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甘橙の恋慕の変心 3



「何故、レイザール殿下がこちらに? ルルスのエスコートはどうされたのですか?」


 リスティスから無感情で……心なしか軽蔑したような視線を向けられながらそう問われ、やってきた二人のうちの一人であるレイザール殿下は、グッと言葉を詰まらせる。


 それはそうだろう。ルルスをエスコートする為に婚約者であるリスティスに断りを入れ、しかもその伝言にルルスを使う。なのに今度はそのルルスを放置して、こんなところにのこのこやって来る。


 真相を知らないリスティスからすれば、意味不明な行動をとっているようにしか見えないように思う。レイザール殿下が立てていた計画をなんとなく察し、それが気に入らないソフィアリアは、庇ってあげる気にはならないけれど。


「リスティス嬢が襲撃に遭うと聞き、駆けつけたのです。ですが、これはどのような状況なのでしょうか?」


 黙ってしまったレイザール殿下の代わりにそう弁明したのは、この状況に困惑した様子のマーニュだった。


 どうやらプロディージは犯人が誰かを伝えないまま、本当の事をそのまま話し、レイザール殿下達を呼び寄せたらしい。

 思わずジトリと睨むと、悪びれる様子もなくメルローゼの隣に立っていた。


 まあ、確実に呼び寄せるなら何よりも有効な手段だっただろうと割り切る事にして、増えた二人を合わせた四人と向かい合う。


「わたくしね、もうラズくんとリスティス様に対して、我慢ならなくなりましたの。ですから、リスティス様」


 そう言ってカチンとわざと音を鳴らしながら、扇子を閉じる。

 その音で、ソフィアリアの持つ扇子が鉄扇だと気付いたのだろう。四人が警戒した様子なのをしめしめと思いながら、リスティスに笑いかけた。


「ちょっと痛い目を見てくださいませね?」


 そう挑発するとリスティスは警戒心を強めたようで、スカートに隠されたポケットらしきところから扇子を取り出す。

 そんな様子を見て、やはりリスティスも鉄扇を持っていたかと目を細めた。


 コンバラリヤ王国は軍事大国だ。だから次代の王妃として何かしらの武術は仕込まれているだろうと予想していた。

 鉄扇は今のリアポニア自治区が発祥の地であり、コンバラリヤ王国に取り込まれてからは、国中に広く流通したと習った。だから十中八九リスティスが持つならこれだろうと考えていたが、案の定だったようだ。


 リスティスが鉄扇を取り出したものの、他の三人が当然黙って見ているはずもなく、特に自分由来だと知ったオーリムは、激しく激昂した。


「あんたなんかにリスティを傷付けさせるかっ‼︎」


 そう言って、腰に差した剣を抜く。


 相手がソフィアリアだとわかっていても容赦なしな姿勢と、なんかと言われた事に内心傷付きながら、それを感じさせないよう、笑みだけは絶やさない。


「いい加減にしろよ、リム」


 そう言って自分も剣を出現させ、ソフィアリアを護る様にプロムスが立ち塞がってくれる。


 オーリムはプロムスの実力を知っている事と、兄貴分として面倒を見てくれた相手に立ち塞がれたのがよほどショックだったようで、大きく目を見開いた。


「っ⁉︎ なんでそっちについた、ロム!」


「その言葉、そっくり返すわ。――おまえ、何やってんだよ」


 そう冷たい目で睨まれ、気迫すら感じる表情に、オーリムは微かに怯む。


「……助太刀する」


 代行人であるオーリムすら怖気付いたのを見て、レイザール殿下とマーニュもそれぞれ持ってきていた剣を構えた。


 とはいえ三人がかりでもプロムスを倒せる気はしないのだろう。冷や汗を流しながら、それでも応戦しようと構えを解かないレイザール殿下も、大したものだなと思う。その勇気をもっと別の場所で発揮してほしかったと、どうしても呆れが勝るけれど。


