表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
382/427

そして『ラズ』はいなくなった 4



「……プレゼント」


「プレゼント?」


「母が亡くなった理由です。どうやらわたくしの為に自らプレゼントを買おうと外出し、そこで事故に……」


 迷惑をかけた罪悪感を拭う為か怖がっている理由を話してくれる気になったようで、でもギュッと握り締めた手が震え始めたから、近くにいたマヤリス王女がそっと肩を抱く。母の死にまつわる事だから、よほど思い出したくない話なのだろう。


 その痛ましい姿を見たソフィアリアは聞き出した張本人にも関わらず身勝手にも同情し、けれど色々気になるところだらけだなと首を傾げる。


「ふむ? 当時の母君はミゼーディア公爵を襲名していたのではないのかい?」


「はい、当時のミゼーディア公爵でした」


 顎に手を添えたレイザール殿下の疑問には、マーニュが即答する。


「妙な話ですね。貴族夫人……筆頭公爵家の当主が屋敷に商人を呼ばず、自らの足でプレゼントを買いに行くなんて、この国ではよくある事なのですか?」


 ラトゥスの問いは、ソフィアリアも疑問に思った事だ。


 貴族は防犯面の理由から、王都と領地間の移動とお茶会や夜会などで王城や他家へ赴く時、慰問や視察などで領地を見回る時くらいしか外出しない。公爵家の当主を継いでいたなら尚更だ。

 欲しいものがあれば屋敷に商人を呼べばいい話だし、呼ばれた相手も箔がつくので悪い話ではない。貴族の屋敷に行くなんてとんでもないと断りを入れるような個人商店の品を手に入れたい場合は、使用人に買い物を命じれば済む話である。


 なのに、リスティスの母は自ら足を運んだというのか。その場合は地位を考えれば一小隊程度の護衛がつくと予想されるので、少し移動するだけでも大変物々しい雰囲気になりそうなものだが……屋敷から無断で抜け出してお忍びに繰り出すような破天荒な方である可能性を除けば。


 ビドゥア聖島側の人間の疑問の目を投げかけられたレイザール殿下は眉根を寄せ、首を横に振った。


「普通はしないし、そんなわきまえのない御方ではなかった。が、当時は義母上自らの足で行かなければならない理由があったんだ」


「リスティス嬢十歳の誕生日でしたからね」


「あ……」


 マーニュから視線を投げかけられたリスティスは、何かに思い至ったように大きく目を開けるから、今度はそちらに注目する。


 リスティスは一度小さく深呼吸し、ポツポツと語り始めた。


「ミゼーディア公爵家は十歳になると跡取りの指名と共に、嫡子の印章の入った装飾品を贈られる事になっていました。それが正式な跡取りだという証にもなる大切なものです」


「そんな大切なものを屋敷の外で作るのですか?」


「そういうのって門外不出ですから、屋敷の中に職人を滞在させて作らせるべきものではないんですの?」


 怪訝な顔をして言ったプロディージとメルローゼの言う通りだ。


 筆頭公爵家の嫡子ともなると振るえる権力は下手な貴族よりかは強大な為、そういったものは偽造を防ぐ為にもきっちり見張りを立てて屋敷内で作らせる。印章を悪用されたら大変な事になるからだ。


「普通はそうするが、当時はやむを得ない事情があった」


 レイザール殿下は心なしか空気をどんよりさせて、暗い表情でそう言ったので、なんとなく察するものがある。


「その装飾品を狙う輩がミゼーディアのお屋敷に潜り込んでいたのですね」


 と推測を語ったソフィアリアは、ふとミゼーディア公爵家の状況を思い出して、少し違うような気がした。


 レイザール殿下は眉を下げて、それを訂正してくれる。


「当時はそう思われていたから、外部で作らせる他なかった。……実際は違ったようだがな」


「まさか……」


 顔を青白くさせてしまったリスティスに、レイザール殿下は憐憫の視線を投げかけて(うなず)く。


「それを隠れ蓑に狙われたのは義母上の命だったようだ。そして最悪な事に、その作戦は見事遂行された。……現公爵の命令でな」


 ぐらりとよろめいたリスティスにレイザール殿下は目を見開き手を伸ばそうとしたが、その位置は遠い。

 代わりに側にいたプロムスが、マヤリス王女と共に背中を支えた。


「そんな……父は、わたくしのせいだって……」


 カタカタ震えるリスティスを励ますようギュッと肩を抱きながら、マヤリス王女は首を傾げる。


「そんな酷い事を言われたの?」


「はい……わたくしがわがままを言ってわざわざ外に買いに行かせたから、母は亡くなったんだと怒鳴られて……心当たりはありませんでしたが、プレゼントを買いに行ったと言われたら……」


