甘橙の恋慕の変心 2
多目的ホールの女子更衣室代わりとして使用された一室。着替えにどうしても時間が掛かるソフィアリア達がドレスに着替え終わったのは、もうすぐ夕方という頃合いだった。
「ふふふ、わたくしの可愛いアミーを、こうして着飾らせてみたかったのよね〜」
みんなの可愛いドレス姿にいつになく上機嫌なソフィアリアは、手始めにアミーの手を取って、身体の負担にならない程度にさり気なくくるくると角度を変えながら、全身舐め回すような妖しい視線を向ける。
当然、そんな事をされたアミーは、耳まで真っ赤に染まっていた。
「あの、ソフィ様、おやめくださいっ……」
「身体を護る胴部分はロムのシャンパン色。慣れないアミーの為におとなしめのスカート部分はアミーとキャル様のキャラメル色。装飾品は最低限だけど品良くまとまっていて、背中のバックリボンが大ぶりでとっても可愛い! これを選んだプロムスとキャル様のこだわりが見えて、とっても素敵ねぇ」
アミーの制止をまるっと無視して、思う存分褒め称えてやった。心からの褒め言葉なんて、遠慮なくもらっておけばいいと思うソフィアリアの信条だ。
そう言いたい事だけ言って、もう少しドレス姿を熱い眼差しで見つめる。
オーダー品ではなく貸衣装で、生地も量産品だし、装飾品だって控えめだが、色味にはこだわりが垣間見えるシンプルなドレス姿もとても可愛らしい。欲を言えば、もっと華やかに着飾らせたかったなと残念に思う気持ちはあるが、今回ばかりは仕方ない。
これは平民とさほど変わらない準男爵夫人という身分を意識しての事なのだ。これさえなければ、もっと華やかに着飾らせても似合っていただろう。まあ、着飾る事にあまり興味がないアミーが、全力で嫌がったと思うが。
装いはシンプルだがアミーは可愛いので、なかなか見栄えがする。所作も美しいので、貴族令嬢と遜色がないのではないだろうかと、最後にほうっと溜め息を吐いた。
「……に、似合いません、からっ」
照れ隠しにそんな事を言い出しているが、その台詞はいただけなくて、わざとらしくムッと頰を膨らませて見せる。
「まあ! せっかくアミーの為にロムが選んでくれたのに、なんて事を言うの?」
「うっ、ですが……」
「このドレスを貸してくれたペクーニア商会にも失礼だわ。ほら、今すぐ謝る代わりに、世界一可愛い決めポーズを」
「しませんよっ⁉︎」
初めてアミーに大声を出されてしまった。可愛い子が可愛い姿で可愛いポーズをとっているなんて、この上なく眼福だっただろうに。
残念がっていると、さすがに主人に向けていい態度ではないと思ったのか、アミーはオロオロしつつ、話題を変え始める。
「……ソフィ様も、お綺麗です……」
全身をサッと眺めて言ってくれた言葉が嬉しくて、ソフィアリアはスカート部分を摘んでニッコリ笑った。
ソフィアリアも表向きは準男爵夫人という肩書きの為、いつもよりシンプルなオレンジ色のドレスだ。アシンメトリーに波打つスカート部分にはさり気なく黄色も混ざっていて、本来の姿のオーリムと王鳥の瞳を意識した色合いなのがとても嬉しい。今日はチュールマントをつけられない為、アミーと同じく二股に分かれたバックリボンで、大鳥関係者だとさり気なくアピールしている。
これは貸衣装ではなく、ソフィアリア達のお抱えの仕立て屋で急拵えしてもらったものだが、生地だけは普段ソフィアリア達は使わない量産品を使用してもらい、上手く誤魔化していた。
それでも、王鳥とオーリムが喧嘩しながら一生懸命選んでくれたのだから、ソフィアリアもお気に入りなのである。
「ありがとう。いつもより簡素な準男爵夫人仕様のわたくしも、いいでしょう?」
「いえ、あの……ソフィ様の溢れ出る高貴さで準男爵夫人は、やはり無理があるような……?」
