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鳥騎族の末路 前編

このページは「死」はまつわるセンシティブなお話となっており、残酷な設定描写が多々ございます。ご注意ください。


本編開始前。ソフィアリア視点。

全3話です。



 大屋敷別館の一階には、隔離された部屋がある。


 医務室の更に奥まった所にあるこの場所は、どこか張り詰めた雰囲気が漂っている。それを怖がる人があまりにも多かった為、ソフィアリアがこの場所に来る時は、付き従ってくれる侍女達に別の仕事を与え、一人で来るようにしていた。


「……そう、やはり昨日も召し上がられなかったのですね……」


 そんな部屋の前で、大屋敷専属の医師と話し込んでいたソフィアリアは瞳を揺らし、扉の向こうを憂う。


 医師もどこか痛ましげな様子で、ゆっくりと(うなず)いた。


「はい……。ここまで続けばもう、ご家族の方に許可を要請した方がいいかもしれません」


「このままだとご本人が一番苦しむ事になりますものね。申し訳ありませんが、お願い出来ますか?」


「かしこまりました」


「揉めそうになりましたら、わたくしが責任を持ってお話させていただきますわ。だから遠慮なく頼ってくださいませ」


「ありがとうございます。と言っても、現状を実際に見てしまえば、文句を言ってくる方はあまりいらっしゃいませんよ」


 それはそれで辛いものがあるなと眉根を下げ、困ったように微笑んだ。





            *





 その要請が通ったと知らせを受けたのは、一週間ほど経った頃だった。

 もうすぐ行われる第一回目の行商計画の準備に追われていた時にその知らせを受けたソフィアリアは、侍女達に仕事を任せ、別館へと急ぐ。


「リム様……!」


 駆け込むような勢いで例の部屋の中に入ると、既に大勢の鳥騎族(とりきぞく)達が集まっていた。ソフィアリアの登場が予想外だったのか驚かれてしまったが、今は気にしていられない。奥に続く扉の近くにオーリムの姿を見つけ、遠慮なくそう声を掛けた。


 オーリムはソフィアリアを見たものの、今日ばかりは表情を和らげる事はない。代行人の顔をしたオーリムに静かに睨まれたが、残念ながらソフィアリアはそれで怖気付くほど繊細ではないのだ。


「……何しに来た」


王鳥妃(おうとりひ)としての役割を果たしに」


「この件について、王鳥妃(おうとりひ)に役割を与えるつもりはない」


「だったら勝手に作るわ」


 有無を言わさないよう断言する。ますます眼光が鋭くなるが、素直に引く気はない。突き放した物言いも態度も優しさからくるものだとわかっているけれど、過度な甘やかしは王鳥妃(おうとりひ)という立場に相応しくあろうと努力しているソフィアリアにとっても迷惑でしかないと思っている。


