認められない二夫一妻 4
「――そう取ってくれて構わないよ。話し合いの場に、国を脅かしかねないような主張を勝手に広めてくれた公女など、居てもらっては話が長引く。感情で来られても鬱陶しいし、君もさっさと済ませて帰りたいだろう?」
「だからってなんでフィアを囮に使わないといけないんだっ! ふざけるなっ‼︎」
事の成り行きをぼんやり眺めながら、オーリムがこんなに感情的になった姿を久々に見たなと場違いにも思っていた。確か前は、王鳥がソフィアリアの袖を破いた時だっただろうか。
どちらもソフィアリアの事を想って怒ってくれているという事実を嬉しく思う反面、話が先に進まなくなってしまったので、気を引く為にチョイチョイとオーリムの服を引っ張る。こちらを振り向いてくれたのでニコリと笑いかけておいた。
「リム様、囮と言っても相手はご令嬢ですし、戦うと言ってもただの舌戦にしかならないから、心配しないでくださいな」
「っ、だが!」
「わたくしね、ちょっと怒っているの」
笑みを浮かべながらそんな事を言っても、全然説得力がないのだろう。オーリムは眉根を寄せ、困惑しているようだった。
何故そこで困惑顔なのかと苦笑しつつ、ソフィアリアは言葉を続ける。
「さっきから言ってるじゃない。リム様もわたくしの未来の旦那様なのにって。だからわたくし、リスス・アモール公女様には言いたい事が山ほどあるの。だからお話させてくださいな」
「フィア、相手は公女だけじゃない。社交界に醜聞が広まっているなら、公女を中心に色んな令嬢から囲まれる事になるんだ。口だけじゃなくて、手も出されないとは限らない」
「明日の大舞踏会は国中の王侯貴族が一堂に会する、シーズン最後の社交場よ? そんな見栄の張り合いの場で、自分の評判も顧みない短慮な行動に出る人が居てたまるものですか」
胸に手を当てそう主張するが、内心では残念ながらいるだろうなと思っていた。
それにしても、フィーギス殿下の主張はどこか不自然だった。だからどういう事なのかと成り行きを見守っていたのだが、どうもソフィアリアとオーリムを引き離したいらしいという事しかわからない。
一体何をするつもりなのかはわからないが、フィーギス殿下は人は切り捨てられても、国は捨てられない人だ。ソフィアリアに何かあれば王鳥や大鳥が黙っていないだろうという事は充分理解しているだろうし、王鳥と人間の間に立たされて色々苦心しているのはわかっているので、ソフィアリアでも出来そうな事なら別に協力くらいしてもいいと思っていた。
ソフィアリアを囮にすると知っても王鳥も何も言わない。なんとか出来そうなのだから、自分達で何とかしろという事なのだろう。甘やかし過ぎず突き放し過ぎない、この王鳥は本当に人間が大好きな神様だ。
「……フィアを一人きりで立たせたくない」
真剣な表情でそんな言葉を口にするものだから、思わずキュンとしてしまった。ギュッと胸の前で手を握りしめて、緩む頬を必死に引き締める。ちょっと照れるのは見逃してほしい。
未だに気持ちを返してくれる気があるのかはわからないが、とりあえず隣に居て護りたいと思う気持ちはあるようだ。それがとても嬉しい。
「だったら今後も一緒に居る為に、今は見逃してくださいな。わたくし、結婚相手は王鳥様とリム様のお二人がいいの。誰にも認められなくても、これだけは絶対譲りたくない。だから……夫を二人も欲しがる、悪人になってくるわ」
首を傾けてそう微笑みかけると、オーリムは痛ましそうに顔を顰める。そんな顔をする必要なんてないのに、どうもこの人はソフィアリアが悪人を自称するのが気に入らないようだ。
「フィアは悪人じゃない」
「悪人なんて婚約者にしたくない?」
「違うっ!」
「なら、行かせてくださいませ。そして早く終わらせて、帰ってからデートをしましょう?」
不意打ちでそう言うと、突然の言葉に目を見開いてポカンとしていた。そして徐々に赤くなってくる。
「はっ⁉︎ なっ‼︎」
そんな顔が好きだなぁとニコニコしつつ、思いつきで言った事だったが、案外名案とばかりに首元あたりでパンッと手を合わせた。
「せっかく王様とリム様が用意してくださるドレスなんですもの。少し重いかもしれませんが、一番綺麗な姿で大空を駆けたいわ。だから早く終わらせましょう? そして頑張ったわたくしに、空のご褒美をくださいな」
「〜〜っ‼︎」
少しでも悪くない案だと思ってくれたのか、反論は飲み込んでくれたようだ。不意打ちで黙らせたとも言えるが、そういう事にしておこう。
くるりと正面を向き、フィーギス殿下と再度向き合う。
「という事ですので、どうかお任せくださいませ。公女様とはわたくしからお話をさせていただきますから、公爵様の事はどうかお願いしますね」
「色々言いたい事はあるが、助かるよ。……まぁ、リムもそれなりに見た目はいいし、一応地位もあるから、公女から見れば格好の獲物なのだろうね。君の事だから上手くやり込めてくれると思うが、あまりに酷いものは私に言うといい。王太子の名で抗議しよう」
そう助け舟を出しつつも、笑みを浮かべた目の向こうでは、どの程度計画がバレているのか、何故乗ったのかと探るような視線を感じたが、本当にただの親切心だったので気付かないフリをした。
そんな無言のやり取りをしていたから、ボソリと発せられた小さな言葉を、つい耳に入れてしまったのかもしれない。
「……なんで貴族はどいつもこいつも、周りの人間を自分を綺麗に見せる為の道具にしようとするんだ」
――その言葉は、ソフィアリアを打ちのめすのには充分だった。




