港にて想いを馳せる
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「鈴蘭のお姫さま1」の後半
マヤリス王女視点
こちらに向かってくる貿易船に、大親友の実家の商会ロゴが入っているのを見つけたマヤリスは、思わず目を潤ませて、ソワソワする気持ちを持て余していた。
あの船に乗っている一人は、大親友であるメルローゼ。九年前から秘密の交流を続けていたのだが、三年前にマヤリスが婚約した際に関係が露見する事を恐れて、こっそり文通する事しか出来なくなってしまっていた。
まさかこんなに早く再会出来るとは思わなかったと、ギュッと胸を詰まらせる。これから一週間はかつてのように……いや、堂々と側にいられるのだから、それ以上に親交を深められるのだ。その事が、涙が溢れそうになるほど嬉しい。
まだ昔と同じようにお揃いの髪型をしてくれているだろうかと、自身のハーフツインを撫で付けながら、かつて交流があった頃の事を思い出していた。
『リースの髪は綺麗過ぎるわ!』
そう言って頬をぷっくり膨らませたメルローゼの手には、先程までマヤリスの髪を巻いていたカーラーが握られている。
そこまでだろうかと首を傾げつつ、マヤリスもまだ髪につけられたままのカーラーを取ってみたのだが、メルローゼの言う通り、髪用の油を使って固めたにもかかわらず、するんとまっすぐになってしまった。その髪には、癖は一切見当たらない。
『うう、すみません。これではメルちゃんとお揃いの髪型は、難しいかもしれませんね……』
しょんぼりとした顔でそう言うと、メルローゼも残念そうな顔をして、サラサラとマヤリスの髪を撫でて遊んでいた。
『同じ髪型に出来ないのは残念だけど、髪が綺麗なのは羨ましいわ』
『メルちゃんのふわふわの方が羨ましいですよ〜。黒髪なのに重さを感じなくて、黒だからツヤツヤがわかりやすくて、ハーフツインが動物さんのお耳みたいで可愛いじゃないですか』
『ふふん、めちゃくちゃお手入れしてもらって、うちの商品の広告塔になっているからね! ……だったらせめて、ハーフツインに出来ないかしら』
そう言って持ってきたバスケットからリボンを取り出して、慣れていないながらもハーフツインに結んでくれる。マヤリスはワクワクした気持ちで、メルローゼが結び終えるのを待っていた。
『こんなものかしらっ!』
仕上がりは高さが違い、少々不恰好だったけれど、なんとかハーフツインになっていた。両サイドに出来たそれをそっと撫でてから顔を見合わせて笑い、両手をパチンと合わせる。
『やりましたね、メルちゃん! わたし、今度からこの髪型ばかりしてしまいそうです!』
『うん、ぜひそうして! ふわふわとサラサラ、黒と白で反対のものを持っている私達だけど、これなら一対に見えるかしら?』
『ええ、きっと!』
――そう言って額が合わさる近さで笑い合っていた日の事は忘れられない、いい思い出だ。
さすがに年齢的に、なによりメルローゼは最近人妻になったので、もしかしたらもうこの髪型は卒業してしまったかもしれないが、マヤリスはもう少しだけ、思い出の髪型を楽しもうと思っていた。今や編み込みも少し入れたこの髪型を作るのは、お手のものだ。
次に思い浮かべた一人は、今回助けを求める事になった最愛の婚約者であるフィーギス。一年前、もしかしたらもう二度と会えないかのような別れ方をしただけに、こうしてまた会える幸せに、胸を高鳴らせた。
まあ、王鳥に処罰される可能性を捨てきれなかったフィーギスとは違い、マヤリスは王鳥の事を信仰していたので、そう無慈悲な結果にならないだろうと確信していたのだが。どれだけ説いても一切聞き入れなかったフィーギスは、実際慈悲を与えられるまでそれを信じてくれなかったのだから、困った人である。