どう言っていいのかわからないようで、首を傾げてそんな嬉しい事を言ってくれた。元が男爵令嬢で駆け出しの王鳥妃であるソフィアリアに高貴さが身に染み付いているのかは不明だが、そう言われて悪い気はしないのだ。
「おまたせっ!」
「遅くなってすみませんっ!」
と、ずっとチラチラ盗み見ていたものの、ようやく仕上がったメルローゼとマヤリス王女が腕を組んでやってきたので、口元を覆って興奮を抑える。キラキラした目だけは隠せなくて、アミーに苦笑されているような気がするけれど、気のせいだろう。
メルローゼはお気に入りである赤と黒の情熱的な色味のドレスで、ペクーニアの財をひけらかすようにいい生地で出来ており、フリルや刺繍がなんとも繊細だ。メルローゼといえばこれ!とソフィアリアが思うような、華やかで素敵なドレス姿である。
対するマヤリス王女は白と水色に近い青を使った清楚なドレスで、見るからに王族仕様の特級品。ゴールドの装飾品も華やかで美しく、ビドゥア聖島の禁色全てを使って立場を誇示しつつ、持ち前の可愛らしさを存分に活かした素晴らしいドレスである。
本当に、二人並ぶと一対のお人形のようだなとニマニマしてしまうのは仕方ない。可愛いは正義だ。
「……お義姉様、なんか壊れてない?」
「うふふふふふ、そんな事ないわよ? ちょっと可愛いものに囲まれて、幸せいっぱい夢いっぱいなだけだわ」
「お、お姉様……?」
「ああ、ダメだわ、うん……」
マヤリス王女に困惑されて、メルローゼには遠い目をされてしまった。何故だか知らないが、可愛くて幸せなのでまあいいかと、思う存分目を楽しませておく。
「わたくしがいつまでも独占していてはダメよね。みんなもとっくに待ってくれているはずだから、行きましょうか?」
「独占されて……いえ、何でもないです」
アミーが何か言おうとしていたが聞き流す事にして、ドレスに慣れていないアミーの手を取ってさり気なくエスコートをしながら、扉を開ける。
「おっ、やっぱ似合ってんじゃねーか」
扉を開けた廊下には待ち構えたように……いや、実際に待ち構えていたのだろう。目を蕩けさせたプロムスが当然のように、アミーを横から攫っていった。
「……どう見ても着られているわよ」
「んな事ねーって。むしろもっと華やかにしてやりたかったんだけどな〜」
「絶対嫌」
イチャイチャしている夫婦にニコニコしつつ、さり気なく側から離れ、二人きりの時間を楽しんでもらう。
プロムスと同じように廊下で待ち構えていたらしいフィーギス殿下とプロディージが、それぞれパートナーを褒め称えている姿を見ながら、はて?と首を傾げた。
「……すまない。着替えたらさっさと行ってしまって、リムを止められなかった」
いつもの無表情で……心なしか気落ちしているように見えるラトゥスからそう声をかけられて、やはりかと困ったように笑う。
先程リスティスを目撃してしまったオーリムの様子を見て、一応王太子の婚約者で、自分もソフィアリアとそうなっている現状で、リスティスにエスコートを申し込むような事はしないと信じたいが、陰からこそこそ護りに行くくらいはするかもしれないなと思っていた。
ソフィアリアが釘を刺しておけばまた違っただろうが、あえて何も言わず、オーリムの意思に委ねてみた。
待っていてほしい気持ちはあったので残念ではあるが、これも想定内だと、首を横に振る。
「お気になさらないでくださいな。先程の事があったからこうなるかなって、想定済みですもの」
「そうか。いなくなったリムの代わりに、エスコート役は僕で不足ないだろうか?」
そう言って自身の左胸に手を当て、流れるような所作でかしこまった礼をするラトゥスの提案に、目を丸くする。
「まあ! こちらこそ、わたくしでよろしいのですか?」
「義姉をエスコート出来るなんて、光栄だ」
