認められない二夫一妻 2
暦の話はあとがきに記載しておきますが、「大鳥へのお披露目と鳥騎族 6」から約135日程経過しております。
そんな時間を過ごしているうちに夏の照り付ける太陽はそのうち柔らかくなり、風は冷気を運ぶようになり、葉は紅葉してもうすぐ落ち始めるという秋の中頃。
いよいよ明日は社交シーズン最後の王城での大舞踏会という日、ソフィアリアは王鳥やオーリムも一緒に応接室に呼び出されていた。フィーギス殿下の隣にはいつものようにラトゥスも居るし、部屋の隅には同じくアミーもプロムスも控えている。
最近お馴染みになりつつあるメンバーといつもの執務室ではなく応接室に呼び出された事を不思議に思ったが、色々あるのだろう。深く追求せず、言葉を待つ事にした。
「さて。セイド嬢がここに来て一季と半分。今やすっかりここに馴染んだみたいで安心したよ。それに、随分とこの大屋敷も明るくなったみたいだし、みなに慕われているみたいではないか」
「ふふっ、ありがとうございます。皆様が優しく、大変よくしてくださるおかげで、毎日とても充実した日々を過ごさせていただいておりますわ」
「フィアのおかげで大屋敷のあり方を色々見直せたし、過ごしやすくなったと言われるようになった。その……ありがとう」
ソフィアリアはみんなから話を聞き出して考える機会を設けたくらいで、特別何かしたという事もないと思うのだが、褒められて悪い気はしないので素直に受け取っておく事にした。笑みを深め、コクリと頷く。
「お役に立てているのなら何よりです」
「うむ、今後も期待しているよ。あっ、そうそう。王城への侍女の入城の許可もおりたよ。アミーとプロムスの他に三名まで連れてくるといい」
「まあ! ありがとうございます。成果が認められて、あの子達も喜びますわ」
実は少し前、育成した一部の侍女達に丘の下に降りてもらい、王城の侍女の方に大屋敷の外でも通用するか見てもらったのだ。まだ日も浅く、ギリギリ及第点といったところでどうなるかはわからなかったが、王城に入れるくらいの合格点をもらえたなら何よりである。
アミーも含めて侍女は全員平民だ。王城に出入り出来た経験はとても名誉ある事だと言えるだろう。
「ただし条件がある。……侍女の三人は与えられた部屋から決して出ない事。王城で出されたものは、たとえ水一滴でも口にしない事」
強く言い含められ、思わず目をパチパチと瞬かせた。そして不安に思い、眉が下がる。
「やはり何か危険があるのでしょうか?」
「あるだろうねぇ。初の王鳥妃に探りを入れたい者も、懐に取り込もうとする者も大勢居る。王鳥妃という、形だけは最上の身分を持つ主君に仕える侍女とはいえ、みな平民で立場が弱い。これで平穏無事で過ごせたら、この国の治安も捨てたものではないと思わず再評価してしまうよ」
「……本当に連れて行って大丈夫なのか?」
プロムスが不安げにフィーギス殿下を見る。今回はアミーを同行させるのだから、愛妻家のプロムスにとっては当然の反応だ。
「連れてきてもらわないと困る。リム一人だったらロム一人で事足りたが、セイド嬢の身支度はどうしても数人は必要になるからね。私が信頼する侍女を付ける事も考えたが、どこで買収されるかわからないから不安が残る。その点、ここから連れてきてもらえればそういった安全は保証されるだろう? あとは外部との接触を断てばいい。――部屋の外に出ない限り、身の安全は保障するよ」
ギュッと手の中で拳を握る。ソフィアリアの為に侍女の身を危険に晒さなければならないという現実は辛いが、おそらく今後はこういった場面が増えてくるだろう。慣れなきゃいけないのに、慣れそうもない。
気を取り直す為に首を振り、息を吐いた。
「――ソフィ様。私達はあなたの言いつけは必ず守ります。あなたへの忠誠心を信用し、安心して大舞踏会にお臨みください」
「疑っている訳ではないのよ? ……でも、わたくしったら、まだまだ弱くてダメね。ええ、きちんとみんなに言い聞かせるわ。頼りにしているわね」
「お任せください」
アミーもすっかり頼り甲斐のある、立派な侍女に成長していっているようだ。なら、主君であるソフィアリアは弱音なんて吐いていられない。
「――――王が部屋に防壁を張っておくと言っている。城が吹き飛んでも部屋の中は安全だ」
「侍女の買収の為に城が吹き飛ばされる想定はしたくはないが、とりあえずはありがとうと伝えておくよ」
これで部屋から出ない限りは絶対に安全だろう。少しほっとして、とりあえず扉の外から脅されても絶対開けないような、気の強い子を脳内で選別する。
「アミーは会場内に着いてきてもらう必要があるが、絶対ロムから離れないでほしい。最悪セイド嬢よりロムの側にいる事を選んでくれたまえ」
「それは……」
「悪いけど命令だよ。拒否権はない」
言い切ったフィーギス殿下に何か言いたそうにしていたが、渋々頷いて頭を下げる。