 でも、その気持ちは嬉しいのでふわりと微笑んだ。それだけで眉根を寄せ、ぐっと怯んでしまうオーリムの押しの弱さはどうかと思うけれど、話を通しやすいのはありがたい。


「わたくしだって話を聞いた時から、とうに覚悟を決めているわ。でなければこの場所の慰問なんて買って出ないわよ」


「……慰問だけで充分だろ」


「ええ、その慰問がこれから必要になるの。……残された大鳥様を傷心のまま旅立たせる訳にはいかないわ」


「別になくても問題ない。今までだってそうしてきた」


王鳥妃(おうとりひ)がいなかったものね。でも、今は違うでしょう?」


 お互いに主張は譲れず、バチバチと睨み合う。強いて言えばオーリムの瞳が迷いで揺れ始めている為、あと一押しといったところか。


 このまま押し切る為に口を開こうとすれば、オーリムの側で控えていたプロムスがくつくつと喉を鳴らしながら笑い出したので、二人してそちらに目を向ける。


「リムがソフィアリア様を言い負かすなんてぜってー無理だろ。いいから諦めろ」


「だが」


「そうよ、時間を無駄にしてはいけないわ。……最期にご挨拶をしても?」


「……本当にいいのか?」


「言ったでしょう? とうに覚悟は決まってるって」


 力強い目で訴えかけると、オーリムは渋面を作り、溜息を吐いた。ようやく諦めてくれる気になってくれたらしい。


「わかった」


 そう言ってオーリムは扉に手を掛けたので、その後ろを遠慮なくついていく。


 部屋の中は張り詰めた雰囲気からガラリと一変し、日当たりがよくポカポカと温かかった。窓から見える美しく整備された花壇は心を穏やかにさせてくれるし、配置された家具も質が良く、掃除もしっかり行き届いている。

 快適な生活が約束されたようなこの部屋の中央には大鳥の巣があって、側には王鳥が静かに立っていて――その巣の中にはうぐいす色の大鳥と、大鳥に抱えられるような形で羽で囲われた、痩せこけた初老の男性が静かに座っていた。男性は生気のない瞳を庭に向けているものの、今日も何も映していないのだろう。


 ここ二週間ほど何度も見た光景に、ギュッと胸が締め付けられる。これからの事を思うと尚更そうだ。

 でも、怯むわけにはいかないと首を振って気を取り直し、笑みを貼り付けながら、大鳥と男性の側へと歩み寄っていった。


「こんにちは、リデ様、シレン様」


 座り込んだ男性と目線を合わせるように片膝を突き、巣の外から優しく挨拶をする。


 ――この男性は鳥騎族(とりきぞく)の中でも古参であり、長きに渡り弓兵として活躍していた第三部隊隊長シレンという。残念ながら仕事中の姿は見た事がないが、訓練所で後輩達に指導する姿は何度も目撃していた。

 また寡黙ながら、若輩者であるソフィアリアに対しても丁寧に接してくれて、ちょっとした雑談にも応じてくれる優しい方だったのをよく覚えている。勉強会の噂を聞きつけて、他の古参の鳥騎族(とりきぞく)と一緒に参加してくれた日々は、いい思い出だ。

 ほんの半季ほど前まではそんなふうに元気だったのに、今は鍛え抜かれた身体もすっかり痩せこけて、見る影もなくなってしまったのが痛々しい。


 けれどソフィアリアは王鳥妃(おうとりひ)としてこの結果を受け止めなければならないので、決して目を逸らさなかった。


「ピー……」


 シレンはいつも通りの無反応だったが、うぐいす色の大鳥――リデは、これから起こる事を察しているようで、目を悲しげに潤ませながら、ソフィアリアに助けを求めるようじっと見つめてくる。


 その視線に何もしてやれない無力感に苛まれ、泣きそうになったものの、今は堪えて優しく首を横に振る。リデはその様子を見て諦めたのか、よりしょんぼりとしながら、シレンにじゃれついていた。


 ソフィアリアはシレンに視線を戻すと、左胸に拳を当てながら頭を下げ、騎士の礼を真似る。


「四十年もの長きに渡るお勤め、大変お疲れ様でした。リデ様と連携した空からの弓術は誰にも真似る事は出来ないほどの活躍ぶりだったと、皆から聞き及んでおります」


「……」


「そしてわたくしの開く勉強会に三度も足を運んでくださった事を覚えておりますよ。きちんとした礼儀というのはなかなか難しいと困ったように笑われて、休憩の時間に奥方であるニーマ様との仲睦まじいお話をたくさん聞かせてくださいましたね。その話を聞いて、王様とリム様ともそんな夫婦になりたいと憧れの念を抱きました。わたくしの理想です」


