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そして『ラズ』はいなくなった 6



 一通り笑って満足度したのか、今度は優しい目でソフィアリアを見上げるから、ついドキドキと胸を高鳴らせてしまった。


「今回も結果は上々だった。さすが余の妃だ」


「……いいえ」


 せっかく王鳥に褒められたが、ソフィアリアはふっと泣きそうな目をして、首を横に振る。


「結局わたくしは何も出来ないまま望みを一つ取りこぼして、大切なラズくんをあんなにも苦しめてしまいました。ですからお褒めいただく資格なんて、わたくしにはございません」


 そう言って痛む心を隠すように、そっと目を伏せた。


 基本的に大きな事をやらかしてばかりのソフィアリアだが、今回は特に酷かった。思い返してみても反省点だらけだ。


 俯いたソフィアリアを見て、王鳥は肩を竦める。


「取りこぼすも何も、元々あれは無理があったのだ。その座に相応しくないものをいつまでものさばらせ、代償を今になって支払わねばならなくなった。別に妃のせいではなかろうよ」


 その慰めの言葉が受け入れられず首を横に振ると、王鳥に大きな溜息を吐かれる。聞き分けのないとでも思われたのだろう。それでも手を伸ばし、ソフィアリアの頬を包み込んでくれる優しさが心に沁みるようだ。


「この国の王家の大半が救いようのない奴らなのだから、遅かれ早かれ誰かがやらかして、その血統が玉座に居座る事をよしとしない勢力から追われておったさ」


「本当にそうでしょうか? レイザール殿下とリスティス様が協力すれば……」


「たとえ良好な仲を築き、協力したからといって、あの二人に何が出来る? どちらも親すらまともに制御出来ておらぬのだぞ」


「ですがっ……!」


「諦めよ。どうあってもあの二人は結ばれぬ運命であった」


 真剣な顔でピシャリと希望を切り捨てられたソフィアリアはぐっと言葉を詰まらせ、図星を指された悔しさからポロポロと涙を流した。


 ――フィーギス殿下の願い通り、マヤリス王女をビドゥア聖島唯一の次代の王妃として恙無(つつがな)く迎えられるよう手助けをする他に出来た、もう一つの願い。それはレイザール殿下とリスティスを和解させ、幸せに結ばれてもらう事だった。


 それは不遇なリスティスにこれから幸せになってほしいという同情であり、オーリムに似たレイザール殿下の恋が叶ってほしいという願望であり……オーリムとリスティスを引き離したい嫉妬心も多少あったが、一番の理由はビドゥア聖島と貿易という繋がりが出来るコンバラリヤ王国の安寧という、なんとも政治的な理由からだ。

 その道を模索していたのだが、王族の度重なるやらかしによって王家の求心力は削がれ、ヴィリックの立て籠もりがその決定打となってしまった。王家の威信が揺らいだコンバラリヤ王国は、これから確実に荒れていく事だろう。最悪繋がりを断てばいいビドゥア聖島には塁が及ぶ事はないと思いたいが、マヤリス王女の立場が少々厳しいものとなるのは確実だった。


 まあ、こちらは完全に荒れ果てる前に地盤を固めれば済む話だが、コンバラリヤ王国はそうはいかない。国が荒れれば一番最初に被害を被るのは、ただそこに住んでいるだけの国民である。


 それを防ぐ為にも最低限レイザール殿下とリスティスが結ばれて、力を合わせて統治してくれればいいと願っていたが、オーリムを苦しめてまで方法を探ったものの、結局無駄になってしまった。直前まで希望が見えてきたとぬか喜びしてしまったので、その反動はより大きい。

 せめてもっとソフィアリアが上手く立ち回れていればという自責の念さえ王鳥に無駄だと切り捨てられてしまったのだから、心が軽くなるどころか、非情な現実に打ちのめされるばかりだ。


 ポロポロと静かに涙を流し続けるソフィアリアを見て溜息を吐いた王鳥は、優しく頭を撫でて慰めてくれる。


「プーとペクーニアの小娘。次代の王と王妃と、余計な成功体験がそなたを傲慢にさせてしもうたのだな」


「傲慢……なのでしょうかっ……?」


「他所事に首を突っ込んで、自分なら絶対どうにか出来るなんて、思い上がりも甚だしいわ。自惚れるでないぞ」


 言葉はこの上なく鋭利なのに、声音だけは愛しい者を愛でるように優しいから、じわじわと心に侵食していく……ソフィアリア己が思うほど万能ではないと、当たり前の事を突きつけられる。


「わたくしは……何か、勘違いをしていたのですね……」


 意気消沈してしゅんっと眉を下げたソフィアリアを、王鳥はニッと目を細めて笑った。


「そうやって他者の為に奮闘する妃の性質は愛しておるし、今後も思うがままに邁進(まいしん)するといい。が、常に最善の結果を勝ち取れるとは思わぬ事だ。全力を出してもどうにもならぬ事など、この世にはいくらでもある」


「それでも、もっとと反省せずにはいられないのです……」


「無駄な事を。人助けなんて、結局最後は当人次第であろう? そなたがそこまで責任を負う必要がどこにある。あの二人の場合はそもそもお互いが向き合う事をやめてしもうたし、向き合ったところで、いずれ情勢が許さなくなっておった。そのくらい理解せよ」


