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楽しい朝食会

「テストとご当地グルメ1」の中盤

ソフィアリア視点



「では、さっそくいただこうではないか。いただきます」


 コンバラリヤ王国の王都学園で過ごす初めての朝。


 上機嫌なフィーギス殿下の挨拶に全員続き、各々好きなように食べ始める。ソフィアリアはさっそくフォークとナイフを手に取って、メインのパンから手をつける事にした。


「まあ、美味しいっ!」


 初めて食べるスイーツパンだったが、これがまた絶品で、思わずそう声を上げる。はしたないと思いつつ、貴族らしさから遠退きつつあるのだから仕方ないと言い訳をして、キラリと目を輝かせた。


「フィアはこれが好きか?」


「ピ?」


 ソフィアリアのその反応がよかったのか、隣に座るオーリムと背中にくっついている王鳥が、優しい目でこちらを見つめてくる。


 ソフィアリアは一度王鳥を仰ぎ見てからオーリムを見て、キラキラした笑顔を振り撒いた。


「ええ、とっても! リム様には甘過ぎるかしら?」


「美味いとは思うが、俺はもう少し薄味で固めの方がいい」


 やっぱりそうだったのかとくすくす笑う。オーリムだって甘いものが苦手なわけではないが、どちらかといえば辛党で、ふわふわより食べ応えのあるものを好む。今日の朝食のメインとは対極だと言えるだろう。


「もっ、申し訳ございません、代行人様! お取り替えいたしましょうか?」


 その反応に青褪めたのはマヤリス王女である。


 慌てたようにそう言われ、オーリムこそ申し訳なさそうに眉を下げながら、ゆるゆると首を横に振った。


「いや、普通に美味いから、そこまでは必要ない」


「ちょっと、なにマヤリス王女殿下を萎縮させてる訳?」


「そんなつもりはない! ……気を遣わせて悪かったな」


「いいえ。フレンチトーストを出すと決めたのはわたしですので、こちらこそ配慮が足りず申し訳ございませんでした」


 そう言って困ったように微笑むマヤリス王女の発言で、これはフレンチトーストという食べ物なのだと知る。聞きなれない食べ物だ。


「これはフレンチトーストというの?」


 この空気の発端となったソフィアリアはその責任を取って、流れを変える為にもそれを聞いてみる事にする。マヤリス王女が振る舞うと決めたのなら、オススメなのだろうと思ったのだ。


 マヤリス王女はふにゃりと可愛く笑って、どこか嬉しそうに大きく首肯した。


「はい! 食パンというパンを、牛乳と卵、お砂糖を溶いた卵液に一晩漬けて、バターを塗ったフライパンでじっくり焼いた食べ物なのです!」


「へぇ〜、それだけで出来るものですか。食パンの作り方は不明ですが、他のパンでも代用出来そうですね」


 家族一甘党なプロディージは、これが大層気に入ったらしい。興味津々で、マヤリス王女からレシピを聞き込んでいる。


「食パンは型さえあれば、普通のパンと同じように作れますよ? いずれビドゥア聖島でも普通のパンと同じように流通させたいと思っています」


「楽しみにしております」


「でも食パンでなくても、古くなってカチカチに硬くなってしまったバケットを消費するのにも、もってこいなのです!」


「卵液の材料も安価ですし、漬け込んでふやかすから、クー……五歳の妹でも食べやすそうで、いいですね」


「ええ。甘いものがお嫌いでなければ、カチカチになってしまった残念なパンを、ぜひ救済してあげてください」


「捨てるような真似は絶対しませんが、これだけ美味しくなるなら最高です」


「朝っぱらから悲しい話題で意気投合するものではないよ」


 何故か貧乏トークに早変わりし、マヤリス王女とプロディージの二人でわかり合っている様子に、フィーギス殿下はヒクリと頰を引き攣らせる。


「フィーには共有出来ない話題だからって、邪魔するのはどうかと思う」


「仕方ないだろう? 古くなってカチカチになったパンとやらに、お目にかかった事がないのだから」


「男が膨れっ面しても可愛くねーぞ」


「王族が貧困生活を送ってしまえば、いよいよ国家存続の危機ですからね。どうかフィーギス殿下は生涯知らないままでいてください」


 ラトゥスとプロムス、プロディージにまで諌められ、渋々と態度を改めたようだ。


 こんな小さなやきもちを焼くくらい、フィーギス殿下からマヤリス王女への噂以上の熱愛っぷりに、ソフィアリアはニコニコしていた。


 そんなソフィアリアを、何か物言いたげな目で見ているオーリムの様子に気付いているが、身近な人間のラブロマンスの観察はソフィアリアの趣味のようなものだから、邪魔しないでほしいものである。


