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居場所 3



「はぁ〜。なるほど? マーヤの言い分は充分理解したよ」


「でしたらっ……!」


「私を(あなど)るのもいい加減にしたまえ」


 冷たい表情でそう言ったフィーギス殿下に、マヤリス王女はビクリと肩を震わせる。

 初めてフィーギス殿下にそんな態度を取られたのだろうマヤリス王女は青褪めていたが、引き下がる気はないようで、ぐっと表情を引き締めると、真っ向から対峙していた。その気概はさすが王女といったところか。


 フィーギス殿下は臆さないマヤリス王女をすっと目を細めて睨み付けるが、それに反して取っていた手の甲を親指で撫でながら、優しく言い聞かせるような口調で、言葉を続けた。


「たしかにマーヤのコンバラリヤ王国から見れば我がビドゥア聖島は小国で、文明が数百年単位で遅れているような時代遅れの地なのかもしれないけれどね」


「そっ、そんな事思っていませんっ⁉︎」


「でなければ私をそこまでこき下ろす発言は出来ないよ」


「っ! ギース様っ!」


 誤解だと真剣な表情で訴えるも、フィーギス殿下は取り合おうとしない……というより、ああ見えて拗ねているのかもしれない。


「あのね、マーヤ」


 そう言ってもう片方の手をマヤリス王女の手に乗せ、困ったように眉尻を下げる。


 その表情にうっと怯んだマヤリス王女も、同じように困った表情をしていた。


「私の地盤は蔑ろにされた大国の王女を唯一として娶って簡単に揺らぐほど、弱くはないつもりだよ」


「ギース様が苦労して地位を確立した事は知っています。王太子としてこれほど相応しい人はいないと尊敬しています。ですが、わたしには本当に、そんな輝かしい才能を持つギース様の唯一を担えるほどの力はないんです……ほんの少しでも、足を引っ張る要因になりたくないんです……」


 わかってください、と俯くマヤリス王女をフィーギス殿下はジトリと睨み、けれど何かに思い至ったのか、ふぅーっと深く溜息を吐く。


「ああ、わかった。ソフィが言っていたのは、こういう事だったのだね……」


「ギース様?」


「だったらもう話してしまうけど、私はマーヤが思うほど完璧な王太子ではないよ。むしろ間違いだらけさ。ラスやロムが完璧な王太子なんて聞くと、間違いなく笑い飛ばす評価だからね」


 その発言は予想外で理解不能だったのか、目を見開いてオロオロしていた。


「そっ、そんな事ありません! 努力家で、友人想いで、逆境にも負けない素晴らしい王太子ですっ!」


「君の思う素晴らしい王太子は、大鳥の生贄になるなんて馬鹿げた発想をするのかい?」


「そ、それは……」


 そう言われると反論が難しいらしく、視線を彷徨わせていた。


「だったら尚の事、唯一に据えるのは別の方がいいのでは……?」


「つまりマーヤは、私を妃頼りの情けない男だと評すると?」


「ちっ、違いますっ……!」


「いいかい、マーヤ」


 そう真剣な目をして、落ち着きのなくなったマヤリス王女の手を撫でると、マヤリス王女もぎゅっと唇を引き結んで、話をちゃんと聞こうとコクリと(うなず)いた。


「私は今、心から君に求婚をしているんだ。立場とか、国益とか関係なしに、君と夫婦になりたいと思ってそうしているのだよ?」


「わかってます」


「いいや、わかってないね。……私の望む愛の通った夫婦とは、片方だけが身を粉にして相手に尽くす事ではないよ。完璧でないからこそお互い補い合って、時には本音でぶつかり合って、切磋琢磨しながら共に幸せになれる人生を模索する事だ」


 そこまで言えば、認識の違いに気付いたのだろう。だって、動揺で瞳を揺らしていたのだから。


「あ……」


「私はマーヤが思うほど完璧な男ではないし、小国の頼りない王太子に見えるかもしれないけど、これでもそれなりに努力してきたつもりだよ。マーヤを(つつが)なく迎えられるように掃除も頑張ってきたし、受け入れてもらえるよう根回しもした。当然私自身の地盤だって少しずつ着実に固めている。だからね」


 優しい表情でマヤリス王女に笑って見せると、取っていた手を引き寄せて、フィーギス殿下の額に押し当てる。


「私がマーヤに情けないところを見せたくなくて、完璧な王太子だとカッコつけていたのが間違いだったね」


「そんな事していらっしゃったのですか?」


「ああ、そうさ。なんとも馬鹿らしいだろう?」


 そう言って目を丸くするマヤリス王女に大袈裟に肩を竦めて見せるから、マヤリス王女も少しだけ、肩の力を抜いたようだった。


 その隙をフィーギス殿下は見逃さず、ここぞとばかりに畳み掛けていく。


「だから、マーヤ一人で全て背負おうとしなくていいのだよ。足なんていくらでも引っ張ってくれていいから、マーヤも私の隣で頑張ってほしい。地位を気にするなら私も地位向上の為の策を練るし、何か言われて辛くなったら私が慰めて、ドロドロに甘やかすよ」


