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八年目の再会

「鈴蘭のお姫さま1」の直前

ソフィアリア視点



「ゆっくり船旅というのも、なかなか楽しかったわねぇ」


 ペクーニア所有の貿易船に乗った二日目の朝。


 下船の準備を早々に終えたソフィアリアは、王鳥とオーリムと共に残り少ない船の上の時間を、甲板で楽しく過ごしていた。


「ピー」


「ふふ、もちろん王様の背中が一番ですよ? でも、たまにはいいではありませんか」


「いつもはすぐ着くのに、船ってこんなに遅かったんだな」


「あら? ラズくんも船は初めてだったの?」


 まるで乗った事がないかのような物言いが予想外で、思わず目を丸くする。


 ソフィアリアが来てから結婚式までの間は、長期の遠征にならないよう王鳥がなんとかしてくれていると聞いた事があったが、オーリムは代行人として世界を飛び回る事もあるのだ。だからてっきり、船くらいは乗った事があると思っていたのだが。


 オーリムこそ、そんなソフィアリアの反応が予想外だったらしく、腕を組んで目を(すが)めていた。


「王の方が早いんだから、乗る理由がない」


「ピ!」


「それもそうね」


 言われてみれば、オーリムに乗り物は必要なかったなと思い直す。馬車で登城する時も体裁的なもので仕方なくと言っていたし、国外で代行人という身分を示すなら、王鳥に乗っている事が何よりの証左になるだろう。

 たまの息抜きと称して娯楽に興じる事すらしてこなかったみたいなので仕方ないと思うと同時に、ある事に思い至って頬を緩めた。


「ふふ、初めての船をラズくんと一緒に体験出来て嬉しいわ。特に王様も含めた三人で楽しむのはなかなか難しそうだから、コンバラリヤ王国に誘って機会を設けてくれたフィー殿下達と、船を出してくれたメルには感謝しなくてはいけないわね」


「ピー」


「まあ、そうだな」


「これからもこうして、色々な事を三人で経験していきましょう? 王様と出会って三季、ラズくんとは八年で、再会してから半年。きっと、もっと楽しい事が待っているわ!」


 そんな未来が本当に楽しみだったので、声を弾ませながらそう言うと、二人とも同意とばかりに目元を和らげでくれるから、こんな恋が出来る幸運をしみじみと噛み締めた。


「そろそろ見えてくる頃かしら」


 二人から視線を逸らして手すりから身を乗り出し、進行方向を覗き込む。予定ではそろそろコンバラリヤ王国の港が見えてくるはずだ。


「あっ、おい!」


 急に身を乗り出すから落ちそうだとでも思われたのか、オーリムが慌てたように後ろから抱き締めて支えてくれたからお礼を言って、そのまま船が波を掻き分ける音を聞きながら、水平線の向こうを眺めていた。


「プーピ」


「――――そこまでする理由があるか? いつもみたいに認識阻害の防壁を張ればいいだろ」


「ビー」


「――――まあ、言われてみればそうだが」 


 二人が何か話し合いを始めたので、身を乗り出すのはやめて、オーリムの腕の中から抜け出す。話の内容から、おそらくオーリムの髪色についての話なのだろうと察するが、王鳥が提示している解決策がなんなのか、ソフィアリアにはピンとこなかった。


 と突然、オーリムが一瞬夜空色の光を纏ったかと思うと、まるで幕が下ろされたかのように夜空色の髪が栗色になって、潮風に靡いていた細く二股に分かれていた後ろ髪が消失する。黄金の水平線を宿す瞳が(まばゆ)いほどのオレンジ色に変わったかと思うと、顔の肌質まで変化してしまった。


 オーリムの変わり果てた姿を見たソフィアリアは目を見開き、口元を手で覆う。


「っ! ラズくんっ……!」


 それは間違いなく、八年前に死に別れたと誤解していた『ラズ』の十六歳になった姿だった。夢のような再会に目を潤ませて、耐えきれずくしゃりと表情を歪めた際に、容赦なく雫がこぼれ落ちていく。


 一瞬のうちに泣き出したソフィアリアにギョッとしたのは、オーリムの方である。


「ど、どうしたっ⁉︎」


「だって……だってぇ……!」


 上手く言葉が纏まらず、ポロポロと涙を流し続けるソフィアリアの事を、オーリムはギュッと抱き締めてくれる。

 王鳥もソフィアリアの背中に身を屈めながらピタリとくっつき、すりすりと頭を頬擦りして慰めようとしてくれた。


 しばらくそうして、少し気分が落ち着いてすんすんと鼻を鳴らすようになった頃。少しだけ身体を離したオーリムは、ソフィアリアの目尻に浮かんでいた涙を指で掬いながら、心配そうな表情を向ける。


「どうした?」


「っく……、ご、ごめんなさいっ……。だってラズくんがラズくんになってしまわれたんだもの」


「まあ、俺は俺だが」


「ピ?」


 要領を得ない言葉に、二人同時に首を傾げた様子がおかしくて、思わずぷっと吹き出していた。

 いくらなんでも感情的になり過ぎだったと猛省しながら目を優しく細め、改めてオーリムの顔をじっと見る。輝くようなオレンジ色の瞳に魅入られたように手を伸ばし、頬を両手で包み込んだ。


