち去った二人の背中を、ソフィアリアは悲しみを乗せた表情で見つめ続ける。


「ここにはもう、いらっしゃらないおつもりなのですか? フィーギス殿下、ラトゥス様」


 そう呟いたソフィアリアの言葉は誰にも届かず、宙へと消えた。

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