保護者面
「テストとご当地グルメ2」の前半あたり
王鳥視点
『あーあ、そのような初歩的な間違いを犯してからに。まったく、修行が足らぬぞ』
ソフィアリア達の通うことになった教室の近く、学園の屋根の上にて。
オーリムの目を通してテストを盗み見ていた王鳥は、問題を解いているオーリムにいつもの調子でそう話しかけたものの、応答がなかった。
教えてやったのに何故無視をするのかとムッとしたところで、そういえば今の『ラズ』の姿をしたオーリムは、普通の人間と同じように目の前にいなければ王鳥の声が届かず、気配も希薄だった事を思い出す。王鳥と代行人の繋がりを薄める理由がない為、今まで一度もこのような真似をした事がなく、失念していたのだ。
『ふむ。ではラズは自ら間違いに気付かぬ限り、満点は取れぬのか。これは、あとで説教だな』
――そもそもテストに口出ししていいものではないのだが、王鳥はその事に気付いていなかった。
『うぅ〜、オレの可愛い可愛いアミたん。そんな嫌な気配が蔓延っているような気持ち悪い部屋に押し込められてるなんて、とっても可哀想。待っててね、オレが助けてやるからねっ……!』
そう言って側でジタバタもがいているキャルには、呆れたような視線を投げかける。放っておくと教室の窓を突き破ってアミーを救出しようとするので、王鳥がその場に縛り付けているのだ。
『余達から見れば気持ち悪いだけで、人間は何も感じぬよ。危険はなかろう』
『オレのアミたんが、気持ち悪い場所にいるだけで大問題だよ!』
『そなた、最近は特に過保護よなぁ……』
『だって〜……』
そう言って意味不明にベソベソ泣いているキャルの事は、面倒なので放っておく事にする。最愛が安全な大屋敷から飛び出して異国であるこの国に来る事が決まった時から、何故かこんな調子なのである。
そんな一幕がありつつも鐘の音が鳴って、一般教養のテストが終わりを迎える。結局オーリムは間違いに気付かないままだったので溜息を吐いた。好敵手であるプロディージに遅れを取ったらどうするつもりなのか――その心配は杞憂で済み、まったく同じ間違いを犯していた二人に大爆笑する事になるのだが、今はまだ知らない話だった。
教室内は、テストの合間の休み時間に入ったようだ。オーリムは期間限定のクラスメイトに話しかけられている全員を監視するよう見渡す……素振りを見せながら、八割方ソフィアリアの事を盗み見てふわふわしている。
どうやら学生服を着たソフィアリアに見惚れているらしい。オーリムも男女差のあるお揃いの服を身に纏っているし、それが嬉しいようだ。
『お揃いなんて言い出せば、異性である妃よりも、同性であるプーや次代の王達との方が、よほどお揃いなのだがな?』
その事に気付いていないのか、あえて考えないようにしているのかと、くつくつ笑う。まあオーリムの事だから、きっとソフィアリア以外見えていなくて、思い至っていないのだろうけど。
と、目に下心を乗せた男子生徒がソフィアリアに話しかけていた。ソフィアリアはその目に気付いているものの、気付かないフリをしてニコニコと対応し、上手く流している。
ソフィアリアの対応は満点だが、そもそも近付けさせる事自体がよろしくない。ソフィアリアに対して恋愛感情を向けられないよう仕向けたのに、ほいほい集ってくるとはどういう了見か。
『おい、何をしておる。あのような輩はすぐに追い払え』
伝わらないと知りつつ、ついオーリムをせっついてしまう。
その願いが通じたのか、オーリムは眉を吊り上げながらつかつかとソフィアリアに近寄っていくと、割り込んでソフィアリアに話しかけていた。
ソフィアリアはその機転に便乗するよう、熱い視線と好意の言葉をオーリムに向け、オーリムは顔を真っ赤に染める。
そうやってすっかり二人の世界に入った事で、ソフィアリアに話しかけた男子生徒は、とぼとぼと二人から離れていった。