「ふふ、どうぞよしなにお願いいたしますわ……と、言いたいところなのですが」
そう言って唇に指を当てて悪戯っぽく微笑むと、ラトゥスは目をパチパチさせていた。
「予定を変更して、このままリスティス様を襲撃しに行ってしまいましょうか?」
ニンマリと目を細めてそんな事を言えば、その意図と理由を察したのだろう。ラトゥスもすっと目を細め、楽しげに淡く微笑み返してくれた。
「悪くない」
その返事ににっこりと笑って、まだイチャイチャしている三組にも事情を説明する事にした。
*
多目的ホールへの道から少し離れたところにあった、林に囲まれた大広場。
普段は大きなお茶会などで使われるスペースのようだが、今は夕方で、これから修了パーティの為、この辺りには誰もいない。身を隠す場所もないので、秘密の逢瀬の為にここを訪れる人はいないだろうと判断して、ソフィアリア達はこの場所を選んだ。
各々得物のチェックをしていると、呼びに行ってもらったソフィアリアを除く女性陣が、リスティスを伴ってやってくる。
「こんばんは、リスティス様。ドレス姿もお美しいわね」
そう言って微笑むと、リスティスは微かに目を丸くする。
「ソフィアリア様……と、皆様」
どういう言い訳を使って呼び寄せたのかは不明だが、その反応を見ると、ここに集まっているのは予想外だったらしい。何故か武器まで持っているので、尚更だ。
が、すぐにいつもの表情を取り繕うと、この場にはフィーギス殿下がいる為、綺麗な所作でカーテシーをする。
「ああ、畏まる必要はないよ。楽にしたまえ」
「ありがとうございます。……わたくしになにか御用でしょうか?」
リスティスは顔を上げ、警戒心をあらわにする。
ソフィアリアが代表して前に出ると、扇子で口元を隠し、にっこり微笑んだ。
「ふふ、簡単な話よ? ……そろそろラズくんを諦めてくださいな」
それをまっすぐ伝えると、後ろに控えていたプロムスが瞬時にこちらに移動してきて、ソフィアリアとリスティスを分け隔てるよう飛んできた短剣を、軽々と叩き落とす。
突然の事にリスティスは肩を震わせていたが、ソフィアリアは短剣の飛んできた林の中に視線を向けると、ふんわりと頰を赤く染めた。
「ふふ、その色合いの正装も、今のラズくんにはとっても似合うわ。今日もわたくしの未来の旦那様は、なんてカッコいいのかしら!」
「黙れ」
素直に褒めたのに、すげなく一蹴しながら現れた相手は、もちろんオーリムだった。
栗色の髪色に合わせたオレンジがかっかブラウンのコートと焦茶のベスト、クリームイエローのシャツという組み合わせは、紺と黒の組み合わせが多いいつものオーリムとは違って、新鮮で目が幸せだ。今はラズ本来の姿というのも、それを後押ししていた。
まあ、ソフィアリアを見る目は敵対心しかなく、プロムスに叩き落とされた短剣を拾って、リスティスを護るように前に立ちはだかっていたけれど。
「……ラズ様」
「心配するな。リスティに指一本触れさせない」
「ええ、信じているわ」
……わけ知り顔で目配せし合う二人に、胸がピリピリしたけれど。
首を振って気を取り直すと、二人と真っ向から対峙した。
「わたくし、知っているわ。お二人がずっと夢の中で逢瀬を重ねていた事を」
「……え?」
「今朝はわたくしも見たわ。リスティス様、修了パーティでラズくんに助けてもらっていたわよね?」
途端、リスティスだけが顔を強張らせるから、おや?と内心首を傾げた。てっきり二人は同じ夢を見ていると思っていたのに、この様子だと違うのかもしれない。
「リスティ!」
ソフィアリアが少し考え事をしていると、慌てた様子の二人と、二人に伝言を頼んでいたプロディージがやってくる。
予想外の二人の登場に動揺したリスティスを見て、ようやく役者は揃ったと、ソフィアリアはニンマリと目を細めた。




