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居場所 4



 必要な物があったので一度屋敷に戻ってくると、予想外の人影を見つけて目を丸くする。


 王鳥と一緒にバルコニーのベンチの側に降り立つと、ベンチに座っていたその相手も、突然現れた二人に驚いていた。


「セイド嬢……」


 また懐かしい呼び名をと内心苦笑して、王鳥の背中から降ろされると、後ろ手を組んでふわりと微笑む。


「こんな所でどうしたの? ラズくん」


「君がその名で呼ばないでくれ」


「嫌よ」


 即座に断りを入れると、不快そうに眉根を寄せた相手――オーリムは、ソフィアリアを拒絶するかのように腕を組んだ。

 家名呼びに、ツンと澄ました冷たい対応。どういう訳かオーリムはソフィアリアの事を、その他大勢の他人枠に入れてしまったらしい。


 思わず頰に手を当てて、う〜んと思案する。


「ねぇ、王様? 今朝はここまで悪化していませんでしたよね?」


「ピ」


「とすると、夢だけではなく、他にも洗脳が進む要因があると考えた方がいいのでしょうか?」


「ピ!」


「ああ、そうですわね。きっとあの方の姿を直接見る事だって、洗脳が進んでしまう原因となっていたのですね」


 正解とばかりに頬擦りしてくれるから、それは盲点だったなと目を閉じ、しょんぼりする。だったら理由をつけて学園を休ませたのに、ここまで進んでから知ってもどうしようもないだろう。


「……あんたらは何の話をしている?」


 二人で話していると、イライラした様子のオーリムがそんな事を尋ねてくるから、片目を開けてオーリムを覗き見た。


「気になる?」


「……別に」


「あら、つれないわね。そんな悪い子には教えてあげないわ」


「どうでもいい」


 ふんっと鼻を鳴らして足を組み替えるから、反抗期が激しかった頃のプロディージのような態度だなと、王鳥と二人でくすくす笑う。


 もちろんオーリムは、そんなソフィアリアと王鳥に対して、青筋を浮かべていたが。


「でも、いくらなんでもこれは酷いと思いません?」


「プピィ」


「まあ! これが他人に向ける普通の態度なのですか? もう少し柔らかくなった方が好印象でしょうに」


「ピー」


「たしかに代行人様に人との密接な交流は不要ですが、余計な軋轢(あつれき)を起こすのもどうかと思いますの」


「本人の前でよく堂々と悪口が言えるよなっ⁉︎」


 怒られてしまった。まあ、軽く聞き流すけれど。


 それにしても、オーリムは他人に対してここまで冷たかったのかとしみじみ思う。


 ソフィアリアが知るオーリムは、大屋敷で再会した当初はツンと澄まして少し失言しつつも、こちらが気になって仕方ないと言わんばかりの態度で、根本的には優しかった。お互いの存在に慣れてきた頃からは甘く過保護だったから、他人行儀な態度をとられるは、なかなか新鮮だ。

 友人であるプロムス達やセイドの人間、近しいが少し距離のあるメルローゼやマヤリス王女相手でもここまで酷くはないので、今のオーリムにとってソフィアリアはそれ以下なのかとシクシク胸を痛めた。


「……そういえば落ちそうになっていたみたいだが、大丈夫だったのか?」


 目を(すが)めながら何の気なしに言った事なのだろうが、なかなか思い出したくない事に無遠慮に踏み込んでくるなと、すっと目を細める。


「……ええ、ラズくんには見捨てられてしまったけれど、プロムスには助けてもらったもの」


「王に力を返している俺が助けるよりロムの方が適任だろ。どのみちセイド嬢には王がついている」


「だから、危険に晒されたわたくしをほったらかして、リスティス様とイチャイチャするのが正解だったというの?」


 そうネチネチ攻撃を仕掛けると、怒りではなく照れで真っ赤になるオーリムの姿にウンザリする。洗脳されてるとはいえ、これは酷いの一言だ。


 落下後の事なので直接見た訳ではないが、プロムスと観覧スペースに戻ると派手に……主にメルローゼとプロディージが中心となった全員と激しく揉めていたので、内容から大体察してしまったのだが、本当にオーリムはリスティス以外眼中になかったらしい。

 元のオーリムだってソフィアリアを最優先にしてくれると思うが、危険な状況にある周りに無関心でいられるような人ではなかったはずだ。そんな事をすればソフィアリアだって怒る。


