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【第三部番外編連載中】王鳥と代行人の初代お妃さま  作者: 梅B助
第一部 黄金の水平線の彼方
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認められない二夫一妻 3

 フィーギス殿下の言葉を聞いて、ソフィアリアは理解した。……理解はしたが、納得なんかしたくない。

 手が震えるのをギュッと握り込んで押さえつけ、けれど(うつむ)くのはどうしても止められなかった。


「……王鳥様の威光を、家に取り込みたいのですね」


 ――ほしいのは王位なんて大それたものではなく、貴族内の地位向上なのだろう。

 リスス・アモール公爵家は名家だが、上にホノル・フォルティス公爵家がいる。ホノル・フォルティス公爵家は筆頭貴族ではあるが国王陛下の寵愛(ちょうあい)がない前妃の実家という微妙な立ち位置で、そこに今リスス・アモール公爵家の人間が、王家より上の存在である王鳥の代行人に嫁げば、地位が逆転し、貴族の中では一番上の地位にまで返り咲く事が出来る。

 不愉快ではあるが、そう言われれば理解出来る話だ。


「リスス・アモール公爵家の長女は私がマーヤと婚約するまでは婚約者候補の筆頭だったのだ。それがなくなり、残るは政敵に寝返って私の弟達の誰かに嫁ぎ、私を蹴落とすくらいしか地位向上は見込めないが、それが出来るとは思わなかったのだろう。だから諦めようと思った矢先、陛下より地位は上である王鳥が妃を選んだ。王鳥が婚姻を結ぶのなら、余っている代行人と婚姻を結ぶ事も可能な筈だ。リスス・アモール公爵家の地位向上を図りながら、支持率の高い私の後ろ盾のままで、むしろ私の後ろ盾を後押し出来るという魂胆なのかな?」


 ニッと笑みを浮かべたフィーギス殿下は、だが目が全く笑っていない。正直ソフィアリアも笑えない。


「なんで……余ってるって……」


 オーリムは顔を強張(こわば)らせたまま、辛うじてか細い声を上げた。フィーギス殿下は容赦なく言葉を並べる。


「セイド嬢を妃にと望んだのは王だ。リムじゃない。むしろセイド嬢が来る前は反対していたね? 正直、何故それを知っているのかと聞きたいが、まあ貴族の情報源なぞ今はどうでもいい」


 反対していた、という事実にショックを受けるが、そもそもソフィアリアが来た当時は、ここに連れてきてしまった事に酷く責任を感じていた様子だったから、ある程度仕方ないのだろうと納得しておく事にする。……今は違うと信じたい。


「おいおい、王鳥と代行人は二人で一人だって知らねーのか? それを引き離して別々の奴と結婚させるとか、無茶苦茶じゃねーか」


「例年通りならそうだったんだけれどねぇ。でも、今代の王とリムは違う。それを、高位貴族なら知っている。だからその主張は使えないのだよ」


「この国は一夫一妻制だ。国王陛下ならば王妃の他に側室を持つ事はあるが、夫二人に妻一人は前例がなく、貴族女性は愛人を持つ事すら基本的に醜聞になる。……子供の扱いがややこしくなるからな」


 首を縦に振った。それはわかるし、知っている。ソフィアリアだって王命の書状が来た時に、夫が王鳥と代行人の二人だと書かれていてかなり戸惑ったが、色々調べてなんとか受け入れたのだ。

 今はもっと色々な事情を知ったのに、幸せ過ぎてずっと三人だと信じて疑っていなかった。王鳥は神様で代行人はその神様と一対の人間なのだから、それでも問題ないと思っていた。

 ……それが外から見れば(いびつ)だと、わかっていたのに。


「で、正直この話は伏せておきたかったんだけどね。けど、どうせ明日になれば知られるだろうから先に話しておくよ。――実はもう既にリスス・アモール公女が自分がリムの妻の座につく正当性と、セイド嬢が男を(はべ)らす悪女だという醜聞を社交界に流してる」