 そう言ってふと何か思い出したのか、横目でソフィアリアを見る。だから笑って、(うなず)いておいた。


 フィーギス殿下は合点がいったようで、ふっと微笑む。その顔は、なんだかすっきりしていた。


 その表情のまま、言葉を続ける。


「反対に私が困っていたらマーヤに助けてほしいし、辛くなったら甘えさせてほしい。そういう妃を、君に望みたいと思っているんだ」


「……わたしに?」


「ああ、そうさ。マーヤと支え合って生きていけるなら、どんな逆境でも幸せを握り締めていられる。……愛してるよ、マーヤ。どうか私と結婚してほしい。死が二人を別つその日まで、ビドゥア聖島で共に頑張ろうではないか」


 本日二度目のプロポーズを受けてしばらく呆然としていたマヤリス王女は、やがて言葉を飲み込めた頃にくしゃりと顔を歪め、ポロポロと涙を流し始める。


「どう、しましょうっ……ギース、様」


「なにがだい?」


「嬉しい、んですっ……」


 そう言ってとめどなく溢れ続ける涙を自分で拭うけれど、全然追いついていない。


 フィーギス殿下は立ち上がると、そんなマヤリス王女を腕の中に優しく囲った。


「ずっと……遠い昔からずっと一人、でした」


「うん」


「婚約が決まって、からも……ギース様、達が、こうして来てくれるまで……やっぱり、一人で」


「……うん」


「だから……役目を分け合うって、考えられ、てもっ……誰かと……ギース様と助け合う、とか……全然、思いつかなかった、んですっ。ごめん、なさいっ……!」


 そう言ってフィーギス殿下の腕の中で泣くマヤリス王女の声を聞きながら、そうだったのかとふっと笑う。


 ソフィアリアには自分から素直に甘えられる人こそいなかったが、周りには多くの人がいて、助ける事も助けられる事も日常茶飯事だった。フィーギス殿下だって、似たようなものだろう。


 だが、マヤリス王女は違う。身内らしい身内もおらず、社交をして交友関係を築くわけにもいかず、誰かと深い交流も出来ず……本当にたった一人で、この国で頑張っていたのだ。

 婚約者は他国にいて半年に一度くらいしか会えなくて、唯一の友人であるメルローゼは、コソコソと手紙のやり取りをする事しか出来なかった。

 そうやって独り立ちせざるを得ない状況にいるうちに、助け合うという概念が頭から抜け落ちてしまったらしい。だから、自分一人では出来ない事をフィーギス殿下に託すなんて、思いつきもしなかったのだろう。


 これは、フィーギス殿下がカッコつけて完璧な面しか見せようとせず、甘えてこないから甘えられない状況を作ってしまったせいでもあるような気がするが。


「……迎えに来るのが遅くなって、すまないね」


「いえっ……いいえっ……!」


「マーヤの居場所は私の隣に用意してあるから、一緒に帰ろう?」


「っ、でもっ……!」


「この国はマーヤを受け入れなかった。だから、たとえ他に適任者がいなかろうと、マーヤが受け入れる必要だってないはずさ。最初に拒絶したのはこの国なんだから、変に優しくせず、許さなくていいと思うよ」