 そうだろうか……とまた考えてしまう所が、傲慢だと言われる所以(ゆえん)なのだろう。王鳥の見立てでは、あの王家から産まれたレイザール殿下では失脚する未来しかなく、仮にリスティスとずっと円満だったところでその未来は変わらなかったと予想した。王鳥が断言するくらいなのだから、その予想は正しいはずだ。


 そこまで言われると諦めるしかなくて、一度落ち着くように深呼吸をし、気持ちを整理する為に瞑想をした。最初から環境の悪い二人を結ばせたところでどうにもならなかったという残酷な現実を、ゆっくりと受け止めていく。


 たしかにソフィアリアは思い上がっていたのかもしれない。セイドの復興、自身の婚姻、今まで行ってきた周りへの配慮や手伝い……そのどれをとっても大体最後にはいい方向に転ぶ事が多かったので、その万能感がいつの間にかソフィアリアを増長させてしまっていたようだ。現実はそう甘くなく、どうにもならない事もたくさんあるというのに……。


 王鳥が叱るのも無理はないと目を開けて、ふっと微笑んだ。


「……そうですね。なんでも上手くいくなんて、自惚れが過ぎましたわ」


「うむ。次代の王達は望み通りになったが、次代の女王達はどうにもならなかった。それでよいではないか」


「ええ。……ねえ、王様?」


 王鳥から見ればリスティスが次代の女王なのかと尋ねとして、首を横に振った。聞くまでもなく、わかりきった事だろう。


 王鳥もそれを察して、でもそれ以上聞いてくる事もなかったから、頭を撫でてくれる心地よさにしばらく身を委ねていた。


「……王様は怒っておりませんか? 王様の大切なラズくんを苦しめたわたくしを、お許しいただけるのでしょうか?」


 せっかく呼びかけて何も言わないのもどうかと思い、最後にそれだけは聞いておく事にした。許さない、なんて優しい王鳥は言わないだろうが、それでも、怒られるのは仕方ないと思ったのだ。


 ……あるいは叱られて、胸に巣食った罪悪感を少しでも晴らしてほしかったのかもしれない。


 けれど王鳥は何も言わず、ただ困ったように微笑むだけ。こればかりは、ソフィアリアを甘やかしてくれないらしい。


「……なあ、妃よ」


「はい」


「余は王鳥だ。例えばどちらかしか救えぬ場合、人間一人と妃であれば妃を選ぶし、人間全てと妃であれば、やはり妃を選ぶよ」


 それはなんとなくわかるので(うなず)く。王鳥個人の気持ちではなく王鳥という立場を考えた場合、数多の人間より王鳥妃(おうとりひ)であるソフィアリアを選ばなくてはならないというのは、言われなくてもわかりきった事だ。


「けどな、大鳥一羽だと状況によるが、大鳥全てと妃だったら大鳥を選ぶし、世界と妃だったら世界を選ぶ。……余はどれほどそなたを好いていようが、そこは変えるつもりはない。余の事は許さずとも良いが、その選択自体は許せ」


「許すも何も、それは当たり前の事ですわ。そうでなくてはわたくしが困ってしまいます。……本音を言えば、人間全てでもそちらを選んでいただきたいのですが」


「それは余が許しても大鳥が許さぬよ」


 そう言われれば仕方ないかと諦めて(うなず)いた。罪悪感で押し潰されそうだが、ソフィアリアは王鳥妃(おうとりひ)に選ばれたのだから飲み込まなくてはならない。そのくらいの覚悟はあるつもりだ。


 納得したのを見届けた王鳥はつんっとソフィアリアの額を指先で触れて、笑った。


「それと同じで、妃はラズ一人の一時的な苦痛より、国の平安という大きなものを護ろうとしたに過ぎぬ。余は王だから、そう考える気持ちは、誰よりもよく理解してやれる」


「ですが、代行人様にしていい仕打ちではありませんでした」


「なに。別にラズの命を危険に晒したわけでもなく、最後に慰める事まで考えておったのだから、余から言える事は何もない。怒る権利を有するのはラズだけだから、余にそれを求めるでないぞ」


「……わたくしに甘いラズくんは絶対叱ってくれなさそうだから、王様に言いましたのに」


 そう言って頬を膨らませて拗ねて見せると、王鳥は吹き出す。


「なんだ、甘えておるのか? ほんに、そなたは()いのぅ。ラズに求めぬものを、余には求められるというのか?」


「まあ! 当たり前ではございませんか。気持ちは平等に分け与えますが、お二人は一心同体だろうと王様とラズくんという別の人格をお持ちなのですから、求めるものも変えて、違う形でたくさん甘えさせていただきますわ」


「そうかそうか。なら、今は存分に余に甘えるが良い。甘やかさない程度には、蕩かせてやろうぞ」


 そう言ってぐいっと手を強引に引かれ、気が付けば景色が反転して王鳥に押し倒されていた。

 そのまま強引に唇を奪われてしまい、心臓が早鐘を打って壊れそうだと実感したソフィアリアは、慰めを求めるよう王鳥に縋り付く。




 ――二人の悲恋の同情心を、一筋の涙と共に流しながら。



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