ざまあみろ、だ。
『まったく。妃の魅力は余とラズと大鳥達だけが感じておればよいものを、本当に油断も隙もないな』
『王鳥さぁ〜、あまりオレの事言えないんじゃないの?』
『妃は余達のものだが、アミーはそなたのものではないからな』
『いや、ずっとずーっと、遥か遠い昔からオレのものだよ!』
何か言っているが、聞いてやらないとそっぽを向いた。反論したければそこから抜け出してみろと、ふっと鼻で笑ってやる。
『抜けた!』
『誰が本当に抜け出せと言うたのだ』
『ああああ〜〜⁉︎』
王鳥の力すら自力で振り払ってしまえるのだから、本当にキャルは油断も隙もない。まあ、抜けたところでもっとぐるぐる巻きにしてやるだけだが。
しくしく泣いているキャルをまた放置して、オーリムと視界を共有する。
どうやら少し目を離した隙に、今度はプロディージと言い争いを始めていたようだ。おおかた先程の事でも苦言を呈されたか、赤くなっていたのを揶揄われでもしたのだろう。
留学生が喧嘩を始めたとクラスメイトは困惑し、フィーギス達は苦笑し、ソフィアリアだけは幸せそうにくすくす笑っていた。
そんなソフィアリアの楽しそうな表情を見た王鳥は、優しく目を細める。同年代の人間に囲まれて普通の学園生活を送っている様子は、なかなか心が和やかになるなと感じていた。
『妃を膝にでも乗せ、余も一緒に傍観してやるのも一興だったかも知れぬな』
それを想像してみると、なかなか愉快だった。
プロディージと言い争うオーリムを、メルローゼが呆れ、マヤリスがオロオロした様子で見守っている。
そのうちプロムスがニヤニヤしながら二人の間に割って入り、余計な茶々を入れて三人の言い争いに発展し、アミーが呆れたようにプロムスを諌める。
面白そうだと思ったフィーギスまで悪乗りして、ラトゥスも天然で便乗し始める。
そろそろ止めるべきだと判断したマヤリスがその場を収めようとしてフィーギスに回収され、そんなフィーギスにメルローゼが目を吊り上げて喚き始め――。
そんな賑やかな皆の様子を、ソフィアリアと二人で見守っているのだ。時には場を引っ掻き回しながら、授業と授業の間の短い時間を、そうやって楽しく過ごせたならば、この上なく至福の時間だっただろうに。
『オレはアミたんとイチャイチャするね!』
『余の思考を勝手に覗き見るでないわ』
拘束から抜け出す為の方法を模索した結果なのだろうが、何を勝手に新たな力を発現し始めるのか。このキャルという大鳥は侯爵位だけあって、その力の強さでやりたい放題だと溜息を吐く。
まあ、先程の妄想の実現は、土台無理な話だ。王鳥は学園に通う事なんて出来ないし、人間に紛れて学園生活を送ろうと思えば、オーリムの身体を借りる必要がある。そうなればオーリムをソフィアリアと傍観するという楽しみ方が出来なくなってしまう。
王鳥も学園生活を楽しんでみたかったのに、実に残念だ。
『せめてそなたらは、その貴重な時間を楽しんでくるが良い。余が出来ぬ分、いっぱい思い出を作って帰ってくるのだぞ』
そう保護者面をして、見守ってやるのが精一杯だろう。滞在する屋敷に皆が帰ってきたら、ソフィアリアに甘えてやるのだ。
『あらあら。みんなだけで楽しんでいたから、寂しくなってしまわれたのですか? 王様は本当に寂しがり屋さんですわねぇ〜』
きっとコロコロ笑って、優しくそう慰めてくれるはずだから。
学園生活を羨む王鳥の小話。
夢オチで王鳥とオーリムが人間の姿で分離したワチャワチャでも書こうと思いましたが、夢オチ番外編は散々やったし、王鳥は夢を見ないので黄昏ている王鳥〜さり気なくやりたい放題のキャルを添えて〜なお話になりましたとさ。
ちなみに王鳥は、キャルがアミーに過保護になった理由にこの時点では全く気付いておりません。
そのあたりの弁明は、もう少し後にでもと予告しておきます。