「レイザール殿の相手は私がさせてもらうよ」


 そう言って剣を抜きながらソフィアリアの前、レイザール殿下の正面に立ったのは、フィーギス殿下。


「マーニュ卿のお相手は、私でご容赦ください」


 マーニュの前には、ラトゥスが立った。


 ――こうして、ソフィアリアの望んだ舞台は整った。あとは成り行きに任せて、最高のタイミングで作戦を遂行するだけだと、こっそりほくそ笑む。


 結果的に全員がばらける事になって、相手四人は困惑しているのだろう。特に代行人の力を使ってもプロムスに勝てる事なんて滅多になかったオーリムは、力を取り上げられた今のままでは勝算もなく、だがリスティスを護りたいという気持ちは絶対なようで、どうにか策を練っているような気がした。


「ピ」


 愛しい鳴き声と共に、背中を照らしていた夕陽を遮られたソフィアリアは、パッと笑って後ろを見上げる。


「王様!」


「王?」


 そこには想像通り、王鳥がいた。マヤリス王女の側にはヴィルがいて、空気を読まずアミーのドレス姿にデレデレしているキャルも、いつの間にか姿を現していた。


 王鳥の登場にますます勝ち目のなくなったと思ったらしいオーリムは焦り、とりあえずリスティスを背中に隠す。


 そんなオーリムに、王鳥は悪戯っぽい視線を投げかけた。


「ピピ」


 その声を合図に、オーリムの髪が神秘的な夜空色に、瞳は水平線のはしる黄金色に変化する。


「なっ⁉︎」


 突然の変身に……力を取り戻した事に、四人は驚いている様子だった。特にリスティスは、ようやく会えたと言わんばかりに目を潤ませている。


『ねえ、王様。お願いがありますの』


『ピ?』


『どうかその時が来たら、ラズくんに力をお返しいただけないでしょうか? 力のないラズくんにロムのお相手は、大変だと思うのです』


『ピピィ』


『ありがとうございます、王様!』


 今朝、そんな会話をしたのは他でもないソフィアリアだ。この作戦にはその方がいいと思ったから、あえてそれを頼んだ。

 まあわざわざ頼まなくても王鳥の事だから、二人を修行させる為とかなんとか言って、勝手に返してくれたかもしれないけれど。


「……何のつもりだ?」


 当然、そんな事情を知る由もないオーリムは訝しむ。


 王鳥は何も答えていないようで、黙ったまま二人は睨み合いをしていたけれど。


 王鳥が後ろに下がったのを合図に、ソフィアリアは一歩前に出る。


「それではリスティス様。はじめましょうか?」


 不敵に笑ったのを合図に、全員バラけさせる為に動き始める。


 プロムスは得物を大剣に変えると大きく薙ぎ払い、オーリムをリスティスから引き離す。


 フィーギス殿下はレイザール殿下の後ろに跳躍すると正面から突き進み、同じく距離を取らせる。


 ラトゥスも上手く立ち回って、マーニュを遠くに追い詰めていた。


「「リスティっ⁉︎」」


 一瞬の隙に、リスティスの周りから人がいなくなる。オーリムとレイザール殿下が悲痛な声を上げて、マーニュも心なしか悔しそうな表情を浮かべていた。


 ソフィアリアは一歩、また一歩とリスティスに近付いていく。リスティスを助けようとする男性三人は、だが対戦相手に立ち塞がれて、近寄る事すら困難な状況だ。

 お互いが手を伸ばせば届きそうな位置で立ち止まると、この状況を感じさせないようにふんわりと微笑む。


「……ソフィアリア様」


 リスティスは小さくそう(つぶや)いて、ソフィアリアを強く睨み付ける。

 そこに宿るのは、ささやかな夢の邪魔をしないでほしいという切実な願い。


 まあ、オーリムが関係する限り絶対聞いてあげないけれどと、鼻で笑い飛ばした。


「あらあら、ひどい顔。まるで自分こそが、ラズくんを取られそうになっている被害者だと言わんばかりね?」


 くすくす笑いながらそう挑発すると、リスティスはかすかに目を細めた。