「信じてしまったんだな……」


 悲痛な顔をしたレイザール殿下は拳を強く握る。リスティスは茫然自失のまま、ゆるゆると(うなず)いた。


「はい……両親の仲は良好だったと思い込んでおりましたので……」


 おそらくそれが全てのはじまり。十歳というまだ幼さの抜け切らない時期に突然母を亡くし、父に酷く責められた。そのせいで自責の念に駆られ、心に深い傷を負ってしまったのだろう。


「だから、プレゼントを贈られるという行為に、特別恐怖を感じるようになってしまったのね」


「いえ、そこまでは……。友人達からは、普通にお祝いの品をいただいておりましたし……」


「なら、当時はレイザール殿下と何か大事なお約束でもしていたのかしら?」


 ビクリと肩を跳ねさせるから、それが正解らしい。


「……あの時の、か……」


 レイザール殿下も、何か心当たりがあるようだ。


 冷静に考えて何故そこまでと他人が思うのは簡単だが、十歳という精神が未熟な頃に傷心に傷心を重ねたうえに、父は愛人を屋敷に招き入れ、不遇な生活が始まったばかりだった。心の傷も癒えぬまま理不尽な環境の変化についていけず、思考を鈍らせる事で心を護るしかなかったのだろう。


「だから、自分にプレゼントを贈ってくれようとしていたレイザール殿下が死なないよう、距離をとったの?」


 その痛ましい境遇のリスティスを更に追い詰めたソフィアリアの悪性にチクチク痛む胸の内を隠して、そう尋ねる。


 けれどリスティスは少し考え、首を横に振った。


「それもありますが、少し離れている間に約束の髪飾りはルルスの髪を彩っていたので、それが答えだと思いました。そうやって心が離れた事にほっとしたのです」


「は? ちょっとレイザール殿下! まさかアメジストとか紫色の宝石を使った髪飾りでも、ルルス公爵令嬢なんかに贈ってしまわれたのですかっ⁉︎」


「違うっ! あれはリスティに贈ったものだったはずだっ‼︎」


 思わず食ってかかってしまったメルローゼ相手に、レイザール殿下もカッとなって強い口調で言い返す。その様子を見たプロディージが溜息を吐き、メルローゼを背中に隠して、ジトリと睨み付けた。


「誰相手に怒ってんのさ。ちょっとは考えなよ」


「うっ、ごめん、つい。……失言でした。申し訳ございません。処分は私一人でしたら如何様にもお申し付けください」


 プロディージの背中から横に逸れ深々と頭を下げるメルローゼに、レイザール殿下も激情を吐き出すよう一度深呼吸し、くしゃりと前髪を握る。


「……いや、俺もすまない。なかった事にしてくれていい」


「寛大なご温情感謝申し上げます」


 それを聞き届けたソフィアリアは、空気を入れ替えるようバッと扇子を広げる。

 信じられない事を聞いたと言わんばかりに硬直するリスティスを見て、にっこりと笑った。


「あの妹さんならやりそうな事ね」


「ですが……何度もルルスに会いに来たって……」


「勝手に出迎えられたが、今まで通りリスティに会いに行っていただけで、ルルスに興味なんてなかった。……けど肝心のリスティが俺に会いたくないと言われたから、すぐに帰ったけどな」


「そのような事は言っておりません」


「だろうな。……ようやく面会の許しが出たと思ったら、いつもの場所であの女が勝手に寛いでた」


 おそらくリスティスが見たというのが、その現場だったのだろう。想像だが、一見一緒にお茶の時間を楽しんだ後にも見えなくはないはずだ。そこまで考えれば、たまたまリスティスが目撃した事を含め、ルルス――おそらく義母も――の確信犯だとしか思えないけれど。


 リスティスはまだ信じられないのか、眉根を寄せる。


「ですが、中庭にエスコートしていらっしゃったではありませんか」


「あれを見てたのかっ⁉︎ ち、違うっ! エスコートしてくれたらリスティのところまで案内するって言われたから、仕方なく応じてやっただけだ!」


「髪飾りだって身に付ける事をお許しになられておりましたし……」


「頭の後ろにつけていたから、途中まで気が付かなかったんだ! リスティから貰ったとか言われたし、結局案内も嘘だったから、そのまま怒って帰ったんだ……」


 ガクリと肩を落とすという事は、よほどその髪飾りに強い想いを託していたのだろうか。それをルルスがつけているところを目撃したリスティスもショックを受けただろうが、それをルルスに譲ったと言われたレイザール殿下も同じくらいショックだったらしい。


