転生王女の異世界料理
「テストとご当地グルメ2」の後
マヤリス王女視点
共通テストも終わって、王族専用ルームで昼食に舌鼓を打った後。
マヤリス達は各々の午後からの予定までの時間を、その場でまったりと過ごしていた。
「それにしても。やっぱり国を跨ぐと、こうして目新しいものを食べられる機会に恵まれて、とても面白いわね」
おしゃべりの合間にふわりと笑ってそう言ったソフィアリアの言葉に、マヤリスはギクリと肩を震わせる。
「そっ、そうでしたか……?」
「マーヤも水臭いではないか。王城に滞在した時には変わり映えのしない宮廷料理しか出してくれなかったのに、学園ではこんなに美味しいものを食べられるなんて、聞いていないよ?」
ご機嫌な様子のフィーギスの追撃にも、ギクリギクリと冷や汗が流れた。
「お口にあったのなら、何よりです……」
そう引き攣った笑みを浮かべて視線を逸らしたからか、二人から首を傾げられたが、全力で気付かないふりをする事しか出来ない。
「フィアが気に入ったのなら、大屋敷でもフレンチトーストを出してもらおう」
「うふふ、そうね。みんなにも食べてもらいたいわ」
「僕がいる時はアイスクリームもつけてよね」
「なんでロディなんかに出さなければならないんだ」
「代行人という最高位に立っているくせに、ケチくさいな〜。じゃあ出さなくていいから、厨房貸してよ」
「自分で作る気なのかっ⁉︎」
セイドの姉弟は、朝食に食べたフレンチトーストがよほど気に入ったらしい。貴族令息であるプロディージが自ら厨房に立って甘いものを作るなんて珍しいと思考を飛ばしつつ、そちらは別にいいかと曖昧に笑って流す。あの程度の材料を使ったスイーツパンなんて、この世界の人間でも安易に思いつくだろうから。
「そっちよか、料理長にラーメン作ってもらわねーとな」
「僕達が大屋敷に滞在中の食事は、ラーメン優先で頼む」
「ラスがそこまで言うなんて、本当に珍しいね。もちろん、私も頼むよ。ギョーザとチャーハンもつけてね」
「じゃがいもはいいのか?」
「う〜ん、悩ましい事を言ってくれるねぇ〜」
プロディージを除く男性陣がいたく気に入った、そちらの料理は大問題だ。
さて、どうしたものかと、マヤリスはう〜んと頭を悩ませる。
――実は学園内でみんなに振る舞った『フレンチトースト』やそれに使われている『食パン』、『ラーメン』も『ギョーザ』も『チャーハン』だって、コンバラリヤ王国の料理ではない。全てマヤリスが前世の記憶を頼りに、学食に提供したメニューだ。ここ三年ほど学園に通っていた生徒でないと、存在すら知らないだろう。
王女であるマヤリスが、何故学食にメニューを提供したのかというと、これには深〜い事情がある。フィーギスの婚約者に内定した時に少しでも箔をつけようと、コンバラリヤ王国内でも自分の地位を確立する一環として、まずは学園内で次代を担う生徒の支持を集めようとしたのだ。
色々な方法を考えた結果、まずは胃袋を掴んでみようと安直に思い至り、マヤリスの前世をフル活用する事にした。『真綾』だった頃は病院に入院していたので食べた事はなかったが、読んでいた本に出てくる学生は学食で『日替わり定食』などの定食類、『ラーメン』などの麺類、『カレーライス』や『かつ丼』などのごはん類、『ハンバーガー』などのパン類を好んで食べていた様子だった。
だったらそれを再現し、発案者はマヤリスだと公言すればいいのでは?と、学食の料理長に交渉した。定食類は既にメニューとしてあるし、さすがに『カレー』だけはスパイスが入手困難だったので再現出来そうもなかったが、料理長はマヤリスの提供したメニューを斬新だと喜んでくれて、快く再現してくれた。
結果は上々で、多くの生徒は新しくなった学食メニューを、それはもう喜んでくれたのだ。一時期は人気が出過ぎて学食に生徒が入りきらず、急遽学食を広く改修する事態にまで陥ったが、そこまでくればマヤリスも鼻高々。生徒の間に、マヤリスの名前は瞬く間に広がっていった。