そしてもう一人、ずっと会いたかった人と初めて会えるのだ。お腹の前で組んだ指に力が入るのは、仕方ないだろう。
そう心の中で思い返している間に貿易船は停泊し、タラップが降りてくる。
真っ先に目に飛び込んできたのは、眩いばかりの美貌と圧倒するような佇まいのフィーギスで、その後ろにまだ同じ髪型をしてくれていたメルローゼの姿も見つけて泣きそうになったものの、表情と姿勢を崩さないように必死に留まっていた。
メルローゼが真っ先に駆け降りてこようとしたが、婚約者らしい男性にその場に留め置かれてしまっていたのを見て、ふっと笑う。メルローゼの最愛の人は、いいストッパーになっているようだ。
メルローゼの行く手を遮るように婚約者であるフィーギスが降りてくるのを、熱い視線で見つめる。
フィーギスもマヤリスの事を甘い表情で見つめていて、お互い視線が絡むと、それ以外は視界に入らなくなるくらい、どうしようもなく恋をしていた。
「久しぶりだね、マーヤ。また会えて嬉しいよ」
近くまでやってきたフィーギスはそう言って、当たり前のようにマヤリスを腕の中に囲うから、マヤリスも世界一幸せなその場所に、遠慮なく擦り寄っていく。
「わたしもです。またお会い出来ると信じておりました」
「ははっ、結局マーヤの言う通りだったね?」
「そうですよ! だってあの優しい王鳥様が、ギース様をどうにかする訳ないではありませんかっ!」
「あの王だからやりかねないって思ったんだけどねぇ……」
そう言って苦笑している気配を感じたので上を向くと、パチリと目が合う。
なんだか照れ臭くて、へにゃりと笑ってしまった。
そんなマヤリスを愛おしそうに見つめたフィーギスは、引き寄せられるように、目尻に口付けを落とす。
「ひぅっ⁉︎」
腕の中で真っ赤になってあわあわしているのもお構いなしに、そのまま額、頬、最後は唇に落とそうとしたところで、さすがに我慢出来なくなったマヤリスはその口を塞ぎ、全力で阻止した。
「み、皆様見ていますので、ダメですっ!」
そう、船の上ではみんながこちらに気を遣い、様子を見てくれているのだ。遠巻きにしている護衛騎士もいるし、こんな注目を浴びているなかで、これ以上の口付けは困ってしまう。
だがフィーギスは不満なようで、ジトリと睨まれてしまった。
「いいではないか、見せつけてしまえば」
「よくありませんっ!」
「ふむ、なら仕方ない。あとで二人きりになった時に、覚悟を決めてもらうとするよ」
そう言ってニンマリ微笑むフィーギスに、一体何をする気なのかと顔を真っ赤にする。
「ううっ……お手柔らかにお願いします……」
俯いて、その視線から逃げるのが精一杯だった。婚約して三年ほど経つが、会えていたのは半年に一度の数日滞在中のみ。それもここ一年は途絶えていたし、更にはお互い王族なので二人きりになる事すら出来ず、常に人目がある状態だったから、恋人らしいふれあいには、まだ慣れていない。
そんなマヤリス達はこれから一週間、学園内の屋敷で共に暮らす事になるのだ。警備兵はいるが門の前の警備のみを任せているし、使用人は学園にいる間に入る清掃のみ。貴賓であるフィーギス達に対してあり得ない待遇だが、今回はお忍びで、更に大鳥がいるのだから、人目に触れさせる訳にはいかないという判断だ。
そんな場所で、一つ屋根の下で共に暮らすと思うとドキドキしてしまうのは仕方ない。もちろんビドゥア聖島から来た他のみんなもいるし、部屋は男女に別れた大部屋なので、そう無体な事にはならないと信じているが……。
一度深呼吸をして頬の赤みを抑え込み、顔を上げると、フィーギスも了解したように拘束が緩んで、肩を抱かれる。もういいという合図として二人で振り向くと、船の上を見上げた。
するとメルローゼが待ってましたと言わんばかりに笑顔で駆け降りてくるから、転ばないかとヒヤヒヤしながらも、目元がだんだんと熱を帯びる。
