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虜にしたもの


「テストとご当地グルメ4」の前半の続き

プロディージ視点



「思ったのですが、この原材料は禁止薬物だったりしませんか?」


「しませんねぇ〜……」


 学園内のカフェの二階。王族専用ルームにて。


 新たに注文した飲み物を口にしたプロディージはほうっと悩ましげな吐息を吐き、どこか色気のあるうっとりとした声音でそんな発言をしていた。ニコニコ微笑んで話を聞いていたマヤリス王女に即座に否定されたが。


「美味しい! これ、絶対流行るわ!」


「ふふ、そうですね。特に子供さんは好きな味だと思いますよ?」


「私も好きなのですから、大人にも流行るでしょう。ビドゥア聖島にココアが流通するまで保つよう、買い占めていこう」


 いくつくらいあれば足りるだろうか。プロディージと同じくチョコレートの虜になっていた家族の分もと脳内で計算しながら、改めてこの飲み物を口にする。

 これはマヤリス王女にチョコレートが好きならとおすすめされたココアという飲み物だ。同じカカオから出来ているらしく、チョコレートよりかはあっさりしているが、これも充分美味しかった。こうしてまた、プロディージはカカオの魅力に取り憑かれていく。


「飲むチョコレートなんて、最高ねぇ」


 どうやら姉もそうらしい。あまり好き嫌いのない姉がそう言ったのが珍しくて視線を向けると、プロディージに負けず劣らず、悩ましげな表情をしていた。

 隣に座るオーリムが顔を赤くして見惚れているが、身内のああいう表情は居た堪れないので、全力で見なかった事にする。


「ふふ。飲むチョコレートが欲しいなら、ホットチョコレートの方がチョコレート感が濃厚で、お気に召してもらえると思いますよ?」


「そんなのがあるんですか?」


 何やら耳寄りな情報を得たので、カフェのメニュー表を手繰り寄せて視線を巡らせる。


「あっ、みっけ!」


 隣でプロディージのメニュー表を覗き込んでいたメルローゼの方が先に見つけたようだ。ウキウキした表情で指をさした『ホットチョコレート』の文字に、何故先程はこれを見逃したのかと残念に思う。まあ、ドリンクよりチョコレートを使ったスイーツが多くて、そちらに気を取られたせいなのだけれど。


「さっそく注文しよう」


「いい加減飲み過ぎだろ、坊ちゃん」


「何? 文句ある?」


「学園にいる間は毎日来る事になりそうなのですから、明日のお楽しみに取っておきましょう? お砂糖の過剰接種は身体によくありません」


 プロムスに言われたら反発したくなるが、マヤリス王女にそう諌められては、抵抗する気は起きない。何せ未来で君主と仰ぐ事になる、次代の王妃殿下だ。

 あと、メルローゼが誰よりも話題にする人で、異国のお菓子を紹介してくれたり、チョコレートを安く提供してくれる素晴らしい人。血統も確かで気品も知性もいずれフィーギス殿下と並んで王妃と立つのに申し分ないし、大人しく言う事を聞くのは当然である。


 砂糖の過剰摂取は身体によくないという言葉は、むしろ元気の源であるプロディージ的には全力で異を唱えたいけれど。ここはグッと我慢。


「な〜んか、ディーってリースに素直じゃない?」


 むっと頬を膨らませて、ちょっと嫉妬するメルローゼの可愛い顔も見られたし。天上知らずの恩恵に、つい口角が上がってしまうのは仕方ない。


「反発する理由ある? マヤリス王女殿下の素晴らしさは、ローゼが一番よく知ってるでしょ」


「知ってるけど、なんか気になるの!」


「嫉妬ですね、お嬢様」


「違うわよっ⁉︎」


 アミーの言葉を真っ赤になって否定しているが、嫉妬以外の何物でもないだろうとくつくつ笑う。まだ戸籍上の奥さんが大親友であるマヤリス王女に嫉妬するくらいプロディージに夢中らしいとわかって、実に幸せだった。メルローゼもチョコレートも、プロディージにとっては怪しい禁止薬物よりも甘美で、すっかり虜なものだから。


「美味いが、ちょっと甘過ぎるな」


 幸せを堪能していたところに余計な茶々を入れてくるのが、空気の読めないオーリムである。姉が頼んでいたココアを一口貰っての発言だったようだが、水を差すなとギロリと睨みつけてやった。


