代行人はみなしごっ⁉︎
本編開始前。ソフィアリア視点。
おやつ時。今日はプロムスが休みだと聞いていたので、オーリムと一緒におやつでも食べようかと執務室に向かうと、室内には誰もいなかった。
「あら? 巡回に行ってしまったのかしら?」
その可能性は考えていなかったなと肩を落とし、お仕事だから仕方ないと諦めようとしたところ、カツカツとバルコニーの方から音がしたので、そちらに視線を向ける。
「王様?」
バルコニーの外には王鳥がいた。先程の音はどうやら窓を嘴で窓ガラスを突いていた音だったらしい。
王鳥がここに居るという事は、オーリムは巡回ではなく大屋敷内にいるんだなと考え直し、独り言のような断りを入れてから執務室の中に入ってバルコニーの扉を開けると、にこりと微笑んだ。
「こんにちは、王様。ラズくんを見かけませんでした?」
「ピーピ」
それを尋ねると王鳥はニンマリと目を細め、ソフィアリアの身体が宙に浮く。目をパチパチ瞬かせている間に、すとんと王鳥の首の後ろあたりに横座りさせられた。
「ふふ、案内してくださるのですか?」
「ピ」
どうやら居場所を知っているらしい。頭を撫でると、ふわりと空へと飛び立った。
着地したのは中庭の隅、樹と茂みしかないような場所だ。あたりを見渡してみても、オーリムの姿はどこにも見当たらない。
「こちらですの?」
「ピー」
首を傾げてそう問えば、王鳥はじっと茂みの向こうを見つめているから、ソフィアリアもなんとなく同じところを見つめてみる。
「ひっく。ぐすっ……」
よく聞くと、そこから誰かが啜り泣いているような声が聞こえてきたので、慌てて茂みを掻き分けると――
「……あらまあ」
そこに居たのは見慣れた夜空色の髪をした小さな男の子だった。ソフィアリアはこの姿は初めて見るが、あの頃の彼を今のような色味に変えると、なんとなくこうなるだろうなと予想がつくような子だ。
「ラズくん?」
名前を呼ぶと膝を抱えて座り込んでいた男の子はビクリと肩を震わせ、恐々とこちらを振り向く。
男の子は予想通り、子供の姿をしたオーリムだった。それもセイドで会った栗色の髪のラズではなく、代行人のまま子供に戻ったような姿だ。ソフィアリアには馴染みがないが、きっと大屋敷に来たばかりの頃は、こんな姿をしていたのだろう。
……何故こんな事になっているのかは不明だが、今は涙を止める方が先決だ。そう思って目線を合わせるようにしゃがみ込んで、ふわりと微笑んだ。
「どうして泣いているの? 何か悲しい事でもあった?」
「……っく、だれ?」
しゃくりをあげながら首を傾げ、逆にそう問うてくるオーリムは警戒心が剥き出しだ。どうやらソフィアリアの事がわからないか、覚えていないらしい。
まあ、このオーリムにとってソフィアリアとは、八歳だった頃のソフィアリアの事だ。十七歳のソフィアリアを見ても、ピンとこないのは仕方ないのかもしれない。
寂しいけどそう納得する事にして、ゆっくりと手を差し出した。
「わたくしはフィアっていうの。あなたはラズくんね?」
「そう……だけど…………王の知り合い?」
「あら、王様の事は知っているのね? わたくしは王様のお妃さまなのよ。だからラズくんとも、今日から仲良しさんになるわ。よろしくね」
そう言って手を差し出したまま笑顔で待っていると、首を傾げながらもおそるおそる手を取り、握手に応じてくれた。その骨ばった小さな手をにぎにぎして上下に振ると、恥ずかしいのか頰が赤くなっていく。今のオーリムとはまた違う可愛さだなと、笑顔を深めていった。
「で、どうして泣いていたのか、わたくしに教えてくれる?」
自己紹介が済んだ事でちょっとだけ打ち解けられたような気になって、それを尋ねてみる。
オーリムは俯いて、すんっと鼻を啜った。