「お茶会をした時に、ソフィアリア様はおっしゃっていましたね。代行人様は……ラズ様は、ソフィアリア様との夢を見ていると」


「ふふ、言ったわねぇ」


「あれは嘘だったのですか? 夢を覗き見ていたならば、ラズ様と逢瀬を重ねていたのはソフィアリア様ではなく、わたくしだと知っていたはずです」


 覗き見たのは今日が初めてだが、また痛いところを突いてくるものだと苦笑する。あの時感情的になり、小さな嫌がらせをした報いを、まさかこんなタイミングで受ける事になるとは。

 因果応報はあるんだなとしみじみ実感しながら、悪びれもせずにっこりと微笑んだ。


「ええ、知っていたわ」


「っ⁉︎」


「でも、リスティス様に責められる(いわ)れはないわ。婚約者とコソコソと逢瀬を重ねていたと聞いて面白くないと思う気持ちは、誰よりもよくわかるのではなくって?」


 だってレイザール殿下とルルスが密会していたと思い込むくらいなのだから。


 それを仄めかすと、不快感をあらわにする。


「わたくしは……別に……」


「リスティス様は諦めた。わたくしは諦めきれず、チクチク嫌がらせのような事をしてしまった。それだけじゃない」


「だから、自分は悪くないのだと正当化するおつもりですか?」


「いいえ」


 そこはきっぱり否定すると、予想外だったらしいリスティスは目を丸くする。


 ソフィアリアは笑みを深めて、表情を隠すように、微かに俯いてみせた。

 夕日の逆光でうまく隠れてくれるといい、そう願って。


「わたくしね、この世に生を受けてから度々、無意識に悪意を振り撒いてしまうみたいなの。自分はそういう人間だと受け入れているつもりだし、夢の乗っ取りの事に関して言えば、故意ですらあるわ。だから、自分を正当化なんてみっともない真似はしない」


 バッと鉄扇を開いて口元を隠し、目元だけニンマリと笑みを浮かべる。


「わたくしは真性の悪人なのだから、悪意を振り撒くのは当然でしょう?」


 そう、きっぱりと開き直った。


 まあその実、悪にも染まりきれない微妙な善性も兼ね揃えているので、なんとも中途半端な人間なのだけれどと内心独りごちる。


 自分を悪だと定めたソフィアリアを、リスティスは理解出来ないらしい。ソフィアリアを睨みつつも、どう言えばいいかわからないと、渋面を作っていた。

 だから、話を変える事にしたようだ。


「なら、言わせていただきますが、わたくしとラズ様はずっと昔から――七年ほど前から、夢で会っていました」


「わたくしがラズくんに初めて会ったのは八年前で、わたくしの方が早いわね」


「ソフィアリア様の出会いは束の間で、半年前に婚約されるまで、生存されている事すら知らなかったとおっしゃっていたではありませんか。ソフィアリア様にとってラズ様はその程度の人間だった。違いますか?」


「忘れた事はなかったわ」


「ですが、未来を思い描いていた訳でもなかった。……わたくしは違います」


 真剣な目をしながら、また難儀な主張をし始めたものだと呆れてしまった。

 勝手にソフィアリアの愛情の度合いを決めつけられて、少し苛立ったけれど、せっかくなのでその主張を最後まで聞いてみる事にする。叩き潰すと決めたのなら、徹底的にしてやろう。


 黙って聞いていると同意と見做したようで、どこか調子づいた雰囲気を纏わせながら、リスティスは言葉を続けた。


「お茶会でも言わせていただきましたが、わたくしにとって夢の男の子の……ラズ様との逢瀬が、一番大切なものでした。ラズ様の様子から察するに、きっとラズ様もそうだったと確信しております」


「ええ、そうかもしれないわね」


「ですから、そこに横入りしてきたのはソフィアリア様。あなたの方ではないでしょうか?」


 やはりそうくるのかと思わず笑みを深め、鉄扇を大きく振りかぶった。



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