「リイイィィスウウゥゥっ〜〜‼︎」
淑女らしくない叫び声を聞きながら、思わず腕を広げて出迎えた。無事ここまでやってきたメルローゼは、隙間なんか許さないと言わんばかりにヒシっとマヤリスに抱き付く。
「メルちゃんっ、わたしも会いたかった〜!」
マヤリスもギュッと抱き返し、懐かしい温もりを感じてしまえば、もうダメだった。一瞬で目に涙の幕が張り、ポロポロと勝手にこぼれ落ちてくる。
「わたっ、私もよっ! ああ、こんなに綺麗になっちゃって……!」
「メルちゃんもですよ〜」
そう言ってお互いの間に隙間を開けると、メルローゼも泣いていたようだ。お互い微笑みながら涙を拭い合う。
三年ぶりに会った大親友は相変わらずお揃いの髪型をしてくれていて、ちょっと女性らしさが出てきたものの、それはマヤリスだって同じだ……一部だけは完敗している気がするが、きっと気のせいだろうと現実逃避を図る。
とりあえず、この三年間で大きな差が出る事はなく、同じような背格好のまま成長出来た事で、二人は一対だと神様に認められたみたいだと嬉しく思った。
「……マーヤ? まさか私との再会より喜んでいたりしないかい?」
そんなフィーギスの引き攣った声が聞こえた気がするが、今は気にしていられないのだ。
しばらくそうやって再会を喜びあい、タラップの下でこちらを見ているみんなの中から一人、ミルクティー色の髪をした綺麗な女性を見つめる。
何故か口元を覆って目をキラキラ……というより、ギラギラと怪しい視線を投げかけてくるその女性が、ずっとメルローゼが教えてくれたお義姉様――ソフィアリアなのだろう。そしてその名前はここ半年間、何度もフィーギスの手紙にも登場していた。
メルローゼと交流していた頃は姉になっていたかもしれない人で、フィーギスの側妃として迎え入れて、共に支えていけたらと思っていた人。王鳥妃になった事で、その道も潰えてしまったけれど。
不思議な人だと思う。人の懐に入るのがよほど上手いのか、少し気難しいメルローゼも、人嫌いで心の壁が分厚いフィーギスも、気が付けば懐柔されて心酔しているのだから、人を惹きつけるカリスマ性のようなものを持っているのだろう。だからこそ、王鳥妃に選ばれたというのも納得する。
そしてマヤリスも同じように、ソフィアリアに惹かれていく……いや、既に惹かれているのかもしれない。メルローゼがキラキラした笑顔で話していた優しいお義姉様。フィーギスが好きになりかけるくらい聡明な友人。そのどちらの話も、マヤリスの心を惹きつけてやまなかったのだから。
なにより、マヤリスが信仰する王鳥が妃として選んだ王鳥妃なのだから。
「はじめまして、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。わたしはマヤリス・サーティス・コンバラリヤ。皆様を心より歓迎いたします」
これから仲良くなるのが楽しみで、ふわりと笑いながら、この場で美しいカーテシーをした。
本編読み返していたら、マヤリス王女の髪型がメルローゼと似てるという表記しかされていなかったので、この際エピソードを交えつつ、港での裏話を語っておきました。
人に惚れ込む性質を持つメルローゼはともかく、マヤリス王女までメルローゼにベッタリなのは、フィーギス殿下に会うまでほぼメルローゼとしか接触していなかったので、少々過剰に懐いています。
あと噂で聞いていたソフィアリアにもずっと憧れのような感情を抱いていました。
転生前(自称)も入院生活だった記憶があるので、人の温もりに飢えているのかもしれませんね。
余談ですが、散々リスティスを華奢だと言っておりましたが、マヤリス王女も小柄ではないのですが華奢です。そういう家系だから、メルローゼに一部完敗したのかもしれません。何が、とは皆までは言いませんが(笑)




