表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
386/427

そして『ラズ』はいなくなった 8



 ――本当はずっと、心のどこかで気付いていたのだ。レイザールがルルスを言うほど好いていない事も、リスティスを助けようと奮闘していた事も……ずっとリスティスを想ってくれていた事も。


 だって、生まれた時から将来結婚する事が決まっていて、小さな頃から共に過ごしていた婚約者で、誰よりも大切な人だ。特にレイザールはわかりやすい人だったから、一番長く傍にいたリスティスにはすぐにわかる。そんなリスティスがその程度の事、察せない訳ないではないか。

 わかっていたのに目を逸らし、理不尽な境遇に身を置いて無理矢理遠ざけようとしたのは、リスティスのせいで死んでしまうかもしれないという恐怖も多少あったが……いつしかその事に反発したレイザールが助け出してくれるのではないかと、心のどこかで期待していたのだ。


 だからわざとその状況に甘んじて、救い出してくれる日をただじっと待っていた……待っていただけだったのが間違いだと今更気が付いて、そっと目を伏せた。


「いいえ、わたくしが悪かったのです。レイザール殿下の立場も考えず、過分な期待を押し付けるばかりで、助けてほしいと声を上げる事も、こちらから手を伸ばす事も、何もしてこなかったのですから」


 ――一方的に救いを求めるだけでどうにかなるなんて、そんなはずはなかったのに。


 もっとレイザールの事も考えてあげればよかったのだ。心の疲弊を言い訳に一歩も動きたくなくて、救ってくれようと伸ばした手がリスティスに届くようになる日を、ただじっと待っていた。


 ……リスティスからも手を伸ばせば届く距離だったと気が付いたのは、ミウムという女子生徒を助ける姿を目撃した時。リスティスより先に助け出されたミウムに身勝手にも嫉妬して、心地よい夢に浸ればいいからと不貞腐れて、また気力を削いでしまったのは、他ならぬリスティス自身だったというのだから、笑えない話だ。


 ただ時が満ちるのを待ち……結局、こうやって未来すら奪われたのは、甘えが過ぎていたリスティスにバチがあったのだろう。


「リスティは何も悪くないっ! ただ……今は何も出来なくても、結婚さえしてしまえばどうにでもなると、努力を怠ってしまった俺が悪かったんだ」


「いいえ、レイザール殿下だって何も悪くありません。レイザール殿下だけではどうにもならないなら、わたくしも一緒に考えればよかったのです。小さい頃はそうやって一緒に育ってきたのに……レイザール殿下お一人に、任せるべきではありませんでした……」


 ギュッとレイザールの腕に触れている手に力が入る。そうやってようやく、リスティスからもレイザールに手を伸ばせた気がした……本当に、今更だ。


 レイザールもそれに気付いたのだろう。リスティスの手を取っていた手に力を込め、腰を引き寄せてより密着する。


 驚いて見上げた顔は蕩けそうになるくらい、とても甘やかだった。


「一緒に国を出て、駆け落ちでもしてしまえばよかったな」


 そんな視線をリスティスに向けながら、今まで見たどんな夢より幸せな願望を口にし始めるのだから、リスティスもどうかしてしまったらしい。

 気がつけば、そんな話に乗っかっていたのだから。


「……まだ子供の身で、どこに行けるというのです」


「ビドゥア聖島なんてどうだ? 検問所があるが、それさえ通る事が出来れば、神に護られた国で安全に暮らせる。追っ手なんて悪意を持つ奴等なんか、きっと入って来れないだろ」


「……ビドゥア聖島の情勢が安定し始めたのはここ数年の話で、少し前まで荒れていたと聞いた事があります。そのような場所で、まだ子供でしかないわたくし達が暮らせたでしょうか?」


「少なくとも、ここにいるよりずっとマシだったはずだ」


 そうだろうか? ……そうかもしれない。思い浮かんだ空想をもとに、二人が幸せになる夢物語を紡いでいく。


「子供のうちの数年間は孤児院にでも身を寄せて、平民の暮らしに慣れるところから、ですね」


「だな。孤児院を出る頃になったら、俺は剣術の腕があるから、警邏にでも志願すればいい」


「わたくしは学を頼りに商会に就職するか、教師にでもなればいいでしょうか」


「だったら島都に家を買った方が、安定した生活をおくれるか?」


「発展途上の街で貢献しつつのしあがっていくのも、実力を活かせて楽しいかもしれませんね」


「……なんだ。二人で考えれば、そうやってビドゥア聖島で平民として、一緒に暮らしていく事だって出来たのか」


 お互い顔を見合わせて苦笑する。こんな穏やかな気持ちで笑い合えたのは、母が存命で、まだ共にいる未来を信じて疑わなかった頃以来だ。


 本当に、何故全てを忘れて堪え忍ぶなんて道を選んでしまったのだろう。たとえば母の葬儀の日、優しく抱き締めてくれたレイザールにただ一言、リスティスが『今すぐ助けて』と声をあげてさえいれば、待っていたのはそんな幸せな未来だったのかもしれないのに……。