 ではこれが、リスティスの理想なのだろうか。周りに冷遇され続けた結果、逆に自分だけを盲目的に愛してくれる人を求めるようになってしまったのだろうか。


「ねえ、ラズくん」


「だから、その名で呼ぶなって言っただろっ⁉︎」


「あら、どうして?」


「その名を呼んでいいのは、その愛称をくれたリスティだけだって、あんたも知ってるだろっ‼︎」


「知らないわ」


 思わず真顔で答えてしまったが、そもそも何故そんな事になっているのかと頭を抱える。その名前をつけてあげたのはソフィアリアなのに、何故思い出まで横取りされなければならないのか。


 ――ふと、何か違和感を覚えた。その正体を探ろうと頭を働かせていたら……


「とにかく、君は王の妃だ。気安く私を呼ぶのはやめてほしい」


 そんな事を言い出したから、考えは霧散した。


 その言い分に、ふつふつと怒りがわいてくる。大切な名付けの思い出だけでなくソフィアリアから……いや、オーリムからソフィアリアと王鳥を切り離すなんて、なんて事をしてくれるのか。


 その怒りのままに、にっこり微笑んだ。


「そうね。わたくしは王様のお妃よ」


「ああ、そうだ」


「王様のお妃なのだから、ラズくんのお妃でもあるでしょう?」


 そんな当たり前だった事を指摘しただけで、キッと目を吊り上げるオーリムの認識を知りたくなった。


「違うっ‼︎ 私にはリスティがいるっ‼︎」


「何故一心同体、運命共同体であるはずの王鳥様と代行人様が、別々の伴侶を持てるなんて思っているのよ。王様がわたくしを王鳥妃(おうとりひ)に選んでくださったのだから、お二人の伴侶はわたくし一人だわ。ね?」


「ピ!」


「王っ‼︎」


 何か心の中で言い争いでもしているのか、王鳥とオーリムの睨み合いが続き、オーリムの表情だけが、だんだんと苦しげなものに変わっていく。


「……たとえそうだと決められたとしても」


 結局王鳥に言い負けたようで、今度はソフィアリアを鋭く睨み付ける。


「私の運命はリスティただ一人だ。君を愛する事はない」


 ――その言葉は、ソフィアリアの中の何かを壊した。


 無性に腹が立って、泣きたくなって……仕返しにこんな事を思いつくソフィアリアは、やはり悪人と呼ぶのに相応しいのかもしれない。


「ねえ、王様。少しお手伝いをお願いしますね」

「ピ!」


 手始めに小声ですぐ後ろにいる王鳥に頼ると、スリっと頬擦りをされる。


『存分にやれ。余が許す』


 そう応援された気がした。


「な、にをっ……⁉︎」


 オーリムの動きが、不自然に固まっていく。目と唇くらいしか動かせないらしく、目をキョロキョロさせているから、脱出しようともがいているのだろう。とはいえ、全く動いていないけれど。