「……帰りたいんだ」
「帰りたいの?」
「帰って、あのお姫さまに謝らなきゃ」
そう言ってまたポロポロと涙を流すから、そういう事かと眉尻を下げてしまった。どうやらソフィアリアを忘れただけでなく、気持ちまで童心に返ってしまっているらしい。
そうは言ってもオーリムが謝りたいお姫さまは、セイドではなく目の前にいる。だが今のソフィアリアがそうだとは知らないオーリムに言っても、混乱させてしまうだけだろう。
「プー」
「もう、そんな意地悪言わないでくださいな」
声音から諦めろとかそういう類の事を言ったのを察して、王鳥をジトリと睨んでおく。それでも撤回する気はないようで、飄々としているけれど。
再びオーリムを見て、一つ提案をしてみる事にした。
「じゃあ、わたくしと一緒に謝る準備をしましょうか?」
「え?」
「ピ?」
その提案にオーリムはキョトンとし、王鳥は首を傾げたのを見て、とりあえず涙は引っ込める事が出来たようだとニコニコ笑う。
「お姫さまの所は、王様に頼んで連れて行ってもらうわ。でも謝るのだから、お詫びのプレゼントでも一緒に作りましょう?」
「ぷれ……何?」
「ごめんねって言葉と一緒に、贈り物をするの。そうすれば絶対許してもらえるわ」
「ほんとう?」
「ええ」
と言いつつ、別にそんなものがなくても、言葉一つでソフィアリアは許してしまうけれど。むしろ当時のラズに謝るのは、ソフィアリアの方である。
ようするに、ただの時間稼ぎだ。そうして気分が落ち着くのを待つか、忘れるくらい楽しい事をして、気を紛らわしてしまおうという魂胆である。落ち着いてもう少し警戒心が解ければ、正直に話してみるのもいいかもしれないと考えたのだ。
「そうと決まれば、何か作りに行きましょうか」
さっそく行動だと立ち上がり、せっかくなのでオーリムを抱き上げる。
抱え上げたオーリムは服の上からわかるほど痩せ細っていて、七歳の男の子のはずなのに五歳の女の子であるクラーラよりも軽くて、内心しょんぼりしてしまう。ソフィアリアでも軽々と抱えられてしまうくらいの軽さだったなんて、不健康極まりない。
抱え上げられたオーリムはそんな事をされた事がないからか、目を丸くする。
「おっ、おろしっ……⁉︎」
「しゅっぱ〜つ!」
「プピィ」
あわあわしているオーリムをしっかり抱えて、三人で厨房に向かう事にした。
*
小麦粉にバター、卵に砂糖にひとつまみの塩。厨房の中を覗いている王鳥にセイドベリーをもらったので、一部はすり潰して生地に混ぜ込み、残りはジャムにしてクッキーの上に乗せた。
作り方を教えると楽しそうにクッキーを作っていて、少しは気が紛れたらしい。焼き上がるまでの間、今度は大屋敷内にある温室で花を摘んで、一緒にブーケを作っていた。
「これでいい?」
オーリムが選んだ花を束ねて包装紙で包み、リボンで飾り付ければ立派なブーケの出来上がりだ。黄色い花が多いのは、思い出のハンカチがクリームイエローだったからだろうか。
今のオーリムの想い人は十七歳のソフィアリアではないが、なんとなくオーリムの気持ちを感じて、じわりと心が温かくなった。
「うん! とっても綺麗ねぇ〜」
「お姫さま、気に入ってくれるか?」
「ええ、もちろんよ。ラズくんが一生懸命お花を選んで飾り付けてくれたのだから、とっても喜んでくれるわ」
当のソフィアリアがこんなにふわふわした気持ちになっているのだから、それだけは間違いない。
そんなソフィアリアをオーリムがじっと見つめていた事に、ブーケに夢中なソフィアリアは気が付かなかった。
「ピー」
王鳥の嘴がブーケに触れたかと思うと、いつの間にかブーケの中に、セイドベリーの花が散らされていた。黄色に薄桃色がいいアクセントになって、より可愛らしさが増す。
