伴侶と婚約者 3
ソフィアリアがソファに腰掛けた途端、王鳥がピタリと背中にくっ付いてきた事には驚いたが笑って受け入れた。到着した際の挨拶の時といい、どうやら王鳥はこうして触れ合うのがお好きなようだ。
背中に滑らかな王鳥の羽毛を感じながら王鳥に話を振ってみたのだが特に反応がなく、正面を見据えたままピクリとも動かなくなってしまったのでそっとしておく事にした。アミー曰く、魔法の力で遠くで何かをしている事があるらしいので邪魔をするのも憚られる。その間、アミーには話し相手になってもらった。
アミーは島都にある孤児院出身の平民で、ソフィアリアと同じ十六歳。キャラメル色の髪は前髪はまっすぐ切り揃えられ、後ろはシニヨンに纏めている。オレンジの瞳はこの国にはありがちな色だが少し吊り目で、無表情だが不思議と威圧感がないのは小柄で可愛らしい顔をしているからだろうか。
そして耳にピアスをしているので彼女は同じ歳でありながら既婚者だ。この国に住む人独特の特性らしいのだが、耳朶に痛覚がないので、結婚した際にはお相手の瞳と同じ色のピアスをつける風習がある。
濃いオレンジ色のピアスを左耳に着けるアミーのお相手は、代行人と共にいた侍従の彼で、同じ孤児院出身の幼馴染なのだとか。
夕方になると王鳥はようやく動き出し、部屋を出てどこかへ飛び去っていった。それを見送った後、夕飯は代理人と共にするのかと思えば今日は忙しいらしく、ソフィアリアも疲れているだろうからと気を遣って部屋に用意してくれた。温かい食事に舌鼓を打ちつつ、その後お風呂でゆっくり汗を流せば長旅の疲れが出てきたのか、その日は早々に眠りの世界へと入っていった。
翌朝。今日の朝食は代行人と共に出来るらしく、食堂へと足を運んでいた。
「それにしても、本当に素敵なドレスね。歩きやすいのもすごく嬉しいわ」
「よくお似合いです、ソフィ様」
寝室の隣のクローゼットルームからアミーと選んだのはブラウンとクリームイエローの、部屋と同じ色合いの落ち着いたドレスだった。肩口はパフスリーブになっていて、背中には二股に分かれたロングチュールのマントが付けられている。
こういう二股に分かれたデザインのコートは代行人も昨日着ていたが、羽のように見えるこれがこの大屋敷では定番だったりするのだろうか。
生地はソフィアリアが奮発して仕立てたデビュタントのドレスよりもよっぽど上質で着心地がよく、付けられたフリルや細かく華やかなレース地がさり気ない甘さを演出している。シンプル過ぎず豪奢過ぎない、普段使いしやすい好きなデザインだ。
話しながら歩いていればすぐに食堂に着き、中では代行人が腕を組んで待っていた。
「おはようございます、代行人様。申し訳ございません、お待たせしてしまいましたね」
「お、はよう……。いや、私が早く来すぎたんだ。気にしないでほしい」
どこか辿々しくそう言われて、今日も気まずげにソワソワしていた。嫌われていないとは思うのだが、決まったから受け入れたし大事にしたいという気持ちはありつつも、どう接すればいいのかわからず困っているという所か。やはり名指しで妃に任命して積極的に引っ付いてきた王鳥とは全然違う人のように思えてならない。
代行人の後ろに控えていた侍従がわざとらしく咳払いをしたので代行人はハッとした様子で立ち上がり、慌ててソフィアリアの座る椅子を引く。エスコートにお礼を言って座れば、またいそいそと自分の席へと戻っていった。
運ばれてきた食事を楽しみつつ、せっかくなので代理人に色々聞く事にする。
「ところで代行人様。何かわたくしにしてほしい、やらなければいけない事などはございますでしょうか?」
「ない。……いや、王がしばらくの間、朝食後から昼食までの時間は付き合ってほしいらしい。座りっぱなしになるのだが」
「喜んでお供させていただきますわ。座って、何かすればよろしいのでしょうか?」
「昨日みたいに座ったまま背を預けて、じっとしていてくれればいいそうだ」
どうやら昨日部屋で何をしていたのかは代行人にも既に伝わっているようだ。二人で一人なのであれば、視界も共有しているのかもしれない。
しかし、ただ座ってずっとアミーと話しているだけなのも困るわと思った。アミーも昨日会ったばかりの主人の相手を何度もさせらるのは大変だろう。
ならせっかくの隙間時間、まずは勉強からしようと思った。残念ながらセイド領の屋敷にはあまり王鳥や大鳥に関する書物がなく、長年教師をしてくれた先生も今は国外へ旅立ってしまっているので知識不足なのだ。機会があればこちらで学びたいと思っていたのでちょうどいい。
「座ってさえいればいいのであれば、王鳥様や大鳥様の事をもっと学んでもよろしいでしょうか? お恥ずかしながら、我が屋敷で学べた事はそう多くありませんの。王鳥妃に選んでいただいたのですから、わたくし、もっと王鳥様達の事を知りたいのです」
切実にそう訴えれば代行人は軽く目を見張り、こくりと頷く。この国の貴族令嬢はあまり勉強に励むような事はしないので、令嬢らしくない訴えに驚かせてしまっただろうか。
「わかった。あとで届けさせよう。一階に書庫もあるから好きに使うといい。……大鳥の研究をしている騎族がいるのだが、生憎あと半季は検問所に詰めている。すまない」
「ありがとうございます。充分ですわ」
笑顔でお礼を言ったあと、ふと『騎族』とはなんだろう?と気になった。尋ねようと口を開いたのだが
「書庫やこの大屋敷を案内したいのだが、今日は午後からフィーが来るから予定を空けておいてほしい。明日の昼にでも大屋敷の案内と、大鳥達にも君を紹介しよう」
突然そう告げられ、言葉を飛ばしてしまった。まずフィーとは誰だと尋ねようと思ったのだが、ふとフィーと付く名の、王鳥や代行人に接する事が出来そうな身分の御方を一人思い浮かび、ヒヤリと笑顔が凍る。
「……フィーとは、『フィーギス・ビドゥア・マクローラ王太子殿下』の事でしょうか……?」
「そうだが」
肯定されてしまった。王鳥や代行人だけでもたかが辺境にある田舎の男爵令嬢ごときのソフィアリアから見れば一生お目通り叶う筈もなかった雲の上の高貴な方々なのだが、デビュタントで最初で最後だろうと思っていた王太子殿下ともこんなに早くまた会う事になるらしい。つくづく、人生何があるかわからないものである。
のんびりマイペースなソフィアリアでもそろそろキャパシティオーバー気味であったのか、その後何を話したのか、朝食がどんな味だったのか全く覚えていないのであった。