学園生活のはじまり
金曜日は急遽お休みして申し訳ございませんでした(土下座)
今週からまた頑張ります!
「恋愛小説のヒロイン1」の中盤あたり
オーリム視点
「正解です。お見事でございます、フィーギス王太子殿下」
「当然の事だよ。何せ私は本来、皆より年上なのだからね」
教卓の後ろの壁に埋められた巨大な石盤に書かれた数式をスラスラと解き、そう言い放って手に持つろう石を置いたフィーギスの爽やかな笑みを、オーリムは教室の隅、一番後ろの廊下側の席からぼんやり眺めていた。と言っても当然、周りへの警戒は怠っていないのだけれど。
昨日は一日中テストだった為、今日から本格的に授業を受ける事になった。オーリムは王鳥から知識を直接擦り込まれ、それを裏付けるよう自ら調べ上げ、間違いは王鳥に訂正されという変わった勉強方法をとっていた為、こうして勉強を習うのは初めての経験だ。
まあ、この程度の問題なら本来一学年下のオーリムでも難なく解ける程度の難易度だし、習うというよりは知識のおさらいと、学園生活とはこういうものという雰囲気を楽しんでいると言った方が正しいかもしれない。
それにと、オーリムはチラリと隣に座るソフィアリアを盗み見る。
外向けの貴族らしい淡い笑みを浮かべながらも、目を輝かせて教師の話に耳を傾けるソフィアリアの楽しそうな横顔は、いつまでも見ていられそうだ。大屋敷にいる時よりも長く側に居られるし、学園生活の雰囲気を楽しむというよりも、学園生活を楽しむソフィアリアを眺めていられるのが楽しいと言っても過言ではないかもしれない。
と、ソフィアリアは前を見ながら何かサラサラと紙に書いて、その紙をすっとオーリムの方に滑らせてくるから、目を瞬かせてそちらに視線を向ける。
『教壇に立っていた事があるからわかる事だけど、余所見をしている生徒にはすぐ気付いてしまうから、ほどほどにね? わたくしだってラズくんを見つめていたいのに、ずるいわ』
どうやら盗み見ていた事はバレていたらしい。視線に気付いて、教師からオーリムへの印象が悪くならないように注意をしてくれたようだ。
オーリム的には教師や生徒からの印象が悪くなろうが、ビドゥア聖島の人間は不真面目だと思われようがどうでもいいが、さすがにそういう訳にはいかないだろう。何より楽しんでいるソフィアリアにまで影響が出るのは嫌だ。だから仕方なくソフィアリアから視線を外し、授業に集中するフリをした。
斜め前に座るプロディージだってあくびを噛み殺しているような退屈な教師の話を聞くフリをしながら、先程の手紙の事を思い出し頰を緩める。大屋敷に関する報告書はよく上がってくるが、ソフィアリアから私信を貰ったのは初めてではないだろうか。何かあれば王鳥やアミーを通して伝言という形で話が来るし、手紙のやりとりが必要になるほど離れた事がなかったので。
先程の紙は記念に取っておこうとポケットに忍ばせつつ、教壇の方を見ながらオーリムだって器用に手だけを動かし、教師が一瞬目を離した隙に、ソフィアリアの方に紙を滑らせる。
『フィアからの手紙がほしい』
忘れないうちに、そうお願いをしておいた。小さく溜息を吐いているから、読んでくれたのだろう。結局まともに授業を受けていないのだから、不真面目だと呆れられたのかもしれないけれど。
そうは言っても切実な願いだ。セイドには――プロディージにはよく手紙を書いていたのに、オーリムには先程の注意書きしかくれていないのだと思うと、嫉妬せずにはいられない。オーリムだってお手本のような綺麗な文字で綴られた、ソフィアリアからの文字による気持ちがほしい。
今言う事ではないのかもしれないが、このくらいいいではないか。授業中にコソコソとやりとりをするのは、秘め事のようで不思議と気持ちが高揚するのだから。
……まあ、結局それ以上返信は来なかったのだけれど。
鐘が鳴り、数学の授業が終わる。
「もう、リム様!」
終わるなり早々、そう言って頰を膨らませるのだから、その可愛さにニヤける表情を抑えるのに必死だった。
「授業中に手紙をくれたフィアが悪い」
「まあ! わたくしのせいだって言うの? あんまりだわ」
「ん? どうかしたの?」
オーリムの前に座っていたメルローゼがこの騒ぎに気が付いて、くるりと振り返る。
そのきょとんとした顔にソフィアリアはぷりぷり怒りながら、不満をぶつけていた。
「聞いてよ、メル。リム様ったら授業中にわたくしばかり見て、全然授業に集中してくれなかったのよ? 先生に怒られないようにと思って注意書きを渡したら、あろう事か手紙が欲しいなんて言い出すし、あんまりだと思わない?」
「うわ〜、なにこれ。私、惚気られてる?」
そう言って遠い目をしていたので、これもイチャイチャ判定されたようだ。メルローゼにもまともに話を取り合ってもらえず、ソフィアリアは不満を解消するようにツンツンと指でオーリムの左腕を突いていたが。可愛い。