そうして半年ほど過ぎた頃、思わぬ事態に直面する。
『マヤリスは王位を狙っているのか?』
異母兄であるレイザールに生徒会室に呼ばれたマヤリスは、神妙な面持ちでそう問われ、目を丸くする。
『…………はい?』
『レイ、説明が端的過ぎる』
『む、そうか』
レイザールの側近であるマーニュに溜息を吐かれ、レイザールは咳払いをし、まっすぐマヤリスと向かい合う。
『生徒の間でマヤリスの人気が高まっているのは知っているか?』
『ええ、それを狙っていたもの』
『何故? マヤリスはビドゥア聖島に輿入れするのだろう? コンバラリヤ王国で支持を得ても、何の得にもならないはずだ』
『輿入れするからこそよ。ビドゥア聖島に渡るのに、血統しか誇れるものがない無名の王女が王太子妃として君臨するよりも、人気も地位も確立している王女がやってくる方が、国民は安心するじゃない』
何を当たり前の事をと訝しげに思えば、二人揃って渋面を作る。
『……ああ、そういった理由でしたか』
『他に何があるというの?』
『マヤリスは知らないのか? 今学園内では、マヤリスこそ玉座に相応しいのではないかという声が増えつつある事を』
困ったように眉を下げたレイザールの予想外の言葉に、カチリと硬直した。
『……学食メニューを改善しただけで何故?』
『王女が率先して、今まで誰も変えようと思わなかったものに変化をもたらした。そしてそれは、多くの生徒の胃袋を……もとい、心を掴み、動かしたんだ。その大きな改革だけで充分じゃないか?』
『言われるがままに王太子の地位に就いたレイですら成し遂げていない事です。まだ地盤すら固めていなかったのに、その横ではレイよりも血統の確かなマヤリス王女殿下が、着実に支持を集めていらっしゃる。このままではいずれ生徒から親に伝わって、外でもマヤリス王女殿下の手腕に期待を寄せる声が上がるでしょうね』
レイザールとマーニュの指摘に、まさかそんなはずはないだろうとその場では流してお開きとなったが、結局言葉通りの事を、自身の肌でも感じるようになった。
そのうちビドゥア聖島のような小国にマヤリスを渡すのは惜しいと言われ始め――フィーギスと結婚しビドゥア聖島に行く事を第一と考えるマヤリスは、計画を断念せざるを得ない状況となったというわけだ。それ以降、コンバラリヤ王国で自分の地位を確立しようと動くのはやめた。
まあ料理長に泣きつかれて、マヤリスの名前を一切出さない事を条件に、『ギョーザ』や『チャーハン』をはじめとする色々なメニューを提供し続けたけど。おかげで学園内の学食やカフェには、マヤリスしか知らなかった異世界料理が豊富にあるのである。
いずれコンバラリヤ王国の料理として広まるかもしれないが、まだそこまで至っていない。だからソフィアリアやフィーギス達にコンバラリヤ王国料理として紹介するのはどうかと思うが、地位を確立しようとして失敗した名残だとバラすのも障りがあるので、口を噤むほかなかった。騙しているようで、しくしくと胸が痛むけれど。
過去を含めて王鳥に懺悔すれば、マヤリスの愚かな嘘と行いを許してくれるだろうか?と遠い目をしている間にも、みんなはコンバラリヤ王国料理に擬態した異世界料理について、まだ盛り上がっている。
「いずれラーメンを、パスタのような主食の地位に押し上げたいね」
「同感だ。帰ったら実行しよう」
「だっ、ダメですよっ⁉︎」
さすがにそれは聞き流せなくて、思わずそう声を上げてしまった。フィーギスとラトゥスが慌てた様子のマヤリスを見て、首を傾げる。
「何故だい?」
「塩分過多で、健康によくないのです!」
そう、それが一番の問題なのだ。特にラーメンなんて、スープを含めれば塩分の一日の許容量を超える。そんな食品を主食として広めてしまえば、間違いなく健康被害が続出するだろう。