 ソフィアリアの望み通りだ。感謝の言葉の代わりに王鳥を一撫でしてから、ニンマリ笑ったままオーリムに近付くと、その憎たらしい顔を両手で包み込む。


 嫌そうに顰めた表情が嗜虐心(しぎゃくしん)を刺激され、かえって愉快だった。


「さっ、触るなっ⁉︎」


「まあ、どうして? わたくし達はもうすぐ夫婦になるのだから、このくらい誰にも見咎められないわ」


「俺はしないっ‼︎」


「一人称が取り繕えなくなってきているわよ」


 くすくす笑いながら唇を指でなぞれば、ますます眼光が鋭くなっていく。射殺さんばかりの表情を向けられても、やめてあげる気なんて更々(さらさら)ないけれど。


「これだけは決して忘れないでくださいな。ラズくんの居場所はね、わたくしと王様の隣なの」


「違うって言ってるだろっ‼︎」


「愛さなくてもいいわ。だってわたくし達がしているのはそんな幸せなものではなく、気持ちの応酬がなければ満足出来ない、我儘な恋だもの」


 顔を引き寄せて、額を合わせる。吐息が絡むほど至近距離で見た瞳にはいつもの恋の熱ではなく――嫌悪が宿っていた。


「俺は、あんたに気持ちを返す事はない」


「そんな事ないわよ。もうすぐわたくしを恋しがって、気持ちを抑えきれなくなるわ」


「そんな事っ――⁉︎」


 視線を絡ませたまま、反論は許さないとばかりに強引に唇を奪う。


 世界で一番近い距離から見つめたその目は、信じられないとばかりに大きく見開かれていた。してやったりだ。


 興が乗ったソフィアリアはそのまま舌を差し入れようとすると、ピリッとした痛みがはしったから、つい唇を離してしまった。

 少し後ろによろけて、王鳥に背中を支えられる。痛みのはしった唇を拭うと、血が滲んでいた。


 どうやらオーリムは強引に唇を奪われた事に我慢ならなくなって、噛まれてしまったらしい。なんとも可愛らしい抵抗だと、妖艶に微笑む。


「いい加減にしろっ‼︎」


 オーリムはオーリムで動揺したように瞳が揺れていたから、こんなソフィアリアでも傷付けた罪悪感はあるようだ。そこまで堕ちていなくてよかったと、少し安心した。


「ありがとう、王様。もういいわ」


「ピ」


 その鳴き声を合図に、オーリムの身体が揺れる。王鳥の拘束から解放され、自由を取り戻せたらしい。

 そんな彼は拳を震わせて、怒りを耐えるようソフィアリアを睨み付けていた。


 精神的にも身体的にも少し傷付いたが、今のオーリムの前で泣いてなんてあげない。だから余裕を取り繕って、ふわふわ笑っていた。


「ねえ、ラズくん」


「だから、その名で」


「明日、ラズくんが最も大切にしていたものを傷付けるわ」


 被せるように決めていた事を宣言すると、オーリムの目が大きく開かれる。


 最も大切にしていたものの正体にはすぐ思い至ったようで、怒りの表情をソフィアリアに向けながら、さりげなく距離を取りはじめた。


「……リスティに、手を出す気か?」


「そうなるわね」


「ふざけるなっ⁉︎」


「ふざけていないわ。……本気よ」


 ずっと浮かべていた微笑みを消し、真剣な表情でオーリムと向かい合う。


 無意識に気迫でも放っていたのか、オーリムは奥歯を噛み締め、それでも牽制するように、決して目を離さなかった。


「手出しなんかさせない。たとえあんたでも、リスティを害する奴を許さない」


「だったら決して目を離さない事ね。少しでも目を離せば……わかるわよね?」


「たとえ王を味方につけ、王が選んだ王鳥妃(おうとりひ)だろうが、俺は容赦しない」


 それだけ言い捨てると、背中を向けようとする。


「ねえ、ラズくん」


 その背中に、最後にもう一つ尋ねてみた。振り向く事も、名を呼ぶなと言われる事もなくなったけれど、立ち止まってくれたのは最後の慈悲だろうか。


「何故、ここに居たの?」


 そこにつけ込んで、それを尋ねる。


 バルコニーのベンチは、ここに滞在するようになってから毎夜三人でデートをしていた場所だ。昨日なんて一夜を共に過ごした。

 そんな思い出の場所に、リスティスの事以外眼中になくなったオーリムがいつものように座っていたから、本当に驚いたのだ。


 だから聞いておきたかった。何を思って、ここで一人座っていたのか――あんな、寂しそうな表情をして。


「……何故か、ここに来なければならないと思ったが、気のせいだったようだ。まさか逆に、不快な気持ちにさせられるとはな」


 最後にチクリと攻撃をして、今度こそ部屋に戻って行った。


 しばらくぼんやりしていたが、身体を反転させると、ポスンと王鳥にもたれて、ぐりぐりと額を擦り付けて甘えた。


「よかった。まだギリギリ、想いは残っているようね」


「ピー……」


「わたくしはいいのよ。ここまで追い詰めたのはわたくしで……あとで傷付くのは、ラズくんだわ」


 それだけは本当に申し訳なくて、ギュッと王鳥に抱き付いた。


 王鳥はそんなソフィアリアを慰めるように、髪を(くちばし)()いてくれる。


 そのまま優しさに浸っていたが、首を振り気持ちを入れ替えると、顔を上げた。


「あまりぼんやりしている時間はありませんね。行きましょう」


「ピ!」


 ツン、と唇に(くちばし)が触れる。その場所は噛まれて血が滲んでいた場所なので、口付けのついでに傷も治してくれたのだろう。


 ほんのり頰を赤く染めながら、ふわりと笑ってお返しをする。


 ――間違えたのはソフィアリアの責任なのだから、嘆いている暇はない。今はオーリムの心を取り戻す為に、最善を尽くすのみだ。



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