「すまないね。ロムは大切な奥さんをしっかり護りたまえ」
「当然。てか、王城なんて連れて行くって知ったらキャルが勝手に何重にも防壁かけるし、最悪着いてくるぞ」
「――王、キャルを止めといてくれ」
「ピ⁉︎」
予想外の面倒な仕事をオーリムに任された王鳥は迷惑そうにしているし、アミーは遠い目になっていた。
とりあえず、ソフィアリアの側についてもらわなければならないアミーの安全もなんとかなりそうで、ホッと一安心だ。
「さて、一番肝心のセイド嬢だが、ずっとリムの側に居てもらえればよかったんだけどねぇ」
そう言って疲れを滲ませながら、ふぅーっと重苦しい溜息をつく。その言葉にオーリムは目を見張り、訝し気にフィーギス殿下を見た。
「そのつもりだが?」
「そうはいかなくなってしまったのだよ。……リム、君に縁談が来ている」
シーンと沈黙が流れる。一瞬何を言われたのかわからずに……というより脳が理解を拒否したのだが、そういう訳にもいかないのでジワジワと脳に言葉が浸透し、ほんの一瞬、目の前が真っ暗になった。
「……はぁっ⁉︎」
本人はもっと衝撃を受けたのだろう。驚愕し、目を見開いたまま固まってしまっていた。
縁談が来ているも何も、オーリムと王鳥はもうソフィアリアと婚約している。フィーギス殿下立ち合いのもと、婚約証書に記名までしているのだ。
それで何故オーリムに縁談が来て、大舞踏会でソフィアリアの側に居られないなんて話になるのだとギュッと眉根が寄る。
フィーギス殿下もつまらなそうに腕と足を組み、ソファに深く凭れ掛かった。
「全く、嘆かわしいったらないね。こんな事ならきちんと婚約式を取り行っておくべきだったよ。政敵でもないクセに私の立ち合いを無視するとか、いっそ潔く敵に寝返ってくれた方がまだマシだ。――――いや、王。だからといってさっさと結婚も問題あるだろう? ――――ねじ伏せろ? 出来るならそうしていたさ」
どうやらこの場で密やかに婚約証書に記名したのが、何かまずかったらしい。フィーギス殿下立ち合いだけでは足りなかったと言われたのか。
会話内容から察するに、王鳥はさっさと結婚すればよかったのにと言っているようだが、それよりも聞き捨てならない事がある。
「……政敵からの反発ではないのですか?」
フィーギス殿下を何が何でも蹴落としたい勢力の主張なら多少納得するのだが、そうではない人達からの反発とはどういう事なのか。ギュッと下唇を噛んでいたからか、フィーギス殿下が気の毒そうな目でソフィアリアを見た。……その視線が、ソフィアリアの心を更に抉る。
「もちろんそれもある。が、一番その意見を主張しているのがよりによってリスス・アモール公爵家だ」
ますます眉根が寄った。そして首を傾げる。
リスス・アモール公爵家といえば貴族の中でもフィーギス殿下の母の実家であるホノル・フォルティス公爵家に次ぐ由緒正しい家柄で、フィーギス殿下の有力な後ろ盾の一つだった筈だ。
それも先代の国王陛下の妹君の降嫁を認められる程の家で、その息子が今は騎士団長を務めていたと記憶している。
「……フィーギス殿下の勢力を内部から崩して、王位奪還を狙っていらっしゃるのでしょうか?」
「騎士団長はその地位に着く時、王位継承権を放棄している。団長が王位を狙っての事ではない」
ギリギリ王位を狙える地位の人物だったのでその可能性を考えてみたが、ラトゥスに否定されてしまった。ますます意味がわからない。
「まっ、待ってくれっ⁉︎ 王がフィアを、フィアだけを妃にと望んだんだぞっ! 王位奪還を狙っている訳でもないのに、なんでそれより上に居る王の婚約に反発なんかするんだよっ‼︎ この国を滅ぼしたいのかっ⁉︎」
怒鳴る勢いで必死になってそう言うオーリムに、だがフィーギス殿下は首を横に振った。
「王に反発するつもりはないらしいよ。その婚約は認めてる」
「なんだよ、それっ! だったら……」
「王がセイド嬢を妃に望んだからだ。……王しか、望んでいないからだ」
ヒュッと、息を呑む音がした。
【この作品の暦の設定】
春夏秋冬を各90日で振り分けて、冬から春の間に年明けの5日と呼ばれる日付があります。
度々出てくる一季とは一つの季節…つまり90日です。
日付表記は◯(季節)の1〜90日となります。(例:春の1日)年明け5日のみ明けの1〜5日です。
第一部では特に使わないので序盤に一季は90日と説明したっきりでしたが、一応置いておきます。また、作中で使うか不明な詳しい話は活動報告(2023年4日9日分)に置いておきますので、興味がありましたら覗いてみてください。完全自己満足ですので知らなくても問題なく読めると思います。
第二部の方では暦の話は作中で出る予定です。
いつもお読みいただき、またブックマークまでしていただきありがとうございます。とっても光栄です!
引き続き三人を、この物語の行く末を見守っていただけますと幸いです(^-^)




