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鳥騎族の末路 後編

このページは「死」はまつわるセンシティブなお話となっており、残酷な設定描写が多々ございます。ご注意ください。


本編開始前。ソフィアリア視点。

全3話中の3話目です。



 連れてこられたのは、部屋からも見えていた庭だった。


「……こちらにいらっしゃったのですね」


「ピー……」


 庭にはリデも居て、慌ただしい部屋の中に意識を向けながら、ポロポロ泣いていた。


 ソフィアリアはリデに近寄ると、そっとうぐいす色に手を添える。


「リデ様も、四十年間お疲れ様でした。シレン様もリデ様と共に歩めた時間は、とても幸せだった事でしょう」


「ピー?」


「ええ、絶対に。別れは悲しく、しばらくは思い返す事も苦痛を伴うかもしれませんが、いつの日か心を落ち着ける事が出来た時は、どうかシレン様という最愛のパートナーがいた事を、幸せだった日々を忘れないであげてくださいませ」


 少し不恰好になってしまったが、なんとか笑みを浮かべたままそれを伝えると、リデはソフィアリアをじっと見つめた後、(かが)んで肩口に額をもたれかけてくる。


 ソフィアリアは優しい表情を浮かべながら、撫でて慰めてあげた。一時でも気休めになるのなら、このくらいお安い御用だ。


「ビー」


「やめろ、王」


 嫌そうな顔をした王鳥が引き剥がそうとしていたが、オーリムが止めてくれて一安心。こんな時まで独占欲を剥き出しにしないでほしいものである。


 しばらくそうやって慰めて、やがて顔を上げたリデは、部屋の中をじっと見る。そこに鳥騎族(とりきぞく)達の……シレンの姿は、もうない。空っぽになった部屋と、シレンとリデが最期の時を過ごした大鳥の巣があるだけだ。


「……シレン様の葬儀を見て行かれますか?」


「ピー」


「――――遠くから見送ってから、あっちの世界に帰るんだと」


「そうですか」


 シレンの墓は大屋敷内ではなく、遺族が用意する事になっている。棺はこれから遺族のもとに運ばれて、葬儀も当然遺族が執り仕切る事になるので、リデは参加しないようだ。


 全員ではないが、この末路は大鳥のせいだと八つ当たりする遺族が一定数いるらしい。だから大鳥は基本的に大屋敷外で行う葬儀には参列しようとせず、遺族の前には呼ばれない限り姿を現さないようにしているのだとか。

 誰よりも側で寄り添ったパートナーなのにあんまりではないかと思うものの、そうやって人間に配慮してくれる大鳥は、本当に優しい神様だとますます好きになっていく。王鳥妃(おうとりひ)という立場を与えられた幸運を、しみじみと噛み締めた。


 リデがこちらを向いたので、ソフィアリアも向かい合う。もう涙は止まり、その目は優しくソフィアリアを見下ろしていた。


 そして――きっとこれが最後の別れとなる。そんな予感がしたからこそ、頑張って笑顔を浮かべ続けていられたのだ。


「リデ様とも過ごせた短い時間を、わたくしは生涯忘れませんわ」


「ピ?」


「ふふ、こう見えて記憶力はいいのですよ? ……楽しい時間をありがとうございました。わたくしの事は忘れてしまっても、シレン様の事はいつまでも忘れないでくださいませね」


「ピー」


 最後にもう一度屈んで頬擦りをしていくと、リデは飛び立ち、すぐに姿は見えなくなってしまった。

 たとえ見えなくなっても、ソフィアリアはその面影を空に探し、手を振って見送り続けた。いつまでも、いつまでも――……。


 やがて気が済んだ頃に、ずっと側で見守ってくれていた王鳥とオーリムの方に向き直る。


 オーリムは代行人としての表情を解いてぼんやりしていて、王鳥はリデの触れたところを上書きと言わんばかりに、ソフィアリアにじゃれついてくる。

 王鳥には宥めるように撫で返して、オーリムにはふっと微笑みかけて、王鳥を撫でているのとは反対の手を広げた。


「ラズくんも来てくださいな」


「え?」


「そんな顔をしていれば、さすがに心配になってしまうわ。わたくしを安心させる為にも、来て」


 そう言ってニコニコしながら待っていると、少し複雑そうな顔をしたオーリムが、渋々と広げた腕の中に入ってくる。だから遠慮なく、ギュッと抱き締めてあげられた。


「王様もラズくんもお疲れ様でした。辛いお役目を引き受けていただいたおかげで、シレン様はきっと救われましたわ」


「別に辛くはないが。年に数回は(こな)す事だし、もう慣れた」


 という事は、鳥騎族(とりきぞく)が増えた分、今後は増える可能性があるのかという言葉は、今は飲み込んだ。安易に増やす原因を作ったソフィアリアのせいで、王鳥とオーリムには辛い役目を押し付ける事になってしまっていたらしい。反省の意を込めて、ソフィアリアこそギュッと抱き付いた。


「慣れていたら、そんなお顔はしないわ。いいのよ、強がらなくて」


「強がっているつもりはない」


「だったら何か、心配ごとでもあるのかしら?」


 それを尋ねるとビクリと身体を震わせるから、やはりこっちかと悲しげに笑う。


 オーリムがソフィアリアを見ながら途方に暮れたような顔をして見つめていたので、先程プロムスとグランが話していたような事をオーリムも考えてしまったのではないかと思ったのだが、案の定だったらしい。