ついでに数学で何かわからない所がなかったかと、昨夜見た夢が正夢にならないかと思いながら過ごしていたらすぐに鐘がなって、次は国語の時間だった。コンバラリヤ王国で広く流通している物語を通して内容を紐解く練習のようだが、創作物を読まないオーリムには先程とは違う意味で退屈だ。理解は出来るが必要性を感じられないので、いまいち気乗りしない。
「――少女は祖母の言葉の意味を知り、初めて涙を流しました。それから――」
けれど、流暢なコンバラリヤ語で語られるソフィアリアが紡ぐ物語なら、一生聞いていられそうだ。隣から聞こえる優しく愛らしい声に耳を傾けながら幸せを感じる事だけが有意義だと思いながら、この時間もやり過ごそうと思っていた。
「はい、結構です。では続きをお願いします、アレックス準男爵」
と思ったら中断されたうえに続きを促され、内心冷や汗を流す。
もちろん読めるし、話す事だって出来るし、理解もしている。けれど書いてある事を音読した経験なんてない。注目されながら静聴される事が、こんなに緊張する事だとは夢にも思わなかった。
「……や、やがて少女は祖父に会いに行き――」
最初だけはつっかえてしまったが、それでも平静を装ってなんとか読み進めていった。隣から笑いを噛み殺したような吐息が漏れ聞こえてきたから、ソフィアリアにはオーリムの緊張がバレてしまったのかもしれない。
早く終わってほしいと願い淡々と読み進めながら、プロムスと並んで友であった元役者のドロールの凄さを思い知る。文章に感情を乗せるなんて芸当は、オーリムには出来そうもない。
「ぷふっ」
斜め前から笑いを抑えようとして失敗したような声が聞こえてきたから、よほど酷い棒読みだったのか、ただプロディージの意地が悪いのか……きっと後者だろう。
「はい、ありがとうございました。この物語のように――」
ようやく教師から終わりを告げられ、ほっと一安心。そう思って一息吐いたら、誰も見ていない隙をついてソフィアリアが優しくぽんっと左腕を叩いて労ってくれたから、肩の力を抜けた気がした。
あとの時間は教師の話を聞き、クラスメイトの音読に耳を傾け、指名されたプロムスとアミーが問題を答えるのを眺めていたら鐘が鳴った。国語だから気楽だろうと油断していたが、意外なところに落とし穴が潜んでいた授業だったなと思う。
「ちょっと。授業中に笑いを取ろうとするとかやめてくれない? 超迷惑なんだけど」
「そんな事する訳ないだろっ! ロディの笑いのツボが浅過ぎるのが悪いんじゃないか?」
「あの棒読みで平常心を保てる方がどうかしているでしょ」
「言っておくが、我慢出来ず吹き出したのはロディだけだからな。その未熟さで社交界を渡り歩くつもりか?」
「は?」
終わって早々振り向いたプロディージに嫌味を言われたので遠慮なく返し、両者の間にバチバチと火花を散らせる。酷い棒読みだったのは否定しないが、お笑い扱いとまではいかないはずだ……きっと。
「いやいや、他国語であれだけ流暢に読めていれば充分ですよ」
「そうそう。少し面白い読み方でしたが、ビドゥア聖島訛りだと思えばまだ……」
「きき、緊張して、当然ですよね! ぶはっ!」
「フォローするなら最後までしろっ!」
近くでプロディージとのやり取りを見ていたクラスメイトまで、そうフォローするフリをして笑い出した。慣れない中頑張ったと言うのに、留学生相手になんて失礼な奴等だ。
そのままプロディージとクラスメイトまで加わって、言い争いを続ける。こんな失態で壁が取り払われて親しみを感じられるとか、不本意極まりない結果だ。
「ふふ。リム様もロディもみんなと打ち解けられたようで、本当によかったわ」
「二人とも対人能力に問題抱え過ぎでどうなる事かと心配したけど、案外仲良くやれるものね」
そう言って温かい目で見守ってくれていたソフィアリアとメルローゼの視線に気付かないくらい、しつこい奴等だったのだ。
まあ、後々思い返してみればちょっと楽しかったのも、否定しないけれど。
学園編なのに基礎教科の授業を受けている描写が本編にはなかったので。黒板とチョークをどうしようかと思いましたが、ギリギリ普及していない事にしました。だから石盤とろう石です。
真面目に授業を聞いているようで聞いてなかったり、クラスメイトとわいわいしてるという、なかなか学生らしい事をやっているオーリムのお話でした。授業中の手紙ってなんであんなに楽しかったんでしょうね?
きっと音読の台詞パートは全部カタカナだったりしたのでしょう。ええ、某ヒトリニサセネーヨ!さんのように。
きっと後でプロムス達にも揶揄われるほど、残念な音読能力だったのでしょう。オーリムもソフィアリアとは違った意味で人たらしで、こうやって隙を見せて親しみを感じさせてくれる可愛い奴です。本人は人見知りなのでいい迷惑かもしれませんが。