 ニーマ、という名前を出すと、シレンの指先がほんの少し揺れたのがわかった。


 その反応を見たソフィアリアは今一度心を落ち着けようと、深く息を吐く。

 そして絞り出すような声音で、言った。


「ニーマ様のご冥福をお祈りします。そして……無事シレン様とニーマ様が再会出来る事を、ここから願っておりますわ」


 顔を上げ、少しでも信憑性を感じてもらえるように、出来るだけ綺麗な顔で微笑んだ。それでもシレンは何の反応も示す事はなく、ぼんやりと窓の外を見たまま。


 こうして生気までごっそりと抜け落ちてしまったのは、彼の妻であるニーマが亡くなってしまってからだ。別に不慮の死を迎えたわけではなく老衰で、安らかな最期だったという。


 それが何故こんな事になってしまったのかというと、原因は鳥騎族(とりきぞく)になった事に由来する。この話を初めて聞いた時の事を思い返しながら、一度気分を落ち着けようと、ゆっくり目を閉じた。





            *




 

 ――それは、大鳥の葬送を終えた翌日の事だった。


「ラズは隠そうとしておったのだがな。大鳥の死の真相を知った今、妃にも受け止めてもらうほうが懸命だろうと思う事を一つ、教えてやろうぞ」


 ソフィアリアの肩を抱き寄せながらそう言ったのは、オーリムの身体を乗っ取った王鳥だった。


 ただならぬ様子に目を見開き、けれど何を言われても受け止められるよう、真剣な表情で(うなず)く。


「……はい、なんでも仰ってくださいませ」


「うむ、よい心掛けだ。……鳥騎族(とりきぞく)が結婚していた場合、ロクな末路を辿らぬ」


「結婚していた場合は確実に、なのですか?」


「大鳥と伴侶の関係から由来する事柄だからな。大鳥は伴侶と寿命を共にするであろう?」


「ええ」


 昨夜のどこか幻想的な光景と、いなくなってしまった大鳥二羽の事を思い出して心が痛んだものの、一晩経って冷静になってみれば、大鳥の夫婦は絶対的な絆で結ばれて仲睦まじいので、片方が取り残されたりしないのはいい事なのかもしれないなという感想を抱くまでに整理をつけられたつもりだ。今はまだ悲しみが勝るけれど、この気持ちもやがて、優しい大鳥達がいたという、いい思い出に変わるだろう。


「大鳥と同調した鳥騎族(とりきぞく)も伴侶を得ると、決まって愛妻家になるのは聞いたな?」


「聞き及んでおりますし、プロムスを筆頭とした大勢の方を知っておりますので、しみじみと実感してますわ」


「だが、人間は伴侶と寿命を共にする事はまずない」


「……はい」


「稀に例外もあるが、大体の場合は頑丈な鳥騎族(とりきぞく)が取り残される。するとどうなるかというと、伴侶を失った鳥騎族(とりきぞく)の精神では、喪失に堪えられぬのだ」