「フィ、フィア……?」


 当然、オーリムの赤みの差していた顔はますます真っ赤に染まる。そんな様子も愛おしいから、ますます頰が緩んでいくばかりだ。


「そばかすといい、赤みの強い頰といい、ラズくんは少し肌が弱かったのかしらね?」


「そっ、そんななのか?」


「ええ。こんなに可愛いのだから、初めて会った時にお顔から拭いてあげるべきだったわ。……八年ぶりね、ラズくん」


 そう挨拶をすると目をぱちぱちさせたオーリムは、ようやくソフィアリアが何をここまで取り乱したのかわかったらしく、ふっと微笑んだ。


「この顔のせいだったのか」


「ふふ、ごめんなさいね。懐かしくて、ラズくんが大きくなった姿を見られたのが嬉しくて、つい感情的になってしまったみたい」


「ピーピ?」


「ええ、もう見れないと思っていましたので。こうして元の姿に戻る事も出来るなんて、思ってもみませんでしたわ」


 そう言って目を伏せ、湧き上がる罪悪感をやり過ごすよう、トンッとオーリムの肩口に顔を埋める。


「ピ?」


「フィア?」


「んふふ〜、ちょっとだけこうやって甘えさせてね? 久し振りに会えたラズくんに浮かれちゃってるみたい」


「そ、そうか。いくらでも甘えていい」


「ありがとう」


 そう言って誤魔化して、しばらくオーリムの肩口にぐりぐりと戯れて遊んでいた。オーリムはそんなソフィアリアでも優しく髪を()いてくれるし、寂しくなった王鳥は逆にソフィアリアにじゃれついているし、幸せなひとときだ。


 ――ラズの代わりに知らない男の子が亡くなる原因を作ったソフィアリアが享受するのは、厚かましいと思ってしまうくらいに。


 常日頃だって忘れている訳では決してないのだが、かつてセイドで出会った頃の姿をしたラズを見ていると、どうしても強く意識してしまう。ラズと間違えたあの男の子の髪もオーリムと同じ栗色で、似たような背格好だったから。

 こちらに振り向こうとした時に馬車に跳ねられる瞬間、吹き飛ばされて顔から着地し、動かなくなった姿――……

 かつての光景が脳裏に過ぎって、容赦なくソフィアリアを責め立てる。


 それでも、ソフィアリアはこの姿のラズだって愛おしくて、再会出来た事がこんなにも嬉しいと感じてしまうのだから、悪辣さに自嘲するしかない。


「おーい、リム居るかー?」


 そうやってこっそり感傷に浸っていると、船内でフィーギス殿下とラトゥスの下船の手伝いをしていると言っていたプロムスが、アミーを伴って姿を現す。アミーを見つけたらしいキャルも、ついでに側に降り立っていた。


 表情を取り繕うと顔を上げ、何かあったのだろうかと不思議に思いながら、三人で声のした方に視線を向ける。


「なんだ?」


「おっ、そっちか…………」


 オーリムの返事に気付いたプロムス達はこちらを向いて、その場で固まっていた。

 まあ、オーリムが見慣れない姿をしているから当然の反応だろうと納得したソフィアリアとは違い、不可解な反応を見せたプロムスとアミー相手に、オーリムは首を傾げていたが。


「どうした?」


「……リムなの?」


「そうだが」


 目を丸くしていたアミーにそう返事をすると、アミーは興味津々とばかりにしげしげと見つめていた。特に深い意味はないが、なんとなくオーリムの腕にギュッと抱きつく。そう、別に独占欲が湧いたとかではないはず。


「ぶはっ!」


 今度はプロムスがそう吹き出して、お腹を抱えて大笑いし始めた。いくらなんでも顔を見て笑い出すのは失礼だとムッとして、オーリムだって青筋を浮かべる。


「なんだ、なんか文句でもあるのか?」


「いやっ、ねーけどっ! そっか〜、リムって本来、そんな感じだったのか〜」


「言いたい事があるならはっきり言え!」


「色抜けたらすっげー普通っ!」


「……悪かったな、普通で」


 自身の膝を叩いてやり過ごそうとするプロムスの復活は、まだまだ先になりそうだ。オーリムはそんなプロムスを腕を組んで、ものすごく不機嫌そうな顔で睨み付けていた。美形なプロムスに普通と言われて、ちょっと傷付いたらしい。


「セイドにいた時のリムは、そんな顔だったのですか?」


 オーリムの観察を終えたアミーがソフィアリアを見てそう尋ねてくるから、うっかり笑顔を振り撒きながら大きく(うなず)いた。


「ふふ、そうよ? お顔は汚れていたし、可哀想なくらい痩せ細っていたけれど、このキラキラしたオレンジ色の瞳とふわふわの栗色の髪がとっても可愛い男の子だったの」


「……可愛い、のか……?」


「一般的に見て、人混みに紛れたら見つけられない程度には普通だけどね」


「……やっぱり普通なのか……」


「そんな事ないわよ?」


「絶対フィアの欲目だろ。……せめて見た目だけでも、フィアに釣り合う男になりたかったのに……」

 

 そう言ってガックリ項垂れるオーリムは自己評価が低過ぎると思うのだ。肌質のせいか隠されているが、よく見ると顔は整っているし、何より中身が可愛くてカッコよくて優しいのだから、むしろ母から受け継いだ見た目と与えられた知識くらいしか誇れるものがないソフィアリアより、よほど立派だというのに。


「プピィ」


 爆笑するプロムスと観察するアミー、落ち込むオーリムと励ますソフィアリア。一気に賑やかになったこの場を眺めていた王鳥は愉快とばかりに、そう一鳴きした。




※重要なお知らせ※

ストック不足&多忙により、来週からしばらくは週2回、月曜日と金曜日に更新となります。

お待たせして申し訳ございません。



本編では既に変身後だったので、ソフィアリア大号泣&プロムス大爆笑した時のお話でした。

一応弁明しておきますが、普段の神秘的な容姿からその辺に居そうな一般人に変身したギャップでプロムスは大爆笑したのであって、容姿が残念だから笑った訳ではありません。

むしろ本当のオーリムの姿を見られて嬉しいんじゃないかな?

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