 少しでも慰めになればと思い背中を撫でながら、その心境を聞こうと、静かに待っていた。


「……フィアに頼みがある」


 そう言った声はとても苦しそうで、内容をある程度察してギュッと抱き締める。


「なあに?」


「俺より長生きしてくれ」


 ギュッと縋り付いてくる手は絶対離したくないと言わんばかりに力がこもっていて、ソフィアリアでも痛いと感じるくらいだ。それでもオーリムの心はもっと痛いと思うと、この程度の痛みは些事である。

 少しでも安心してもらえるならと、オーリムの肩口に顔を埋めて、強く密着する……そうやってソフィアリアの今の表情も、上手く隠す事が出来た。


「俺は代行人だから、役目を途中で投げ出せない。廃人になって現実から逃げる事も出来ないし、自害をした代行人なんて今までいなかったから、その影響を考えてやっぱり出来ない。そもそも王に止められるだろ」


「ピー……」


 その切実な願いをきちんと受け止めてあげる自信のないソフィアリアはなんて弱いのだろうかと、無力感に苛まれる。


 ――今日一日、ずっと考えていた。鳥騎族(とりきぞく)に安寧をもたらすオーリムの事は誰が救ってくれるのだろうかという、途方もない考えだ。

 色々考えたが、ソフィアリアにはその答えは(つい)ぞ見つける事は出来なかった。


 廃人になったとしても、王鳥がオーリムの身体を操って役目を果たさせるだけだろう。シレンのように生きているとも言えない状態で酷使される状態になるのではないかと思うと、あまりの痛ましさに心が悲鳴を上げた。

 自害はもっと無理だ。オーリムが自害してしまえば王鳥も道連れになる。少し前に高位の大鳥の外部からもたらされる死は世界を歪めると知ったばかりだから、王鳥の自害ともなると、本当に世界を壊してしまいかねない。

 オーリムがもっと身勝手であれば、死後の世界なんて知らないと行動に移せたかもしれないが、そうではないのだ。そもそもオーリムの言う通り王鳥がそれを許すはずがないので、選択肢にもならない。


 だから、結局この答えをソフィアリアは上手く導き出せなかった。どうなっても天寿を全うするまで生き続けなければならないオーリムには、きっと鳥騎族(とりきぞく)のような救いはない。

 オーリムの唯一の救いはたった一つだけ。そもそもソフィアリアが先に死なない事だけ……そんな事、ソフィアリアにだってどうする事も出来ないのに。


 どう言ってあげるのが正解なのかと思考を巡らせて――出せた答えはこんな方法一つだけなのだから、情けなくて笑うしかない。

 少し離れて上を向き、オーリムと目を合わせると、眩しいほどの笑顔を浮かべた。


「ええ、もちろんよ! わたくしは王鳥妃(おうとりひ)なのだから、お二人の事を最期まで見届けるわ。見届けて、きちんと自分の身辺整理をして、次の王鳥妃(おうとりひ)が決まった場合に備えてからそちらに向かうから、ちょっとだけ遅刻してしまうかもしれないわね?」


「いい。王と二人で待ってる」


「ピ!」


「ふふ、じゃあ、約束よ」


 そう言って右手の小指を小さく上げると、すっかり安心しきった顔のオーリムは、その指に自身の小指を絡めてくれる。

 絡み合った小指を小刻みに振ると、王鳥もつんつん(くちばし)の先で触れてくれたから、こうして遠い未来の約束は無事、成立した。


「……すまぬな、妃よ」


 ふと、オーリムの口から王鳥の声が聞こえて、目を瞬かせる。でもオーリムの表情は何も変わっておらず、相変わらずいい表情を浮かべているだけだった。

 きっとオーリムに気付かれないように、王鳥が一瞬乗り移ったのだろう。その謝罪の意味に泣きそうになったものの、ニコリと笑って誤魔化した……誤魔化せたと信じよう。


 ――王鳥は……もしかしたらオーリムも、本当は気付いているのだろう。これはソフィアリアの苦し紛れの嘘でしかなく、内心成し遂げられる確立は低いと思っている事くらい。

 こうして虚勢で誤魔化して、遠い未来の事を一切考えさせないという手法しか思いつかなかったソフィアリアは、どうしようもなく無力だ。


 この約束があるから大丈夫と、オーリムがこれ以上深く考えなくても済むように。ソフィアリアの嘘がバレるその日まで、精一杯幸せにしてあげようと心に誓った。




第三部本編内で「鳥騎族の末路は総じて悲惨」という一文を出してしまったので、その説明回でした。説明回なので、大した救いもないという。

大鳥はピーとヨーのような例外を除き伴侶を得るものなので、それに同調した鳥騎族も大体が結婚します。稀にサピエのような大鳥が好き過ぎて愛情をそちらに全振りし、独身を謳歌するような人間もおりますが……そういう人間だけが、こんな末路を辿らないのでしょう。


この辺りの話は、鳥騎族希望の時から全員に知らされています。大屋敷に入る為の検問所の話と関わってくるので、ソフィアリアが結婚した後にでも説明出来たらいいなと考え中。


第三部で契約したフィーギス殿下、第二部で学園卒業後に契約すると言っているプロディージもこういう末路を辿る事になるのですが、彼らもきっとプロムスと同じような決意を固めるのではないかなと思っております。

ではクラーラはどうなのか、ソフィアリアそっくりのクラーラをオーリムは…と考えたのですが、あの子あんな調子なので、初めて立ち直った鳥騎族として、また周りを騒がせるのではないかな…(遠い目)。

色々大問題になるので、隠蔽されそうです。


ソフィアリア達の末路については、一応考えてます。発表するかしないかは、微妙なところですが。

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