「ねえねえ、リース。これ、うちのカフェに出していい?」


 諸外国にも足を運ぶメルローゼもフレンチトーストは知らなかったようで、美味しそうに食べつつ、お金儲けの匂いを嗅ぎつけてウキウキとした表情をしながら、それを聞いていた。


 そんなメルローゼらしい反応にくすくす笑って、マヤリス王女はコクリと(うなず)く。


「ふふ、ええ。作り方も簡単ですし、多くの人に気に入ってもらえると思いますよ? 卵液の材料で味の差別化も出来ますし、トッピングにはちみつやメープルシロップやジャム、粉砂糖やシナモンなどをかけて、添え物は今日みたいにフルーツや生クリーム、あっ! アイスクリーム……は、ビドゥア聖島では、少々難しいんですよね……」


 今日はフルーツとクリームが添えてあるだけだが、色々アレンジがきくんだなとのほほんと聞き耳を立てていると、最後に提案していたのはビドゥア聖島では高級スイーツだった。ビドゥア聖島ではという事は、コンバラリヤ王国では珍しくないのだろうか? ソフィアリアの記憶上、コンバラリヤ王国内にも氷山はいくつもあったが、そう安価で流通していた様子は見受けられなかったのだが……。


 ソフィアリアが内心首を捻っていると、すかさずアイスクリームも好物になったプロディージが、大きく反応を示す。


「へぇ〜、アイスクリームですか。姉上、大鳥様に氷出してもらうから、作り方を教えてよ」


 夏に大鳥が人間に餌やり感覚で氷やりが流行っていたと聞いたプロディージは、鳥騎族(とりきぞく)の駐屯地として運用を開始しているセイドでも、頼んで作る気満々らしい。


 が、さすがにそれはどうだろう?と、う〜んと考え込む。


「待ちたまえ。大屋敷外にまで氷を持ち出すのは、さすがに怒られるよ。彼の地から余計な目をつけられたくはないだろう?」


 残念ながらフィーギス殿下にも止められてしまったようだ。


 氷はビドゥア聖島内では一つの領地でしか採掘出来ない特産品なのだ。その希少性を売りにしているのに、他の場所でも食べられるとなると、顰蹙を買うのは当然だろう。

 大屋敷内には大鳥がいるからと見逃されても、セイドは最近話題にのぼるようになった男爵領でしかないのだから、目をつけられたらひとたまりもない。何せ相手は侯爵領だ。


 プロディージは肩を竦め、心底残念そうにしていた。


「別にうちの領地で提供する訳でもなく、私が私的に食べるだけなんですけどね」


「ちょっと残念ですけれど、ペクーニア商会の名前で売りに出せないものだというくらいの分別はついておりますわ」


「結構。……まっ、セイド家の人間と赴任する鳥騎族(とりきぞく)達が私的で食べる分には見逃してあげるけど、間違っても客や領民に振る舞ったりしないよう頼むよ」


「了解致しました。多大なるご慈悲に感謝申し上げます」


 私用の許可が出たらしいプロディージは、大変いい笑顔になっていた。その物珍しい表情に、対面に座るメルローゼが目を丸くして、しげしげと見つめているのがちょっと可愛い。


「ふふ、アイスクリーム乗せですって。なんて罪深い組み合わせ。アミーが元気になってから、みんなと一緒に試食会をしましょうね?」


「ええ、楽しみです」


 食欲不振の為一人だけフレンチトーストを食べておらず、話題についていけていないアミーにその話を持ち掛けておく。ソフィアリアの考えでは、フレンチトーストは普段のアミーなら、きっと好きな味のはずだ。