 ポンポンと背中を撫でてそう言い聞かせるうちに、マヤリス王女の肩の力がふっと抜け落ちていくのが見て取れた。


「……そう、ですよね」


 マヤリス王女はフィーギス殿下の腕を押し、少し離れると、顔を見合わせる。


 涙でぐちゃぐちゃの顔をしているけれど、そんな顔で浮かべた笑顔は、誰よりも綺麗に見えた。


「……お慕いしてます、ギース様」


 ソフィアリアですらそう思ったのだから、正面からそれを向けられたフィーギス殿下はもっとだろう。珍しく耳まで真っ赤になって、見惚れているようだ。


「偶像のギース様のイメージに固執して、こうして間違えてしまいましたし、人と助け合うという行為に慣れなくて、また間違えてしまう可能性もあるでしょう」


「間違えていたら、遠慮なく指摘させてもらうよ」


「ふふっ、わたしもそうしますね?」


「お互い譲れない何かに当たったらいっぱい言い争いをして、一緒に妥協点を探そう」


「はい、喧嘩だってたくさんしましょう! だから、ギース様」


 マヤリス王女はフィーギス殿下の両手を握ると、一度深呼吸して、ふわりと微笑んだ。


「求婚を受け入れます。故郷を見捨てる酷いわたしを、ギース様のビドゥア聖島に連れ帰って、唯一の妃という居場所をください」


 そう言い終わると同時に、マヤリス王女はフィーギス殿下の腕の中に戻されていた。


「……天命で引き裂かれるその日まで離してあげないから、覚悟したまえ」


「嬉しい、ですっ! だからもう、生贄のような死なんて望まないでくださいね?」


「ははっ、誰かな? そんな馬鹿な事を本気で言っていた間抜けは」


「もう……」


 そう言って額を合わせてくすくす笑う二人を笑顔で見届けて、目を瞑り、指を組む。


「我らを見守りし大鳥様。慈しみ深く私を(かえり)み、私の咎に慈悲なるお(ゆる)しを。悪に染まった私の魂を洗い、罪を清めてください」


 二人を邪魔しないよう小さな声で告解文をこっそり締め括ると、王鳥に目配せし、その場を離れる為に背中に乗せてもらった。


「全能の神であり、我らを見守りし大鳥様が、贖罪の奉仕と勤めを通して、あなたに(ゆる)しと平和を与えてくださいますように。私は御名(みな)に仕える者として、あなたの罪を(ゆる)します」


 背中に乗るとそんな声が返ってきたので苦笑する。そのままイチャイチャしてくれていればよかったのに、告解ともなると、無視出来なかったらしい。


 ソフィアリアは王鳥の上から、こちらを見上げている二人を困ったように見下ろす。


「ソフィの言う通りだったね。くだらないカッコつけがマーヤを追い詰めるなんて、思ってもみなかったよ」


 指を結んだマヤリス王女を腕の中に囲ったまま、幸せそうに目を蕩けさせているフィーギス殿下に向かって優しく微笑む。


「せっかくお呼ばれしてここまで来たのに、結局それくらいしかお役に立てませんでしたね」


「充分導いてもらえたさ。思えば最初から、私自らがマーヤと真剣にぶつからなければならない問題だったんだ。マーヤに嫌われたくなくて、ソフィに頼ろうとしたのが間違いだったよ。全て私のせいだ。すまなかったね」


 そう言って頭を下げるから、ソフィアリアも困ってしまう。


「王太子殿下とあろう者が、簡単に頭を下げてはいけませんわ」


「ソフィにならいくらでも下げるよ。私より目上の王鳥妃(おうとりひ)で、恩人なのだから」


「困った人。……わたくしも、つい乗ってしまったのが間違いでしたわ。これから頼るのは、リース様にしてくださいませ」


「勿論だとも」


 そう言って上げた顔は随分と晴れやかだったから、この件に関して言えば一件落着、綺麗な大団円だ。


「お姉様と代行人様には大変申し訳なく思うのですが、わたしは今日まで決断を引き延ばしてくれた事に感謝しています」


 しょんぼりと眉尻をさげ、でもそう断言したマヤリス王女の言葉に目を丸くする。


「リース様……」


「わたしは分からず屋ですから、ここまで……女王になるしかないと決断の余地がなくなるまで追い詰められなければ、ギース様と本気でぶつかる事なんて出来ませんでした」


「そんな事ないわ」


「あるんです! わたしが自分でそう思うのですから、間違いありませんっ!」


 ふんすと力を入れてそんな事を言っているが、それがソフィアリアの罪を軽くする為の優しさだと分かっていた。いつでも戻せるオーリムを後回しにしてまで時間を稼いだ事が罪だと告解で告げ、誰よりも先に(ゆる)しを与えると宣言していたから、さっそく有言実行してくれたらしい。


 その優しさが少し苦しかったが、慈悲深く頑固なマヤリス王女は何を言っても聞かなそうなので、素直に受け入れる事にした。

 そうするとちょっと心が軽くなる心地がしたから、ソフィアリアという人間は本当にどうしようもないと苦笑する。


「ふふ、そう? だったらいいのだけれど」


「はい、絶対に! でも、もうわたし達は大丈夫です。だからお姉様は思うままに、代行人様を助けてあげてください。たとえ、どんな方法だろうと、わたしがまた(ゆる)します」


 そう言い切るマヤリス王女は、本当に力強くて綺麗だなと思った。きっと綺麗な魂とはこういう人の事だと納得するくらい……そう言われているのは、マヤリス王女ではなくリスティスなのだけれど。

 もしかしたら彼女だって、本来はこのような輝きを纏う人だったのかもしれないなと考える。でも、ソフィアリアがそれを認める日は来ないと、漠然と予感していた。


「ありがとう、リース様。そうさせてもらうわね」


「こちらこそ、ありがとうございました!」


「ありがとう、ソフィ。リムの事、よろしく頼むよ」


「お任せくださいませ」


 最後にそう笑い合って、空へと飛び立つ。







 ――一番の懸念はこれでなくなった。もう何も、遠慮しない。



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