「あら、可愛い。ラズくんはこれでいい?」
「……いい」
「ふふ、よかったですわね、王様」
「ピーピ」
オーリムのブーケが王鳥との合作に早変わりだ。オーリムが許した事で、なんだかんだ二人が仲良しなのが垣間見れた気がして、ニコニコ笑ってしまう。
じゃれつく王鳥と、嫌そうな顔をしながらも王鳥にされるがままのオーリムをしばらく見守っていたが、気分を入れ替えて、オーリムに手を差し出した。
「そろそろクッキーが焼けている頃だと思うわ。取りに行きましょうか?」
「ん、行く」
オーリムは大事そうにブーケを抱えて、ソフィアリアの手を取って前を歩こうとする。リードしたいのか気が急いでいるのか、なんだか背伸びしている様子が可愛かったので、歩幅をオーリムより遅くなるように合わせて、好きなようににさせてあげた。
*
焼き上がったクッキーを綺麗にラッピングし終えて、さあ次はどうやって時間を引き伸ばそうかと考えを巡らせる。
とりあえず時間稼ぎの為に、余ったクッキーを試食する事にした。
空は夕焼けと夜の間。輝くようなオレンジ色と夜空のグラデーションは、ラズと今のオーリムを連想させるなと、ぼんやり思っていた。
いつものベンチに腰掛けて、バスケットに詰めたクッキーと紅茶を取り出す。おやつという時間ではないが、今日は許してもらおう。
「ラズくんの作ったクッキー、とっても美味しそうね! いただきます」
「……いただきます」
「ピ」
王鳥に食べさせてあげながら、ソフィアリアも一口齧り、オーリムも今の姿だとクッキーを初めて食べるのか、おそるおそる口に運ぶ。
一口食べて、キラリと目を輝かせていた。
「美味しいっ……!」
「ふふ、ラズくんが頑張って作ったものね?」
「お姫さまと食べたあれと似ている気がする」
「同じセイドベリーだもの。お姫さまも、きっと喜ぶわ」
本当はもう喜んでいるけれど、そうやって勇気付ける。
目を輝かせて夢中で食べる姿はスティックパイを一緒に食べたあの時と全く同じで、そんな様子を王鳥と二人して優しい目で見守りながら、クッキーを食べ進めていた。
やがてクッキーもなくなって紅茶も飲み干した頃。オーリムが何やらソワソワしている事に気が付いて、首を傾げる。
「どうかしたの?」
「う、うん……えっと……」
もじもじしながらブーケとラッピングしたクッキーを膝の上に置いたかと思うと、しばらくじっとして、やがて意を決したように顔をあげると、それらをソフィアリアに差し出した。
予想外の行動に、ソフィアリアは目を丸くする。
「……え?」
「あの時は、ひどい事言ってごめん。突き飛ばして、ごめん……」
真剣な表情でそんな事を言うから、ソフィアリアもじんわりと目に涙を溜めて、首を横に振った。
「いいのよ、そんな事。そう言われるのも仕方ない悪人なのは、間違いではなかったんだもの」
「そんな事ない。お姫さまは、おれにとってお姫さまだ。だから……これで、許して」
そう言ってぐいぐい押し付けてくるブーケとクッキーを遠慮なく受け取ると、ふわりと微笑んだ。目尻に浮かび始めた涙なんて、今は気にしていられない。
「許すもなにも、怒っていないわ。でも、気持ちはとっても嬉しいから、これは受け取っておくわね」
「ほんとう?」
「ええ、ありがとう、ラズくん」
「じゃあ……」
そう言って遠慮がちにソフィアリアの右手を取ると、両手でギュッと握り締める。
「その……ずっと一緒にいてくれるか……?」
キュッと眉根を寄せ、おずおずと伺うような視線を向けながら、そんないじらしい事を言う。
その言葉が嬉しいのはソフィアリアの方だ。オーリムをここまで痩せ細らせた悪事の片棒を担いでいるソフィアリアに対して、そんな事を言ってくれるオーリムは本当に優しい。
「ええ! これからはずっと一緒よ! 三人でいっぱい幸せになりましょうね」
