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鳥騎族の末路 中編

このページは「死」はまつわるセンシティブなお話となっており、残酷な設定描写が多々ございます。ご注意ください。


本編開始前。ソフィアリア視点。

全3話中の2話目です。



 言われた通り翌日には医師に事情を話し、共に医務室の最奥へと向かった。

 そこには本当にシレンとリデがいて、思わず涙を流す。

 葬儀から数週間ほど姿が見えなかったのは、ソフィアリアに会いに来る程の余裕がまだないからだと思って心配していたのだが、まさかこんな事になっているとは。


 思えば最近、鳥騎族(とりきぞく)達がどこかよそよそしかった気がする。きっとオーリムから二人の事に関して、箝口令(かんこうれい)でも敷かれていたのだろう。ソフィアリアも色々あって腰を落ち着けて話せる余裕がなかったせいで、こんな大事な事を見逃してしまっていた。


 ――それから幾度となく面会を重ね、それでも回復する兆しの見えないシレンに、残された家族はこれ以上見ていられないと、許可を出したらしい。


 わかっているのだ。こんな風に廃人となった鳥騎族(とりきぞく)が生きながらえたところで回復は見込めず、じわじわと身体的苦痛と伴侶を失った精神的苦痛を抱えたまま、天寿を迎えるその日まで苦しむ事になるだけだと。今はいないが、家族の理解が得られないまま何十年も生き続けてしまった鳥騎族(とりきぞく)も大勢いるらしい。その誰もが一切立ち直らなかったのだから、そこに希望はない。

 わかっていてもこんな終わりを迎えなければならない現実をなかなか受け入れられず、いつか立ち直ってくれるのではないかと期待してしまうのが人間だ。


 それに、パートナーを亡くす事になる大鳥の事も気がかりだった。愛情深い大鳥が半身を亡くした心の傷を癒すのに、数百年を要するのだという。だいたいの場合が人間を見るのも辛くなって、大鳥の世界に帰ってしまうのだとか。


 ――そうやって頭の中で色々な情報を整理していると、ぽんっと肩を叩かれた。


「平気か?」


「……ええ」


 見上げた先にいたオーリムに笑いかけ、その手に手を重ねる。そう心配しなくてもいいと、少しでもわかってもらえるように。

 色々思うところはあるが、いつまでもここに居座っていては邪魔になるだろう。最期にもう一度二人に微笑みかけて、立ち上がる。


「……さようなら。良い旅路を」


 別れの挨拶と共にカーテシーをし、ソフィアリア一人だけ、この部屋に背を向けた。二人と過ごした短い日々を思い返しながら……。


 部屋の外に出ると、鳥騎族(とりきぞく)達は整列していた。ソフィアリアの姿を見て涙ぐむ姿に淡い笑みを返して、最前列に立つ鳥騎族(とりきぞく)隊長であるグランとプロムスの間を促されたので、厚かましいと思いつつもそこに居座り、部屋の方を見ながら膝を突いて、指を組む。


 目を閉じて、あとは時が来るまで祈るだけだ。


「全員、敬礼っ‼︎」


 グランの掛け声と共に、バッと風を切る音がする。そちらを見て居ないが、騎士の最敬礼でも向けているのかもしれない。


 静かで張り詰めた部屋の空気に、微かに嗚咽(おえつ)が混ざり始める。同僚か後輩か……なんにしても、今は別れを惜しんで泣かれるくらい慕われていたシレンに、思いを馳せるだけだ。


 ――そこからしばらく、静かに時間だけが流れていく。


「……鳥騎族(とりきぞく)になった事に後悔はねぇし、クムに会えたのは僥倖(ぎょうこう)だけどよ。俺もいつかはかみさんに置いていかれて、こうなっちまうんだろうなって考えると、やっぱ怖えわ」


 祈りを捧げていると、頭上からグランの抑えた声が聞こえてくる。


 ソフィアリアを素通りして、ソフィアリアを挟んだ向こう側にいるプロムスに向けて言っているようなので、そのままの姿勢で静かに耳を傾けていた。


 目を閉じているのでわからないが、プロムスからは苦笑したような気配を感じる。


「……そうですね。普段は先の事なんて考えないようにしてますが、こんな時はどうしようもないです」


 鳥騎族(とりきぞく)特有の悩みを共有し合う二人の言葉に、ある考えが浮かんでしまい、キュッと心が竦んだ。でも今考えるべき事ではないので、その考えを誤魔化すように、二人の事を考える。