「はっ。この味がわからないとか、リムはお子ちゃまだよね」


「さっき王女がココアは子供が好きな味だって言ってただろっ!」


「うるさっ。大声で屁理屈こねるのやめてくれない? 最高位がそんなのとか、ビドゥア聖島の品位が疑われるんだけど?」


「屁理屈はどっちだっ⁉︎」


 そう言ってお互いぐぬぬと睨み合いをする。まったく、成人している癖に精神的に子供であるオーリムの相手は、いつも疲れる。


「ふふ。このミルクココアは子供も好む味ですが、実はココアそのものは、そんなに甘くないんですよ?」


「あら、そうなの?」


「ええ。チョコレートもココアも原材料であるカカオの度数……カカオ成分が多ければ多いほど苦味が強くなります。これが八十パーセントほどのチョコレートなのですが、召し上がってみますか?」


 そう言って先程マヤリス王女が追加注文した小皿に乗っていたチョコレートを差し出してくれる。姉はお礼を言って口に入れ、カチリと固まってしまった。皆も追従するように手にして口にし始めたので、プロディージもそれに(なら)う。


「まっず」


 口に入れた途端広がる粉っぽい苦味に、思わずそう声に出して言ってしまった。見た目はチョコレートなのに全然美味しくない。本当にこれがチョコレートなのかと疑うくらいだ。

 まあ、よく味わえばチョコレートの味を感じなくもないけれど。それよりも口に広がる苦味が強過ぎる。


「オレ、これなら食えるわ」


 甘いものが苦手という人生の大半を損しているプロムスは、むしろこれがいいようだ。彼の妻であるアミーはその意見に引いているようなので、彼女の味覚は正常らしい。


「俺もこっちの方がいい」


「あら、そうなの?」


「フィアと意見が分かれてしまったな」


「でも、同じチョコレートだもの。同じものが好きだと思う気持ちは変わらないわ」


「そ、そうか。よかった」


 何故かいちゃつきだしたところは放置して、やはりオーリムも味音痴だ。流石である。


「ふむ。こちらの方が食べた感はあるね」


「そうなんです! 高カカオのチョコレートは満足感を感じやすく、ポリフェノールを多く含むので健康にもいいのですよ」


「ポリフェノールとはなんですか?」


「抗酸化作用によって細胞の酸化を抑えたり、老化を緩和させたり、お肌の調子が良くなったり。あと脳がしゃっきりして集中力も高まりますし、認知症の予防にも期待出来る効果のある成分といったところでしょうか? とにかく、とても身体にいいものなんですよ、ラトゥス様」


「それ、甘いチョコレートにはないのですか?」


「ありますが、どうしてもカカオを薄めてしまうので、効果も半減してしまいます」


 それは残念だと肩を落とす。まあ、多少身体にいいものには違いないので、やはりチョコレートとは素晴らしいお菓子だなと、これからも摂取し続ける事にしよう。


 ところで、メルローゼがやけに静かだとそちらに視線を向ければ、口元を押さえて悶えていた。どうやら高カカオのチョコレートはよほど口に合わなかったらしい。メルローゼは苦味のあるものがとにかく嫌いなのだ。


「ふっ。ローゼもお子ちゃまだなぁ」


「ディーもまずいって言ってたじゃないっ! というか、奥さんに向かってなんて事言うのよっ⁉︎」


「僕の奥さんでいる限り、高カカオのチョコレートなんて滅多に見ないから、安心しなよ」


「一生ついていくわ!」


 それは良かったと頭を撫でる。むふーとご満悦な顔をしているメルローゼは大変可憐だ。ちょっと子供っぽいのは否定しないけど、プロディージの話についていける程度には頭もいいし、商才もあるし、味覚も合うし、実に最高の奥さんである。


 そんな夫婦のやりとりを、キラキラした目で見てくる姉は心底煩わしいけれど。




姉と同じようにチョコレート沼にハマっていくプロディージのお話〜マヤリス王女のカカオ知識を添えて〜でした。


余談ですが、幼少期ソフィアリアが口にした『いこくのこうきゅうひん』の正体もチョコレートです。第二部でチョコレートを食べた際、どこかで口にした事があったようなと伏線を張っていたりします。

プロディージが世界一嫌いな祖父であるラーテルもチョコレートが好きでしたという、プロディージが知ったら一生食べないと言い出しかねない裏話。セイド男爵家の人間は、何故かみんなチョコレート好きになるのかもしれません。


他国と貿易をし、コンバラリヤ王国によく来ていたメルローゼが何故ココアを初めて飲んだような反応をしたのかは、第三部で多分語ります。ええ、忘れていなければ……。

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