 途端、ソフィアリアでもわかるくらいピリッと張り詰めた冷たい空気が流れる。


「……は?」


 とても不機嫌――どころか、怒気を辛うじて押さえ込んだような、低く、冷徹さを孕んだ声音でオーリムがそう言ったので、逆にソフィアリアは冷静になって、片頰に手を添えパチパチと目を瞬かせた。


「あらまあ」


 王鳥の妃の醜聞を流すとは、随分と怖いもの知らずなご令嬢が居たものだ。

 正直、ソフィアリアの醜聞が夫二人云々(うんぬん)というだけなら実際その通りなので社交界に流されようがどうでもいいのだが、オーリムの妻の座につく正当性を主張しているのはどういう事なのか。正直、面白くない話だ。


「なんだ? リム、もしかして知り合いなのか?」


「会った事もないが」


 渋面を浮かべ腕を組むオーリムはとても不機嫌だった。会った事もないのにそんな事をされればそうなるだろう。


 据わった目のアミーも何か言いたそうだが、格上の相手なので黙っている事にしたのだろう。いい判断だ。


「王妃教育を受けた才女だった筈なんだけどね? ほんと、どうしてこんな事しでかしたのか皆目検討もつかない。家の指示なのかなぁ」


「リスス・アモール公爵は野心は一切なく現状で満足しており、現当主の騎士団長も優秀で真面目なお方だ。本当に、どうしてこうなったのかがわからない」


 途方にくれるフィーギス殿下と遠い目をしたラトゥスも困り果てているのだろう。ソフィアリアも色々意味がわからず、反応に困る。


「で、ここからが本題なのだがね」


 フィーギス殿下は表情を消し、まっすぐオーリムを見据えた。その真剣な瞳に、オーリムも姿勢を正す。


「代行人を相手に公女からはもう何度も、ついでに他の高位貴族のご令嬢からも縁談の打診が来ている。リムはセイド嬢以外と結婚したいかい?」


「いや。一切お断りだが」


「それでセイド嬢の醜聞だけは払拭(ふっしょく)出来るとしても?」


 そう言われるとグッと言葉に詰まっていた。それにムッとしたのでソフィアリアが口を開こうとしたのだが、その前にオーリムが自分で主張を述べる。


「――夫が二人居る状況がフィアが悪く言われる理由になるのなら、俺は結婚しない。……フィア以外と、俺は絶対に結婚する気はない」


 途端、ふわっと気持ちが上向くのだから現金なものだ。もう少し言えばソフィアリア()()()()()()と言って欲しかったのだが、贅沢は言わないでおく。緩みそうになる表情を押さえつけて、微笑を保った。


「うん、だよね。よかった。では、王はどう思う?」


 フィーギス殿下はいつものようにソフィアリアの後ろにいる王鳥を見上げると、だが突然隣からグイッと肩を抱き寄せられて、思わず彼の胸に(すが)り付いてしまった。


「――はっ、認めぬわ! こやつは余の代行人で、余とは運命共同体ぞ。余もこやつも妃を、妃だけを(めと)る事は決定事項よ」


 ソフィアリアの肩に腕を回し、目を細めて不敵に笑う王鳥は、主張をわかりやすく伝える為かオーリムの姿を借りたらしい。


 王鳥は(わずら)わしそうに前髪を後ろに掻き上げるとすっと一切の表情を消し、(あご)を逸らして見下すような目つきで、フィーギス殿下を眼光鋭く睨みつける。


「が、よい。人間には期待しておらぬし、事情など興味もないわ。我らの婚儀の邪魔だてをするなら、余は妃とこやつと我が民を連れて、この国から()るまで。神に(そむ)いてその程度で(ゆる)されるのだ。滅ぼされぬだけありがたいと思え」


 温度のない声音で低くそう言葉を発すると、フィーギス殿下はヒクリと口角を震わせ、ラトゥスはさっと顔を青くした。そんな二人などお構いなしな王鳥は、なおも続ける。


「ああ、妃を故郷からも離すのは不憫(ふびん)か。ならば皆でセイドに移住するか?(いささ)かせせこましいが、まあ悪くはあるまい?」


 そっと節くれだった指がソフィアリアの顎の輪郭(りんかく)をなぞり、顔を寄せ耳元で(ささや)くその声に、思わずゾクリと身を震わせる。多分耳が赤いが、こうも密着されては隠しようがない。


