自立出来ない男達
「歓迎パーティでの婚約破棄1」後半の裏側
プロムス視点
「だぁー、もうっ! おまえらは赤ちゃんかっ⁉︎」
王立学園で滞在する予定の屋敷、二階の男子部屋にて。
プロムスは頭をガシガシと掻きむしりながら、そう吠えていた。
吠えられた相手の一人であるフィーギスはいつも通りの爽やかな笑みを浮かべ、悪びれる様子もないのだから、やってられない。
「ははっ、赤子は自分で着替えたりしないだろう?」
「フィーと一緒じゃねーか」
「それにしても、大発見だったよ。私はボタンと相性が悪かったようだねぇ」
「ボタンと相性悪ぃってどういう事だ」
「小さ過ぎるクセに、数が多いのがいけないと思う。もっと大きくして、一つか二つに減らすべきではないか?」
「デザイン性最悪になるわ!」
「フィーもラスも、この程度の事を出来ないと諦めるのはどうかと思うぞ」
「そう言うリムも一段ズレてっからな?」
そう指摘してやると、オーリムはバツが悪そうに目を逸らし、いそいそと自分で直している。毎日ではないが、数日に一回はこの台詞を言っているのに、何年経っても直らないのはどういう事なのか。
そうやって、一度自分でやらせてみたものの、結局大惨事となったフィーギスの煌びやかなボタンをせっせと付け直してやりながら、手に口にとプロムスは大忙しだ。
ここに来る前に使用人はいないと聞いていたので、こうなる事はわかっていた。自称出来ると言い張るオーリムの今のような間違いを指摘しながら、ほぼ面倒を見てやっていたようなものだったので、それはいい。
が、さすがに三人も見るとなると、多忙を極める。プロムスだってそれなりに洒落ていきたいと思っていたのに、自分の分まで手が回るだろうかと途方に暮れかけていた。
「つーか、貴族や王族って、なんで着替えすら自分でしないんだ?」
ふと、前々から疑問に思っていた事をこの際聞いてみる事にした。
根っからの平民育ちで、小さい頃から身支度を覚えさせられたプロムスにとって、ボタン一つ上手く取り付けられない成人へと成長する王侯貴族の教育は、心底不可解だ。自分達より頭がいい癖に、何故身の回りの世話一つまともに出来ないような育ち方を改善しようと思わないのか。
「理由はいくつかあるけど、まず一つは貴族の服は装飾品が無駄に多くて、一人で着られるようなものじゃないってのがあるかな」
自分のスペースであるベッド付近で着替えをしているプロディージからその解答を得られたので、なんとなくそちらを向く。
ソフィアリアもそうらしいが、プロディージも貴族とはいえ没落寸前の貧乏暮らしだった為、暮らしはプロムス達平民に近い……というよりも、たまに漏れ聞く話を聞く限り、それより酷いのではないかと思っていた。
そんな生活をしていたようなので、男性陣の中では唯一、自分の面倒は自分で見られるとの事。プロディージまで出来ないとなると投げ出したくなっただろうから、ありがたい話である。
「まっ、フィー達の服ってボタンやらタイやらアクセやら、ゴテゴテしてるのは否定しねーけどよ」
今着ている服は学生服なのでそうでもないが、フィーギスとラトゥスの私服はいつ見てもボタンやタイなどの飾りが多く、面倒な作りになっている。
オーリムはシャツとベストの上にコートを羽織るだけのシンプルな物なので気にした事はないが、フィーギス達が着るような物の着替えを毎日手伝わされていたら、きっとイライラしていただろう。ああいうのは、たまの祭典で着るからこそ、テンションが上がるものだろうに。
「もう一つは雇用を生み出す為だな。些細な事でも人の手が必要となれば、雇う他なくなる。金銭を過分に持っている人間から必要としている人間に渡せるのだから、この上なく合理的だ」
「なるほどな〜」
どちらかと言えばプロディージの言い分よりは、ラトゥスの答えの方がしっくり来る気がする。それでも、少ない賃金で雇われて必要以上にこき使われる場合もあるので、あまりいい考えだとは思えないけれど。
「一番の理由は、生まれ持った厳しい立場から逃げられないようにする為だよ。王侯貴族が平民落ちした場合、自分の身一つ面倒を見られないのだから、生まれながらの平民よりよほど苦労するのが目に見えているからねぇ。だから逃げ出したり、不正を働いて廃爵されるような事態に陥らせない為の、抑止力の一つになっているのさ」