 リスティスもなんとなくそれを察したのか、目を泳がせる。


「その後何回か、中庭にいるところを目撃しました」


「同じ事が二回、三回と続けば狙いはわかったから、定期訪問自体を諦めるしかなかった。リスティにも……全然会えないし……」


「恋仲だから邪魔するなと義母に言われておりましたので」


「あの女っ……!」


「ルルスにも仲睦まじさを報告され、相談にも乗りました」


「虚言だ! だから俺にルルスを押し付けるような真似をしたのか」


 ジトリと不機嫌そうに睨んで来るレイザール殿下を、リスティスも負けじと睨み返す。


「……お付き合いなさってから、わたくしと一緒にいても気まずそうにしていらっしゃったではありませんか」


「誰があんな女と付き合うか。気まずかったのは、葬儀の日に大口叩いておいて、結局俺とマグで集めた公爵の罪の証拠を握り潰されて、助けてやれなかったからだ」


「……何故、それを教えてくださらなかったのですか」


「当時の事を思い出したくないんじゃないかって思ったら、安易に言い出せなかった。そうこうしているうちに何故かルルスを押し付けて逃げ始めるから、とうとう嫌われたのかと……」


「……嫌っておりませんでした」


「えっ⁉︎」


「もうどうでもいいって、思い込もうとしたんです……」


 無関心だったと突き付けられたレイザール殿下はすっかり硬直してしまい、マーニュに哀れみの視線まで向けられていた。


 そうやって傷付くような単語だけを拾うような真似はせず、話はキチンと最後まで聞いて、ちゃんと理解してあげてほしいものである。思っていたのではなく、()()()()()()()()と言っているではないか。


 息を吐き、パチンと扇子を閉じた。


「お互いの誤解はあらかた解けましたでしょう? でしたら皆様、そろそろパーティにお戻りくださいな」


 まだ完全に誤解が解けた訳ではないし、夢で会っていた『ラズ様』の事を含めて気になるところではあるが、あとは二人で話し合った方がいいだろうと判断して、多目的ホールの方に視線を向ける。


 王鳥の魔法のおかげでこの場所は明るいが、すっかり夜の帳も降りきって、ホール内にも眩いばかりの火が灯っている。体感的に、そろそろパーティ開始時間のはずだ。

 王太子や留学生が全員いないとなると、また騒ぎになってしまうだろう。人のいい学園長なんかは気を揉んでいるかもしれないと思うと申し訳なかったので、あとは当人達に任せる事にした。

 全ての顛末を聞き届けられないのは寂しいが仕方ない。あとは二人次第だ。


 だから次は、レイザール殿下と対峙する。


「レイザール殿下。一昨日の夜の約束を、お忘れになっておりませんよね?」


「一昨日の夜?」


「うっ……あ、ああ……だがもう……」


 話の読めないリスティスが首を傾げているのを尻目に、レイザール殿下は顔を赤くして、わざとらしく視線を逸らしていた。


 そんな事は許さないとばかりに、ソフィアリアは眉を吊り上げる。


「もう、ではありません。お約束したのですから、きちんと叶えてくださいませ」


「……努力する」


「成し遂げてくださいと念を押しましたが?」


「…………わ、わかった……」


 ゴリ押す形になってしまったが、そう言ったのだから成し遂げてくれるだろう。

 そう信じる事にして、フィーギス殿下達の方を向いた。


「リム様も眠ってしまいましたし、わたくし達はここで待機しておきますわ」


「いいのかい?」


「リム様のいないパーティなんて寂しいだけですもの。パッとしない準男爵夫妻がいないところで、きっと誰も気付きませんわよ」


「でしたら私も……」


「アミーは学園長に晴れ姿を見せてあげなさいな。……きっと最初で最後になるから、精一杯楽しんできなさい」


 少し命令口調でそれを伝えると、ぐっと唇を引き結び、了承とお礼の言葉の代わりに頭を下げる。プロムスも並んで、頭を下げた。


 そんなアミーをキャルはずっと頬擦りしているけれど。よほどドレス姿が気に入ったらしく、デレデレである。


「では、君達の代わりにきちんと挨拶を済ませてくるよ。こちらを気にせず、三人でゆっくりしているといい」


「ふふ、ええ。いってらっしゃいませ」


 そう言って笑顔で手を振って、全員を見送った。レイザール殿下とリスティスがまだ言いたりなさそうな顔をしていたが、あとは二人で決着をつければいい。


 ――せめて、悔いだけは残らないように……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