 プロムスはもちろんの事、グランも妻帯者で例に漏れず愛妻家だ。奥方はグランと同じ歳らしいので、おそらく置いていかれる側になってしまう。


 そうなると……と考えると、心が重くなるばかりだ。きっとその時も、ソフィアリアはこうして見送るのだろう。


「ソフィアリア様にも言っておきますけど、私はアミーの葬儀なんて参列しませんよ」


 ふと、プロムスからそう声を掛けられたので顔を上げたものの、前を向いたまま最敬礼し、目を瞑ったままだったので、祈りの姿勢を取り直す。


「最期のお見送りはしないという事かしら?」


「私は葬儀を待つほど辛抱強くありません。アミーが亡くなっていると気付いた瞬間、その場で自害すると決めていますので、一緒に埋葬してください」


 あまりの発言に息を呑んだが、その行動はプロムスらしいなと、無理矢理口角を上げる。きっと彼ならそうするだろう。

 自分の為に、そして……


「リム様の為にも、プロムスならそうするでしょうね」


 ――オーリムが今と同じように、鳥騎族(とりきぞく)を認めた責務を果たさずに済むように。


 プロムスが廃人となった場合、オーリムはプロムスをも手を下さなくてはならなくなる。代行人という立場をよく理解しているオーリムなら、心を殺して粛々とやってのけるだろうが、兄貴分と慕い、王鳥の次に長年側に居てくれたプロムス相手にそうする心労は計り知れない。

 だから、プロムスは自害を選ぶのだ。一刻も早くアミーの元へ行けるように……オーリムがプロムスを手にかけるなんて事にならないように。


「ははっ、やっぱソフィアリア様にはお見通しですよね」


「これくらいプロムスを知っていれば察するわ」


「リムは気付きませんでしたけどね」


「あらあら」


 どうやらオーリムにも予告済みだったらしい。アミー本人には怒られそうなので言っていないかもしれないが、きっとフィーギス殿下とラトゥスにも伝えてあるのだろう。


「……鳥騎族(とりきぞく)の自刃は確実に急所を狙わなきゃならねぇから、難しいらしいぞ」


 グランの険しい声を聞いて、そうだったと思い直す。


 鳥騎族(とりきぞく)は頑丈だが、不死という訳ではない。病気はしないし、怪我もしにくく治りが早いが、さすがに急所を突けば、ひとたまりもないのだ。

 だから、鳥騎族(とりきぞく)でも自害するのは不可能ではない。が、しくじれば苦しみが長引く可能性があるので、心境的な難易度は跳ね上がる。自害より廃人の末路を辿る人が方が多いのは、そういった理由からだろう。


 でも、それを聞いてもプロムスは信念を曲げず、肩を竦める事で忠告を一蹴しているようだった。


「知ってますよ。でも、オレなら出来そうでしょう?」


「まあ、な」


「そういう訳なので、リムの事はお願いしますね」


 ソフィアリアに言われたその言葉に身体を強張らせ、反論しようと口を開く前に、ガチャリと扉が開く。


「終わった。いつも通り頼む」


「「了解!」」


 代行人の顔をしたオーリムが指示を出せば、グランを含む数人が部屋の隅に置かれていた棺を持ち、死亡を確認する為の医師と共に部屋の中に入っていった。


 ソフィアリアも立ち上がると、次に何をすべきか決める為に、この部屋の中をざっと見渡す。


 悲しみに耐えきれずその場で(うずくま)り、咽び泣く人が数名。そんな彼等を慰め、感情を共有するように取り囲む人がその倍はいて、初めて目の当たりにする鳥騎族(とりきぞく)の末路に青褪めている新人が数名と、彼等を慰める上司が数名居る。プロムスもいつの間にかそこに混じっていたので、先程の反論は出来なくなってしまった。


 これが鳥騎族(とりきぞく)の末路と残された人間の反応なのかと、あまりにも辛い現実にキュッと唇を噛み、平常心を取り戻そうと首を横に振る。

 この場でソフィアリアがすべき事は何もない。今は鳥騎族(とりきぞく)同士で慰め合う方がいいだろう。それでも立ち直れない人がいれば、その時はソフィアリアが話を聞いて、解決策を一緒に探してあげればいい。


 リデが心配だし、棺の準備でも手伝おうかと扉の向こうに足を向けたが、パシッと手を取られた。


「リム様?」


「王が呼んでるから、一緒に来い」


「ええ、わかったわ」


 そう言われれば、王鳥が最優先だ。オーリムに手を引かれながら、その場を後にした。



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