「うわぁ……」
爽やかな笑顔でなかなか凄惨な事を言い放ったフィーギスの言葉が一番しっくり来る気がして、思わず引いてしまった。
たしかに、いい歳をした大人が幼児以下の生活力のなさだと、平民の中でも相当生きづらい。後ろ指を差される事で自尊心は踏み躙られるし、周りに手助けしてくれる親切な人でも都合よくいればいいが、訳あり貴族と関わると最悪自分の首が飛んでしまうので、普通は避ける。
そうなりたくなければ生まれ持った役目を全うしろと、そう言いたいが為の教育指針なのか。一見華やかな王侯貴族の事情は、知れば知るほど雁字搦めな事ばかりだなとしみじみ思う。
「そんな理由だったのか?」
最高位であるはずのオーリムは、呑気に首を傾げているだけのようだが。まあオーリムの場合、平民落ちしても辛うじてなんとかなる範囲だろう。ソフィアリアが自立しているのだから、自分も出来るようになると張り切るのが目に見える……だったらいい加減、ボタンくらい間違えずにつけるよう学習してほしいものだが。
「フォルティス卿、よければ私がお手伝いをさせていただいても?」
「ロディが?」
「ええ。このくらいなら出来ますので」
「なら、任せよう」
と、ここで支度を終えたプロディージが、手伝いを買って出てくれた。自分で出来ると言っていた通り特に間違えている場所もなく、ラトゥスの着替えを手伝うのもなかなか手際がいい。
「へぇ〜。なかなかやるじゃん、坊ちゃん」
「それ、いつまで言うつもりな訳? ……まっ、最悪うちが没落した時の場合に備えて、侍従仕事くらいは出来るようにならないと、家族五人暮らせなかったしね」
「五人? ペクーニア嬢も含めてか?」
「まさか。うちが没落したら、さすがにローゼとの婚約は考え直してたよ。両親と僕達兄弟三人に決まってるじゃん」
「フィアは俺が養う」
「知らないよ。だいたい、昔の話だし」
その年で大黒柱を担う気だったのかと感心していたら、結局オーリムとバチバチと火花を散らしているのだから苦笑する。大人びているのか、年相応の子供なのか、なかなか判断の難しい奴だ。
「プロディージならセイドがなくなっても、ペクーニアの婿養子に望まれそうだけどねぇ」
コートの上からかけたサッシュを整えてやっていたら、そうフィーギスは何かを思い出したようにくつくつと笑う。
早々にラトゥスの着替えの手伝いを終えたプロディージは、整髪料を手に取りながら、目を眇めていた。
「何故です? あちらには義兄上達がいらっしゃるのですから、婿なんて不要でしょう」
「あの二人は商会を繁栄させる事ばかりにかまけて、爵位に関心がない。適任が手持ち無沙汰だとわかると、簡単に明け渡すだろう」
「ああ、まあ、そうでしたね……」
メルローゼの兄達とやらを思い浮かべて遠い目をするプロディージとラトゥスに、そういう人なのかと思う。
乗船した船に居たらしいのだが、残念ながらプロムスとアミーは会えなかった。お礼くらい言うべきだと思ったのだが、よくわからないがいらないらしい。
メルローゼの兄達の存在を仄めかすと、オーリムが眉根を寄せていた。何かあったのだろうか?
「終わったぞー」
仕上げに髪をセットしてやれば、ようやくフィーギスの身支度を終えられてホッと一息吐く。ラトゥスの事はプロディージがしてくれるようだし、オーリムはボタンを掛け違えていたくらいだし、これだけ時間に余裕があれば、自分の身支度も整えられそうだ。
学生なんて貴族でもなければ体験出来なかったのだから、好きな格好をしてそれなりに楽しんでやろう。みんなともそうだが、何よりアミーと学園生活を謳歌出来るのだから。
誰も得しない男子のお着替えシーン。こっそり多忙だったプロムスを添えて。
女子はメルローゼ以外は自分で着替えられますが、男子は逆にプロムスとプロディージ以外が壊滅的です。結局ソフィアリアの危惧していた通り、オーリムも若干危ういという。
そもそも中近世貴族は何故自分で身支度をしないのか?というのをその昔調べたのですが、プロディージの言っていた一人で着替えられる服じゃないからという記述以外見つけられず…雇用と逃走防止あは、自分なりの解釈です。
そんな理由があるなら、多少納得出来るかなと。