 慰めるように髪を()きながら言われた言葉に表情が強張った。その先を連想してしまい、ゆらりと目を泳がせる。


「どう……なるのですか?」


「本当にわからぬのか?」


「……いいえ」


 ソフィアリアは何があっても受け止めると言ったのだ。現実逃避してもどうしようもないと気を引き締めると、王鳥の持つ黄金の水平線のような瞳をじっと見つめた。


「奥方様の死と共に精神的な……もしかしたら肉体的な死だって、迎えてしまう可能性があるのですか?」


 だったらなんて悲しい末路だろうと口元を引き結び、ギュッと手に力を込める。


 王鳥は正解を自力で導き出したソフィアリアを愛でながら、ゆっくりと(うなず)いた。


「左様。廃人となる者が七割、自害する者が二割強。ごく稀に堪える者は、成人を迎えておらぬ子がおる場合に限る」


「ほかのご家族が存命である場合は?」


「そなたも知っておろう?」


 そう言われてみれば大屋敷には何名か、身寄りがなく働く事が出来ない鳥騎族(とりきぞく)の遺族が暮らしている事を思い出す。奥方もいなくはないが、ほぼ高齢の親だ。

 そんな方が遺族として暮らしているのだから、状況は察してあまりある。くしゃりと表情を歪めて、小さく(うなず)いた。


 王鳥はふっと笑って、言葉を続ける。


「子がおるからと踏ん張っても、独り立ちを迎えれば結局同じ末路を辿る事になるのだ」


「そんな……」


「そして廃人となった者はな、天寿を全うするまで、まず死なぬ」


「え?」


鳥騎族(とりきぞく)となれば頑丈になるからな。飲まず食わずでも死ねぬし、病気もせぬ。だが身体だけは順当に衰えてゆく。それでも、やはり死ねぬのだ」


 その光景を想像して、サッと青褪めた。生きているとは言えない状況下で生き続けるというあまりにも凄惨な姿を想像して、手が震え始める。

 けれど、一つだけ気になるところがあった。一度落ち着くように深呼吸すると、おそるおそるそれを尋ねる。


「ですが大屋敷内に、そうやって生きながらえている方はいらっしゃいませんよね?」


 そこが気になったのだ。ソフィアリアは大屋敷内の人員は暮らしている人から鳥騎族(とりきぞく)希望者、出入りの業者の一人まで全て把握しているが、そうやって生き延びている人が居るなんて知らない。居ればさすがに気が付いて、何があったのか王鳥達に尋ねていただろう。


 そこを突くと、王鳥は困ったように笑った。


「医務室の最奥に、鳥騎族(とりきぞく)以外立入禁止の場所があるだろう?」


「ええ」


 それは知っていたので(うなず)いた。主に鳥騎族(とりきぞく)関係の場所である事が多いのだが、別館には王鳥妃(おうとりひ)であるソフィアリアにも立ち入れない場所がある。


 鳥騎族(とりきぞく)は国家公務員、それも国防を担う防衛部隊なので、軍事機密だって当然抱えているだろう。王鳥の言ったその場所は医務室に程近いので少し気になっていたものの、ソフィアリアは大鳥関係者だろうが鳥騎族(とりきぞく)を統べる立場ではないので、あえて触れないようにしていたのだ。


「……まさか、そちらにいらっしゃるのですか?」


「まあな。あの場所は廃人となった鳥騎族(とりきぞく)の経過観察をする部屋がいくつかある。そのうちの一部屋に、現在収容している者がおるよ。そなたも知る人物だ」


 ソフィアリアでも知る人と考えて一人だけ、数週間前に奥方を亡くしたばかりの鳥騎族(とりきぞく)がいた事を思い出し、目を見開いた。


「まさかシレン様が⁉︎」


「ああ。リデもおるから、そのうち慰問に行ってやるが良い。その目で見て、覚悟を決めよ」


 それだけ言うと王鳥は目を瞬かせて、キッと眉を吊り上げて後ろを振り返る。


「なんでフィアに話したんだ、王っ‼︎」


「プピィ」


 まだ聞きたい事が山ほどあったのに、どうやらオーリムに身体を返してしまったらしい。そのまま喧嘩が始まりそうな雰囲気を察して、くいっと手を引く。


「経過観察って何かしら?」


 口を噤む選択肢を与えないよう真剣な表情でそれを尋ねる。その物言いが気になって仕方なかったのだ。


 さすがにここまで話した後となれば、教えない訳にもいかないとわかったのだろう。けれどせめてもの反抗と言わんばかりに顔を顰め、ふいっと目を逸らした。


「……遠い過去の人間の王との取り決めで、廃人となった鳥騎族(とりきぞく)を一定期間あの部屋で見守って、それでも回復の兆しが見えない場合、遺族の許可を得れば安寧を与える事になっている」


「…………安、寧……」


「精神的にも肉体的にも苦痛に苛まれながら生き長らえさせるより、眠るように逝かせてやった方がマシだからな。それが鳥騎族(とりきぞく)を認めた王鳥と代行人に課せられ責任だ」


 あまりの事実に言葉を失って、受け入れるのに相当の時間を要したのだった。



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