 それに、そういう場合ではないのだ。


「この島は元は我らのものだが、セイド以外の土地はそなたらに譲ってやるから、あとは勝手にするがよい。自立するもよし、他国に従属するもよし。だからっ、あいたぁっ⁉︎」


 グイーッと頬を(つね)る。実際後々痛いのは王鳥ではなくオーリムだと思うが、謝って許してもらおう。

 ぷくりと頬を膨らませて、キッと眉を吊り上げる。――ソフィアリアの顔ではあまり迫力が出ないが、怒っているのがわかればそれでいい。


「もうっ! どうしてわざわざそんな意地悪な言い方をなさるのですかっ! そんな気もないクセにっ‼︎」


「余は本気ぞっ⁉︎」


「本気だと困りますわっ! セイドは弟が統べるんですっ! 可愛いお嫁さんももう決まっているんですから、姉夫婦が大勢引き連れて出戻ってきても迷惑ですわっ!」


「ええいっ、やめよっ! 頬を伸ばすでないわっ‼︎ くそぅ、こうなれば……――――っ⁉︎ フィア、待っ⁉︎」


「あら、リム様。ごめんなさいね」


 どうやら逃げられてしまったらしい。バッと手を離したら距離を取られたので、素直に詫びておく。そして後ろの王鳥を、半眼になりながら見上げた。


「……ともかく、発破なんてかけていただかなくてもこちらは何とかしますから、王様は信じてお待ちくださいな。きっとそう悪いようにはなりませんわ」


「ビィ〜」


「……そりゃあ、リム様もわたくしの未来の旦那様なのに、勝手に妻だなんて言いふらされて、外堀埋めようだなんてムッとしますが、何か主張があるのでしょうし?  多少、話を聞いてあげなくもありません。きっちり話し合いで解決してきますから、王様はドンと構えていてくださいな」


 とりあえずそう締めくくっておくと、王鳥は嫌な顔をしつつも渋々頷いたので、少しは理解してくれたようだ。


 まったく、無駄に自分が悪人ぶって人間を後押しする所は、この王鳥の悪いクセである。そして手は最後まで貸さないが、絶対見捨てはしないのだ。

 今のところソフィアリア以外はそれをあまりわかっていないのだから、そういう言動は控えてほしい。


「……ありがとう、セイド嬢。助かったよ」


「いえ、こちらこそ旦那様が失礼いたしました。口先だけなので、気にしないでくださいませ」


「……そうだといいのだが。王、先程の言葉は交渉に使ってもいいかい? ――――わかった、ありがとう」


 二人の話はまとまったようだ。フィーギス殿下は軽く咳払いをすると、表情を戻し、言った。


「で、リム。その迷惑な公女の父親――リスス・アモール公爵を問い詰めたいから、明日はセイド嬢と一時離れて少し付き合ってほしい。何か悪い気を感じたら、いつもみたいに教えてくれ」


「何故明日? 日を改めてもいいだろ?」


「明日が終われば公女は領地に引っ込むから、今シーズンが終わる前に決着をつけたいのだよ。それに今、私の後ろ盾が減るのは困る。公爵が先導していたのなら諦めるが、娘が暴走した結果なら、公女だけを切り捨てて穏便に済ませたい」


「なら、今からでもいい。秘密裏に片付けられる」


「断罪するにしろ穏便に済ませるにしろ、人目のある所がよいのだ。もう社交界にはセイド嬢の噂が広まってしまっているから、弁明と結果も広く知らしめたい」


「だったらフィアにも立ち会ってもらえばいい。どちらにしろ、謝罪はしてもらうべきだ」


「セイド嬢には公女を引きつけてもらわねば困るのだよ」


 途端、オーリムはキッと眉を吊り上げて怒りの形相をあらわにする。そしてバンっとテーブルを強く叩いた。


「フィアを囮にするっていうのかっ‼︎」

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