異世界では設備が整っていたので食品を捨てる事に躊躇いはなく、遠慮なくスープを捨てられたが、この世界ではそういった施設がない為、食品廃棄なんてほぼ出さない。スープを飲まないなんて、考えもしないだろう。
だったら捨てさせればいいというものでもないのだ。この世界では燃やして地面に埋める、そのまま川に流す以外の方法がないので、廃棄するようなものを安易に増やすわけにはいかない。だから、マヤリスは全力で止めなければいけないのだ。
「『えんぶんかた』って何かしら?」
「うう、お姉様すら知らないのですね……。とりあえず、食べ過ぎると健康に良くないものがあるとだけ、今は覚えておいてください」
「ラーメンは本来、食べてはいけないのですか?」
「調整したり、運動したりすれば大丈夫です。ですが、それを守れる人ばかりでもないので……。そういった理由から、ラーメンも週に一回しか出してはいけない決まりにしているんです」
マヤリスの提示できる解決策は、それが精一杯だ。十日に一回くらいなら、スープまで完飲してもギリギリなんとかなるだろう。この世界では、まだそうジャンクフードが多いわけではないので。
「週一かぁ〜……」
プロムスが天を仰ぎ、心底ガッカリしている様子なのを申し訳ないと思いつつ。他の男性陣と、出店を考えていたメルローゼも、残念そうに肩を落としていた。
色々広めてあげたいメニューはあるが、そのあたりの事も考慮しなければと、今後の予定を立てていく。というより、食品よりまずは、食学や健康についての知識から広めた方がいいだろう。ビドゥア聖島は話を聞く限り、コンバラリヤ王国以上に偏っていて、おざなりな様子なので。
「ねえねえ、リース。他に何かない? 多くの人に好かれて、平民でも手が出せて、美味しいもの!」
心なしか目の奥にお金の影をチラつかせて、メルローゼがキラキラした表情で見つめてくる。大親友からのお願いだからとなんとか叶えてあげたくなるのが友情だが、多過ぎてどれを提供するべきか、実に悩ましい。
「じゃがいもを使ったものはないのかい? 我が国では有り余るほど採れるからね」
「フィーの好物だからだろ」
「そういえば、ギース様はじゃがいもがお好きなんでしたね」
見目麗しい王子様がじゃがいもが一番好きという庶民派な趣向が面白くて、思わず笑みを浮かべる。とはいえ、ビドゥア聖島では土から採れる野菜は貴族的に忌避されている様子なので、公言出来ないと嘆いているらしいけれど。
野菜を摂らないなんて健康に悪いので、そのあたりの事も改善しないとなと思いながら、気軽に広められそうなものを思い出していく。
「油を大量に使いますが、フライドポテトやポテトチップスは、ギース様もお好きかもしれませんね」
「フライドポテトは私でも知っているけど、ポテトチップスとはなんだい?」
「紙のように薄切りにして、油で揚げたお菓子です。学園内でも売っているので、一度食べてみてください。あとは……」
興味津々な様子で聞いてくるみんなの質問に、マヤリスはつい楽しくなって色々と答えていた。結局、前世の記憶はなかなか捨てられないものらしい。
自称転生者のマヤリス王女、典型的な異世界チートで無双する。
その実転生者ではないので、ただチートな王女様が自分の知識一つで無双しているという、非常にややこしい事態に陥っておりますが。
マヤリス王女は発想力と応用力が非常に発達しているので、現代知識っぽい事をポンポン思いついて、それを前世の記憶だと錯覚しながら語っています。このあたりは、血統の確かな王女の血筋のおかげなのかもしれませんね。
日本らしきところから転生しているわりに、政略結婚や一夫多妻に寛容だったりと、よく見れば違和感だったりします。もちろん、狙っての事ですが。