笑顔でそう返事をすれば、耐えきれなかった涙が結局流れてしまった。
「ピー!」
王鳥も上機嫌に鳴いて、仲直りの証明と言わんばかりに、ソフィアリアとオーリムを羽で包み込む。
オーリムも今日一番のキラキラした笑顔で、嬉しそうに頷いた。
「ああ、ずっと一緒にいて、絶対護ってやるからな!」
その表情をしっかり目に焼き付けていると、だんだんと世界が白く染まっていくのがわかる。
――ああ、これは夢だ。目が覚めたら全部忘れてしまう、そんな幸せな夢。
*
「はい、召し上がれ」
夜デートの時間。今日の夜食はセイドベリーのジャムクッキーにした。何故だかはわからないけれど、朝起きたら無性にこれを作らなければならない気がしたのだ。
「今日も美味そうだ」
「ピ」
「普通のクッキーはよく作るけど、ジャムクッキーは初めてね」
夜食に出すクッキーと言えば、食べ応えがあってお腹が満たされるように、ナッツやチーズ、ドライフルーツを混ぜて堅焼きにしたものが多かった。純粋に甘いクッキーを作ってきたのは、ほぼ初めてに近いのではないだろうか。
オーリムもそう思ったのか、笑みを浮かべて頷いた。
「そうだったな。セイドベリーを使ったお菓子なのに、意外と盲点だった」
「ピーピ」
「お口に合うといいのだけれど」
「絶対合う。いただきます」
「ピピー」
そう言って王鳥には食べさせてあげて、オーリムは大変いい笑顔で食べ進めていた。どうやらお気に召したらしい。
――ふと、セイドで一緒にスティックパイを食べたあの時の表情と重なった。何故そう思ったのかは、よくわからないけれど。
「……わたくしも今日はいただこうかしら」
その正体を探るように、ソフィアリアもクッキーに手を伸ばす。
「ああ、美味いぞ。でも、珍しいな」
「ピ?」
「ふふ、お部屋に帰ったら、お肌のケアを念入りにするわ」
「そ、そうか……よくわからないけど、大変だな……」
「ピー……」
そう、あと丸々一季もすれば結婚式なのだから、ここで気を抜くわけにはいかないのだ。肌荒れなんてしてしまったら、すっかりソフィアリアの美容担当になったモードの雷が落ちるだろう。彼女は美容に関しては、容赦なしなのである。
今日は特別と自分に言い訳をして、クッキーを一口齧る。作った本人が言うのもなんだが、芳醇なバターの香りとキュッと甘酸っぱいセイドベリー生地の組み合わせは最高に美味しく、上に乗ったセイドベリージャムの甘味がなんとも幸せな気分にさせてくれた。
それに、何故だかはわからないが、今日は泣いてしまいそうだ。
「幸せな味ね」
「ああ、幸せだ」
「ピーピ」
「これからは三人で、いっぱい幸せになりましょうね!」
……ふと、自然にそんな言葉が口から飛び出してきた。クッキー一枚で随分と大袈裟だなと思うものの、本当に突然そう思ったのだから仕方ない。今日はなんとも不思議な日だ。
突然の幸せ宣言にオーリムは目をいっぱいに見開いていたが、ふっと目を優しく細めると、大きく首肯する。
「ああ、もちろん。というか、フィアが側に居てくれるから、もう幸せになってるけどな」
「プーピ」
「あらあら。……もちろん、わたくしもよ」
そう言ってキラキラとした笑顔で笑い合う三人は、世界中の誰よりもきっと、幸せ者なのだ。
カップルの片方幼児化夢オチシリーズその2。
ちなみに本編で言った通り、王鳥は夢を見ないので最終回ですとネタバラシ。
第二部本編のドロールの時もそうですが、ソフィアリアは基本的に寝つきが良く、夢を見てもすぐ忘れてしまうので、なんだか寂しい感じに。
チビオーリムが絶対護ってやる!とキラキラ笑顔で意気込んでますが、本編がああなってしまったので、ますますソフィアリアの罪が重なっていきますねぇ……。