 淡く笑みを浮かべたアミーが黙々と食べているオレンジ色の果物を見て、ふと、それの正体も何なのかわかっていない事を思い出す。

 ソフィアリアも大皿から一欠片手に取って、マヤリス王女を見つめた。


「リース様、この果物が何か教えてもらえるかしら? さっき試食した時にとっても美味しかったから、気になっていたの」


 そう尋ねると、黙々と食べ進めていたアミーも同意見だったのか、マヤリス王女の方に視線を向けた。


 マヤリス王女はソフィアリアが持つ果物を見て、パッと笑みを浮かべる。


「それは柿といって、リアポニア自治区でしか流通していない果物なんです。あまり日持ちしないので王都で食べるのもギリギリなのですが、お気に召していただけましたか?」


「そうでしたか……。なら、ここでしか食べられませんね」


 そう言ったアミーは、本当に残念そうにしていた。

 マンゴーのように少しねっとりしていながら芋のようにほっくりもしていて、じんわりとした甘みのある柿は、よほどアミーの口に合ったらしい。買えるならお土産にでもと思ったのかもしれないが、日持ちしないならそれも難しそうだ。


「ほんとだ、美味(うま)い」


 それに、やや固さもあるからか、オーリムの口にもあったようだ。


「おう、イケるな」


 すかさずプロムスも口にし、オーリムに負けないと言わんばかりに共感を得ていた。


 昔馴染み三人、仲睦まじくて何よりである。


「ピー?」


「キャル、頼むから大量に持ってきたりしないで」


「ピエッ⁉︎」


「持ってきたら絶対食べてあげないし、口も聞かないから」


 何やら貢ぐ気満々のキャルの考えを察したアミーが先回りして、きっちりと釘を刺していた。


 キャルはそんなぁ〜とすんすんと鼻を啜りながら、アミーに擦り寄り……ぐいっと額を押されて引き離されていた。


 今日のアミーはキャルに冷たい気分らしい。船の上では甘い時間を過ごしていたようなのに、もういつも通りに戻ってしまったようだ。


 その様子を、マヤリス王女がキラキラとした羨望の眼差しで見ている。


「すごいです、アミーさん! プロムス様の大鳥様と、そんなに打ち解けていらっしゃるだなんて!」


「……勝手に懐かれただけです」


「ピ!」


鳥騎族(とりきぞく)希望者でもない女性も、大鳥様の寵愛を得る事もあるのですね……!」


 大鳥への深い信仰心を持つマヤリス王女は、いたく感激した様子で指を組み、アミーを拝み始めていた。


「……代わりますか?」


「ピッ⁉︎」


 大国の王女で次代の王妃から拝まれるという畏れ多い状況を、遠い目をして現実逃避を図りながら、そんなつれない事まで言い出していたが。


 キャルはとうとう、いやいやとアミーに縋り付いていた。


 そんな様子を、マヤリス王女は更に感動した様子で眺めている。なんとも堂々巡りだ。


「はは、まあもう少し待ってくれたまえ。私も運命の大鳥と巡り会えば、その大鳥は私と同じようにマーヤを愛するようになるはずだからね!」


 そんなマヤリス王女の気を引こうと、フィーギス殿下はいつか叶えてみせたい夢を語る。

 まあ、鳥騎族(とりきぞく)となればお互いの好きな物が同調され、共有するようになるので、フィーギス殿下と契約した大鳥もマヤリス王女を溺愛するようになるだろう。


 肝心の契約が出来れば、の話ではあるが。


「……叶えばよかったな」


「何故過去形にしてしまったんだい、ラス? まだまだこれからも、私は希望を捨てていないよ?」


「プピィ」


「王鳥様すらああ言っているが?」


「ははっ、ラスは王の言葉をわかっていないではないか。あれは王なりの励ましの言葉なのさ」


「王はそこまで捻くれて……はいるが、諦めろなんて言葉の裏に励ましの感情を乗せるような真似はしない」


「ビ」


「痛っ⁉︎」


 最終的に、何故かオーリムが王鳥に小突かれていた。


 こんな賑やかな朝食の席が楽しくて、ソフィアリアはくすくすと幸せそうに笑っていた。いつものようにオーリムと二人きりの席もそれなりに楽しんでいるが、こうして気心の知れたみんなと食卓を囲むのは、また別格の楽しさがある。

 これから一週間はこんな時間を楽しめるのだ。学園生活も含めて、一生忘れられないようなたくさんの思い出を作っていこう。そう心に刻んだ。




本編でカットされた何気ない朝食風景。


そういえば本編内でソフィアリアがアミーの口に突っ込んだ果物の正体を回収し忘れていたので、ここで回収です。正解は柿でした。


食パンやフレンチトーストはコンバラリヤ料理ではなく、マヤリス王女の異世界チート(と思い込んでるマヤリス王女オリジナル知識)の賜物です。

このあたりのお話は、また近々と予告しておきます。

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