居場所 7
くしゃりと、プロムスが悔しそうに、持ち前の整った顔を歪める。それは敗北宣言に等しかった。
「……そこまで言うなら、リムはもう元に戻ったんだろうな?」
最後の意地とばかりに強く睨み付けてくるのを、首を振って否定する。
「いいえ、まだよ。あそこまで強く洗脳されてしまえばもう、わたくしが最初に考えた方法だけでは、足りないかもしれないわね」
なんとなくだが、そんな気がしていた。おそらくもっと強い衝撃が必要なのではないかと。
そんなソフィアリアを、プロムスはふっと鼻で笑う。
「だったらオレが動いた方が確実だろ」
「その為に失うものが多過ぎるから、許可しないわ」
「だったら、これからどうするってんだ?」
「リム様に強いショックを与えて、少しの間だけ正気を取り戻してもらおうと考えているの」
そのための布石は先程打っておいた。あとは、上手くいく事を祈るだけだ。
そんな計画を練っていたソフィアリアに対して、当然プロムスは眉を吊り上げて、強く反発する。
「これ以上リムを傷付けようってのかっ⁉︎」
「ええ。おそらく今までで一番傷付く事になるでしょうね」
「ふざけんなっ‼︎」
「本気よ」
ソフィアリアもすっと目を虚ろにさせて、らしくない皮肉げな笑みを浮かべる。
そんな様子に、プロムスはたじろいでいた。
――そう、ここにきて、まだオーリムに甘えようとしているのだから、ソフィアリアは本当にどうしようもない。
それも、オーリムにとって最も大切なものを踏みにじる行為になるのだから、たとえ正気に戻ったとしても、もうソフィアリアの事は許さないかもしれないとまで考え始めていた。
でも、ダメなのだ。色々な方法を考えたけれどこれが一番確実で、多くの希望が残る可能性が高い。今後の事を考えれば、この道を選ぶのが最適解だろう。
もう少し早くソフィアリアの過ちに気付いていれば、もっと安易で誰もが幸せになれる方法だってあったのに。既に手遅れになってからようやく気付くのだから、遅過ぎる。
そんな事を考えていたら、自然と浮かんでいた笑みだった。
「……その方法で、リムは戻んのか?」
真剣な表情でそれを尋ねてくるプロムスに、曖昧に笑う。
「正気には戻ると約束するわ。でも、リム様はもう、わたくしを好きではなくなってしまうかもしれないわね」
「……そんなにか?」
「ええ。その方法はね――――」
思わずポロリと、プロムスにその計画を溢していた。どのみち明日にはみんなに話すつもりだったけど、プロムスには先に話しておこうと思ってしまったのだ。
もしかしたら協力してくれるかもしれないなんて、打算ありきで。弱ったふりをしてそんな行動に出られるのだから、どうあっても綺麗に生きる事は出来ないなと、より強く自覚した瞬間だった。
「それはまた、リムが泣いちまうなぁ」
全てを話すと立ち上がり、苦笑を返される。
もっと怒ると思っていたのに予想外だと、思わず目をパチパチさせた。
「怒らないの?」
「怒るのはオレじゃねーだろ」
「リム様にこんな事をしようとしているのだから、プロムスも怒るべきだと思うの」
「もうすぐ結婚する子分に対して、んな過保護な事出来っかよ。それに、オレにはもっと気にかけなきゃなんねー子供が出来たからな!」
そう言ってニッと笑ったプロムスの表情は仄暗さが消え、晴々としていた。
まあ、今度はソフィアリアが納得いかないのだけれど。
「まあ! リスティス様を暗殺しようとしていた事は、過保護ではないと言うの?」
「あーあー掘り返すなっての。つーかそれは、あれだ。無知ゆえの過ちってやつだ。色々知った今じゃ、もう赤っ恥だわ。恥なら姫さん一人だけがかいてろよ」
「その通りだけれど、あんまりだわ」
「プピィ」
この短時間で、プロムスがソフィアリアに対して、一切の遠慮をなくしてしまったようだ。
こうやって軽口の応酬までしてくれるのだから、よよよと泣き真似をして、王鳥に縋り付く。王鳥は馬鹿にしたように、ソフィアリアの髪で遊んでいたけれど。
プロムスは困ったように笑って、深く溜息を吐いた。
「オレも乗ってやるよ、その話」
「あら、いいの?」
「フィーとラスも手伝うって言い出すだろ。つーか、それ目的だってバレてっからな?」
それは意外だと目を丸くする。
でも、よくよく考えたらソフィアリアとプロムスの間に壁があっただけで、本来のプロムスは面倒見がいい……つまり、それだけ人をよく見ているのだ。ソフィアリアの内心なんて、簡単に察せるだろう。
「そっか。ありがとう、プロムス」
「ロム」
「え?」
「姫さんもそう呼ばせてやるよ。なんせ、子分の嫁さんだからな」
ニッと笑って、愛称まで許してくれるらしい。それは、だいぶ気前がいいなと苦笑を返す。
ベッタリ甘えるほどオーリムが好き過ぎるとわかって警戒心を解いたのか、親しみやすいと何か感じる所でもあったのか。まあ少し前から打ち解けそうな傾向にあったから、別にいいのだけれど。
「わかったわ、ロム。リム様のお妃さまで、アミーの親友で、先生だものね」
「おい待て、親友はともかく、何だよ先生って」
「アミーに侍女教育をしたのはわたくしなのよ? これから子育ての事だって教えてほしいって頼まれたし、先生として、友人として、お母さん代わりとして。これからもアミーを支えてあげなくっちゃね」
「お母さん代わりまで増やしてんじゃねーよっ⁉︎」
そう言われても、聞いてあげないのだとツンとそっぽを向く。独占欲があるのは結構だが、それでアミーを不必要に制限する行為だけはいただけない。もっと自由にしてもプロムスとキャルの所に帰っていくのだから、ドンと構えていてほしいものである。
と、そろそろいい頃合いだろうか。プロムスの説得も終えたし、今日やるべき事は終わりだと、うーんと伸びをする。
「ピ」
「ええ、そうね。そろそろ寝ないと明日に響くわね」
「だな。アミーもオレを待ってるかもしれねーし、そろそろ帰るわ」
素直に山小屋に帰ってくれるらしい。それが嬉しくてニコニコ笑っていると、プロムスも優しげに目を細めた。
「ありがとな、姫さん」
「何がかしら?」
「オレを止めてくれて。やっぱアミーの事考えれば、大屋敷が一番いいわ」
「ふふ、そうよ。わたくしから楽しみを奪わないでくださいな」
「リムの事も、あんま心配すんなよ? あいつの姫さん好きは相当だから、何があっても見限ったりしねーよ。だから、姫さんのところに絶対帰ってくるぜ」
最後にそれだけ言い捨てて、呆然とするソフィアリアに背を向けてから手を振ると、山小屋の方に戻っていった。
しばらくその背中を目で追って、やがてポスンと、王鳥にもたれかかる。
「……王様は、こんなわたくしでも許してくださいますか?」
「ピ!」
スリっと優しく頬擦りをされる。わかりやすい答えに、なんだか今度こそ泣いてしまいそうだ。
悪辣なソフィアリアの周りはこんなにも優しさに恵まれていて、なんとも心地いい居場所が出来たものだなと思う。
だから
「ラズくんを連れ戻しましょう」
「ピー」
優しさにぬくぬくと浸ってばかりもいられない。そう、決意を新たにした。
たとえそれが、何を犠牲にしてしまうものだとしても――……