 今更それがわかったところで、全てが遅過ぎる。


 音楽はいよいよ佳境に入った。二人に残された時間はあと僅かだ。

 いつも沈黙が苦痛なばかりだったこの時間も、今日ばかりは終わるのが名残惜しく、終わらないでほしいとさえ願っていた。こんな感覚は初めてだ。


「頼みがある」


 真剣な表情したレイザールの切実さを孕んだ声音に、胸がざわりと騒いだ。


「……わたくしに出来る事であれば、なんなりと」


「女王になってほしい」


 その願いに目を見開き、真意を理解して顔を強張らせた。


 違う。この時間が過ぎ去れば国を乱した罰として、リスティスが修道院に身を寄せようと考えていたのだ。レイザールに犠牲を強いる事なんて……こんな風に救われる事なんて、望んでいない。


 けれどリスティスが何か言い返す前に、優しい表情で首を横に振ったレイザールと目が合ったから、思わず口を噤んでしまう――ここで構わず言い返していれば、また未来は違ったのだろうか?


「この国を治められのは、もうリスティしかいないんだ」


 もっともな理由で念押しされては、贖罪の為にも受け入れない訳にはいかなくなってしまう。

 だからせめて、快諾と受け取られるようリスティスも微笑んだ。


 初めて王族らしい決断を下せた満足感を乗せて笑うレイザールと、久方振りに目に光を宿した柔らかな微笑を浮かべたリスティスの微笑み合う光景は、人々の心を瞬く間に攫う。二人を見ていた周りの生徒が見惚れていた事に、その二人だけは気付かなかったけれど。


「ご要望、謹んでお受けいたします」


 その微笑みにレイザールも世界一幸せそうな微笑みを返し、嬉しそうに(うなず)いた。


「ありがとう。卒業までにはなんとかするから、もう一年待ってほしい」


「っ! ラズ様っ……!」


 その言葉に嫌な予感がしたリスティスは、思わずかつての愛称で呼び止めようとする。


 その名で呼ばれるとは思わなかったレイザール殿下は驚き、でも嬉しそうにくしゃりと不恰好な笑みを浮かべ、けれど……首を横に振った。


「最後にそう呼ばれて嬉しかった。でも……もう俺をそう呼んでくれるな」


「いやですっ……だってっ……!」


「その資格はもう、俺にはない」


 再度、首を横に振る。特別な人を特別な愛称で呼ぶ事の何がいけないのかと言い募ろうとして……だからか、と理解するしかなかった。


 リスティスが女王として立つ。その為には現在存命中の王族の存在が邪魔で、その解決方法を想像出来ないほど、リスティスは鈍くはない。

 ……もうレイザールを特別と口に出す訳にはいかない立場を選んでしまったのは、他ならぬリスティス自身だ。


 リスティスに出来る事はただ一つ。たとえこの先一生口に出す事は出来なくなってしまっても、せめて心の中でそう呼び続ける事だけは許してほしい。

 そう願いを込めて、無言で微笑みを返した。


 柔らかく目を細めたレイザールははたして、そこまで気付いてくれただろうか? あまり察しのいい方ではないから、決別の意味だと受け取られたかもしれない。


「ありがとう。これから苦しい立場に立たせてしまうけど、どうか幸せになってほしい」


「……保証は出来かねます」


「俺の最期の願いだ。……これからは幸せに生きろ。ずっと変わらず愛している」


 まるで言い捨てるような愛の告白に驚き、何も言い返せないまま曲が終わり、二人の手は離された。


 それに縋る事も出来ず、形通り向かい合って礼をする。




 ……これが永遠の別れになると、心のどこかでそんな予感を抱きながら。







 ――ダンスの終わりと共に姿を消したレイザールと素の気持ちで向かい合えたのは、これが本当に最後となった。

 告白の返事も結局言えないままで……そしてこの日以降、長年リスティスの心を慰めてくれた『ラズ様』の夢も、生涯一度も見る事はなくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